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第4章――十年の時を超えて、いま選ぶ未来
25話
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数日後――リリアナの決断と、新たな関係
リリアナがロウェル伯爵家を後にしたあの日から、数日が経過した。レオンは公的な手続きやアルヴェルト侯爵家への事情説明に追われ、落ち着かない日々を送っているようだった。
私はというと、リリアナと彼の決断をまだ心に整理しきれず、どこかもやもやとした気持ちを抱えていた。リリアナから託された思い――「レオンを支えてほしい」。その重みを噛みしめながら、私は自分に問うている。
――本当に私でいいの? 私がレオンと結婚したところで、彼のもとに10年のブランクがある私がふさわしいのか……。
そんな逡巡を抱きながら、書斎でぼんやりと本をめくっていると、控えめなノックの音がした。サラが顔を覗かせて、「レオン様がお見えです」と告げる。
「レオンが……わかった、通してくれる?」
サラが「かしこまりました」と一礼して部屋を出ていき、すぐにレオンが姿を現した。いつもより疲れた表情を浮かべているように見えるが、目の奥には何か決意のようなものが宿っている。
「アーシア……。突然ごめん。少し、話せるか?」
「うん。どうぞ」
私は椅子から立ち上がり、レオンをテーブルのほうに案内する。書斎の一角には二脚の椅子があり、静かに向き合って座れる配置だ。
レオンはおそらく仕事の合間に来たのだろう。少し乱れたネクタイを直しながら「すまないな、あまり長居はできないんだけど……」と切り出す。
「ううん、構わないよ。私も、話したいことがあったから……」
私は深呼吸して背筋を伸ばす。今こそ、自分の気持ちをきちんと伝えなければならないと思っていた。リリアナがいない以上、レオンとの向き合い方は私次第だ。
「リリアナが出してくれた結論、聞いたよ。……婚約を解消する手続きを進めるって」
「そうだ。アルヴェルト家としても、大騒ぎにはしたくないから、できるだけ穏便に事を運ぶ方向で話が進んでいる。リリアナの家も、彼女の意思を尊重してくれるそうだ」
――リリアナは本当に強い女性だ。家や社交界というしがらみのなかでも、自分の気持ちを貫き通し、レオンを解放した。
「……本当に、いいのかな」
思わず口から出た言葉は、私が抱いている不安そのものだった。レオンは私の瞳をまっすぐに見つめ、ゆっくり首を振る。
「いいも悪いも、これが俺たちが出した答えなんだ。リリアナのためにも、もうあまり迷わずに進んでやらないと、かえって失礼になるだろう」
そうかもしれない。迷ったり躊躇ったりしているうちに、リリアナの気持ちを踏みにじることになる。それは絶対に避けたい。
私は意を決して、胸の奥にしまっていた言葉を吐き出すことにした。
「レオン……私、あなたのことを好き。でも、それが“子供の頃に思い描いていた夢”の延長でしかないんじゃないかって、不安になる。私が10年間眠ってる間にあなたは成長して……リリアナ嬢みたいな、素敵な女性と出会ってきたんだもの」
レオンは少し笑みを漏らした。私にとっては深刻な思いなのだが、彼には違う風に聞こえたのかもしれない。
「アーシア……俺は、昔のままのお前を見ているわけじゃない。10年眠っている間に置いて行かれた“幼い姫”として守りたいわけでもない。むしろ、『今の』お前に惹かれているんだ」
――今の私。昔と違う私。
「外の世界を知ろうと必死に頑張って、少しずつだけど自分の足で歩み始めている。その姿が、俺にはまぶしく見える。リリアナとはまた違う意味で、強い人間だと思う」
「強い……? 私が……?」
――自分では、まだ弱さばかりが目についてしまう。それなのに、彼は私を強いと評価してくれる。
「本当だよ。10年もの時を失って、心が追いつかないことも多いのに、それを言い訳にせず努力し続けている。子供の頃のお前が、あそこまで根性があるなんて、正直予想できなかったな」
