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第1章:「貴族の結婚なんてこんなもの」
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私――アルタイ・ヴェルノアは、公爵家に生まれた令嬢だ。
華やかな社交界を愛する姉妹たちと違い、私は幼い頃からどこか冷めた性格をしているとよく言われた。
しかし、それは決して世間を嫌っているわけではない。心のどこかで、貴族という立場や社会の仕組みに対して「仕方ないものだ」と諦観しているだけなのだ。
そんな私が、このたび辺境伯ベガ・アルシェール侯爵との縁談を受けることになった。いや、正確には「受けさせられた」というべきだろう。
ヴェルノア公爵家は、この王国において古くから権勢を誇ってきた家柄だ。王家の遠縁にあたり、公爵の称号を安定的に世襲し、国内でも屈指の大領地を持つ。私の父は現当主であり、先代国王の信頼も厚い。
その公爵家が、なぜ辺境伯のアルシェール侯爵家と結びつくのか。答えは簡単、そして退屈なものだった。
「――要するに、北方の防衛を担う辺境伯家を我がヴェルノア公爵家が強力に支援する形を取り、王国全体の安定を図る。それが陛下の意向というわけですか」
父の執務室で、私は真面目くさった表情で話を聞いた。
父――ガイド・ヴェルノア公爵は、落ち着いた声で答える。
「陛下も年齢を重ねられている。次代国王の座を巡っては国内に微妙な綻びが生じているし、北方の蛮族の動きも活発化している。アルシェール侯爵家は幾度となく王国を支え、国境を守ってきた。しかし、現当主であるベガ殿は若く、かつ軍人肌で社交界には馴染みが薄い。
そこで、公爵家との縁組を介して中央貴族の立場を強めてほしい……というのが、陛下のご命令だ」
私はふう、とわずかにため息をついた。
要するに政略結婚だ。それ自体は貴族として特別なことではない。しかしこの縁談は、特に「公爵家の名声と辺境伯家の軍事力を組み合わせて、王国内の安定を保つ」という政治的意味合いが強い。
私だって、そんなことは百も承知だ。
「アルタイ、お前はどう思う?」
改めて問う父に、私は答えた。
「はい。貴族の結婚なんて、こんなものかと思います。家のため、国のため、それは理解しています」
本当は特別な感想などなかった。私にとって、これは小さい頃から漠然と「いずれそうなるだろう」と思っていた範疇の話に過ぎないのだ。
いまさら「嫌です」などと言ったところで、聞き入れてもらえるはずもない。第一、私も“それならばむしろ好都合”とすら感じていた。
(どうせ政略結婚をするのであれば、合理的な理由のほうがまだ受け入れやすい)
純愛を謳う恋物語が嫌いなわけではない。しかし――それはあまりにも非現実的だと、幼い頃から悟ってしまった。貴族の令嬢が恋愛結婚などと夢見たところで、ほとんど叶わないのだから。
少なくとも、私の立場と家柄では、好きな相手と自由に結婚するなど、まず無理だろう。ならばせめて、お互いに必要とされる形のほうが「まし」ではないか。
「そなたがそう言ってくれるなら助かる。ベガ殿との婚儀は、来月の末には挙げられる予定だ。もともと戦局が不穏とはいえ、急ぎで済ませたいというのが陛下の意向だそうだ」
「わかりました。婚礼の準備は一任いたします」
こうして私は、公爵令嬢から「辺境伯夫人」になることが正式に決まった。
相手のことは噂に聞く程度で、顔を合わせたのはほんの数度。主に王宮の謁見や公式行事の場でちらりと見かけた程度だった。
彼の第一印象は“無骨そう”のひと言に尽きる。黒髪に鋭い眼光、整った顔立ちはしているがいかにも戦士然としており、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
だが、不思議と私は嫌悪感を抱かなかった。むしろ、ずけずけと踏み込まれない分、気楽かもしれないとも思った。
このときの私は、まさか自分が“仮面夫婦”という形でこの男と人生をともにし、そのうえ複雑な思いを抱くことになろうとは、想像もしていなかったのだけれど。
婚礼の日
婚礼は、思ったよりもあっさりとしたものだった。
もちろん形式としては公爵家と辺境伯家の結合を盛大に祝うべく、多くの賓客が集い、王都の大聖堂で挙式も行われた。しかし、これは政治的意味合いの強い式だ。
壇上に立つ私たちのもとへ、次々と貴族や廷臣たちが祝いの言葉をかける。私は淀みない笑顔で応対するが、内心ではもう終わってくれとしか思っていなかった。
