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第3章――動き出す日常と、変わりゆく想い
18話
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朝早く、私とサラは馬車に乗り、屋敷を出発した。到着した先は、伯爵家からそれほど遠くない場所にある広い公園だ。10年前にもあったものの、今では整備が進み、噴水やベンチが増え、木々も育ってすっかり様相を変えているらしい。
「ここが……あの公園……?」
馬車を降りて見渡すと、確かに雰囲気は似ているが、はるかに整然と広々としているように思えた。植えられている花の種類も豊富で、散歩やジョギングを楽しむ人々の姿がちらほら見える。
「はい。10年前は、まだこれほど大きくはなかったのだと聞きました。アーシア様も昔、お父さまと一緒に遊びにいらしたことがあるそうですが……覚えていらっしゃいますか?」
「うーん……うっすら記憶にあるかな。もうちょっと狭い場所だったはずだけど……」
少しだけ胸がざわつく。思い出の場所が変わってしまうことへの寂しさと、未来への期待が混じったような感覚だ。
サラに支えられながら、私は公園の中央にある噴水広場へ向かった。そこには子供たちがはしゃぎ回り、ベンチでは老夫婦がのんびりと休んでいる。とても平和で、微笑ましい光景だ。
――10年経っても、変わらない空気もあるんだな。
そんなことを思いながら、私は噴水の縁に腰を下ろす。サラが「無理なさらないでください」とタオルを差し出してくれた。まだ疲れやすい体ではあるが、こうして外の世界に出るのは新鮮で心地いい。
「意外と、ちょっと散歩するだけでも楽しいものだね。家にこもってばかりじゃ、わからなかったことが多いんだな……」
私が素直な感想を口にすると、サラは嬉しそうに微笑む。
「はい。アーシア様がこうして笑顔で外を歩けるようになって、本当に良かったです。私も励みになります」
その言葉に、私も笑みを返す。そうだ、サラや両親、使用人の皆が支えてくれているおかげで、私は一歩ずつ世界を取り戻しているのだ。
ふと、視界の端で見覚えのある姿が通り過ぎたような気がして、思わずそちらを向く。若い男女が連れ立って歩いているようだ。――いや、男女というより、二人の女性だろうか。
そのまま視線を凝らしていると、向こうもこちらに気づいたらしく、片方が「あ……!」という顔をする。
「アーシア……様、ですよね?」
声をかけられ、私はとっさに立ち上がろうとするが、バランスを崩しかけてサラに支えられる。相手が急いで駆け寄ってくると、私はようやく彼女の顔をはっきりと見ることができた。
「私……わかりますか? フローレス子爵家のセリーヌです。小さい頃、何度かお屋敷にお邪魔したことがあって……」
――そういえば、名前だけはどこかで聞いた記憶がある。私と同じ年頃だったはずで、10年前は何度か一緒に遊んだ気がする。
「フローレス子爵家……あ、あぁ……ごめんなさい、まだ記憶が曖昧で……」
私が困ったように答えると、セリーヌは慌てて首を振った。
「いえ、構いません! 私のほうこそ、突然声をかけて失礼しました。アーシア様が10年ぶりに目覚められたって噂は聞いていたのですが……こうしてお外に出られるまで回復されたんですね! 本当によかった……」
彼女の隣には、少し年上の女性が立っており、穏やかに微笑んでいる。おそらく姉妹か、あるいは付き添いかもしれない。
「お体は大丈夫ですか? 無理はなさらないで……」
セリーヌが続ける。私は「大丈夫だよ」と笑ってみせた。
「こうして外に出られるまでになったんだ。まだリハビリ中だけど、なんとかね」
その言葉を聞いて、セリーヌは心底安心したような表情を浮かべる。どうやら彼女の家もロウェル家と長い付き合いがあったらしく、子供時代に私と交流していたことを懐かしんでいるのだ。
「もし、またお時間があれば……ぜひ一緒にお茶などいかがですか? お互いに、昔のことを思い出しながらお話しできれば……」
それは思いも寄らない誘いだった。私の中には戸惑いが芽生える一方で、嬉しさもある。初めて会った気がするほど記憶が薄いが、こうして声をかけてもらえるのはありがたい。
「うん、ありがとう。私も社交の場に少しずつ慣れようとしているところだから……セリーヌさんがよければ、お話ししたいな」
私がそう答えると、セリーヌは瞳を輝かせて頷く。
「はい、ぜひ! では、改めて手紙を差し上げますね。実は私も、伯爵家のお茶会に行きたかったんですが、別の用事で行けなくて……もし参加してたら、もっと早くお会いできたかもしれないのに!」
最後は少し名残惜しそうに笑いながら、セリーヌとその連れの女性は「ではまた」と言って去っていった。その背中を見送りながら、私はサラと視線を交わす。
「サラ、びっくりした。こんな偶然もあるんだね……」
「そうですね。でも、これもアーシア様が外に出るようになったからこその機会ですよ。さっそく社交が広がっていく予感がしますね」
サラの言葉に、私も嬉しくなる。10年前の記憶が曖昧な相手でも、こうして繋がりを再開できるのだ。
