冷たい婚約破棄?では契約結婚いたしましょう

鍛高譚

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第四章:偽りの聖女、そして真実の結婚

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黒い短杖が、シエナの袖口から完全に姿を現した瞬間――
 広場の空気が、はっきりと変質した。

 それまで期待と疑念が入り混じっていたざわめきは、
 説明のつかない不安へと変わり、喉の奥に張りつくような沈黙が広がる。

 シエナはその沈黙を、歓喜と勘違いした。

「神よ……!
 いまこそ、真なる御力をこの国に――!」

 黒杖を高く掲げた途端、禍々しい魔力が周囲に滲み出す。
 空気が歪み、壇上の装飾布が不自然に震え始めた。

「……おかしいぞ」 「風じゃない……これは……」

 気づいた者から、ざわめきが逆流する。

 カイルは一瞬も迷わなかった。

「全隊、警戒態勢!
 ――これは“聖女の力”じゃない!」

 同時に、ヴァレリーが一歩前へ出る。
 フードを外し、群衆にもはっきりと見える位置に立った。

「皆さま、よくご覧なさい」

 凛とした声が、広場に響く。

「いま彼女が使おうとしているのは、
 神殿で認められた聖具ではありません」

 ざわり、と人々がどよめく。

「闇の魔術に属する“媒介具”です。
 聖女を名乗る者が使う道具ではない」

 シエナが振り返り、怒りに歪んだ顔で叫ぶ。

「黙りなさい!
 あなたは私に婚約を奪われた、哀れな敗者でしょう!」

「ええ、婚約は破棄されました」

 ヴァレリーは微笑すら浮かべず、静かに言い切った。

「ですが――
 あなたの嘘を暴くのに、私情は必要ありません」

 彼女は視線を巡らせ、取り巻きたちを指差す。

「風を起こした送風魔道具。
 仕込まれた“病人”。
 そして今、その杖」

「すべて、演出です。
 いえ……詐欺と扇動と言うべきでしょう」

 群衆の中から、声が上がる。

「本当なのか……?」 「聖女様が……?」

 焦ったシエナが、王太子にすがりつく。

「エドワード様!
 信じてください、これは神の――!」

「……違う」

 震える声で、エドワードが呟いた。

 彼の目は、黒杖から立ち上る禍々しい気配を、
 ようやく“現実”として認識していた。

「……こんなもの、神の力じゃない……」

「違う! 違うのよ!」

 シエナは叫び、黒杖を振り下ろそうとする。

 その瞬間――

「止めろ!!」

 カイルが壇上へ駆け上がり、
 剣を一閃。

 甲高い音とともに、黒杖の先端が砕け散った。

「きゃああっ!」

 魔力が暴発し、装飾柱が軋みながら倒れ込む。
 兵士たちが即座に民衆を庇い、被害は最小限に抑えられた。

 ――だが、もう十分だった。

 群衆の目に映ったのは、
 神の奇跡ではなく、
 制御を失った闇の力。

「……怖い……」 「聖女じゃない……!」

 恐怖と怒りが、一気に噴き出す。

 取り巻きたちは我先にと逃げ出し、
 何人かはその場で拘束された。

 壇上に残されたのは、
 膝をつき、壊れた杖に縋ろうとするシエナと――
 呆然と立ち尽くす王太子だけ。

「……私は……選ばれた……」

 シエナは虚ろな目で呟く。

「神が……私を……」

「もう、やめなさい」

 ヴァレリーが、静かに言った。

「あなたが選ばれたのは“神”ではなく、
 混乱を望む者たちです」

「あなたは聖女ではない。
 ただの――利用された道具」

 その言葉が、決定打だった。

 シエナは声も出さず崩れ落ち、
 兵士たちに拘束される。

 一方、エドワードは――

「……僕は……」

 何かを言いかけ、
 次の瞬間、その場に崩れ落ちた。

 誰も助けようとしなかった。

 こうして、王都中央広場での儀式は終わった。
 偽りの聖女は断罪され、
 王太子の権威は、音を立てて崩壊した。

 そして人々は、はっきりと理解する。

 ――信じるべきだったのは、
 奇跡を語る者ではなく、
 沈黙の中で正しさを貫いた者だったのだと。

 その視線が、
 静かにヴァレリーへと集まっていることを、
 彼女自身はまだ知らない。


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