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第1章 政略結婚の悲哀
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礼拝堂の中は白を基調とした厳かな雰囲気に包まれており、祭壇には神官たちが控えている。招待客として列席しているのは、数多くの貴族や親戚筋の人々。それぞれが思い思いに、伯爵家と公爵家の縁組を眺めるように座っている。
レクシアは入口で一度深呼吸をして、父と腕を組みながらゆっくりとバージンロードを歩む。花嫁行列の音楽が流れるなか、視線を一身に浴びるのを肌で感じるが、頭の中は不思議と静かだった。つい数週間前まで、「結婚式はきっと幸せなもので、笑顔で迎えられる行事だ」と夢見ていた。だが、現実はまったく違う。彼女が今感じているのは、重圧と不安だけだ。
祭壇の前には、花婿であるダリオン・アングレードの姿がある。漆黒の髪を短く整え、王宮の騎士団が着るような礼装を身にまとっている。高い身長と端整な顔立ちがひときわ目を引くが、その表情は噂どおりの冷たいものだった。まるで感情というものが存在しないかのように、少しも崩れない彫像のよう。
(この人が……私の夫になるのね)
レクシアは改めてダリオンの姿を見つめ、胸の奥底で小さな苦い痛みを感じた。
誓いの言葉を交わす段になると、神官が二人に向けて問いかける。
「ダリオン・アングレード、汝は伯爵家の令嬢レクシア・エルデを正妻として迎え、一生涯守り、慈しむことを誓いますか」
その問いに対して、ダリオンはほとんど表情を変えずにただ「はい」と短く答える。
続いてレクシアにも同じ問いが投げかけられる。
「レクシア・エルデ、汝はアングレード公爵家の嫡男ダリオン・アングレードを夫として敬い、王家や公爵家の名に恥じぬよう、共に歩むことを誓いますか」
「……はい」
かすれそうになる声をなんとか振り絞り、レクシアはそう答えた。神官が腕を広げて祝福の言葉を述べる中、レクシアの心の中は、まだ渦巻く不安で埋め尽くされている。表面だけは穏やかに見せようと必死だったが、果たしてダリオンに今後どう接すればいいのか、まったく見当がつかないのだ。
指輪の交換が済み、式は無事終了。拍手が巻き起こる中、レクシアはダリオンと腕を組み、再びバージンロードを戻っていく。拍手をする客席の人々の中には、レクシアに同情するような表情を浮かべる者もいれば、公爵家との縁を羨む視線を送る者もいる。だが、レクシアからすれば、どの視線もまるで自分を観賞用の人形か何かのように見ているのではないかと感じた。
式が終われば、次は伯爵家の広間での披露宴が始まる。数多くの料理と酒が用意され、招待客が一堂に集まって華やかに祝福の言葉をかける。伯爵家や公爵家の紋章があしらわれた装飾品や、あり余るほどの花束が飾り立てられ、演奏隊が優雅な音楽を奏でる。
レクシアは一応、新婦として要所要所で笑顔を作り、お祝いに来てくれた人々に丁寧にお礼を伝える。しかしその心の内は、やはり暗い。ときおりちらりと隣に目を向けても、ダリオンは無表情のままほとんど口を開かない。祝辞を述べられても短く返すだけで、もしかしたらレクシア以上にこの場にいることを苦痛に感じているのでは……とすら思えるほどだった。
レクシアは入口で一度深呼吸をして、父と腕を組みながらゆっくりとバージンロードを歩む。花嫁行列の音楽が流れるなか、視線を一身に浴びるのを肌で感じるが、頭の中は不思議と静かだった。つい数週間前まで、「結婚式はきっと幸せなもので、笑顔で迎えられる行事だ」と夢見ていた。だが、現実はまったく違う。彼女が今感じているのは、重圧と不安だけだ。
祭壇の前には、花婿であるダリオン・アングレードの姿がある。漆黒の髪を短く整え、王宮の騎士団が着るような礼装を身にまとっている。高い身長と端整な顔立ちがひときわ目を引くが、その表情は噂どおりの冷たいものだった。まるで感情というものが存在しないかのように、少しも崩れない彫像のよう。
(この人が……私の夫になるのね)
レクシアは改めてダリオンの姿を見つめ、胸の奥底で小さな苦い痛みを感じた。
誓いの言葉を交わす段になると、神官が二人に向けて問いかける。
「ダリオン・アングレード、汝は伯爵家の令嬢レクシア・エルデを正妻として迎え、一生涯守り、慈しむことを誓いますか」
その問いに対して、ダリオンはほとんど表情を変えずにただ「はい」と短く答える。
続いてレクシアにも同じ問いが投げかけられる。
「レクシア・エルデ、汝はアングレード公爵家の嫡男ダリオン・アングレードを夫として敬い、王家や公爵家の名に恥じぬよう、共に歩むことを誓いますか」
「……はい」
かすれそうになる声をなんとか振り絞り、レクシアはそう答えた。神官が腕を広げて祝福の言葉を述べる中、レクシアの心の中は、まだ渦巻く不安で埋め尽くされている。表面だけは穏やかに見せようと必死だったが、果たしてダリオンに今後どう接すればいいのか、まったく見当がつかないのだ。
指輪の交換が済み、式は無事終了。拍手が巻き起こる中、レクシアはダリオンと腕を組み、再びバージンロードを戻っていく。拍手をする客席の人々の中には、レクシアに同情するような表情を浮かべる者もいれば、公爵家との縁を羨む視線を送る者もいる。だが、レクシアからすれば、どの視線もまるで自分を観賞用の人形か何かのように見ているのではないかと感じた。
式が終われば、次は伯爵家の広間での披露宴が始まる。数多くの料理と酒が用意され、招待客が一堂に集まって華やかに祝福の言葉をかける。伯爵家や公爵家の紋章があしらわれた装飾品や、あり余るほどの花束が飾り立てられ、演奏隊が優雅な音楽を奏でる。
レクシアは一応、新婦として要所要所で笑顔を作り、お祝いに来てくれた人々に丁寧にお礼を伝える。しかしその心の内は、やはり暗い。ときおりちらりと隣に目を向けても、ダリオンは無表情のままほとんど口を開かない。祝辞を述べられても短く返すだけで、もしかしたらレクシア以上にこの場にいることを苦痛に感じているのでは……とすら思えるほどだった。
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