レオンの穏やかな眼差しに、胸が温かくなる。少し涙がにじみそうになって、私は急いで目をそらした。
「そっか……ありがと……。私、自分では情けないとばかり思ってた」
「情けなくなんかないさ。むしろ、お前だからこそ救われる人間がいる。俺もそうだし、これから先、お前が歩む人生の中でたくさんの人と出会って、同じように与える力があると思うんだ」
私はレオンの言葉を受け止めながら、リリアナの残していった言葉も思い出していた。「あなたには彼を支えるだけの強さがある」――二人がそう言うのなら、私はもう自信を持って信じていいのだろうか。
レオンは静かに私の手を取る。驚きで身がこわばるが、彼はそっと私の手を包み込み、微かな体温が伝わってきた。
「アーシア、もう一度、ちゃんと婚約してほしい。――10年前の子供同士の約束じゃなく、今の俺とお前の約束として」
頭が真っ白になる。けれど、心はどこか安らぎを感じていた。レオンの瞳に宿る決意を見て、私は自然と言葉が溢れ出す。
「うん……私も、今の私として、あなたと一緒に歩きたい。リリアナ嬢が託してくれた想いを無駄にしたくないし、10年前の夢の続きじゃなく、今から築く未来のために――」
そこまで言うと、涙が溢れて視界が歪んだ。レオンは困ったような、でも優しい顔で私の手を握りしめる力を少しだけ強める。
「ありがとう……アーシア。お前がそう言ってくれて、本当に嬉しい。俺たちは10年のギャップを埋めるために、きっとまだ色々苦労するだろうけど……一緒に乗り越えていこう」
「……うん、一緒に……」
私たちは、互いの手を握り合いながら、静かに微笑み合った。リリアナが残してくれたこの道を、私たちは踏みしめながら進んでいく。後ろめたさや不安はあるけれど、それでも二人でいれば乗り越えられる……そう思いたい。
――こうして、私とレオンは改めて「婚約」という形を結ぶことを決めた。10年の時を失った私と、10年の間に成長したレオン。子供の頃に描いていた結婚とは違う、今の私たちの意思で交わす約束。
大切な人を傷つけてしまった罪悪感は、決して消えないかもしれない。それでも、もう一度手を取り合うこの瞬間は、私の心に確かな希望を灯していた。
リリアナがロウェル伯爵家を後にしたあの日から、数日が経過した。レオンは公的な手続きやアルヴェルト侯爵家への事情説明に追われ、落ち着かない日々を送っているようだった。
私はというと、リリアナと彼の決断をまだ心に整理しきれず、どこかもやもやとした気持ちを抱えていた。リリアナから託された思い――「レオンを支えてほしい」。その重みを噛みしめながら、私は自分に問うている。
――本当に私でいいの? 私がレオンと結婚したところで、彼のもとに10年のブランクがある私がふさわしいのか……。
そんな逡巡を抱きながら、書斎でぼんやりと本をめくっていると、控えめなノックの音がした。サラが顔を覗かせて、「レオン様がお見えです」と告げる。
「レオンが……わかった、通してくれる?」
サラが「かしこまりました」と一礼して部屋を出ていき、すぐにレオンが姿を現した。いつもより疲れた表情を浮かべているように見えるが、目の奥には何か決意のようなものが宿っている。
「アーシア……。突然ごめん。少し、話せるか?」
「うん。どうぞ」
私は椅子から立ち上がり、レオンをテーブルのほうに案内する。書斎の一角には二脚の椅子があり、静かに向き合って座れる配置だ。
レオンはおそらく仕事の合間に来たのだろう。少し乱れたネクタイを直しながら「すまないな、あまり長居はできないんだけど……」と切り出す。
「ううん、構わないよ。私も、話したいことがあったから……」
私は深呼吸して背筋を伸ばす。今こそ、自分の気持ちをきちんと伝えなければならないと思っていた。リリアナがいない以上、レオンとの向き合い方は私次第だ。
「リリアナが出してくれた結論、聞いたよ。……婚約を解消する手続きを進めるって」
「そうだ。アルヴェルト家としても、大騒ぎにはしたくないから、できるだけ穏便に事を運ぶ方向で話が進んでいる。リリアナの家も、彼女の意思を尊重してくれるそうだ」