「アルタイ・ヴェルノア公爵令嬢、ベガ・アルシェール辺境伯侯爵。両名の祝福をここに――」
司祭が儀式の言葉を唱え、指輪の交換が行われる。
私は目の前にいるベガをちらりと見上げた。彼はまるで仮面のように無表情だ。だが、周囲の視線を意識してか、ぎこちなくとも優しい仕草で私の指に指輪をはめる。
私も同じように、彼の指へ指輪を滑らせた。
(これで、私はこの人の妻――“辺境伯夫人”になったのね)
不思議と胸がざわつくような、何かが変わってしまったような感覚があった。しかし同時に、その変化をどこか客観的に見つめている自分もいた。
「おめでとうございます、アルタイ様。今後とも、お幸せに」
「ありがとう、姉様。そちらもお体にお気をつけて」
式典が終わり、私は姉に軽く抱擁される。姉は既に別の公爵家に嫁いでいるが、私とは対照的に結婚へ夢や憧れを抱いていた人だ。
しかし姉は私の性格をよく知っているからこそ、表面的な言葉以上のことは言わない。
披露宴が行われる広間でも、私は社交界の誰もが納得するような振る舞いを心がけた。
ベガはほとんど会話に加わらず、居心地が悪そうに立っているだけ。私は苦笑して、自ら挨拶を取り仕切り、彼の存在感を上手に補うよう努めた。
周囲には、辺境伯夫妻が“とてもお似合い”に見えたことだろう。二人そろって沈黙を守るよりは、私が話の主導権を握るほうが円滑に事が進む。
そうして、私たちの婚礼は滞りなく、無難に終わった。
“仮面夫婦”の始まり
王都にある公爵邸の一角には、私の私室があった。しかし、これからは夫婦として同じ邸内の部屋を使う……とはいえ、私たちはすでに合意していた。
つまり、表向きは夫婦の寝室として大きな部屋を用意するが、実際にはそれぞれのプライベートを保ちたいと。
「アルタイ、俺の方は当面、辺境領と王都を行き来することになる。陛下から北方の防衛強化を任されているからな」
婚礼当日の夜、更衣室でくつろぐ私に対して、ベガは少しだけ申し訳なさそうに言った。
私は微笑みを絶やさず、淡々と応じる。
「お気になさらず。私も公爵家の仕事がありますし、貴方の役目を妨げるつもりはありませんわ」
彼は少しだけ目を伏せ、「ああ、ありがとう」と小さく呟いた。
これが、いわゆる新婚初夜の会話だというのだから、何とも味気ない――けれど、それでいい。
(私たちはお互い、必要以上に干渉しない)
それが暗黙の了解だった。家同士の結びつきのため、周囲の目があるときは仲睦まじい夫妻を演じる。しかし、それ以上は求めない。
私も彼も、貴族の結婚なんてこんなものだと最初から理解している。
そうして始まった私たちの夫婦生活は、実に淡々としたものだった。
朝食や夕食は、可能な範囲で一緒に取るようにはしている。周囲への建前として、あまりにも交流が少なすぎるのは不自然だからだ。
ただ、席につくときの他愛もない会話は挨拶程度で終わり、あとはお互い自分の仕事に戻る。私もベガも、それを心地よい距離感と感じていた。
社交界では「新婚の辺境伯夫妻は意外に仲がいいらしいわよ」と評判になった。
もっとも、その“仲の良さ”とやらは、私が機転を利かせて上手く立ち振る舞い、ベガが黙ってそれを支えているに過ぎない。私の知人たちは「あの無骨そうなベガ様を手懐けているなんて、さすがアルタイ」と茶化すが、実のところそういう話でもない。
私にしてみれば、彼は扱いやすい相手だった。必要以上に感情をぶつけてこないし、表立って私を支配しようとしない。言い換えれば“無関心”なのかもしれないが、それがむしろ気楽だった。
結婚生活が三ヶ月ほど過ぎた頃、私は自分でも驚くくらい落ち着いていた。
夫としてのベガに恋愛感情はなかったが、不満や苦痛もなかった。これはこれで、悪くない――そう思っていたのである。
戦雲の兆し
しかし、そんな均衡は突然崩れることになる。
王都にもたらされた報せは、北方の情勢がいよいよ危ういというものだった。蛮族の大規模な侵入が疑われ、王国軍が総力を挙げて対処せざるを得ない状況らしい。
「ベガ様、戦地へ出られるのですか?」
ある日の朝、食卓を囲んでいる最中、私は彼に尋ねた。
彼は重い表情で小さく頷く。
「……ああ。王から召集がかかった。俺は軍において、北方辺境の総司令を任されることになりそうだ」
ベガが切り盛りしてきた辺境領は、まさに国境に接する場所。そこに大軍を送って守りを固め、同時に進軍してくる敵を迎撃する方針だろう。
彼は幼い頃から軍事訓練を受け、実戦経験も豊富だ。王国内でも指折りの武勇を誇る辺境伯――ベガ・アルシェールはまさに“国境の盾”として期待されている。