――外の世界は、変わった部分もあれば、変わらない温かさもある。私はそのことを実感しながら、新たな一歩を踏み出せるかもしれないと希望を抱いた。
「ここが……あの公園……?」
馬車を降りて見渡すと、確かに雰囲気は似ているが、はるかに整然と広々としているように思えた。植えられている花の種類も豊富で、散歩やジョギングを楽しむ人々の姿がちらほら見える。
「はい。10年前は、まだこれほど大きくはなかったのだと聞きました。アーシア様も昔、お父さまと一緒に遊びにいらしたことがあるそうですが……覚えていらっしゃいますか?」
「うーん……うっすら記憶にあるかな。もうちょっと狭い場所だったはずだけど……」
少しだけ胸がざわつく。思い出の場所が変わってしまうことへの寂しさと、未来への期待が混じったような感覚だ。
サラに支えられながら、私は公園の中央にある噴水広場へ向かった。そこには子供たちがはしゃぎ回り、ベンチでは老夫婦がのんびりと休んでいる。とても平和で、微笑ましい光景だ。
――10年経っても、変わらない空気もあるんだな。
そんなことを思いながら、私は噴水の縁に腰を下ろす。サラが「無理なさらないでください」とタオルを差し出してくれた。まだ疲れやすい体ではあるが、こうして外の世界に出るのは新鮮で心地いい。
「意外と、ちょっと散歩するだけでも楽しいものだね。家にこもってばかりじゃ、わからなかったことが多いんだな……」
私が素直な感想を口にすると、サラは嬉しそうに微笑む。
「はい。アーシア様がこうして笑顔で外を歩けるようになって、本当に良かったです。私も励みになります」
その言葉に、私も笑みを返す。そうだ、サラや両親、使用人の皆が支えてくれているおかげで、私は一歩ずつ世界を取り戻しているのだ。
ふと、視界の端で見覚えのある姿が通り過ぎたような気がして、思わずそちらを向く。若い男女が連れ立って歩いているようだ。――いや、男女というより、二人の女性だろうか。
そのまま視線を凝らしていると、向こうもこちらに気づいたらしく、片方が「あ……!」という顔をする。
「アーシア……様、ですよね?」
声をかけられ、私はとっさに立ち上がろうとするが、バランスを崩しかけてサラに支えられる。相手が急いで駆け寄ってくると、私はようやく彼女の顔をはっきりと見ることができた。
「私……わかりますか? フローレス子爵家のセリーヌです。小さい頃、何度かお屋敷にお邪魔したことがあって……」
――そういえば、名前だけはどこかで聞いた記憶がある。私と同じ年頃だったはずで、10年前は何度か一緒に遊んだ気がする。
「フローレス子爵家……あ、あぁ……ごめんなさい、まだ記憶が曖昧で……」
私が困ったように答えると、セリーヌは慌てて首を振った。
「いえ、構いません! 私のほうこそ、突然声をかけて失礼しました。アーシア様が10年ぶりに目覚められたって噂は聞いていたのですが……こうしてお外に出られるまで回復されたんですね! 本当によかった……」
彼女の隣には、少し年上の女性が立っており、穏やかに微笑んでいる。おそらく姉妹か、あるいは付き添いかもしれない。
「お体は大丈夫ですか? 無理はなさらないで……」
セリーヌが続ける。私は「大丈夫だよ」と笑ってみせた。
「こうして外に出られるまでになったんだ。まだリハビリ中だけど、なんとかね」
その言葉を聞いて、セリーヌは心底安心したような表情を浮かべる。どうやら彼女の家もロウェル家と長い付き合いがあったらしく、子供時代に私と交流していたことを懐かしんでいるのだ。
「もし、またお時間があれば……ぜひ一緒にお茶などいかがですか? お互いに、昔のことを思い出しながらお話しできれば……」
それは思いも寄らない誘いだった。私の中には戸惑いが芽生える一方で、嬉しさもある。初めて会った気がするほど記憶が薄いが、こうして声をかけてもらえるのはありがたい。
「うん、ありがとう。私も社交の場に少しずつ慣れようとしているところだから……セリーヌさんがよければ、お話ししたいな」
私がそう答えると、セリーヌは瞳を輝かせて頷く。
「はい、ぜひ! では、改めて手紙を差し上げますね。実は私も、伯爵家のお茶会に行きたかったんですが、別の用事で行けなくて……もし参加してたら、もっと早くお会いできたかもしれないのに!」
最後は少し名残惜しそうに笑いながら、セリーヌとその連れの女性は「ではまた」と言って去っていった。その背中を見送りながら、私はサラと視線を交わす。
「サラ、びっくりした。こんな偶然もあるんだね……」
「そうですね。でも、これもアーシア様が外に出るようになったからこその機会ですよ。さっそく社交が広がっていく予感がしますね」
サラの言葉に、私も嬉しくなる。10年前の記憶が曖昧な相手でも、こうして繋がりを再開できるのだ。
――外の世界は、変わった部分もあれば、変わらない温かさもある。私はそのことを実感しながら、新たな一歩を踏み出せるかもしれないと希望を抱いた。
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