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最終話 第12話 ―春を告げる花の下で、未来へ歩き出す―
しおりを挟む王宮に残る舞踏会の余韻は、まるで遠くへ流れゆく波のように静かだった。
エリーザ・ド・ブルーヴの陰謀は完全に白日の下に晒され、王宮を覆っていた不穏な影はようやく払われつつある。
その余波の中で——。
シルフィ・アルモントの名は、王都の誰もが口にするほどの称賛と尊敬を集めていた。
誰もが知っている。
誰よりも早く違和感を抱き、誰よりも勇気を持って告発したのは、彼女だということを。
だが、当の本人はその喧騒から離れ、王宮の庭園を静かに歩いていた。
◇
春を告げる白い花々が咲き誇る庭園は、陽光を浴びてほのかに輝いている。温かな風がシルフィの髪を揺らし、その隣を歩くカリブもまた穏やかな目をしていた。
「……ずいぶん、季節が変わりましたね」
「ええ。まるで王国が、新しく生まれ変わったようですわ」
シルフィは咲きそろった花々を見渡しながら、小さく息をつく。あの日の喧騒も、あの夜の緊張も、すべてが遠く感じられる。
「シルフィ様」
呼びかけるカリブの声は、これまでよりずっと柔らかい。
「これからも……一緒に領地を守り、発展させていきましょう。あなたと共に歩む未来を、私は誇りに思います」
言葉に偽りなどひとつもない、真っ直ぐな眼差し。
その視線を受けとめ、シルフィは優しく微笑んだ。
「ええ、カリブ。あなたがそばにいてくれるなら、私はどんな困難にも立ち向かえるわ」
その言葉に、カリブの瞳は静かに揺れた。安堵と喜びと、そして決意が宿った光。
二人の間に、春の匂いを運ぶ風が通り過ぎる。
◇
庭園の奥から、気配もなくひっそりと影が現れた。
王家直属の密偵、“影”。
シルフィが最も信頼する裏の支えだ。
「シルフィ様。エリーザ様の件、すべての処理が滞りなく済みました」
その声はいつも通り淡々としているのに、どこか温かさがある。
「あなたの行動が、王国に新しい風を呼び込みました。……王家より、深い謝意を込めて」
「影……あなたがいなければ、私はここまで来られなかったわ」
シルフィは、胸の奥から湧き上がる感謝を隠さなかった。
「これからも、どうか私に力を貸してください。私は、まだまだ未熟ですもの」
「未熟どころか……十分すぎるほど強い方だと思っています。ですが、その願いには喜んで」
影はわずかに頭を下げ、次の任務へ向かうように静かに姿を消した。
◇
春の足音が日を追うごとに大きくなるなか、シルフィは再び温室へと足を運んだ。
ハーブの新芽は力強く伸び、薬草の研究も順調に進む。
領地の人々とも、以前よりずっと親しくなった。
「シルフィ様、今日も畑を見に来てくださったんですね!」
「ええ。今年の収穫が楽しみですわ」
村人たちは誇りに満ちた笑顔を向け、子どもたちはシルフィの裾をつかんではしゃぐ。
カリブがその隣に自然に立ち、優しい声で言う。
「……あなたが歩いた分だけ、この領地は良くなっていきますね」
「みなさんのお力があってこそよ。私は、ほんの少し手を添えているだけ」
「いえ。あなたが“少し”動くだけで、ここまで変わるんです。あなたの力は、本当に……」
言いかけて、カリブは微笑んだだけで続けなかった。
胸の奥に大切な敬意と情を抱えているのが、言葉にせずとも伝わる。
「……ふふ。お互いに支え合える関係でありたいですわね」
「もちろんです」
◇
季節は移り変わり、王国は再び安定を取り戻しつつあった。
シルフィはもはや「捨てられた令嬢」ではない。
自らの意志で未来を選び取り、王国の人々に希望をもたらす“灯火”となった。
かつて彼女を蔑んだ者たちも、今ではその歩みを讃え、尊敬を込めて彼女の名を口にする。
それでも——。
(私は、ただ目の前の人々を守りたかっただけ)
その純粋な願いが、結果として多くの人々の未来につながったのだ。
◇
温室に戻ったシルフィは、咲き誇る花々にそっと手を伸ばした。
「……きれい」
陽光に透ける花びらが、まるで祝福するように光を受けている。
「シルフィ様」
隣でカリブが静かに言った。
「これからも共に歩む未来を……ずっと、大切にしていきたいです」
シルフィは振り返り、優しく笑う。
「ええ。私もよ、カリブ」
その瞬間、温室の扉が風に揺れて鳴り、春の匂いが二人の間にふわりと広がった。
それはまるで——
新しい物語の幕開けを告げる合図のようだった。
◇
こうして——。
シルフィ・アルモントは、真実の愛と自立の象徴として、王国の新たな希望となった。
彼女の歩みはまだ続く。
王国を照らす光となり、愛する人々を守るために。
そして何より、自分自身が選び取った未来のために——。
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