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18話
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迷いの森に足を踏み入れる
そんな騒動を経て、わたくしたち一行はさらに森の奥へと進む。道中、小川に架かる橋が壊れていたり、ぬかるみに車輪がはまりかけたり、細かなトラブルはいくつもあったが、【らっきーすとらいく】のおかげか大事には至らなかった。
「この先にある古い街道を抜ければ、月の巫女の花が見つかるとされる“月蝕の森”に近づくはずです」
地図を広げながら、わたくしは皆に説明する。森の名前からしていかにも怪しい雰囲気だが、文献によれば“月が沈むときに花弁が光り出す”などという伝承があるらしい。
王太子殿下もカレン様も、そこに希望を見出している様子だ。もしその花が見つかれば、カレン様の不安定な魔力を安定させ、聖女としての力を発揮できるようになる――そう信じている。
「へえ、面白いじゃないか。俺はそんな伝説、本当だと思っていなかったが……実際に見てみたいな、カレンも興味あるだろう?」
「……はい。見てみたいです、レオン様……」
カレン様はやはり体が怠そうだが、精神的には少しだけ前向きになったのか、弱々しく微笑んでいる。
(この調子でうまくいくといいのだけど……)
しかし、一方でわたくしは心の奥にひっかかるものを感じていた。
王太子殿下は「カレンのため」と言いながら、どこか自分の欲求を優先しているようにも見える。そもそも、月の巫女の花を探すという行動そのものが、王族としては冒険的すぎる。
何より、カレン様の不調が本当に魔力の乱れだけなのか――以前、手をとって魔力を感じ取ったときに抱いた違和感はまだ消えていない。
(もしかすると、この旅の途中で、カレン様の“聖女としての秘密”が明らかになるかもしれない……)
◇ 突如現れる“不審者”たち
それから数日、比較的平穏に旅は進んだ。森の中腹にある小高い丘で野営をすることになり、騎士たちがテントを張る。レオン殿下とカレン様は専用の大きなテントを使い、わたくしや従者たちは簡易テントで夜を過ごす手はずだ。
食事の準備も整い、わたくしは焚き火のそばで温かいスープをすすっていた。すると、森のほうからひそひそと複数の足音が近づいてくるのがわかる。
「誰だ? そこにいるのは!」
騎士たちが声を上げると、影から出てきたのは――あの宿場町で会話を盗み聞きした男たちではないか。
「よお、こんなところで野営とは、ずいぶん物好きだなあ」
男の一人が薄ら笑いを浮かべる。隣には似たような風貌の仲間が数名。どう見てもただの旅人や行商人には見えない。腰には武器らしきものを忍ばせている。
「我々は王太子殿下の護衛騎士だ。貴様らはいかなる用件でここに来た?」
騎士が厳しい声で問いただすと、男は肩をすくめる。
「へえ、王太子殿下とな? そりゃあ立派なお方がご同行とは知らなかった。俺たちはただ、噂を聞いてね。“珍しい花を探している錬金術師がいる”って。んで、ちょっと宝探しに乗っかろうかと思ったまでさ」
その言葉に、わたくしはギクリとする。彼らの狙いはやはり、月の巫女の花や、その情報。そして、わたくしの錬金術の技術かもしれない。もしかして、護符や特効薬でも作らせて金に換えようという魂胆だろうか。
「ふざけるな! これは王家の正式な行事だ。勝手に首を突っ込むな」
騎士が一喝すると、男たちは口々に下品な笑い声をあげる。
「へっへっへ、王家って言ったって、こんな森の中では関係ないだろ? 俺たちはただ、金になりそうなものを探してるだけさ。お前らこそ、危ない目に遭いたくなければ、素直に協力したらどうだ?」
レオン殿下もテントから顔を出し、険しい表情を浮かべる。
「おい、下賤(げせん)な輩が王族に口を利くとはいい度胸だな。今すぐ立ち去らなければ、お前たち全員……」
脅しをかけようとする殿下だが、男たちは人数が多い上、夜の森に仲間が潜んでいるかもしれない。わたくしは嫌な汗が流れるのを感じる。
「ひっ……レオン様……」
カレン様が不安そうに殿下の後ろに隠れる。状態が万全なら、カレン様の奇跡でどうにかなる場面かもしれないが、いまの彼女は魔力が不安定。奇跡どころか、また暴走してしまう危険もある。
「フランボワーズ……」
わたくしがどうにかできるのかと、殿下や騎士たちの視線が集まる。だが、相手は複数のならず者。スプレー一本でどうにかなる相手ではない。
しかし、ここで奇妙な“風”が森の奥から吹いた。枝葉がざわめき、月明かりが揺れる。それと同時に、わたくしの胸の奥が熱くなるような感覚――これが【らっきーすとらいく】の兆候かもしれない。
(こんなときに運が向くなんて、ちょっと都合良すぎじゃないかしら……でも信じてみるしかない!)