私はその事実を認めつつも、どこか他人事のように受け止めていた。貴族としては当たり前のことだが、前線に出るという行為は命の危険を伴う。
「そうですか。お気をつけて……とは言いません。気をつけてどうにかなることでもありませんから」
そっけなく聞こえるかもしれないが、これが私なりの精一杯の言葉だった。
彼は静かに目を伏せ、少し間を置いてから切り出す。
「アルタイ、俺たちは……離婚しよう」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
離婚? いきなり何の話かと思い、私は反射的に問い返す。
「……どういうことですか?」
「もし俺が戦場で死んだら、お前が未亡人になってしまう。そうなれば、お前は今後の社交界で色々とやりづらくなるだろう。俺のせいでお前の人生を無駄にするつもりはない」
淡々とした調子ではあるが、そこには明確な配慮が感じられた。
私は思わず苦笑する。
「そんなこと、別に気にしたこともありませんわ。未亡人になったらそれはそれで仕方のないこと。むしろ、そのために離婚だなんて……」
彼は首を横に振り、さらに言う。
「いや、俺は――生きて帰れる保証はないし、この戦いは長引くだろう。お前の時間を縛りたくはない。お前は自由になれ。お前の人生は、お前だけのものだ」
そう言われたとき、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。私が彼を愛しているわけではない。しかし、彼が私のためを思って離婚を切り出しているのだと理解すると、妙に居心地が悪かった。
私は少しだけ黙り込んでから、ごく静かに口を開く。
「……離婚は、戦争が終わって貴方が帰ってくるまで待ちましょう」
「だが――」
「ここで別れるだなんて、私が悪者になってしまうじゃありませんか。『夫が戦地に赴くというのに、離縁を望む冷酷な妻』などと噂されたら面倒ですわ」
彼が一瞬、言葉に詰まる気配がした。私はそのまま続ける。
「それに、もし本当に生きて帰れないときは、未亡人として過ごすことも私は厭いません。なにより、私だって貴族ですもの。周りから下手に同情されるよりは、少しの間でも『辺境伯夫人』として堂々としていたほうが得策でしょう」
そこには、少なからず打算があった。とはいえ、心の奥底では“離婚”の二文字に何とも言えない虚しさを感じていた自分がいる。
ベガは、どこか困ったような表情を浮かべる。
「そう……か。ならば仕方ない。だが、もし戦地で俺が女を作ったら、それを理由に離婚を申し立ててもらって構わないからな」
無骨な男がそんな冗談を言うとは思わず、私はほんの少しだけ笑ってしまった。
「ご自由に。そうすれば、心置きなく別れられますわ」
会話の最後まで、私たちはあくまで淡々とした調子を崩さなかった。
仮面夫婦という関係を守り続けるかのように、それぞれ少し距離を置いたままの言葉で、離縁の申し出を交わす。
そして翌日、ベガは大勢の兵たちを率いて戦地へ向かった。
離れてわかる心の揺らぎ
彼が出立して数ヶ月もの間、私は王都で変わらぬ日々を送った。公爵家の仕事をこなし、社交界に顔を出し、時折は辺境伯夫人として北方の情報を仕入れる。
当初の戦況は決して悪くなかったらしい。しかし、やはり敵の数が多く、容易には片付かないことが明らかになってきた。
王都に伝わる報告では、ベガは元気に指揮を執っているという。私があまり心配していないのは、それを信じているからだ――と自分でも思っていた。
けれど、無意識に私は頻繁に彼の安否を尋ねるようになっていた。いつ帰ってくるのだろう、と。
「――アルタイ様、最近はやけに北方の噂を気にしていらっしゃいますね」
ある日の午後、私は侍女のリュネに何気なく指摘される。リュネは幼い頃から私に仕えている年下の侍女で、私のよき理解者でもあった。
私ははっとして、紅茶を飲む手を止めた。
「そうかしら? 単に王都の情勢を把握するためよ。公爵家にも関わることだから」
「ですが、アルタイ様は以前と比べて、明らかに北方の報を気にする回数が増えています。もしかして、ご心配なのでしょう? アルシェール侯爵様のことを」
「……そう、かもしれないわね」
そこを否定するだけの強い意志は、今の私にはなかった。
私たちは“仮面夫婦”――表面的には仲睦まじく見せつつ、お互いに干渉し合わない関係。しかし、完全に無関心だったわけでもない。
(私、気づいてなかっただけで……彼のことを案じている?)
