13 / 36
15話
しおりを挟む
決裂する取引、暴かれる真実の偽装婚約
晴れやかな陽光が差し込む昼下がり。
大広間には、私の両親とフェルガン男爵家の当主、それにカイルが集まり、正式に挨拶を交わしていた。
男爵家の当主――カイルの父は、なかなか威厳ある男性だった。
貴族としての格は公爵家に劣るかもしれないが、そこに流れる血筋や統率力はしっかりしている印象。
しかし、その瞳の奥にはどこか焦りのようなものがちらついている。
領地の拡大や、商業のさらなる成功を狙うには、公爵家との縁組がどうしても欲しいのだろう。
最初のうちは和やかに会話が進んでいた。
――が、問題はやはり“挙式”の話題に移った時だった。
「やはり、結納金や嫁入り道具の準備などもあるので、あまり日を空けずに婚儀を執り行いたいと考えております。
アンネローゼ様にも、すぐにでもフェルガン家へお越しいただいて……」
男爵家当主の主張はまるで、こちらがYesと言うのは当然だとばかり。
私の父は苦い顔で、それを制するように咳払いをする。
「しかし、我が娘はまだ若いですし、前の婚約破談の件で周囲から冷ややかな視線もある。
急ぎの挙式は、娘にも負担が大きいのではないかと思うのだが」
父の言い分は正当だ。
しかし、男爵家当主は少し苛立ったように唇を尖らせる。
「ですが、公爵家との縁をお待ちする時間が惜しいのです。
ご理解いただけるかと思いますが……我がフェルガン領は今、商業路の拡大のチャンスに直面しています。
この時期を逃せば、どこぞの伯爵家や侯爵家に先を越される恐れもある。
挙式を先送りにしている余裕など、正直申し上げてないのですよ」
なるほど。
“グレイシア公爵家と縁組を結んだ”という事実が、男爵家の権威向上に必要不可欠ということか。
(確かに……これでは、あまり悠長にしていられない気持ちもわかるわ)
カイルは横で申し訳なさそうに私を見つめている。
「ごめんなさい……。でも、僕たちにとっても死活問題なんだ……」と、その瞳が物語っているようだ。
私は、エドガーへの想いと、フェルガン家の事情、そして自分の未来を天秤にかける。
どう転んでも、私が完全に自由になる未来は遠のく。
「……でも、私にはどうしても挙式は早すぎると感じます。
せめて、もう少し時間をいただけないでしょうか。公爵家の令嬢としての準備もございますし……」
私がそう言った瞬間、男爵家当主の表情が微妙に歪んだ。
「おや……アンネローゼ様は、まさか結婚自体に乗り気ではないのでは?」
「それは……」
躊躇して言葉に詰まる私。
まさか、本人の前で「偽装婚約なんです」などと言えるわけがない。
けれど、男爵家当主もバカではない。
婚約の話が進んでいるのに、どうも煮え切らない態度を見せる私を見て、何か勘づいたようだ。
「……もしや、何か別の理由があるのではありませんか? たとえば、他に想い人がいるとか……」
ビクリとする私。
まさか、ここでそんなことを突っ込まれるとは思わなかった。
すると、その時だった。
ドアの外から、聞き慣れない声が上がった。
「大変失礼いたします! 男爵様、申し上げたいことが……っ!」
なにやら慌てふためいた様子の男爵家の使用人らしき青年が、広間に飛び込んでくる。
男爵家当主は顔を真っ赤にして「何事だ!」と叱咤するが、その青年は息を切らしながら言い放った。
「男爵家の敷地で、アリス様の存在が近隣住民に目撃され、噂が広まってしまいました……!
カイル様が平民を囲っており、結婚前から夫婦のように暮らしているのではないか、という話が……もう町中で騒ぎになっております!」
――一瞬、場の空気が凍り付く。
男爵家当主は目を剥き、カイルを鋭く睨みつけた。
「か、カイル! お前……平民の女を囲っていたというのは本当なのか!?