「……殿下、騎士の皆さん、あそこを見てください!」
思わず木立のほうを指差す。すると、ならず者たちが一斉にそちらを向く。その瞬間――バサッ! バサッ!と大きな羽音が響き、無数のコウモリたちが飛び立った。
どうやら、騒ぎに驚いて巣穴から一気に出てきたらしい。夜空を埋め尽くすようにコウモリが舞い、男たちは慌てて身を伏せる。
「うわっ、なんだこれ……!」
「目に入る! やめろ!」
男たちが混乱している隙に、騎士たちが一気に詰め寄り、武器を奪い、腕を押さえ込む。まさに棚ぼたのチャンスだ。
「くそっ……こんな偶然があるか……!」
押さえつけられた男が悔しそうに唸るが、騎士長が容赦なく縄をかける。わたくしもホッと胸をなでおろした。
(やっぱり【らっきーすとらいく】かもしれない……! この絶妙なタイミングでコウモリの群れが飛び出すなんて、普通ならありえないわ)
男たちはそのまま拘束され、帰り道にある駐在所まで引き渡すことになる。相手がどんな悪事を企んでいたかは定かではないが、彼らが旅の障害となるのは間違いなかった。
そんな騒動を経て、わたくしたち一行はさらに森の奥へと進む。道中、小川に架かる橋が壊れていたり、ぬかるみに車輪がはまりかけたり、細かなトラブルはいくつもあったが、【らっきーすとらいく】のおかげか大事には至らなかった。
「この先にある古い街道を抜ければ、月の巫女の花が見つかるとされる“月蝕の森”に近づくはずです」
地図を広げながら、わたくしは皆に説明する。森の名前からしていかにも怪しい雰囲気だが、文献によれば“月が沈むときに花弁が光り出す”などという伝承があるらしい。
王太子殿下もカレン様も、そこに希望を見出している様子だ。もしその花が見つかれば、カレン様の不安定な魔力を安定させ、聖女としての力を発揮できるようになる――そう信じている。
「へえ、面白いじゃないか。俺はそんな伝説、本当だと思っていなかったが……実際に見てみたいな、カレンも興味あるだろう?」
「……はい。見てみたいです、レオン様……」
カレン様はやはり体が怠そうだが、精神的には少しだけ前向きになったのか、弱々しく微笑んでいる。
(この調子でうまくいくといいのだけど……)
しかし、一方でわたくしは心の奥にひっかかるものを感じていた。
王太子殿下は「カレンのため」と言いながら、どこか自分の欲求を優先しているようにも見える。そもそも、月の巫女の花を探すという行動そのものが、王族としては冒険的すぎる。
何より、カレン様の不調が本当に魔力の乱れだけなのか――以前、手をとって魔力を感じ取ったときに抱いた違和感はまだ消えていない。
(もしかすると、この旅の途中で、カレン様の“聖女としての秘密”が明らかになるかもしれない……)
◇ 突如現れる“不審者”たち
それから数日、比較的平穏に旅は進んだ。森の中腹にある小高い丘で野営をすることになり、騎士たちがテントを張る。レオン殿下とカレン様は専用の大きなテントを使い、わたくしや従者たちは簡易テントで夜を過ごす手はずだ。
食事の準備も整い、わたくしは焚き火のそばで温かいスープをすすっていた。すると、森のほうからひそひそと複数の足音が近づいてくるのがわかる。
「誰だ? そこにいるのは!」
騎士たちが声を上げると、影から出てきたのは――あの宿場町で会話を盗み聞きした男たちではないか。
「よお、こんなところで野営とは、ずいぶん物好きだなあ」
