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第一章:婚約破棄と裏切り
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春の訪れを告げる風が、侯爵令嬢シェラの頬をそっと撫でていく。広大な侯爵家の庭園では、色とりどりの花が可憐に咲き誇り、まるで世界そのものが華やかな祝福を与えているかのように見えた。
シェラは淡いピンク色のドレスの裾をつまみながら、花びらが舞い散る小道をゆっくりと歩く。今日は婚約者である公爵家嫡男アレクシスが、彼女の家を訪れる予定の日だった。すでに二年前に婚約が成立していたとはいえ、互いの家の都合もあり、公的な場で二人が並ぶ機会はまだ少ない。シェラ自身、アレクシスと過ごす時間を心待ちにしていた。
その理由は、表面上は「婚約者として仲を深めるため」という、ごく当たり前の名目である。しかし、シェラは自分の胸にある淡い想い――それが愛なのかどうか、はっきりとは自覚していないにせよ――を薄々感じていた。アレクシスは、どちらかと言えば無口な性格で、喜怒哀楽をあまり表に出さないが、少なくともシェラにとっては頼りがいがあり、物腰が柔らかい男性だと思っていたからだ。
シェラは今日という日が、いつもよりも少し特別に思えた。日差しが暖かく、花が咲き、空気が澄んでいる。いかにも吉兆を示すような、この祝福に満ちた世界で、彼とどう会話を弾ませようか――そんなことを考えると、自然と胸の奥が弾んでくる。
しかしながら、いつもならほのかに見せてくれるはずの温かな笑みを、最近のアレクシスからは感じ取れなくなっていた。最後に顔を合わせた日のことを思い出す。シェラがドレスの意見を求めても、彼はどこか上の空で、碧色の瞳は明後日の方向を向いていた。何か思い詰めたようでもあり、あるいは無関心にも見える、不思議な表情だった。だが、シェラは「忙しいのだろう」と自分に言い聞かせ、その違和感に深く踏み込まないようにしていた。
――今日は、ちゃんと笑顔を見せてくれるだろうか。
ふと、そんな不安がよぎったものの、シェラは意識的に首を振ってそれを追い払う。婚約者を疑うなど、相手にも失礼だと自分を諫める。
庭から戻り、屋敷に入ると、今日の客人を迎えるために使用人たちが慌ただしく準備を進めていた。奥の応接室では、父の侯爵と母、それから従妹のミレイアまでが席に着いていた。ミレイアは母方の叔母の娘であり、両親を早くに失っていたため、この侯爵家に引き取られて一緒に暮らしている。
ミレイアは明るい茶髪をふわりと巻き上げ、艶やかに笑う姿が印象的だ。シェラとは同い年で、子供の頃は姉妹のように育ってきた。美貌と華やかな性格で、まさに社交界の花とも称される彼女は、どこへ行っても注目の的だった。最近は特に、彼女が社交界において存在感を増しているという噂がある。
シェラはそんなミレイアを、いとことして大事に思っていた。だが、少し前から、ミレイアの視線がどこか冷たくなったように感じるのは気のせいだろうか。
シェラは淡いピンク色のドレスの裾をつまみながら、花びらが舞い散る小道をゆっくりと歩く。今日は婚約者である公爵家嫡男アレクシスが、彼女の家を訪れる予定の日だった。すでに二年前に婚約が成立していたとはいえ、互いの家の都合もあり、公的な場で二人が並ぶ機会はまだ少ない。シェラ自身、アレクシスと過ごす時間を心待ちにしていた。
その理由は、表面上は「婚約者として仲を深めるため」という、ごく当たり前の名目である。しかし、シェラは自分の胸にある淡い想い――それが愛なのかどうか、はっきりとは自覚していないにせよ――を薄々感じていた。アレクシスは、どちらかと言えば無口な性格で、喜怒哀楽をあまり表に出さないが、少なくともシェラにとっては頼りがいがあり、物腰が柔らかい男性だと思っていたからだ。
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しかしながら、いつもならほのかに見せてくれるはずの温かな笑みを、最近のアレクシスからは感じ取れなくなっていた。最後に顔を合わせた日のことを思い出す。シェラがドレスの意見を求めても、彼はどこか上の空で、碧色の瞳は明後日の方向を向いていた。何か思い詰めたようでもあり、あるいは無関心にも見える、不思議な表情だった。だが、シェラは「忙しいのだろう」と自分に言い聞かせ、その違和感に深く踏み込まないようにしていた。
――今日は、ちゃんと笑顔を見せてくれるだろうか。
ふと、そんな不安がよぎったものの、シェラは意識的に首を振ってそれを追い払う。婚約者を疑うなど、相手にも失礼だと自分を諫める。
庭から戻り、屋敷に入ると、今日の客人を迎えるために使用人たちが慌ただしく準備を進めていた。奥の応接室では、父の侯爵と母、それから従妹のミレイアまでが席に着いていた。ミレイアは母方の叔母の娘であり、両親を早くに失っていたため、この侯爵家に引き取られて一緒に暮らしている。
ミレイアは明るい茶髪をふわりと巻き上げ、艶やかに笑う姿が印象的だ。シェラとは同い年で、子供の頃は姉妹のように育ってきた。美貌と華やかな性格で、まさに社交界の花とも称される彼女は、どこへ行っても注目の的だった。最近は特に、彼女が社交界において存在感を増しているという噂がある。
シェラはそんなミレイアを、いとことして大事に思っていた。だが、少し前から、ミレイアの視線がどこか冷たくなったように感じるのは気のせいだろうか。
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