冷たい婚約破棄?では契約結婚いたしましょう

鍛高譚

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第四章:偽りの聖女、そして真実の結婚

4-6

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王都中央広場の混乱が完全に収束したのは、日が傾き始めてからだった。

 倒れた装飾柱は撤去され、負傷者は医師の手当てを受け、逃げ遅れた民衆も次第に家路へと散っていく。
 だが、人々の表情には、興奮よりも戸惑いと、そして確かな失望が残っていた。

 ――聖女は、聖女ではなかった。

 その事実が、重くのしかかっている。

 王太子エドワードは、儀式の場からそのまま王宮へと運ばれた。
 意識は取り戻したものの、問いかけにはほとんど反応せず、虚空を見つめたまま、同じ言葉を繰り返しているという。

 「……信じていた……」
 「間違っていなかったはずだ……」

 だが、その声に応える者はいない。

 王宮の重臣たちは即座に動き、
 シエナとその取り巻きの身柄は第二王子派の管理下へ移された。
 押収された魔道具、資金の流れ、外国勢力との接点――
 どれを取っても、言い逃れのできない証拠ばかりだった。

 「もはや、庇い立ては不可能ですな」

 誰かがそう呟き、
 誰も否定しなかった。

 王太子派の貴族たちは、沈黙を選んだ。
 昨日までの忠誠は、今日には存在しない。

 ――それが、この世界の現実だった。

 一方、広場の一角で起きた出来事は、静かに、しかし確実に人々の記憶に刻まれていた。

 奇跡を語らず、
 声高に主張もせず、
 ただ冷静に真実を突きつけた一人の令嬢。

 ヴァレリー・リチャードソン。

 彼女が前に出た瞬間、
 場の空気が変わったことを、誰もが無意識に覚えている。

 「氷の令嬢」と揶揄されてきたその女性は、
 激情に流されることなく、
 誰よりも静かに、誰よりも正確に、嘘を断ち切った。

 それが、どれほどの勇気を要する行為だったのか――
 人々は、あとになって気づき始める。

 夕刻、リチャードソン公爵家の一室。
 ヴァレリーは椅子に腰掛け、ようやく深く息を吐いた。

「……終わりましたね」

 隣に立つカイルが、静かに頷く。

「ええ。
 少なくとも、第四章は」

 その言葉に、ヴァレリーは小さく微笑んだ。

「王太子殿下も、シエナも……
 自分で選んだ道の先に、行き着いただけです」

「あなたは、後悔していませんか?」

 カイルの問いに、ヴァレリーは一瞬考え、首を横に振った。

「いいえ。
 もし今日、黙っていたら――
 私はきっと、自分自身を許せなかった」

 沈黙が、穏やかに流れる。

 やがて、カイルが口を開いた。

「近いうちに、動きがあります。
 王宮は、このままでは済みません」

「ええ……」

 ヴァレリーは理解していた。
 今日の出来事は終わりではなく、決定的な始まりだ。

 王太子の権威は地に落ち、
 王国は次の継承者を必要としている。

 そして――
 自分自身もまた、立場を変えつつあることを。

 婚約を破棄された令嬢から、
 王国の行方に関わる存在へ。

 「氷の令嬢」という仮面は、
 もう必要ないのかもしれない。

 ヴァレリーは、窓の外に沈みゆく夕陽を見つめながら、
 静かに告げた。

「次は……
 私自身の選択、ですね」

 それが、
 契約結婚という名の、新たな物語の始まりであることを、
 彼女はまだ、はっきりとは言葉にしなかった。

 だが、確かに――
 第四章は、ここで幕を下ろす。

 破滅を選んだ者たちと、
 前へ進むことを選んだ者たちを、
 はっきりと分けたまま。


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