自問自答するたび、なんだか胸が落ち着かなくなる。
私は少しだけ息をつき、リュネに笑みを返す。
「まあ、心配は心配よ。何しろ、夫が戦地にいるのですもの。普通なら、もっと取り乱して祈りを捧げるのが妻というものでしょうけど……私には、どうもそういう熱烈な感情は湧いてこないの」
「そうでしょうか……アルタイ様は、いつも表に感情を出されないだけで、本当は――」
「リュネ、その話はやめましょう。私自身が一番わからないんだから」
少し笑ってごまかす私に、リュネはそれ以上は口を挟まなかった。
(もし戦地で彼が死んだとして……私は悲しむのだろうか?)
それは恐ろしい問いかけだった。かといって、死を望むはずもない。だが、本当に死んだらどうする? 未亡人となった私は、公爵家に戻り、表面上は気丈に振る舞うのだろうか。それとも……?
そう考えると、どこか胸が騒ぎ、息苦しさを覚える。私はこの数ヶ月で気づかぬうちに“仮面”の下から、彼への薄い愛着のような感情を育て始めていたのかもしれない。
帰らぬ夫と、長引く戦争
ベガが戦地へ赴いてから一年が経過した。
戦況は膠着状態だという。敵軍は一度退いたかに見えたが、別の方面から再度侵入しており、局地戦が複数の地域で続いているらしい。
王都の人々も当初は「すぐに決着がつくだろう」と楽観視していたが、今や北方の遠さを言い訳に関心を失いかけている。
「辺境伯様はいかがされているのかしら……?」
「実は、最近まであまり目立った動きはないようです。とはいえ、北方の砦をいくつか死守しているとの報告はありました」
周囲からは「旦那様が帰ってこない可哀想な妻」といった同情の視線を向けられるようになっていた。
もっとも、私自身はそれほど可哀想とは思っていない。もともと政治的な結婚であり、互いに必要以上の干渉はしない関係だったのだから。
それでも、時折ふと「彼がいれば、こんなときどう思うのだろう」と考える自分がいる。
――そんなある日、突然の知らせが舞い込んだ。
「ベガ様が、帰還されたそうです! かなりの重傷を負っておられるらしく、陛下の命令で治療のため王都へ運ばれていると……」
その報告を受けた瞬間、私は驚きのあまり息が詰まるような感覚に襲われた。
無事だった。でも、重傷。無事……なのだろうか?
(まさか、こんなに早く帰ってくるなんて。それも負傷して……)
感情がぐるぐると渦を巻き、私はうまく言葉にできない。
戦場で大怪我をしたのだから、危険な状態かもしれない。それでも、命あっての帰還というのは喜ばしいことだろう。
それでも私の胸には、なぜか得体の知れない不安と緊張が同時に湧き上がってきた。
そして――その日の夕刻、彼は私たちの邸宅へと搬送された。
戦傷を負った夫との再会
邸の玄関ホールで待機していると、衛兵や従者たちに支えられたベガが担架に乗せられて運び込まれる。
私は思わず駆け寄りそうになるが、そこでほんの一瞬、躊躇した。
(今の私は、どんな表情で彼を迎えればいいのだろう?)