そんな愚行、今の時期にバレたらどうなると思っている!?」
「……っ……」
カイルは咄嗟に言葉を失った。
私は横で胸がざわめくのを感じる。
アリスとの関係がついに露見してしまったのだ。
「こ、これはどういうことです!? まさか……男爵家の嫡男が公爵令嬢との婚約を控えていながら、平民の女を囲っていたなど……」
私の父も困惑の声を上げる。
母は顔を覆って「なんという……」と嘆息した。
私は必死に頭を回転させる。
このままでは両家の関係が破綻するだけでなく、私の評判にも影響が出るのは避けられない。
そして――ここで決定的な声が上がった。
男爵家当主が激怒したまま、私に向き直る。
「アンネローゼ様、今回の婚約話はなかったことに――破談にさせていただきたい!
まさか私の息子がこんな不義理を働いていたとは……。とても公爵家の令嬢を嫁がせるなど許されない!
せっかくのご縁を台無しにして申し訳ありませんが……我々には“貴族の尊厳”がある! これ以上スキャンダルを大きくするわけにはいかないのだ!」
怒り心頭の様子だが、それはむしろ私にとって好都合……なのかもしれない。
不謹慎だが、これでまた破談だ。
ただ、問題は破談の理由が「カイルの平民愛人発覚」というスキャンダルであること。
これによって、私も「なぜそんな男と婚約を承諾したのか」という批判を受けるリスクが高い。
(……まあ、私の評判は既に落ちるところまで落ちているんだけどね)
複雑な心境で、私は小さく息を吐く。
こうなると、もう私がどうあがいても覆せない。
「わかりました。私も、貴方たちが望むのであれば、それに従いましょう。
……婚約は、破談。これでお互い納得ということで」
「も、申し訳ありません……アンネローゼ様……」
カイルは今にも泣きそうな顔で謝罪する。
これで彼は、貴族としての評判を一気に落とすことになるだろう。
下手をすれば、領民の信用を失い、商業政策にも支障が出るかもしれない。
思わずアリスのことを思うと切ないが、こればかりはどうしようもない。
私にできるのは、彼らの幸運を祈ることだけ。
――こうして、私の第二の婚約話もあっけなく破談に終わった。
まさか、想定外のスキャンダルによって幕が下りるとは……。
晴れやかな陽光が差し込む昼下がり。
大広間には、私の両親とフェルガン男爵家の当主、それにカイルが集まり、正式に挨拶を交わしていた。
男爵家の当主――カイルの父は、なかなか威厳ある男性だった。
貴族としての格は公爵家に劣るかもしれないが、そこに流れる血筋や統率力はしっかりしている印象。
しかし、その瞳の奥にはどこか焦りのようなものがちらついている。
領地の拡大や、商業のさらなる成功を狙うには、公爵家との縁組がどうしても欲しいのだろう。
最初のうちは和やかに会話が進んでいた。
――が、問題はやはり“挙式”の話題に移った時だった。
「やはり、結納金や嫁入り道具の準備などもあるので、あまり日を空けずに婚儀を執り行いたいと考えております。
アンネローゼ様にも、すぐにでもフェルガン家へお越しいただいて……」
男爵家当主の主張はまるで、こちらがYesと言うのは当然だとばかり。
私の父は苦い顔で、それを制するように咳払いをする。
「しかし、我が娘はまだ若いですし、前の婚約破談の件で周囲から冷ややかな視線もある。
急ぎの挙式は、娘にも負担が大きいのではないかと思うのだが」
父の言い分は正当だ。
しかし、男爵家当主は少し苛立ったように唇を尖らせる。
「ですが、公爵家との縁をお待ちする時間が惜しいのです。
ご理解いただけるかと思いますが……我がフェルガン領は今、商業路の拡大のチャンスに直面しています。
この時期を逃せば、どこぞの伯爵家や侯爵家に先を越される恐れもある。
挙式を先送りにしている余裕など、正直申し上げてないのですよ」
なるほど。
“グレイシア公爵家と縁組を結んだ”という事実が、男爵家の権威向上に必要不可欠ということか。
(確かに……これでは、あまり悠長にしていられない気持ちもわかるわ)
カイルは横で申し訳なさそうに私を見つめている。
「ごめんなさい……。でも、僕たちにとっても死活問題なんだ……」と、その瞳が物語っているようだ。
