婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚

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第1章:婚約破棄と幼き公爵令嬢

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 まるで事務的な処理をするかのような態度に、会場中が静まり返った。シルフィーネ本人が、もっと涙ながらに訴えたり、非難したりするのではと予想していた貴族もいたからだ。だが、彼女は毅然とした態度を貫き、一点の曇りも見せない。
 ライオネルは動揺を隠せないのか、思わず顔を歪める。おそらく、“醜い争い”を演出してシルフィーネを悪者に仕立てようという意図があったのかもしれない。しかし、彼女が堂々と受け止める姿を前に、その筋書きが崩れつつあった。
 一方、隣のアメリアは勝ち誇ったように口元を吊り上げ、シルフィーネを見下す視線を投げかけている。まるで「ほら、あなたは所詮子供。これが大人の女の勝利よ」とでも言わんばかりだ。
 シルフィーネは一瞥もくれず、淡々と周囲の貴族たちに向けて深く一礼をした。
 「皆様、本日は急な場での婚約破棄宣言にご迷惑をおかけいたしました。エルフィンベルク公爵家としても、これ以上は無用の混乱を招かないよう、事後処理を速やかに進めて参る所存です。どうか、今後ともよろしくお願い申し上げます」
 その言葉に、一部の貴族たちはシルフィーネの冷静な態度に感嘆し、小さく拍手を送る者さえいた。誰もが無礼な場で、常識外れの言動を見せているのはライオネルの側だと分かっているからだ。