数秒間のためらいののち、私は意を決して彼の顔を覗き込む。
戦地から戻った彼は、想像以上に憔悴していた。顔には浅い傷が何本か走り、腕には包帯が巻かれ、まるで生気を失ったかのように目を閉じている。
「……ベガ様?」
小さく声をかけると、彼の瞼がわずかに動いた。
そして、聞き慣れた低い声がかすかに返ってくる。
「アルタイ……ここは……」
「大丈夫です。王都の公爵邸ですわ。ここで治療を受けましょう」
彼は痛みに耐えるようにうめき声をあげながら、私を見つめる。
その視線には、何か言いたげな色が滲んでいた。けれど、言葉にならない。
私はとにかく急ぎで治療師を呼ぶよう従者に命じた。そして、一刻も早く彼を部屋に運んでもらい、看護の準備を整える。
(離婚のためには、まず“戦地で女を作ってきてくれ”って言ったのに……)
ちらりとそんな考えが頭をかすめ、自分でも驚く。こんな状態で、そんな軽口を叩けるはずがない。
今はまず、彼を元気な状態に戻すことが優先だ。
「早く良くなってもらわないと」
治療師の診立てによれば、ベガの怪我は右肩から背中にかけて深く切り裂かれたものであり、相当の激戦をくぐり抜けてきたことが伺えた。
致命傷ではなかったものの、長引く戦いと過酷な環境による疲労が重なり、免疫力も落ちているという。しばらくは床に伏して安静にしなければならないとのことだった。
私は意外にも、自ら率先して彼の看病に当たることを決めた。侍女や治療師だけに任せてもいいのだが、なぜかそうする気になれない。
「アルタイ、お前がここまでしてくれるなんて……」
寝台の上で弱々しい声を絞り出すベガを見下ろしながら、私は顔に出さないように注意を払いつつ、冷静に言った。
「何を言っているのです? 貴方が早く良くならないと、私たち……離婚できませんもの」
その言葉を聞いたベガは、一瞬キョトンとした表情を浮かべた。
そして、かすかに唇の端を吊り上げる。
「……そう、だったな。俺が戻ってきたら……離婚、するんだった」
「ええ。それに、ここで私が冷たく放置したら、世間体が悪いでしょう? 『戦場で身を粉にして国を守った英雄に冷酷な仕打ちをした悪妻』と噂されるのは御免ですわ。私には私の評判が大事ですから」
わざと皮肉っぽく聞こえるように口にする。けれど、心の内で吹き荒れる感情は、そんな単純なものではなかった。
彼は弱りきった身体を起こそうとして、痛みに顔をしかめる。私は思わず手で制して、上体を起こすのを手伝った。
「安静になさって。無理をすれば傷に障りますよ」
「……済まないな」
そう呟く彼の声は、私が知っている“無骨なベガ”とは違う、どこか脆さを孕んだ響きだった。
変化の始まり
私たちの“仮面夫婦”としての関係は、彼が長期不在だったことで空白の時間を作った。
しかし、再会したとき、私は今までにない戸惑いを覚えた。距離を置いたほうがラクだと思っていたのに、実際に彼が弱っている姿を見たら放っておけなくなっている。
夜、私は彼の寝室を訪れ、侍女から怪我の具合を聞く。体温の確認や、痛み止めの薬の有無、傷の消毒など、看護師のようにあれこれ指示を出している自分がいた。
自分でも笑ってしまうくらい、甲斐甲斐しく働いている。かつての私はこんなことに興味などなかったはずなのに。
「アルタイ……水を……」
「はい、こちらに」
彼が水差しに手を伸ばすのを見て、私は慌てて受け皿とコップを用意する。
侍女が代わりにやってくれてもいいのに、私が手を出すほうが自然だと感じるようになっていた。
「……助かる」
かすれた声で礼を言われ、私はどこか照れくさくなってしまう。
夫婦なのだから本来は当たり前のことだろう。でも、私たちは元々そこまで互いに干渉しない“仮面夫婦”だった。だからこそ、こんな些細なやりとりがくすぐったいのかもしれない。
心のどこかで、「どうしてこんなにまでしているのだろう」と戸惑い続ける部分もある。しかし、いざ目の前で彼が苦しんでいるのを見ると、放っておけなくなるのだ。
「……実感がないな。俺たちが、こうしてお互いを気遣う関係になるなんて」
夜の静かな寝室で、彼がポツリと呟く。
外套や甲冑を脱ぎ捨てた彼は、素顔がより際立っている。もともと端整な面差しをしている人だが、今はやつれているせいで憂いを帯びた雰囲気がある。
私はベッド脇の椅子に腰を下ろし、苦笑した。
「私も同感ですわ。まさか私がこうして看病に励む日が来るなんて、思ってもみませんでした」
「すまん、アルタイ。俺は……お前を解放してやりたいと思っていた」
その言葉に、胸がざわりとする。
(解放――そう、彼は私を自由にしようと離婚を望んでいた。政略結婚に縛りたくないと。確かに、それは私のためを思ってのことだったのだろう)
けれど、今の私は簡単に「そうしてほしい」と言えなくなっている。
「……私だって、こうして看病しているのは自分の意志ですわ。誰かに強制されたわけでもない。そもそも、私が貴方を放っておいて、後ろ指をさされるのは嫌ですから」
そう言いながらも、どこか罪悪感に似たものを覚える。
本心を言えば、私の看病は“ただの善意”だけではない。彼に早く快復してもらわねば、離婚という話も進まないから――なんて、理屈をこねている自分を言い訳にしている面もある。
だが、それだけではない、もう少し別の感情が確かに存在している気がするのだ。
離婚のため――それでも
やがて少しずつ彼の傷は回復していった。薬草による治療、治癒魔術の補助もあり、最悪の事態は免れそうだ。主治医は「じっくりと休めば、日常生活には問題なく戻れるでしょう」との見解を示している。
ただ、すぐに北方へ戻るには時間がかかると言われていた。彼自身も動きたい気持ちを押さえ込み、リハビリに励まねばならない。
その間、王都では戦争の終結が事実上近いと発表された。各地の混乱は大体収束に向かい、残党の掃討は続いているものの、大規模な侵略はほぼ鎮圧されたらしい。
ベガの帰還は予定外ではあったが、王宮も「よくぞ無事に戻った」と称賛を与え、回復を待って正式な凱旋報告を行う算段のようだ。
そうなると、必然的に私たちの“離婚”の件も考えなければならなくなる。
彼が完全に回復し、王宮に戦勝報告を済ませれば、私たちが元々交わしていた約束――「生きて帰ってきたら離縁する」という話は避けられない。
(本当に、それでいいの?)