私は、エドガーへの想いと、フェルガン家の事情、そして自分の未来を天秤にかける。
どう転んでも、私が完全に自由になる未来は遠のく。
「……でも、私にはどうしても挙式は早すぎると感じます。
せめて、もう少し時間をいただけないでしょうか。公爵家の令嬢としての準備もございますし……」
私がそう言った瞬間、男爵家当主の表情が微妙に歪んだ。
「おや……アンネローゼ様は、まさか結婚自体に乗り気ではないのでは?」
「それは……」
躊躇して言葉に詰まる私。
まさか、本人の前で「偽装婚約なんです」などと言えるわけがない。
けれど、男爵家当主もバカではない。
婚約の話が進んでいるのに、どうも煮え切らない態度を見せる私を見て、何か勘づいたようだ。
「……もしや、何か別の理由があるのではありませんか? たとえば、他に想い人がいるとか……」
ビクリとする私。
まさか、ここでそんなことを突っ込まれるとは思わなかった。
すると、その時だった。
ドアの外から、聞き慣れない声が上がった。
「大変失礼いたします! 男爵様、申し上げたいことが……っ!」
なにやら慌てふためいた様子の男爵家の使用人らしき青年が、広間に飛び込んでくる。
男爵家当主は顔を真っ赤にして「何事だ!」と叱咤するが、その青年は息を切らしながら言い放った。
「男爵家の敷地で、アリス様の存在が近隣住民に目撃され、噂が広まってしまいました……!
カイル様が平民を囲っており、結婚前から夫婦のように暮らしているのではないか、という話が……もう町中で騒ぎになっております!」
――一瞬、場の空気が凍り付く。
男爵家当主は目を剥き、カイルを鋭く睨みつけた。
「か、カイル! お前……平民の女を囲っていたというのは本当なのか!?
そんな愚行、今の時期にバレたらどうなると思っている!?」
「……っ……」
カイルは咄嗟に言葉を失った。
私は横で胸がざわめくのを感じる。
アリスとの関係がついに露見してしまったのだ。
「こ、これはどういうことです!? まさか……男爵家の嫡男が公爵令嬢との婚約を控えていながら、平民の女を囲っていたなど……」
私の父も困惑の声を上げる。
母は顔を覆って「なんという……」と嘆息した。
私は必死に頭を回転させる。
このままでは両家の関係が破綻するだけでなく、私の評判にも影響が出るのは避けられない。
そして――ここで決定的な声が上がった。
男爵家当主が激怒したまま、私に向き直る。
「アンネローゼ様、今回の婚約話はなかったことに――破談にさせていただきたい!
まさか私の息子がこんな不義理を働いていたとは……。とても公爵家の令嬢を嫁がせるなど許されない!
せっかくのご縁を台無しにして申し訳ありませんが……我々には“貴族の尊厳”がある! これ以上スキャンダルを大きくするわけにはいかないのだ!」
怒り心頭の様子だが、それはむしろ私にとって好都合……なのかもしれない。
不謹慎だが、これでまた破談だ。
ただ、問題は破談の理由が「カイルの平民愛人発覚」というスキャンダルであること。
これによって、私も「なぜそんな男と婚約を承諾したのか」という批判を受けるリスクが高い。
(……まあ、私の評判は既に落ちるところまで落ちているんだけどね)
複雑な心境で、私は小さく息を吐く。
こうなると、もう私がどうあがいても覆せない。
「わかりました。私も、貴方たちが望むのであれば、それに従いましょう。
……婚約は、破談。これでお互い納得ということで」
「も、申し訳ありません……アンネローゼ様……」
カイルは今にも泣きそうな顔で謝罪する。
これで彼は、貴族としての評判を一気に落とすことになるだろう。
下手をすれば、領民の信用を失い、商業政策にも支障が出るかもしれない。
思わずアリスのことを思うと切ないが、こればかりはどうしようもない。
私にできるのは、彼らの幸運を祈ることだけ。
――こうして、私の第二の婚約話もあっけなく破談に終わった。
まさか、想定外のスキャンダルによって幕が下りるとは……。
1
あなたにおすすめの小説
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる