『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚

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第六話 孤独の影

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第6話:孤独の影

西園寺蓮という人間について、相沢結衣は“冷徹で完璧主義の上司”という印象しか持っていなかった。

だが――。

出張での出来事が、彼の印象に小さな亀裂を入れようとしていた。
それが“好意”だと気づくには、まだ時間が必要だったが。


---

◆二人きりの控室で

出張先での予定が早く終わり、ぽっかりと空いた1時間。
取引先が用意した控室に、蓮と結衣の二人だけが取り残された。

上司と部下が静かに過ごすだけの空間――
なのに、空気はどこか息苦しく、特別に感じた。

結衣はお茶を淹れながら、沈黙を避けたい一心で話題を探す。

「社長は、こういう地方への出張も多いんですか?」

「そうだな。」

蓮は資料を読みながら短く答える。
いつも通りの淡々とした反応。
それなのに、彼の肩の線がどこか疲れきって見えた。

(……なんでだろう。背中が、寂しそう……)

結衣は、自分でも分からない気持ちに胸がきゅっとなる。

「お休みの日もあまり取れないんじゃないですか?」

思わず踏み込んだ質問をすると、蓮の手が止まった。
資料を閉じる音がやけに大きく感じる。

「休む理由がない。……休みに、することもない。」

“することもない”。

あまりにも静かで、それでいて深く沈む言葉だった。

結衣の胸に、切なさのようなものが広がる。

(この人……本当に、休んでないんだ……)


---

◆夕焼けに照らされた蓮の横顔

控室の大きな窓から、夕陽が差し込んできた。
空は柔らかな赤から金へと溶け合い、遠くの山々が淡い影を落としている。

蓮は、ふいにその景色へ視線を向けた。

冷たいはずの横顔に、一瞬、色が灯る。
結衣は思わずその表情に見入ってしまった。

「……この景色、昔よく見た。」

「え……?」

「家族とよく来た場所の近くだ。
まだ、西園寺家の全てが“重荷”になる前の話だ。」

結衣は息をのむ。

蓮が自ら家族の話を口にしたこと自体、驚きだった。
彼の声には冷たさとは違う、乾いた痛みのようなものが混じっていた。

「……ご家族と仲が良かったんですね?」

結衣がそっと言うと、蓮は目を伏せ、わずかに息を吐いた。

「どうだろうな。
今となっては……戻る場所も、戻すべきものもない。」

その言葉には、深い孤独が隠されていた。

結衣は胸が苦しくなる。

(社長は……こんな想いを抱えて働いているの?
一人で、全部背負って……)

蓮の過去も、感情も分からない。
でも、その“孤独”だけは痛いほど伝わった。

静かな空間に、夕陽の光だけが二人を包む。

この瞬間、結衣は初めて蓮を“ひとりの人間”として見つめていた。


---

◆帰りの車内に残る余韻

帰りの車に乗り込むと、蓮はいつも通り無言だった。
しかし沈黙の温度は、少し違う。

結衣の目には、先ほどの“寂しげな横顔”が焼き付いて離れない。

ふと蓮が視線を外の景色へ向ける。
その横顔に、またあの影が落ちる。

(社長……本当に孤独なんだ……)

声をかけたい。
でも、彼の周りの空気がそれを許さない。

ただ隣に座っているだけなのに、苦しくなるほどの切なさを感じた。

(私でも……社長の気持ちに寄り添えるのかな……?)

そんな考えが芽生えた瞬間、自分でも驚くほど胸が高鳴った。


---

◆翌日、長谷川が語った“蓮の過去”

翌日の秘書課での報告中――。

「社長って……意外とお一人で過ごす時間が多いんですね。」

つい、心に残っていた思いが口をついて出てしまった。

長谷川は一度目を瞬かせたあと、ふっと柔らかく笑った。

「……気づいたのね、相沢さん。」

「え?」

「社長は若くして家業を継いだの。
西園寺グループの成功は彼の努力そのものよ。
でも、その分……失ったものも多かったの。」

「失った……?」

長谷川は言葉を選ぶように目を伏せた。

「家族との関係は……複雑よ。
だから、彼はいつも“背負う”ことが当たり前になってしまったの。」

蓮の寂しげな横顔が脳裏によみがえる。

(……社長……そんな想いを抱えて……いつも一人で……)

胸の奥がじわりと温かく、そして苦しくなる。


---

◆眠れない夜と“気づきの瞬間”

その夜。
布団に入っても、蓮の言葉と横顔が繰り返し浮かんだ。

――休みにすることもない。
――戻る場所も、戻すべきものもない。

そんな言葉を、誰にも見せずに生きてきたのだろうか。
彼の強さも冷たさも、すべて孤独の裏返しだとしたら……?

(社長のこと……もっと知りたい……)

気づけば、胸がぎゅっとしめつけられていた。

蓮は上司。
警戒されるほどの距離がある。

それなのに――。

(どうして……こんなに気になるの……?)

眠れないまま夜が深まり、ふと心が答えを呟く。

“あの表情を見てしまったから。”

結衣は、はっと息を飲む。

いつの間にか、蓮という存在が
ただの「冷徹な社長」ではなくなっていた。

それが“恋”の始まりだと気づくには、
もう少し時間が必要だったが――

確かにその影は、結衣の心で静かに息づき始めていた。

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