胸の奥で誰かが問いかける。
私もベガも、“仮面夫婦”としての現状に馴染んでいた。けれど、戦場で彼が死ぬかもしれないと思ったとき、私は確かに胸を痛めたし、彼が傷ついて戻ってきた姿を見て放っておけなかった。
もし、今ここで離婚してしまったら――私は後悔しないだろうか。
一方で、彼を縛り続けることは、彼が望んでいないかもしれない。むしろ「お前を解放したい」と言ってくれたからこそ、私は彼に不満を感じずに済んだ部分もあるのだ。
そんな複雑な思いを抱えながら、日々は過ぎていく。
第1章 終幕
それから数日後、彼は自力で歩行できるようになった。傷が痛むことはあるものの、普通に移動ができる程度には回復してきている。
ある朝、私は彼の部屋を訪れると、ベガは窓辺から外を見やりながら何か考え事をしていた。
「そろそろ、散歩などいかがでしょう。ずっとベッドの上では退屈でしょうし、身体を動かしたほうが回復も早いかもしれませんよ」
そう提案すると、彼は少し困ったように笑う。
「そうだな……そろそろ、歩く練習を始めるとしようか」
私は手を差し出し、彼を支えるように誘導する。
驚いたことに、彼の手は私の手を優しく握り返し、ゆっくりと身体を動かしながらベッドを降りてきた。
「……ありがとう」
ただ一言、小さく礼を言う彼。私は何か言葉を返そうとしたが、胸の奥が詰まってしまい、結局黙ってしまう。
そうして、私たちは二人きりで邸の廊下を歩き出した。
ぎこちない足取りの彼に合わせてゆっくりと歩調をそろえる。まるで、新婚夫婦が手を取り合って散歩でもしているかのような光景だ――なんて考えると、少し可笑しくなる。
けれど、その笑みを見せるわけにはいかず、私は努めて平静を装った。
(私たちは、仮面夫婦……だったはず。離婚は、戦争が終わったら当然のことだったはず)
それなのに、どうしてこんなにも心が揺れてしまうのか。
彼の肩を支えながら、私は黙って歩き続ける。
窓から差し込む日の光は暖かく、まるでここだけが別世界のように静かで穏やかだった。
(もし……もしもこのままの関係でもいいのだとしたら、私はどうする?)
