婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚

文字の大きさ
37 / 46
7章

7-4

しおりを挟む

 夕刻、橙色に染まる空を背景に、シルフィーネの乗った馬車が王宮の正門をくぐる。王宮の兵士たちは整然と並んで敬礼し、エドワルド王太子の側近が出迎えてくれた。とはいえ、大々的な行事ではないので、多くの人々が詰めかけているわけではなく、むしろ静かなものだ。



「閣下は、庭園の奥に設えたテーブルにお待ちです。令嬢お一人では不安でしょうし、お付きの方がいれば同伴していただいて構いません」



 そう案内されて、シルフィーネは侍女の一人と共に庭園へと足を進める。この庭園は大きな噴水や色とりどりの花壇が有名で、夕日の下では金色に輝くように美しい。まるで別世界のような静寂の中、遠くから鳥のさえずりが聞こえてくる。

 やがて、樹木の合間に小さなテーブルと椅子が見えてきた。その脇にはエドワルドが立ち、こちらを待ち受けている。気づいた彼は笑みを浮かべて手を振り、周囲の護衛らしき人々を下がらせた。



「来てくださって嬉しい、シルフィーネ令嬢。今日はこちらの都合で急なお誘いになってしまい、申し訳ありません」



「いえ、閣下こそお忙しい中ありがとうございます。私も、もう少しお話したいと思っていましたから」



 互いに礼を交わし、椅子に腰掛ける。そばには王太子付の侍女がいて、丁寧に紅茶を注いでくれた。テーブルの上には焼き菓子や果物が並んでおり、軽いティータイムを楽しめるよう準備されている。

 エドワルドはシルフィーネの表情を伺い、「体調はいかが?」と真っ先に問いかける。



「ええ、問題ないです。ありがとうございました。こうして王宮へ来るなんて久しぶりなので、少し新鮮ですね」



「そう言っていただけると安心です。無理はしていないでしょうか。もし何かあれば、すぐにでも休んでくださって構いませんからね」



 相変わらずの気遣いぶりに、シルフィーネは胸が温かくなる。政略結婚の相手にこんな柔らかな優しさを向けられる日が来るとは思わなかった――ライオネルとの決定的な違いを、また一つ感じる瞬間だ。



 そこからしばらくは、雑談のような会話が続いた。エドワルドが昨晩出席した宮廷晩餐会の話や、シルフィーネが最近読んだというノルディア王国の歴史書についての感想など、互いに自然な形で盛り上がる。視線を交わすたび、微妙なときめきがシルフィーネの胸を刺激する。



 そんな中、ふとエドワルドが真剣な表情になり、声を少し落として言った。



「シルフィーネ令嬢、あなたのご体調が許す限り、近いうちに正式な形で“婚約”の儀式を執り行うことを、私は強く望んでいます。……もちろん、あなたの意思が最も大切です。嫌であれば、私はどんなに周囲から急かされても、あなたを追い詰めるようなことはしたくありません」



「……え?」



 まさかここで“婚約”の話が出るとは思っていなかったシルフィーネは、一瞬声を失う。確かに“政略結婚”がゴールにあるのは分かっているが、あまりにも早すぎないだろうか。



「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。けれど、私も時期を急いでいるわけではありません。ただ、私ははっきりと“あなたが欲しい”と思っている。国や政治のことを抜きにしても、私はあなたが好きだ――」



 息をのむシルフィーネの前で、エドワルドは言葉を切り、少し照れたように苦笑する。



「こんなこと、初対面から二度三度会っただけで言うなんて、軽率かもしれません。でも、あなたとお話ししていると、すごく自然な気持ちになれるんです。私も王太子である前に、一人の男性ですから。あなたを見ていると、胸の奥が熱くなる。これが“恋”というものだと知ったのは、生まれて初めてかもしれません」



 “溺愛”とも言えるほどの強烈なアプローチが、シルフィーネの心を大きく揺さぶる。言葉に詰まっている彼女を見て、エドワルドはさらに言い足した。



「急がなくていい。あなたに迷いがあるなら、ゆっくり考えてもらって構わない。――ただ、私はあなたを心から尊敬し、愛おしく思っている。それだけは、どうか覚えていてください」



 政略結婚の域をはるかに越えた“愛の告白”とも受け取れる言葉。シルフィーネは顔が熱くなるのを感じ、テーブルに置かれたティーカップを思わず手に取るが、震えて少しこぼれてしまう。

 慌てて侍女が拭き取り、エドワルドも「大丈夫か?」と声をかける。その時、シルフィーネはようやく「落ち着かないと」と深呼吸し、目を閉じる。



(本当に……こんな形で。私はまだ、心の準備ができていない。だけど、彼が真摯に想いを向けてくれるのは、すごく……嬉しい)



 いつか、ライオネルが当初見せていた優しさとはまったく別の重みを感じる。ライオネルは“子供っぽいお人形”としてしか自分を見なかった。だが、エドワルドは“自分という人間”を見つめ、尊重している。それがわずか数度の対面でそこまで強く芽生えてしまうとは、今でも信じ難いが、彼の瞳は嘘をついていない。

 おそるおそる口を開き、シルフィーネは低い声で答える。



「……ありがとうございます。私も、エドワルド閣下と話していると、胸が温かくなるのを感じます。だけど、正直なところ、まだ恐いんです。以前の婚約破棄で傷ついたことや、意識不明だった時のことが、心にしこりのように残っていて……」



 言葉が詰まると、エドワルドは静かに手を伸ばし、テーブル越しに彼女の手の甲に触れそうになる。だが、ギリギリで止め、そうっと微笑む。



「分かります。無理はさせません。ですから、「焦らず、私をもっと知ってください。それから、もしあなたの中で“私なら大丈夫”と思ってもらえたら、その時に婚約を受けてくれれば……」



 シルフィーネはこくんと頷く。ここで「はい、喜んで」と言えるほど大胆ではないが、拒否する気持ちもなかった。――自分に対してここまで誠実に向き合う王太子がいるという現実に、まだ頭が追いついていないだけだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」 婚約者として五年間尽くしたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。 他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...