白い結婚のはずでしたが、冷徹公爵の嫉妬が甘すぎます

鍛高譚

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28話

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怒りと、真意の衝突

 まさかこのタイミングで戻ってくるなんて……。
 私は蒼白になりながら、なんとか言葉を紡ぐ。

「れ、レオン様。あの……これは、私がユリウスさんをお呼びして話を——」

「勝手に呼びつけたのか? それがどういう結果を招くか、まだ分からないのか」

 彼の声音は凍てつくように冷たく、同時にどこか激情を秘めている。
 ユリウスも、もはや気まずそうというより、警戒心をむき出しにして後ずさる。

「公爵様、奥様とのやり取りはあくまで手芸用品の仕入れに関する契約です。私はやましいことなど何も——」

「やましいことがないなら、どうして余計な噂が出る? 君は公爵家の信用を傷つけている。それが分からないのか」

「分かっております。ですが、噂を広めているのは私ではなく……」

「黙れ。……エマール、君はもう少し考えて行動するべきではないのか?」

 再び矛先が私に向く。私は悔しさに目を潤ませながらも、きっぱりと言う。

「何度も言わせないで。ユリウスさんは私にとって大切な取引相手。手芸のことを本格的に続けるなら彼の力が不可欠なの」

「手芸だと? そんなもの、貴族の女が片手間に嗜む程度でいい。公爵夫人がわざわざ商人を呼びつけ、屋敷を出入りさせる必要などない」

「……っ」

 突き放すようなレオンの言葉。
 私はこの瞬間、彼が私の“やりたいこと”に理解を示す気がまるでないのだと再確認してしまう。
 もちろん、彼も最初の頃は“干渉しない”と言ってくれた。それは自由を与えることを意味したし、時には資金面で支援を申し出てくれたことだってあった。
 なのに今の彼は、まるで私の活動すべてを否定するかのように拒絶している。

(どうして……どうしてこんなに変わってしまったの?)

 私が苦しげに唇を噛むと、ユリウスが小さく一礼して言った。

「奥様……すみませんが、私はこれで失礼します。これ以上ここにいても公爵様を刺激するだけかもしれない」

「あ……ユリウスさん……」

「また改めてお話を伺えれば。奥様がどうしても諦められないのなら、微力ながらお手伝いいたします」

 そう告げたユリウスは、レオンの圧迫するような視線を避けるかのように足早に部屋を出ていった。
 残された私たちは、険悪な沈黙の中で向かい合う。
 数秒にも満たない時間が永遠のように感じられる中、先に口を開いたのはレオンだった。

「……君は、本当にあの男との取引を続けるつもりなのか?」

「ええ、続けます。彼がいないと、私の活動は立ち行かないから」

「立ち行かない? そんなもの、やめればいいだろう」

 レオンの冷たい声音が胸に突き刺さる。私は震える声で反論する。

「どうして簡単に“やめろ”なんて言えるの? あなたは何も——」

「君は公爵家の正妻だ。俺の妻だ。なら、その名誉を最優先すべきだろう。周りから“公爵夫人が他の男と密会している”などという噂が広まれば、君だけでなく俺や家の使用人までが被害を被るんだぞ」

「だからって、すべて私に我慢を押し付けるの?」

「我慢を押し付けるも何も、そもそもそういう契約で結婚しただろう。お互い干渉せず、最低限の体面を保つことが条件だった。その範囲内で好きにすればいいと俺は言った。だけど、君はもう“範囲外”の騒ぎを起こしている」

 レオンは苛立ちを露わにし、感情を抑えようともしていない。
 私もこれまで溜め込んだ思いが爆発しそうだった。白い結婚とは言え、こんな形で“好きにすればいい”なんて言葉を突きつけられるのは耐えがたい。

「私は、ただ自由に暮らしたいだけだった。だけど、あなたの言う“自由”って何? 家の中でおとなしくしていればそれでいいわけ? 公爵夫人らしく、無難に振る舞い、形だけの夫婦を続けろってこと?」

「……そうだ。それが互いのためだと俺は考えている」

 まるで刃物で心を抉られるような気がした。
 結局、レオンにとって私は**“家の体裁を保つための妻”**でしかないのか。干渉しないまま、ただ大人しくしていればいい。余計なトラブルを招かず、黙って公爵夫人を演じていればいい。
 そうすることが、私たちにとっての“最善”だというのだろうか。
 だけど、私は思い出してしまう。最初にこの屋敷に来たとき、彼はまったくの無関心というわけではなく、些細な気遣いを見せてくれていた。
 寒くないかとブランケットを持ってきてくれたり、夜更けに私がサロンでうたた寝したときも声をかけてくれた。
 あれは一体なんだったのだろう。今この場のレオンとは、まるで別人のように感じてしまう。
 私は声を絞り出すように問いかける。

「……あなたは、本当にそれでいいの? 私たちはただ、形だけの夫婦を続けて、何の心も通わせずに……」

「心を通わせる必要があるのか?」

 レオンのその一言は、私が最後に抱いていた期待さえも打ち砕いた。
 表情には、苦しげな色が浮かんでいるのか、それとも本当に冷徹なだけなのか。もう分からない。
 私は何も言えなくなり、その場に立ち尽くす。
 レオンは苦々しい沈黙を残して、踵を返す。まるでこれ以上の会話は不毛だと言わんばかりに。
 扉が閉まり、応接室には私だけが取り残された。
 ——どうして、こんなにもすれ違ってしまったんだろう。
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