冷たい婚約破棄?では契約結婚いたしましょう

鍛高譚

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第四章:偽りの聖女、そして真実の結婚

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 王都ラクリスの中央広場は、朝から異様な熱気に包まれていた。

 普段であれば市が立ち、笑い声が飛び交うこの場所に、今日はぎっしりと人が詰めかけている。
 理由は一つ――「聖女シエナの奇跡」を目撃するためだ。

 王太子派の役人や従者たちは、広場の入口で声高に叫び続けていた。

「本日、聖女様は神の御業を示される!」
「病める者は癒やされ、国に祝福がもたらされるであろう!」

 その言葉に期待の眼差しを向ける庶民もいれば、腕を組み、半信半疑で様子を窺う者もいる。
 晩餐会の失態が広く知れ渡った今、民衆の反応は決して一色ではなかった。

 広場の外縁では、第二王子派の護衛隊とリチャードソン公爵家の私兵が、何食わぬ顔で配置についている。
 あくまで「警備強化」という名目だが、その実、緊張感は隠しきれない。

 ヴァレリーは群衆から少し離れた場所で、フード付きの外套を纏い、壇上を見つめていた。
 隣にはカイルが立ち、周囲へ鋭い視線を巡らせている。

「……多いですね」

「ああ。
 想定よりも、ずっと」

 カイルの声は低く抑えられていた。

「しかも、例の連中が混ざっている。
 あそこだ。あの一団……」

 彼の視線の先には、妙に統制の取れた集団がいた。
 祈るでもなく、騒ぐでもなく、ただ決められた位置に立ち、時を待っているように見える。

「巡礼者には見えませんね」

「ええ。
 まるで……合図待ちです」

 不穏な空気が、ゆっくりと広場全体に染み渡っていく。

 やがて、正午を告げる鐘が鳴り響いた。

 同時に、歓声が上がる。
 王太子エドワードと、白衣に身を包んだシエナが姿を現したのだ。

 エドワードは高揚した表情で民衆に手を振り、まるで勝利を確信しているかのようだった。
 一方のシエナは、胸元に奇妙な紋章のペンダントを下げ、神秘的な微笑みを浮かべている。

「お集まりの皆さま……」

 シエナの澄んだ声が、広場に響く。

「今日、私は神の御意思を受け、
 この国に祝福と癒やしをもたらします」

 ざわめきが起こる。
 期待と疑念が入り混じった、重たいざわめきだ。

 シエナが壇上の中央に立つと、取り巻きたちが円を描くように配置につく。
 その動きはあまりに揃いすぎていて、宗教儀式というより、訓練された部隊のようだった。

 ヴァレリーの背筋に、冷たいものが走る。

「……始まります」

 シエナは両腕を広げ、ゆっくりと目を閉じた。
 次の瞬間、風が吹いた。

 白い衣が揺れ、髪が舞う。
 民衆の間からどよめきが起こる。

「おお……!」
「神の力だ……!」

 だが、カイルは即座に気づいていた。

「違う……
 送風用の魔道具だ」

 壇の脇、布で隠された場所から、一定の風が送り出されている。
 演出としては見事だが、騎士や魔道士の目を欺くには、あまりに稚拙だった。

 さらに、取り巻きの中から数名が「病人」を連れてくる。
 咳き込み、苦しげにうずくまるその姿は、あまりにも芝居がかっている。

「癒やしを……聖女様……」

 シエナは慈悲深い表情を浮かべ、手をかざした。

「恐れることはありません。
 神の御光が、あなたを救います」

 彼女が何かを呟くと同時に、取り巻きが合図を送る。
 次の瞬間、「病人」は大げさに息を吸い込み、立ち上がった。

「……治った!」
「体が、軽い……!」

 広場に歓声が広がる。
 だが、その歓声はどこかぎこちない。

 ――信じたい者だけが、必死に信じている。

 ヴァレリーは静かに、拳を握った。

「……あれでは、足りません」

「ええ」

 カイルも同意する。

「だからこそ……
 彼女は、次に進む」

 その言葉を裏付けるように、シエナの表情が変わった。
 微笑みの奥に、焦りと高揚が混じる。

「……神よ。
 どうか、さらに明確な御意思を――」

 その袖口から、
 黒い短杖が覗いた。

 ヴァレリーの瞳が、鋭く細められる。

「……来ます」

 この儀式は、まだ終わらない。
 そして次に起きる出来事が――
 すべてを決定的に破壊することになる。

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