追放令嬢の辺境パティスリー ~桃のタルトと第二王子の溺愛~

鍛高譚

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10話

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 散策を終えて屋敷に戻ると、改装工事に来てくれている大工の若者が声をかけてきた。

 「アンリ様、ちょいと相談なんですが……お店に看板を掛けるなら、なんて名前にしましょうか?」

 「あ、そうでしたわね。店名を考えないと。うーん……“シャルパンティエ洋菓子店”というのはどうかしら?」

 わたくしの名前“シャルパンティエ”をそのまま使うのは、少し照れくさくもある。しかし、王都であれこれ考えた末に辿り着いた答えだった。名前が長すぎるのは困るので、シンプルに“シャルパンティエ洋菓子店”としたい。

 大工の若者は「なるほど、シャルパンティエ……覚えにくいかもしれないけど、かっこいい響きじゃないですか」と笑っていた。わたくしも何度か口に出してみる。

 「シャルパンティエ洋菓子店……なんだか、いい感じですわ。うふふ」

 まだ準備段階だが、少しずつ形になっていく“わたくしの店”――そのイメージが膨らむたびに、昂揚感を覚える。

 そして改装工事が終わりを迎えようとしていたある日の夕方。わたくしは厨房で明かりを灯しながら、試作のタルト生地を仕込んでいた。クッキーなどの簡単なお菓子はある程度のコツを掴んだが、タルトとなると焼き加減が難しい。生地がうまく焼けないと、底が生焼けになったり、逆に縁だけ硬くなってしまったりするからだ。

 しかも、まだ桃が手に入っていない。現在ある果物といえば、リンゴやベリー類くらい。仕方なくリンゴを使って“タルト・オ・ポム”を試作し、あくまで焼き加減の研究に専念している。

 「……もうちょっと、火力を抑えてみましょうか」

 竈の扉を少しだけ開け、熱がこもりすぎないようにする。温度計など当然ないから、炎の色や生地の香りを頼りに焼き加減を見極めるのだが、これがなかなか面白い。同時に、わたくしの感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 しばらく待ってから、そっとタルト型を取り出す。熱々に焼けた生地からは、リンゴとバターの甘い香りが立ち昇ってきた。生地の色合いは黄金色に近く、焦げはない。成功だ。わたくしは切り分けて一口味見をする。

 「……おいしい……!」

 リンゴの瑞々しさと甘く煮込んだ風味が、生地のサクサク感と融合している。使ったバターがとても良いからか、香りもしっかりと立っている。これは、桃が手に入ったらどれだけ絶品になるだろう。想像しただけで、わたくしは鳥肌が立つほどの喜びを覚えた。

 「これなら充分勝負できますわ。あとは……そう、あの“野生の果樹園”の桃を手に入れられれば……」

 胸の奥に灯った静かな野心。わたくしはこの地で最高のタルトを完成させたい。いつか、王都で“ざまあ”と思うほどの成功を収めるためにも――それは半ば意地かもしれないが、確かにわたくしを突き動かす原動力になっている。

 そんなふうに意気込んでいると、外から馬の蹄の音が聞こえた。こんな辺鄙な屋敷に来客だろうか……? ピエールが玄関で応対しているような声がかすかに聞こえてくる。

 やがてピエールが厨房に姿を見せた。申し訳なさそうに、しかしどこか緊張した面持ちで、わたくしに言う。

 「アンリ様、少し大変な方がいらっしゃいました……。城下町からいらした、高位の騎士のようで、たまたま近くを通って屋敷の存在を見つけたとか。今、応接室でお待ちいただいています」

 「騎士……ですか? こんな辺境に何の用でしょう」

 胸の奥がざわつく。もしかして、王都から何か言いがかりをつけられるのでは? あるいは、婚約破棄の事情を探りに来たのかもしれない。色んな考えが一気に頭をよぎる。

 「わかりませんが、見たところ身なりもかなり高価な装いをしておられます。年の頃は……アンリ様と同じくらいでしょうか。物腰は丁寧ですが、妙にこちらを観察しているような雰囲気があります」

 「……わかりました。わたくしが直接お話ししましょう」

 そう言ってエプロンを外し、急いで身だしなみを整える。パリッとしたドレスを着ているわけではないが、せめて髪を整えて裾の粉を払わないと。王都を離れたからといって、最低限の礼儀はわきまえておきたい。
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