白い結婚のはずでしたが、冷徹公爵の嫉妬が甘すぎます

鍛高譚

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20話

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カトリーヌの暗躍と、茶会への準備

 わたしが茶会の開催を宣言してから、あっという間に数日が過ぎた。
 公爵家のメイドや執事たちは慣れたもので、客人を招くための準備を的確に進めてくれる。招待状を作成し、上流貴族の夫人たちへ送り、当日の飾り付けや料理の手配まで、そつなくこなしている。
 わたしが口を挟むことはほとんどないくらいだが、一点だけ気がかりがあった。それは、やはりカトリーヌ・ヴェルナールをどう扱うか。
 彼女は表面上は伯爵家の令嬢として一定の地位と影響力を持っているし、わたしと年齢も近い。このような“夫人の茶会”に招かれる資格は充分ある。
 それに、噂の発信源の一部はカトリーヌだという可能性が高い。ならばこそ、わたしとしては彼女を呼んで、誤解を解くチャンスを作るべきかもしれない。
 しかし……その一方で、彼女にわざわざ屋敷へ来てほしくないと思う自分もいる。下手をすれば、わたしとレオンの関係をさらにこじらせる策を講じてくる可能性だってある。
 そんな葛藤を抱えたまま、数枚の招待リストを見比べていると、メイド頭のマリーが声をかけてきた。

「奥様、ご招待状を出す方々のリストですが、こちらはいかがいたしますか? 伯爵令嬢カトリーヌ・ヴェルナール様のお名前が含まれていま

 茶会の準備は順調に進んでいたが、一方でわたしの気持ちは揺れ動いていた。
 レオンとは相変わらず朝と夜の食事だけは一緒にとるが、会話は最小限。かといって彼がわたしを避けているわけでもなく、何かあればすぐに執事を通じて連絡が来る。
 その中途半端な距離が、どうにももどかしいのだ。
 わたしはふと、屋敷の廊下の一角で佇んでいた。ちょうど使用人たちが掃除をしていて、通りかかるメイドの一人が小声で話しているのを耳にしてしまう。

「……でも、旦那様は本当に奥様を冷遇しているとは思えませんわ。毎朝あんなにお気遣いなさっているのに」
「そうよね。以前の公爵様なら、そもそも食事を一緒にされること自体が珍しいのに……」

 彼女たちは良かれと思って話しているのだろう。けれど、その言葉を聞いて改めて胸が痛くなった。
 レオン自身が“冷遇しているつもり”はないのだろう。でも、噂は違う形でひとり歩きし、わたしを憐れむ人たちもいる。一体、どうすればはっきり“そんな事実はない”と伝えられるのか。
 その日の夜、結局わたしは思い切ってレオンの執務室を訪れた。
 いつものように彼はデスクに向かい、書類の山と格闘している。金色の瞳が文字を追いかけ、時折ペンでメモを走らせる。
 部屋の扉をノックすると、レオンは少し驚いたように眉を上げた。

「エマール……? どうした、こんな時間に」

「少しお話ししたいことがあって」

「構わない。……ここに座れ」

 促されるまま、小さなソファに腰掛ける。執事やメイドは気を利かせて部屋から下がってくれたので、今はレオンと二人だけ。
 デスクの向こう側から歩み寄ってきたレオンが、そっとソファに向き合うように腰を下ろす。
 ――こんなふうに二人きりで向き合うことは、実は滅多にない。白い結婚という形を理由に、距離を保ってきたからだ。

「何か困ったことでもあったのか?」

 レオンは淡々と尋ねるが、その目にはわたしへの気遣いが見え隠れしている。わたしは深呼吸をして、言葉を選んだ。

「……すみません。こんな時間に押しかけて。でも、どうしても聞きたいことがあったんです。――レオン様は、その……本当にわたしを気遣ってくださっているんですよね?」

「……?」

「いえ、つまり……世間では『冷徹な公爵に冷遇される公爵夫人』みたいな噂が流れていて。それを打ち消すために、わたしは茶会を開くことにしました。でも、あなたがわたしに優しくしてくれる理由って、実際のところは何なんでしょうか……?」

 自分で口にしていて、妙に自問自答している気分だった。
 白い結婚を望んだのはわたし自身。レオンに“干渉してほしい”と言った覚えはない。でも、彼は細かな場面でわたしをフォローしてくれる。それがわたしの胸をざわつかせている。
 レオンは一瞬、表情を曇らせたように見えた。やがて、困ったような色を帯びた瞳を伏せる。

「……そうだな。もともとこの結婚は形だけのものだ。だからといって、君に不自由を強いるつもりはなかったし、ましてや周囲に『冷遇』と思われるような扱いをしたいわけでもない」

「はい。それはわかっています」

「……なら、なぜ今さらそんな疑問を?」

「単純に気になっただけ、なんです。わたしに優しくするのは……ただの“義務感”なのか、それとも……」

 言葉に詰まる。自分でも、何を期待しているのか分からない。
 レオンは視線を落としたまま、少し間を置いてからぽつりと答えた。

「……義務、と言われればそうかもしれない。君は公爵夫人だ。俺の体面を守るためにも、必要以上に疎んじるわけにはいかない」

「……そう、ですか」

 ショックを受けた自分がバカみたいだと思った。そんなの当たり前じゃないか。わたしたちは“契約”を結んだだけ。好きでもない人間と結婚して、互いの利害が一致しているにすぎない。
 けれど、レオンは続ける。

「だが、もしそれだけなら、朝食を君と一緒にとる必要も、夜更けにブランケットを持っていく必要もない。俺だって無駄な労力は使いたくない方だ」

「――え?」

「……干渉はしないと言ったが、君が自分の生活を楽しめるように手を貸すのは悪い気がしない。それどころか、そんな君の姿を見ると、少しだけ……いや、なんでもない」

 そこまで言ったレオンは、急に口をつぐんでしまう。わたしは思わず身を乗り出した。

「少しだけ、なんですか?」

「……いや、くだらないことだ。忘れてくれ」

 俯いたままのレオン。わたしの胸は早鐘を打つ。言葉にしきれない微妙な感情が、この空間を満たしているように感じられる。
 けれど、結局わたしはそれ以上踏み込む勇気を持てなかった。“白い結婚”という前提が、どうしてもわたしの背中を押してくれないのだ。

「……わかりました。変なことを聞いてすみませんでした」

「構わない。それで、茶会の件は手伝いが必要か?」

「いえ、今のところは順調です。ありがとうございます。当日、少しだけ顔を出していただければ」

 それだけ確認し合うと、わたしはそそくさと執務室を後にした。
 部屋を出る直前、ちらりとレオンの表情を窺う。――彼はわたしのほうを見ようともせず、わずかにうつむき加減のままだ。
 ドアが閉まるとき、胸が締め付けられるように痛んだ。あの人はいったい何を考えているんだろう。“形だけ”に徹しきれないわたしのように、あの人もまた何か思うところがあるのだろうか。
 ――わからない。
 だからこそ、わたしは翌日に迫った茶会で、少しでもこの曖昧な状況を打破したいと願うのだった。
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