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第2章 溺愛の兆し
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しおりを挟む夕暮れ時、レクシアは自室で身支度を整えていた。まだダリオンは執務室にこもり、夕食はいつものように別々になるかもしれない。けれど、もし今夜も少しだけ顔を合わせられるなら、そのときに何か話題を作りたい。
特に、「ナイトメア」に関することならばダリオンも口を開いてくれるのではないか――そんな期待が心の片隅にある。
昨日までなら、彼の不在や冷淡な態度に傷つくばかりだったが、今日はどこか浮き立つ気持ちを感じる。わずかながらダリオンとの距離が縮まった気がして、どうにも落ち着かないのだ。
(私、こんなにも彼のことを意識している……?)
ふと鏡に映る自分の表情が、心なしか上気しているように見えて、レクシアは慌てて頬を押さえる。政略結婚だという現実は変わらないが、それでも希望を捨てきれない自分がいる。
――いつか、ダリオンの優しさや本心に触れられる日が来るかもしれない。昨日の花束や、厩舎でのやり取り、そして今日の書庫で見せた一瞬の行動が、そう思わせてくれる。
夜になっても、ダリオンは執務室から出てこなかった。侍女の話では、王宮から届いた公文書の対応に追われているらしい。結局、レクシアは食事を済ませると、おとなしく部屋に戻り、読書をして時間を潰すことにする。
不意に扉をノックする音が聞こえ、レクシアは本を閉じて「どうぞ」と声をかける。入ってきたのはオルディスだった。
「奥様、失礼いたします。……旦那様から連絡がございまして、本日は執務が長引くため夜分はお休みになられてよいとのことです」
「あ……そうですか。わかりました……」
少し落胆を隠せないレクシアの表情を見たのか、オルディスは控えめに微笑んだ。
「旦那様も、こう見えて奥様を気にかけておられるかと存じます。何ぶん、表にはあまり出されないお方ですが……どうぞお気を落とされませんよう」
その言葉に、レクシアは少しだけ救われたような気がした。
「ありがとうございます。今はまだ、私が知らないだけかもしれませんしね。……彼の思いや、本当の姿を」
そう呟くと、オルディスは穏やかな笑みを浮かべて深々と一礼し、退出する。レクシアは静まった部屋の中で再び本を開き、しかし文字を追うことには集中できないまま、思考をめぐらせる。
――ダリオン・アングレード。冷酷と言われる公爵家の嫡男は、しかし少しずつ“人間らしさ”を覗かせている。厩舎で見た優しい表情、書庫での一瞬の救いの手、そして無言のまま用意されていた朝の花束。そこには、確かに「無関心」とは思えない何かがあった。
(もしかして、ほんの少しでも私に心を開こうとしてくれているのかな……)
自分でも甘い期待だとは思う。それでも、希望があると思えれば、今の閉塞感に押しつぶされずに済む。
レクシアはそっと瞼を閉じ、布団に身を沈める。頭の中に浮かぶのは、ダリオンの横顔と、彼が見せた刹那の表情。その思い出を大切に抱きしめながら、明日こそもう一歩近づけますようにと祈る。
そうして訪れた夜明け。まだ薄暗い空が白みはじめたころ、レクシアは不思議とすっきりとした目覚めを迎えた。
――これから、どんな日々が待っているかはわからない。でも、昨日までとは違う一歩を踏み出せるかもしれない。そんな予感を抱きながら、レクシアはゆっくりと身支度を始める。
たとえ形ばかりの政略結婚であっても、そこにかすかな“溺愛の兆し”があると感じられるのなら――レクシアは、まだ頑張れる気がした。
少しずつ近づく二人の距離。それが温かな愛へと変わる未来を、彼女は信じたい。その想いが、まだ幼い恋心のように胸の中を甘く満たしていた。
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