愛なき政略結婚のはずでしたが、冷酷侯爵が挙式翌日から溺愛してきます

鍛高譚

文字の大きさ
8 / 27
第2章:偽りの仮面と真実の愛

2-3:領主としての顔と合理の思想

しおりを挟む
セクション3:領主としての顔と合理の思想

 エドワードはスッと頭を下げると、私たちの前にゆったりとした動作で座った。その隣にはテオドールが控えるように立っており、エドワードが続ける言葉を待っている。

「先日はお忙しい中、わざわざ私どもの屋敷へお越しくださりありがとうございました。初対面ということで、ゆっくりお話をする時間もなかったかと思いますが……本日は領内をご案内させていただきたい。アマンダ嬢の新しい住まいとなる場所ですからね。納得のいくまでご覧になってください」

 柔らかな口調に、私は少しだけ肩の力が抜けた。父も控えめに礼を述べ、そして本題を切り出す。

「エドワード侯爵。このたびは、我が娘を快く迎えてくださると伺い、感謝しております。我が家としても、アマンダを通じてクラレンス家に少しでもお役立ていただけるなら、これ以上の喜びはありません。ただ、やはり私としては、娘に安穏な暮らしを送らせたいという気持ちが大きい。……そこで、今日はいくつかお話をうかがいたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。公爵のお望みには、できる限りお応えいたします」

 そう言うと、エドワードは目でテオドールに合図し、すぐさま彼は部屋を出て行った。なにやら意図があるのだろうと思っていると、また数分後、今度は大きな書簡の束を抱えた別の使用人が戻ってきた。エドワードがそれを軽く受け取り、テーブルの上に拡げてみせる。

「これは私の領地の概要や家計簿の一部、それから主要な年次計画の書類です。もちろん機密に触れない範囲ではありますが、ローウェル公爵に安心していただくためにも、ざっとご覧いただければと思って用意しました」

「ほう……」

 父は思わず感嘆の声を漏らしながら、その資料を手に取った。私も横から覗き込むが、そこには非常に整然とした数字や記録が並んでいる。領地の地図に加え、農地や商業の収益、税の配分、さらには福祉や治安維持の施策など、多角的にまとめられているようだ。

(……すごい。こんなに細かくデータを取っているのね)

 私は貴族の娘でありながら、領地経営の細部までは知らない。だが、家庭教師から習った知識や、父の会話から断片的に得た情報と照らし合わせても、ここまで体系立てて管理している領主は珍しいと感じる。大抵の領主は役人や代理人に任せきりになりがちだというのに、エドワードは自ら統括しているのだろうか。

「侯爵……。私も自領を抱えてはおりますが、ここまで統制が取れている領地はそう多くないでしょう。貴公はかなり綿密に計画を立てているのだな」

 父が心底驚いた様子で言うと、エドワードはわずかに微笑む。

「恐れ入ります。私自身、幼い頃から“無駄”が嫌いでした。物事には必ず理由があり、数値を見れば対策が打てる。そう考えて、なるべく領内の現状を可視化するようにしているんです。……もっとも、まだまだ改善の余地はあるとは思いますが」

 その落ち着いた口調と表情には、誇りや自信がにじんでいる。きっと彼は、政治の世界や実業界で「冷酷な策略家」と呼ばれるにふさわしいだけの才覚を持っているのだろう。私は思わず、その横顔をまじまじと見つめてしまった。

(やはり、ただ穏やかなだけの人ではない。内側には、計り知れないほどの知性と冷静さが宿っているんだわ……)

 同時に、こうもきちんと領地経営を行っているなら、領民の暮らしも安定しているのではないかと推測する。だとしたら、私がここに嫁ぐことが領民にとっても有益になるのなら、それは悪い話ではない。……そう思う一方で、私個人の幸せはどこにあるのだろう、と胸がちくりと疼く。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

義妹に夢中になった王子に捨てられたので、私はこの宝を持ってお城から去る事にします。

coco
恋愛
私より義妹に夢中になった王子。 私とあなたは、昔から結ばれる事が決まっていた仲だったのに…。 私は宝を持って、城を去る事にした─。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...