まだ自分の答えは出せない。
ただ、確かなことがひとつある。私たちは既に“仮面”の下に、新たな気持ちを宿し始めているのかもしれない。
それが、愛なのか、情なのか、それともただの錯覚なのか――
少なくとも、私はこの瞬間、彼とこうして穏やかな時を過ごせることを悪くないと思っていた。
だからこそ、いずれ訪れる“離婚”という現実が、今はやけに遠く感じられる。
――こうして、私たちの政略結婚から始まった“仮面夫婦”生活は、新たな段階を迎えようとしていた。
離婚の約束を抱えたまま、互いへの思いを自覚し始める二人。
しかし、その道のりはまだ始まったばかりであり、王都の情勢や貴族社会の思惑は、さらに複雑に絡み合っていくのだった。
華やかな社交界を愛する姉妹たちと違い、私は幼い頃からどこか冷めた性格をしているとよく言われた。
しかし、それは決して世間を嫌っているわけではない。心のどこかで、貴族という立場や社会の仕組みに対して「仕方ないものだ」と諦観しているだけなのだ。
そんな私が、このたび辺境伯ベガ・アルシェール侯爵との縁談を受けることになった。いや、正確には「受けさせられた」というべきだろう。
ヴェルノア公爵家は、この王国において古くから権勢を誇ってきた家柄だ。王家の遠縁にあたり、公爵の称号を安定的に世襲し、国内でも屈指の大領地を持つ。私の父は現当主であり、先代国王の信頼も厚い。
その公爵家が、なぜ辺境伯のアルシェール侯爵家と結びつくのか。答えは簡単、そして退屈なものだった。
「――要するに、北方の防衛を担う辺境伯家を我がヴェルノア公爵家が強力に支援する形を取り、王国全体の安定を図る。それが陛下の意向というわけですか」
父の執務室で、私は真面目くさった表情で話を聞いた。
父――ガイド・ヴェルノア公爵は、落ち着いた声で答える。
「陛下も年齢を重ねられている。次代国王の座を巡っては国内に微妙な綻びが生じているし、北方の蛮族の動きも活発化している。アルシェール侯爵家は幾度となく王国を支え、国境を守ってきた。しかし、現当主であるベガ殿は若く、かつ軍人肌で社交界には馴染みが薄い。
そこで、公爵家との縁組を介して中央貴族の立場を強めてほしい……というのが、陛下のご命令だ」
私はふう、とわずかにため息をついた。
要するに政略結婚だ。それ自体は貴族として特別なことではない。しかしこの縁談は、特に「公爵家の名声と辺境伯家の軍事力を組み合わせて、王国内の安定を保つ」という政治的意味合いが強い。
私だって、そんなことは百も承知だ。
「アルタイ、お前はどう思う?」
改めて問う父に、私は答えた。
「はい。貴族の結婚なんて、こんなものかと思います。家のため、国のため、それは理解しています」
本当は特別な感想などなかった。私にとって、これは小さい頃から漠然と「いずれそうなるだろう」と思っていた範疇の話に過ぎないのだ。
いまさら「嫌です」などと言ったところで、聞き入れてもらえるはずもない。第一、私も“それならばむしろ好都合”とすら感じていた。
(どうせ政略結婚をするのであれば、合理的な理由のほうがまだ受け入れやすい)
純愛を謳う恋物語が嫌いなわけではない。しかし――それはあまりにも非現実的だと、幼い頃から悟ってしまった。貴族の令嬢が恋愛結婚などと夢見たところで、ほとんど叶わないのだから。
少なくとも、私の立場と家柄では、好きな相手と自由に結婚するなど、まず無理だろう。ならばせめて、お互いに必要とされる形のほうが「まし」ではないか。
「そなたがそう言ってくれるなら助かる。ベガ殿との婚儀は、来月の末には挙げられる予定だ。もともと戦局が不穏とはいえ、急ぎで済ませたいというのが陛下の意向だそうだ」
「わかりました。婚礼の準備は一任いたします」
こうして私は、公爵令嬢から「辺境伯夫人」になることが正式に決まった。
相手のことは噂に聞く程度で、顔を合わせたのはほんの数度。主に王宮の謁見や公式行事の場でちらりと見かけた程度だった。
彼の第一印象は“無骨そう”のひと言に尽きる。黒髪に鋭い眼光、整った顔立ちはしているがいかにも戦士然としており、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
だが、不思議と私は嫌悪感を抱かなかった。むしろ、ずけずけと踏み込まれない分、気楽かもしれないとも思った。
このときの私は、まさか自分が“仮面夫婦”という形でこの男と人生をともにし、そのうえ複雑な思いを抱くことになろうとは、想像もしていなかったのだけれど。
婚礼の日
婚礼は、思ったよりもあっさりとしたものだった。
もちろん形式としては公爵家と辺境伯家の結合を盛大に祝うべく、多くの賓客が集い、王都の大聖堂で挙式も行われた。しかし、これは政治的意味合いの強い式だ。
壇上に立つ私たちのもとへ、次々と貴族や廷臣たちが祝いの言葉をかける。私は淀みない笑顔で応対するが、内心ではもう終わってくれとしか思っていなかった。
