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第1章 政略結婚の悲哀
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「レクシア様、本日はおめでとうございます。公爵家の方とご結婚だなんて、さすが伯爵家のご令嬢ですわね」
「ダリオン殿は王宮でも将来を嘱望されているお方とか……本当に羨ましいですわ」
口先だけの称賛や羨望の言葉は、皮肉にしか聞こえない。あるいは本心かもしれないが、レクシアの耳には浮ついた声が空虚に響くだけだった。心からの祝福とは思いづらい雰囲気が、この貴族社会に渦巻いているのを感じる。
ふと、父が人をかき分けるように歩いてきて、レクシアとダリオンのもとに立ち止まる。
「ダリオン殿、レクシアをよろしくお願いいたします。なにぶん、まだ未熟な娘ですが……」
「ええ、わかっております」
ダリオンはそれだけ言うと、ほかには何も付け足さずに軽くうなずく。父はもう一言くらい期待していたようだが、その簡潔さに拍子抜けしたのか、どうにも歯切れの悪い表情になる。
「……では、二人の幸せを祈っておりますよ」
そう言い残して、父はまた来客の相手をするために去っていった。
レクシアは父の背中を見送ったあと、思いきってダリオンに声をかけてみる。
「あの……ダリオン様。今日は本当にありがとうございます。私、不安なことも多くて……」
言葉を選びながら話しかけるが、ダリオンはちらりとこちらを見ただけで、ほとんど興味がないように視線をそらす。
「……式はこれで終わりだ。あとは食事を済ませて、時間になったら公爵家の馬車で戻る。君も支度しておけ」
それだけを短く言われ、レクシアは困惑を隠せない。新郎新婦の初々しさというより、事務的な言葉を受け取っているような気分だった。
披露宴は滞りなく進められ、やがてお開きとなる。その後、公爵家の執事や従者が手配した馬車にレクシアは乗り込むことになった。着の身着のまま、というわけにはいかないので、最低限の荷物を侍女たちが慌ただしく詰め込んでいる。そう、彼女はこのままアングレード家の邸へ移り住むのだ。
「レクシア、いってらっしゃい……」
涙を浮かべながら抱きしめてくる母に、レクシアもつられて涙ぐむ。あれだけ憂鬱だった気持ちも、母の温もりを感じるといっそう辛くなった。家を出るのは初めてではないが、今回ばかりは「戻る場所」が変わってしまうという現実が重くのしかかる。
「お母様……私、がんばります。公爵家でうまくやっていけるように努力しますから」
「ええ、ええ……あなたは私たちの誇りよ。どうか健康に気をつけて、幸せになるのよ」
母は言葉の終わりを涙でかき消しながら、最後の別れに名残惜しそうな表情を浮かべる。レクシアも同じく、胸が締め付けられる想いだったが、振り返りたくなる気持ちをこらえて馬車のステップを踏んだ。
馬車の中にはダリオンも同乗している。先ほどまでの披露宴の喧噪が嘘のように、今は二人きりだ。だが、その空気は重い。ダリオンは窓の外を眺めたまま、微動だにしない。レクシアは少し迷った末に、緊張しつつ彼に話しかける。
「あの……改めまして、ダリオン様。今日は本当にありがとうございました。これから、よろしくお願いいたします」
すると彼は、ほんの一瞬だけレクシアに目線を向けたようだったが、すぐに窓の外へと視線を戻し、言葉を返す。
「……君の協力が必要だから結婚したまでだ。これからのことは、公爵家で改めて話そう」
その言葉に、レクシアは戸惑いを隠せない。彼の言う「協力」とはいったい何を指すのだろう。政略結婚はお互いの家に利益をもたらすためのものだと思っていたが、それ以上の何かがあるのだろうか。
とはいえ、今ここで問い詰めるわけにもいかない。レクシアはひとまず黙ってうなずくしかなかった。ダリオンの横顔はまるで仮面を被っているかのように、感情を読ませない。
「ダリオン殿は王宮でも将来を嘱望されているお方とか……本当に羨ましいですわ」
口先だけの称賛や羨望の言葉は、皮肉にしか聞こえない。あるいは本心かもしれないが、レクシアの耳には浮ついた声が空虚に響くだけだった。心からの祝福とは思いづらい雰囲気が、この貴族社会に渦巻いているのを感じる。
ふと、父が人をかき分けるように歩いてきて、レクシアとダリオンのもとに立ち止まる。
「ダリオン殿、レクシアをよろしくお願いいたします。なにぶん、まだ未熟な娘ですが……」
「ええ、わかっております」
ダリオンはそれだけ言うと、ほかには何も付け足さずに軽くうなずく。父はもう一言くらい期待していたようだが、その簡潔さに拍子抜けしたのか、どうにも歯切れの悪い表情になる。
「……では、二人の幸せを祈っておりますよ」
そう言い残して、父はまた来客の相手をするために去っていった。
レクシアは父の背中を見送ったあと、思いきってダリオンに声をかけてみる。
「あの……ダリオン様。今日は本当にありがとうございます。私、不安なことも多くて……」
言葉を選びながら話しかけるが、ダリオンはちらりとこちらを見ただけで、ほとんど興味がないように視線をそらす。
「……式はこれで終わりだ。あとは食事を済ませて、時間になったら公爵家の馬車で戻る。君も支度しておけ」
それだけを短く言われ、レクシアは困惑を隠せない。新郎新婦の初々しさというより、事務的な言葉を受け取っているような気分だった。
披露宴は滞りなく進められ、やがてお開きとなる。その後、公爵家の執事や従者が手配した馬車にレクシアは乗り込むことになった。着の身着のまま、というわけにはいかないので、最低限の荷物を侍女たちが慌ただしく詰め込んでいる。そう、彼女はこのままアングレード家の邸へ移り住むのだ。
「レクシア、いってらっしゃい……」
涙を浮かべながら抱きしめてくる母に、レクシアもつられて涙ぐむ。あれだけ憂鬱だった気持ちも、母の温もりを感じるといっそう辛くなった。家を出るのは初めてではないが、今回ばかりは「戻る場所」が変わってしまうという現実が重くのしかかる。
「お母様……私、がんばります。公爵家でうまくやっていけるように努力しますから」
「ええ、ええ……あなたは私たちの誇りよ。どうか健康に気をつけて、幸せになるのよ」
母は言葉の終わりを涙でかき消しながら、最後の別れに名残惜しそうな表情を浮かべる。レクシアも同じく、胸が締め付けられる想いだったが、振り返りたくなる気持ちをこらえて馬車のステップを踏んだ。
馬車の中にはダリオンも同乗している。先ほどまでの披露宴の喧噪が嘘のように、今は二人きりだ。だが、その空気は重い。ダリオンは窓の外を眺めたまま、微動だにしない。レクシアは少し迷った末に、緊張しつつ彼に話しかける。
「あの……改めまして、ダリオン様。今日は本当にありがとうございました。これから、よろしくお願いいたします」
すると彼は、ほんの一瞬だけレクシアに目線を向けたようだったが、すぐに窓の外へと視線を戻し、言葉を返す。
「……君の協力が必要だから結婚したまでだ。これからのことは、公爵家で改めて話そう」
その言葉に、レクシアは戸惑いを隠せない。彼の言う「協力」とはいったい何を指すのだろう。政略結婚はお互いの家に利益をもたらすためのものだと思っていたが、それ以上の何かがあるのだろうか。
とはいえ、今ここで問い詰めるわけにもいかない。レクシアはひとまず黙ってうなずくしかなかった。ダリオンの横顔はまるで仮面を被っているかのように、感情を読ませない。
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