婚約破棄したあなたが処刑台に立つ頃、私は帝国将官に求婚されていました』

鍛高譚

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11話

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秘密と裏切り

 コーラルが去ったあと、アリオンはしばらく茫然としていた。周囲の祝い客が「どうしたの?」と不思議そうに声をかけるが、返事ができない。その胸には、かつて交わした約束と別れの記憶が渦巻いていた。
 あのとき、自分は本当にコーラルを想って婚約破棄をしたのか。それとも、伯爵家の息子としての身勝手な保身と出世欲に流されたのか――。
 だが、一度足を踏み入れた道からはもう後戻りはできない。アリオンはレイナーのもとへ戻り、ぎこちなく笑みを作ると、そのまま結婚の儀を続けた。周囲の人間は誰もコーラルの存在など気にせず、二人の新たな門出を祝福している。
 式典が済み、豪華な披露宴の最中、アリオンは隣に座るレイナーに微妙に視線を向けた。彼女は気の強そうな瞳をしているが、まるで自信に満ち溢れている。将軍の令嬢らしく、その後ろには強力な後ろ盾があり、アリオンにとっては安全で確実な立場を築くことができる相手だ。戦時中から上司の口添えで後方支援部隊に所属できたのも、彼女の存在があったからこそと言われている。

「……アリオン様、ご心配なさらずとも、これからは私があなたを支えますわ。軍の上層部も、私の父が強い影響力を持っていますし、あなたの将来は安泰でしょう」
 笑顔でそう語るレイナーを見て、アリオンは穏やかな口調で礼を言いながらも、心の奥底では何かが引っかかっていた。愛情とはまた別の、利害関係に基づいた結婚。その事実を否定できない自分自身に嫌悪感すら覚える。
 だが、今さら後戻りはできない。アリオンは心を押し殺し、周囲の祝福に応えるように振る舞った。

 披露宴の最中、将軍であるレイナーの父――ガーレン将軍が高らかに音頭を取り、アリオンを讃える演説を始める。
「アリオン・サリヴァン伯爵は、この戦争における補給と物資管理において、多大なる貢献をしてくれた。前線だけが戦いの場ではない、後方の支援こそが兵士たちの命を繋ぐのだ。私の娘レイナーを託すに足る人物であると、私は確信している!」
 大きな拍手と歓呼の声が沸き起こる。その喧騒の中、アリオンは自分に浴びせられる賞賛の言葉を虚ろに聞いていた。補給と物資管理、確かにそれは大切な仕事だ。だが、本当に死地に赴き、必死に命を懸けて戦った騎士たちと同じように称えられるほど、自分は何かを成し遂げたのだろうか――という疑問が消えない。
 アリオンの脳裏には、いつかのコーラルの涙が蘇る。彼女が言った「それでも私は、あなたの帰りを待ちます」という台詞が、今になって胸を刺す。あのとき、彼女に最後まで向き合わず、ただ一方的に「未練を断ち切りたい」と言って婚約破棄を迫ったのは自分だ。なのに、今さら何を悔やむのだろう。
 気づけば、レイナーが怪訝そうにアリオンの表情を覗き込んでいた。

「アリオン様? どうかされましたか? ……もしかして、先ほど外で何かありましたか?」

 恐らく、アリオンとコーラルが視線を交わしていたことをレイナーも目撃したのだろう。彼女は口元に笑みを浮かべ、だがその瞳は冷たい。
 さすがに、ここで「旧婚約者と偶然出会った」などと正直に言うわけにはいかない。アリオンはぎこちなく首を振り、「いえ、何でもありません。少し疲れただけです」と取り繕う。
 レイナーはそれ以上は言及せず、「そう……今日のうちにいろいろな方へ挨拶をすませておきましょう」と、さらりと話題を変えた。しかし、その仕草には微かな警戒心が滲んでいる。
 ――こうして、アリオンとコーラルの間にあった繋がりは、完全に切り離されてしまった。
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