政略結婚のはずが、冷徹公爵の溺愛が想定外です

鍛高譚

文字の大きさ
7 / 33
第2章 :義務の鎖を超えて~溺愛の兆しと対立の始まり~

2-2朝の帳が開く時~公式行事と私の葛藤~

しおりを挟む
2-2朝の帳が開く時~公式行事と私の葛藤~

 ある霧深い朝、宮廷内にある広大な邸宅の回廊を歩む私の足取りは、どこか重苦しくもあった。昨夜、レオン様と交わした密やかな誓いの言葉――「お前を一生愛し、守り抜く」――は、私にとっては希望の光であった。しかし、その一方で、家族や世間の目、そして政略結婚という形式上の義務が、私の心に複雑な感情を呼び覚ますのだ。

 朝食のために用意された広間に足を踏み入れると、すでに多くの側近や家老、そして私の伯爵家の親戚が顔を揃えていた。テーブルには上質な銀器と絢爛たる花飾りが並び、香ばしいパンと甘いシロップ、そして季節の果実が彩りを添えていた。私は、静かに席に着くと、心の中で自分自身に問いかけた。「この生活は、ただ義務と形式だけのものなのだろうか? それとも、レオン様の愛情と共に、真実の幸福へと変わっていくのだろうか?」

 その疑念を抱きながらも、隣に座る従者の穏やかな笑顔に少しだけ安心感を得た。席につくとすぐ、家老のハーバートが低い声で話しかけてきた。    「ミレーヌ様、今朝はいつもよりも穏やかにお見受けいたしますが、何かご心配事でも…?」    私は一瞬戸惑いながらも、控えめに微笑み返す。    「ハーバート、本当に大丈夫。昨夜の…あの言葉が、私の心に温かい灯をともしてくれたのです。ただ、これからの道がまだ見えにくいだけで…」    家老は静かに頷きながら、私の手元にそっと温かい紅茶を運んできた。その仕草に、私は改めてレオン様の温かい眼差しと、内面の深い情愛を思い出し、心がほっとするのを感じた。しかし、同時に、周囲には政略結婚という名の仮面の下に潜む多くの陰謀と嫉妬が蠢いているのもまた事実であった。

 朝食後、私たちは直ちに宮廷で行われる公式行事へと向かうこととなった。公爵家と伯爵家が合同で催す歓迎の儀式――それは、我が家の名誉と伝統を象徴する大事な行事であり、同時に、政略結婚の絆が形式的に認められるための一大イベントでもあった。大広間に集う貴族たちは、いかにも洗練された装いに身を包み、互いの格式と身分を誇示するかのように談笑している。しかし、その中には、私とレオン様の関係を冷めた目で見つめる者、さらには、あえてあの噂を広める者も存在するのだ。

 私が広間に入ると、まず最初に目にしたのは、元婚約者を自称する侯爵令嬢オフィーリアの冷ややかな視線だった。彼女は、薄暗い青いドレスに身を包み、凛とした表情で私を見下ろすように立っていた。オフィーリアは、かつて私がレオン様と結ばれることを阻もうと画策した張本人であり、今でもその嫉妬心から、私に対して辛辣な言葉を投げかけることが多い。彼女の視線は、まるで「可哀想な婚約者が無理やり縛られている」という軽蔑と憐れみが混じったものに感じられたが、私はその冷たい視線をただ受け流すしかなかった。

 儀式が始まると、厳かな音楽が流れ、宮廷の重厚な雰囲気が一層際立った。壇上に立つ家老や貴族たちが、一斉に祝辞を述べ、両家の繁栄を願う言葉を口にする。私は、その中でふと、レオン様が私の方を見つめ、わずかに微笑むのを見逃さなかった。その瞬間、私の心は不思議な温もりに包まれ、あたかもこの重苦しい形式の中にあっても、真実の愛が芽生える可能性を感じた。しかし、同時に、外界の厳しい現実と対立する声が、私たちの未来を暗示していることも否めなかった。

 ――公式儀式が終了した直後、控え室にて、レオン様と私だけの密やかな会話が始まった。

 「ミレーヌ、今日の式典では、あのオフィーリア嬢の視線がいつも以上に刺々しかったな。」    レオン様は低い声でつぶやいた。普段は無愛想な彼の口元にも、わずかな憂いと怒りが滲んでいるのが分かる。    「ええ……彼女だけでなく、いくつかの貴族たちの冷ややかな視線も感じられました。まるで、私たちの結び付きそのものを嘲笑っているかのようで…」    私は、ふと胸の奥に潜む孤独と不安を感じながらも、レオン様の存在に救われる思いで頷いた。公式の場では、私たちはただの政略結婚の象徴として扱われ、感情を表に出すことは許されなかった。しかし、こうして二人きりになれば、互いの本音が少しずつ垣間見える瞬間があるのだ。

 「だが……」とレオン様は続けた。「お前の瞳に映る悲しみと不安は、決して無視できない。俺は、もっとお前を守りたい。たとえ、この政略という鎖が絡み付いているとしても、俺たちにはお互いを解放する力があるはずだ。」    その言葉に、私の心は静かに震え、涙がこぼれそうになるのを感じた。だが、私はすぐに自分の感情を抑え、毅然とした声で応じた。    「レオン様……私は、これまで誰にも頼ることなく生きてきました。でも、今日、あなたのその言葉を聞いて、初めて自分が本当に守られているという実感を覚えました。どうか、これからも私を見捨てないでください。」    レオン様は、私の手を優しく握りしめ、低く力強い声で告げた。    「心配するな、ミレーヌ。俺はお前を、絶対に守り抜く。お前の笑顔こそ、俺にとってのすべてだ。」    その言葉は、私にとって救いであり、未来への希望そのものだった。しかし、同時に、この先待ち受ける数多の困難や、社交界での無情な噂、さらには政略結婚の裏に潜む陰謀の影が、私たちの前途を阻むのではないかという不安も拭い去ることはできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

忖度令嬢、忖度やめて最強になる

ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。 5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。 週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。 そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り―― 忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。 そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。 中世風異世界でのお話です。 2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

処理中です...