婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚

文字の大きさ
2 / 36

2話

しおりを挟む
舞踏会会場:正座の公爵令嬢、登場

「あ、アンネローゼ様……? な、何を……!」

私が絢爛豪華なカーペットの上に正座をした瞬間、会場全体が凍りついた。
貴族の立ち振る舞いには美しさが求められる。
もちろん舞踏会では基本的に、男女共に優雅に立ったまま、あるいは礼儀正しく椅子へ腰掛けるのが通例だ。

それなのに、私は両足をきちんと畳んで膝を床につき、まるで和の作法でも学んできたかのように、きっちり正座している。

周囲の貴族たちが、口をあんぐり開けて私を凝視する。
ある者はグラスを落とし、ある者は急いで近づいて「アンネローゼ様、足を崩されたほうが……」と囁いてくる。

けれど、私は涼しい顔でこう言った。
「失礼ですわね。公爵令嬢の私が、どう座ろうと私の勝手でしょう? それともわざわざ足を伸ばすべき理由があるのかしら」

まさかの理屈っぽい反論に、周囲の人々は更に驚いた表情を浮かべる。
これでいい。今日は“奇行のアンネローゼ”として名を上げねばならない。

――なぜなら、今日この舞踏会で私が婚約するお相手は、レオン・フォン・ブライト侯爵家の嫡男。
資産や領地の豊かさもさることながら、女遊びの噂が絶えないことで有名な男。
一見すると華やかな貴公子――だが、周囲を困らせることが趣味のような男で、私の心を踏みにじることなど、きっと何とも思ってはいないだろう。

それなら先手を打って、私が“とんでもない娘”だと世間に知らしめてしまえばいい。
侯爵家が「こんな娘と縁談など、御免被る!」と絶縁を言い出してくれれば、それで私の勝ちだ。

「アンネローゼ様、ご挨拶を……」

ブライト侯爵家の嫡男――レオンが、どこか不快そうな表情で近寄ってくる。
彼は私を見下ろすと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「ふん、噂には聞いていたが、やはり堅苦しい令嬢というのは厄介だな。
こうして正座とは……随分と奇妙な風習をお持ちだ」

「ええ。こうすると背筋が伸びて気持ちがいいですわ。お試しになります?」

わざと何食わぬ顔で返す私。
するとレオンは蔑むような視線を向け、「冗談ではない」と呟く。

そのやり取りを見ていた周囲の貴族たちは、声も出せずに見守っていた。
なにしろ、公爵家と侯爵家が結びつく舞踏会だ。
下手に口を挟めば、何らかの不興を買う恐れがある。

私はその沈黙を味方につけるように、あえて一瞬黙りこみ、周囲をじっくりと見渡した。
すると隅のほうに、黒髪の青年がいるのが見える。
――エドガー。
私が想いを寄せる、あの時の恩人。
彼は今、騎士団の副団長として王宮にも出入りするようになったらしい。
ここにいるのはその任務の一環か、それとも……。

エドガーは少し離れた場所から、まるで私が何をしようとしているか把握しているような、そのまなざしでこちらを見つめていた。
視線が交わると、彼はほんのわずかに微笑んだように見えたが――気のせいかもしれない。

「ねえ、アンネローゼ。今夜の舞踏会は、我らが婚約披露の場なのだぞ。
お前は誰にも注意されずにここまで我が道を行くつもりか?」

レオンが苛立ちまぎれに問い掛ける。
私はすっと顔を上げ、涼やかな微笑みを浮かべながら答えた。

「いいえ。注意していただくのは構いませんけど? 貴方のような素晴らしい殿方に、私の奇行を正していただけるなら、本望ですわ」

その言葉は、表向きには“婚約者を立てる”謙虚な態度のように聞こえる。
だが、言外に「貴方にそれができるの?」という挑発を含んでいる。

当然、レオンはそこに気づく。
唇を歪め、「ずいぶんと生意気だな」と吐き捨てた。

いい調子だ。
そのまま彼が私を疎ましく思ってくれれば、早急に破談の流れができる。

だが、世の中はそう甘くはない。
レオンはプライドが高いがゆえに、逆に「こいつを手懐けてやる」という意識を持つかもしれない。
ここで終わっては困るのだ。

私は正座のまま、さらに奇行を重ねることを決意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...