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第1章 政略結婚の悲哀
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まずは体のサイズに合わせて下着や補正具を装着し、ドレスを着付けてもらう。その作業は周囲の侍女たちが手際よく進めてくれるが、レクシアはほとんど人形のようにされるがままだった。彼女は小さく息をついて心を落ち着けようとする。
「もし、このまま逃げ出したら……」
そんな考えが、ほんの一瞬脳裏をかすめる。しかし同時に、彼女にはそれが不可能なこともわかっていた。伯爵家の名を背負ってきた以上、自分の勝手で物事を台無しにするなど、許されるはずがないのだ。
時間が経ち、ようやくドレスを着終えて鏡を見ると、そこには絢爛たる花嫁姿の自分が映っている。白銀の生地には繊細なレースが施され、胸元やスカートの裾には伯爵家の紋章である蔦のモチーフが美しく配されていた。ゆるやかなウェーブがかった淡い栗色の髪は、今日は特別に高くまとめられ、レースのベールがふわりと覆う。
しかし、その華やかさとは裏腹に、鏡越しに見えるレクシアの瞳はどこか暗い。笑みを浮かべる余裕など微塵もなく、ただそこに立っているだけ。それはまさに、今の自分の心情を映し出しているようだった。
やがて控え室の扉が開き、父エルデ伯爵が入ってくる。そこには母や姉、そして叔父などの家族たちも続く。目を潤ませている母と姉は声をかけづらそうにしていたが、その代わりに父だけが堂々とレクシアの前に立ち、言葉をかける。
「レクシア……お前は我が家の希望だ。今回の縁談は、エルデ伯爵家を救うためにどうしても必要なのだよ。わかってくれるな」
レクシアは俯くようにして小さくうなずくしかできない。もちろん、父が言うことも理解はしている。伯爵家が破産すれば、自分だけではなく多くの使用人たちや周囲の人々も路頭に迷うかもしれない。貴族の身分を失うことは、社会的な破滅に近い。レクシアは優しい性格ゆえ、そうした結果を招くことを想像するだけで胸が痛むのだ。
「わかっています……伯爵家を守るために、私は喜んで嫁ぎます」
そう言うと同時に、レクシアは自分の声がわずかに震えているのを感じた。父はホッとしたように少し笑みを浮かべ、力強く彼女の肩を叩く。
「すまない。お前には苦労をかける。だが……きっとダリオン殿はお前を大切にしてくれるはずだ。あの公爵家は王家に次ぐ家柄だ。それなりの配慮もあるだろう」
レクシアは無理やり笑みを作り、父を安心させる。
(本当に、大切にしてくれるのだろうか)
心の中でそう呟いたが、口には出さない。ダリオン・アングレードについては「冷酷」「無表情」「人形のよう」といった噂ばかりが耳に入る。公爵家の嫡男として多忙を極め、誰にも心を開かない。そんな相手に嫁ぐことが、果たして自分の幸せにつながるのだろうか。
しかし、今となってはもう後戻りはできない。レクシアは花嫁姿のまま、式場である伯爵家の礼拝堂へと向かうことになった。
「もし、このまま逃げ出したら……」
そんな考えが、ほんの一瞬脳裏をかすめる。しかし同時に、彼女にはそれが不可能なこともわかっていた。伯爵家の名を背負ってきた以上、自分の勝手で物事を台無しにするなど、許されるはずがないのだ。
時間が経ち、ようやくドレスを着終えて鏡を見ると、そこには絢爛たる花嫁姿の自分が映っている。白銀の生地には繊細なレースが施され、胸元やスカートの裾には伯爵家の紋章である蔦のモチーフが美しく配されていた。ゆるやかなウェーブがかった淡い栗色の髪は、今日は特別に高くまとめられ、レースのベールがふわりと覆う。
しかし、その華やかさとは裏腹に、鏡越しに見えるレクシアの瞳はどこか暗い。笑みを浮かべる余裕など微塵もなく、ただそこに立っているだけ。それはまさに、今の自分の心情を映し出しているようだった。
やがて控え室の扉が開き、父エルデ伯爵が入ってくる。そこには母や姉、そして叔父などの家族たちも続く。目を潤ませている母と姉は声をかけづらそうにしていたが、その代わりに父だけが堂々とレクシアの前に立ち、言葉をかける。
「レクシア……お前は我が家の希望だ。今回の縁談は、エルデ伯爵家を救うためにどうしても必要なのだよ。わかってくれるな」
レクシアは俯くようにして小さくうなずくしかできない。もちろん、父が言うことも理解はしている。伯爵家が破産すれば、自分だけではなく多くの使用人たちや周囲の人々も路頭に迷うかもしれない。貴族の身分を失うことは、社会的な破滅に近い。レクシアは優しい性格ゆえ、そうした結果を招くことを想像するだけで胸が痛むのだ。
「わかっています……伯爵家を守るために、私は喜んで嫁ぎます」
そう言うと同時に、レクシアは自分の声がわずかに震えているのを感じた。父はホッとしたように少し笑みを浮かべ、力強く彼女の肩を叩く。
「すまない。お前には苦労をかける。だが……きっとダリオン殿はお前を大切にしてくれるはずだ。あの公爵家は王家に次ぐ家柄だ。それなりの配慮もあるだろう」
レクシアは無理やり笑みを作り、父を安心させる。
(本当に、大切にしてくれるのだろうか)
心の中でそう呟いたが、口には出さない。ダリオン・アングレードについては「冷酷」「無表情」「人形のよう」といった噂ばかりが耳に入る。公爵家の嫡男として多忙を極め、誰にも心を開かない。そんな相手に嫁ぐことが、果たして自分の幸せにつながるのだろうか。
しかし、今となってはもう後戻りはできない。レクシアは花嫁姿のまま、式場である伯爵家の礼拝堂へと向かうことになった。
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