 こうして、衝撃的な形で“婚約破棄”は宣言された。
 会場の空気は重苦しく、人々は噂話を囁き合いながらも、表面上は何事もなかったかのようにそれぞれの談笑に戻る。しかし、その視線は時折シルフィーネへと注がれ、憐憫や賞賛、様々な感情が交錯していた。
 シルフィーネ自身は、拍手を送ってくれた面々に軽く礼を示しながら、すぐに控室へ戻ろうと足を向ける。ドレスの裾が重く感じるのは、疲労のせいかもしれない。心の奥底には怒りも悔しさもあるが、今はそれを漏らすわけにはいかない。
 「……ライオネル様……」
 噛みしめるように口中でその名を呼ぶ。かつて、一緒に本を読んだり、馬車で遠出をしたり、穏やかな時間を共有した人だった。幼いながらに憧れにも似た感情を抱いたことさえある。
 それが、一方的な“子供だから”という理由で婚約を破棄されてしまう。悔しくないといえば嘘になるが、それ以上に、彼の態度に対して呆れや悲しみが大きかった。
 (きっと、私とでは得られない何かを、あのアメリアという女性に見出したのね。それが“成熟した女性らしさ”というものだとしたら……私は、まだまだということかしら)
 子供っぽいと感じさせてしまう外見は、どうしようもない。もちろん、もう少し年を重ねれば自然に大人びた姿になるかもしれないが、今の時点では意図的にどうにかできる問題ではない。
 ただ、一点だけ言えるのは、シルフィーネはこの婚約破棄を“受け入れる”と決めたということだ。理由がなんであれ、ここであがいても、ライオネルの心が戻るとは思えない。むしろ、両家の対立を深めるだけだろう。
 (公爵家としてのプライドを守るには、私が冷静に対応し、必要な補償や条件を整理して提示すればいい。それこそ、今までどおり理性的に進めていくだけ)
 けれど――その決意を固めて数歩歩いたところで、背後から声が聞こえる。
 「シルフィーネ、待ちなさい」
 声の主はアメリアだ。美しい水色のドレスの裾を揺らしながら、ゆらりと近づいてくる。その顔には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
 「……何かご用でしょうか、ローゼリック伯爵令嬢」
 シルフィーネも、公の場であることを意識し、丁寧な言葉づかいを保つ。周囲の人々も何事かと注視している。
 アメリアは、わざとらしくシルフィーネの顔を見下ろし、「まったく、驚いたわ。あなたがあれほどあっさり婚約破棄を受け入れるなんて」と吐き捨てるように言った。
 「子供は子供なりに、取り乱すかと思ったけれど……意外と冷静なのね。もしかして、まだライオネル様の未練を捨て切れていないんじゃない?」
 その言い草に、シルフィーネは内心で小さく息をつく。
 「ご心配なく。私は、ライオネル様が判断されたことを尊重します。未練などございません。もともと、結婚は双方の合意によって成立するものです。どちらかが望まないのであれば、破棄は当然の結果でしょう」
 さらりと言ってのけるシルフィーネに、アメリアはわずかに面食らったような表情を見せる。しかし、すぐに鼻で笑い、
 「そう? まあ、あなたがどう思おうと、もうライオネル様は私のものよ。あなたみたいに子供っぽい娘より、私の方がずっと魅力的だって分かったのね。これで“女の幸せ”とは何か、ようやく理解したってわけ」
 わざわざ人前でこんな嫌味をぶつけてくるのは、シルフィーネに“取り乱してほしい”という意図があるのだろう。あるいは、自分こそがライオネルの隣にふさわしい存在だと誇示したいのかもしれない。
 (どちらにせよ、これに反応して感情を表に出すのは得策じゃない)
 シルフィーネは穏やかな笑みを張り付けたまま、首を軽く振った。
 「そうですね。もしあなたがライオネル様を本気で愛しているのなら、どうぞ末長くお幸せに」
 淡々とした言葉に、アメリアの表情がさらに険しくなる。まるで、この場で争いをしかけることすら拒絶されているような、そんな歯がゆさを感じているのだろう。
 周囲の貴族たちも、興味深そうに二人を見守っているが、あまりにあからさまに耳を傾けると失礼に当たるため、遠巻きにしている。
 「……ふん、まあいいわ。これからはあなたも私たちを祝福してくれるでしょう。元婚約者として、敗北感を味わいながらね」
 そう言い放つと、アメリアは踵を返してライオネルのもとへ戻っていく。その後ろ姿を眺めながら、シルフィーネは小さく息を吐いた。
 (アメリア様……私を挑発して何がしたいのかしら。もしかして、まだ何か裏があるのか)
 彼女がシルフィーネに感じる敵意は、単なる勝利宣言だけではないように思えた。ライオネルと結託して、あるいはライオネルを利用して、今後何かを企んでいるのでは――という不穏な疑念が湧く。
 しかし、今はまだ何も確証がない。ただ、公爵家としては“あり得ない形”で婚約を破棄された以上、このまま泣き寝入りするわけにはいかない。
 (父と母にも、この件を詳しく報告しなければ……。正式な手続き、損害賠償、今後の方針……やることは山積みだわ)
 心の中ではそんな冷静な思考を巡らせながら、シルフィーネは控室に戻る。一人になれる空間に入ると、途端に身体の力が抜けて、思わず椅子に倒れ込むように座った。
 顔が火照り、胸がひどく痛む。
 (私、こんなに動揺していたんだ……。でも、人前では絶対に見せられない)
 深呼吸を何度か繰り返しながら、頭の中を整理しようとする。一部の貴族たちが言うように、ライオネルとアメリアの関係は単なる“恋愛”だけではない気がする。ローゼリック伯爵家は多額の借金を抱えていると聞くが、ひょっとしてライオネルがそれを肩代わりしているのだろうか。
 (ライオネル様なら、私の公爵家と結婚する方が遥かに安泰なはずなのに……。それでも私と別れてアメリア様を選ぶというのは、何か他の利点があるのかもしれない)
 もっとも、彼にとっては“子供っぽいから嫌い”という言葉が本音なのかもしれないが。それでも、あのライオネルがここまで強引な手段を選ぶとは思えない。
 (まあ、考えても仕方ないか。いずれ、裏事情があるなら明るみに出るはず)
 そう思い直し、シルフィーネは気持ちを切り替えようとした。これ以上、この一件に振り回されてはいけない。公爵令嬢としての誇りを守るため、今すべきことを淡々と行うだけだ。
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