――リリアナは本当に強い女性だ。家や社交界というしがらみのなかでも、自分の気持ちを貫き通し、レオンを解放した。
「……本当に、いいのかな」
思わず口から出た言葉は、私が抱いている不安そのものだった。レオンは私の瞳をまっすぐに見つめ、ゆっくり首を振る。
「いいも悪いも、これが俺たちが出した答えなんだ。リリアナのためにも、もうあまり迷わずに進んでやらないと、かえって失礼になるだろう」
そうかもしれない。迷ったり躊躇ったりしているうちに、リリアナの気持ちを踏みにじることになる。それは絶対に避けたい。
私は意を決して、胸の奥にしまっていた言葉を吐き出すことにした。
「レオン……私、あなたのことを好き。でも、それが“子供の頃に思い描いていた夢”の延長でしかないんじゃないかって、不安になる。私が10年間眠ってる間にあなたは成長して……リリアナ嬢みたいな、素敵な女性と出会ってきたんだもの」
レオンは少し笑みを漏らした。私にとっては深刻な思いなのだが、彼には違う風に聞こえたのかもしれない。
「アーシア……俺は、昔のままのお前を見ているわけじゃない。10年眠っている間に置いて行かれた“幼い姫”として守りたいわけでもない。むしろ、『今の』お前に惹かれているんだ」
――今の私。昔と違う私。
「外の世界を知ろうと必死に頑張って、少しずつだけど自分の足で歩み始めている。その姿が、俺にはまぶしく見える。リリアナとはまた違う意味で、強い人間だと思う」
「強い……? 私が……?」
――自分では、まだ弱さばかりが目についてしまう。それなのに、彼は私を強いと評価してくれる。
「本当だよ。10年もの時を失って、心が追いつかないことも多いのに、それを言い訳にせず努力し続けている。子供の頃のお前が、あそこまで根性があるなんて、正直予想できなかったな」
レオンの穏やかな眼差しに、胸が温かくなる。少し涙がにじみそうになって、私は急いで目をそらした。
「そっか……ありがと……。私、自分では情けないとばかり思ってた」
「情けなくなんかないさ。むしろ、お前だからこそ救われる人間がいる。俺もそうだし、これから先、お前が歩む人生の中でたくさんの人と出会って、同じように与える力があると思うんだ」
私はレオンの言葉を受け止めながら、リリアナの残していった言葉も思い出していた。「あなたには彼を支えるだけの強さがある」――二人がそう言うのなら、私はもう自信を持って信じていいのだろうか。
レオンは静かに私の手を取る。驚きで身がこわばるが、彼はそっと私の手を包み込み、微かな体温が伝わってきた。
「アーシア、もう一度、ちゃんと婚約してほしい。――10年前の子供同士の約束じゃなく、今の俺とお前の約束として」
頭が真っ白になる。けれど、心はどこか安らぎを感じていた。レオンの瞳に宿る決意を見て、私は自然と言葉が溢れ出す。
「うん……私も、今の私として、あなたと一緒に歩きたい。リリアナ嬢が託してくれた想いを無駄にしたくないし、10年前の夢の続きじゃなく、今から築く未来のために――」
そこまで言うと、涙が溢れて視界が歪んだ。レオンは困ったような、でも優しい顔で私の手を握りしめる力を少しだけ強める。
「ありがとう……アーシア。お前がそう言ってくれて、本当に嬉しい。俺たちは10年のギャップを埋めるために、きっとまだ色々苦労するだろうけど……一緒に乗り越えていこう」
「……うん、一緒に……」
私たちは、互いの手を握り合いながら、静かに微笑み合った。リリアナが残してくれたこの道を、私たちは踏みしめながら進んでいく。後ろめたさや不安はあるけれど、それでも二人でいれば乗り越えられる……そう思いたい。
――こうして、私とレオンは改めて「婚約」という形を結ぶことを決めた。10年の時を失った私と、10年の間に成長したレオン。子供の頃に描いていた結婚とは違う、今の私たちの意思で交わす約束。
大切な人を傷つけてしまった罪悪感は、決して消えないかもしれない。それでも、もう一度手を取り合うこの瞬間は、私の心に確かな希望を灯していた。
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