男の一人が薄ら笑いを浮かべる。隣には似たような風貌の仲間が数名。どう見てもただの旅人や行商人には見えない。腰には武器らしきものを忍ばせている。
「我々は王太子殿下の護衛騎士だ。貴様らはいかなる用件でここに来た?」
騎士が厳しい声で問いただすと、男は肩をすくめる。
「へえ、王太子殿下とな? そりゃあ立派なお方がご同行とは知らなかった。俺たちはただ、噂を聞いてね。“珍しい花を探している錬金術師がいる”って。んで、ちょっと宝探しに乗っかろうかと思ったまでさ」
その言葉に、わたくしはギクリとする。彼らの狙いはやはり、月の巫女の花や、その情報。そして、わたくしの錬金術の技術かもしれない。もしかして、護符や特効薬でも作らせて金に換えようという魂胆だろうか。
「ふざけるな! これは王家の正式な行事だ。勝手に首を突っ込むな」
騎士が一喝すると、男たちは口々に下品な笑い声をあげる。
「へっへっへ、王家って言ったって、こんな森の中では関係ないだろ? 俺たちはただ、金になりそうなものを探してるだけさ。お前らこそ、危ない目に遭いたくなければ、素直に協力したらどうだ?」
レオン殿下もテントから顔を出し、険しい表情を浮かべる。
「おい、下賤(げせん)な輩が王族に口を利くとはいい度胸だな。今すぐ立ち去らなければ、お前たち全員……」
脅しをかけようとする殿下だが、男たちは人数が多い上、夜の森に仲間が潜んでいるかもしれない。わたくしは嫌な汗が流れるのを感じる。
「ひっ……レオン様……」
カレン様が不安そうに殿下の後ろに隠れる。状態が万全なら、カレン様の奇跡でどうにかなる場面かもしれないが、いまの彼女は魔力が不安定。奇跡どころか、また暴走してしまう危険もある。
「フランボワーズ……」
わたくしがどうにかできるのかと、殿下や騎士たちの視線が集まる。だが、相手は複数のならず者。スプレー一本でどうにかなる相手ではない。
しかし、ここで奇妙な“風”が森の奥から吹いた。枝葉がざわめき、月明かりが揺れる。それと同時に、わたくしの胸の奥が熱くなるような感覚――これが【らっきーすとらいく】の兆候かもしれない。
(こんなときに運が向くなんて、ちょっと都合良すぎじゃないかしら……でも信じてみるしかない!)
「……殿下、騎士の皆さん、あそこを見てください!」
思わず木立のほうを指差す。すると、ならず者たちが一斉にそちらを向く。その瞬間――バサッ! バサッ!と大きな羽音が響き、無数のコウモリたちが飛び立った。
どうやら、騒ぎに驚いて巣穴から一気に出てきたらしい。夜空を埋め尽くすようにコウモリが舞い、男たちは慌てて身を伏せる。
「うわっ、なんだこれ……!」
「目に入る! やめろ!」
男たちが混乱している隙に、騎士たちが一気に詰め寄り、武器を奪い、腕を押さえ込む。まさに棚ぼたのチャンスだ。
「くそっ……こんな偶然があるか……!」
押さえつけられた男が悔しそうに唸るが、騎士長が容赦なく縄をかける。わたくしもホッと胸をなでおろした。
(やっぱり【らっきーすとらいく】かもしれない……! この絶妙なタイミングでコウモリの群れが飛び出すなんて、普通ならありえないわ)
男たちはそのまま拘束され、帰り道にある駐在所まで引き渡すことになる。相手がどんな悪事を企んでいたかは定かではないが、彼らが旅の障害となるのは間違いなかった。
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