「アルタイ・ヴェルノア公爵令嬢、ベガ・アルシェール辺境伯侯爵。両名の祝福をここに――」
司祭が儀式の言葉を唱え、指輪の交換が行われる。
私は目の前にいるベガをちらりと見上げた。彼はまるで仮面のように無表情だ。だが、周囲の視線を意識してか、ぎこちなくとも優しい仕草で私の指に指輪をはめる。
私も同じように、彼の指へ指輪を滑らせた。
(これで、私はこの人の妻――“辺境伯夫人”になったのね)
不思議と胸がざわつくような、何かが変わってしまったような感覚があった。しかし同時に、その変化をどこか客観的に見つめている自分もいた。
「おめでとうございます、アルタイ様。今後とも、お幸せに」
「ありがとう、姉様。そちらもお体にお気をつけて」
式典が終わり、私は姉に軽く抱擁される。姉は既に別の公爵家に嫁いでいるが、私とは対照的に結婚へ夢や憧れを抱いていた人だ。
しかし姉は私の性格をよく知っているからこそ、表面的な言葉以上のことは言わない。
披露宴が行われる広間でも、私は社交界の誰もが納得するような振る舞いを心がけた。
ベガはほとんど会話に加わらず、居心地が悪そうに立っているだけ。私は苦笑して、自ら挨拶を取り仕切り、彼の存在感を上手に補うよう努めた。
周囲には、辺境伯夫妻が“とてもお似合い”に見えたことだろう。二人そろって沈黙を守るよりは、私が話の主導権を握るほうが円滑に事が進む。
そうして、私たちの婚礼は滞りなく、無難に終わった。
“仮面夫婦”の始まり
王都にある公爵邸の一角には、私の私室があった。しかし、これからは夫婦として同じ邸内の部屋を使う……とはいえ、私たちはすでに合意していた。
つまり、表向きは夫婦の寝室として大きな部屋を用意するが、実際にはそれぞれのプライベートを保ちたいと。
「アルタイ、俺の方は当面、辺境領と王都を行き来することになる。陛下から北方の防衛強化を任されているからな」
婚礼当日の夜、更衣室でくつろぐ私に対して、ベガは少しだけ申し訳なさそうに言った。
私は微笑みを絶やさず、淡々と応じる。
「お気になさらず。私も公爵家の仕事がありますし、貴方の役目を妨げるつもりはありませんわ」
彼は少しだけ目を伏せ、「ああ、ありがとう」と小さく呟いた。
これが、いわゆる新婚初夜の会話だというのだから、何とも味気ない――けれど、それでいい。
(私たちはお互い、必要以上に干渉しない)
それが暗黙の了解だった。家同士の結びつきのため、周囲の目があるときは仲睦まじい夫妻を演じる。しかし、それ以上は求めない。
私も彼も、貴族の結婚なんてこんなものだと最初から理解している。
そうして始まった私たちの夫婦生活は、実に淡々としたものだった。
朝食や夕食は、可能な範囲で一緒に取るようにはしている。周囲への建前として、あまりにも交流が少なすぎるのは不自然だからだ。
ただ、席につくときの他愛もない会話は挨拶程度で終わり、あとはお互い自分の仕事に戻る。私もベガも、それを心地よい距離感と感じていた。
社交界では「新婚の辺境伯夫妻は意外に仲がいいらしいわよ」と評判になった。
もっとも、その“仲の良さ”とやらは、私が機転を利かせて上手く立ち振る舞い、ベガが黙ってそれを支えているに過ぎない。私の知人たちは「あの無骨そうなベガ様を手懐けているなんて、さすがアルタイ」と茶化すが、実のところそういう話でもない。
私にしてみれば、彼は扱いやすい相手だった。必要以上に感情をぶつけてこないし、表立って私を支配しようとしない。言い換えれば“無関心”なのかもしれないが、それがむしろ気楽だった。
結婚生活が三ヶ月ほど過ぎた頃、私は自分でも驚くくらい落ち着いていた。
夫としてのベガに恋愛感情はなかったが、不満や苦痛もなかった。これはこれで、悪くない――そう思っていたのである。
戦雲の兆し
しかし、そんな均衡は突然崩れることになる。
王都にもたらされた報せは、北方の情勢がいよいよ危ういというものだった。蛮族の大規模な侵入が疑われ、王国軍が総力を挙げて対処せざるを得ない状況らしい。
「ベガ様、戦地へ出られるのですか?」
ある日の朝、食卓を囲んでいる最中、私は彼に尋ねた。
彼は重い表情で小さく頷く。
「……ああ。王から召集がかかった。俺は軍において、北方辺境の総司令を任されることになりそうだ」
ベガが切り盛りしてきた辺境領は、まさに国境に接する場所。そこに大軍を送って守りを固め、同時に進軍してくる敵を迎撃する方針だろう。
彼は幼い頃から軍事訓練を受け、実戦経験も豊富だ。王国内でも指折りの武勇を誇る辺境伯――ベガ・アルシェールはまさに“国境の盾”として期待されている。
私はその事実を認めつつも、どこか他人事のように受け止めていた。貴族としては当たり前のことだが、前線に出るという行為は命の危険を伴う。
「そうですか。お気をつけて……とは言いません。気をつけてどうにかなることでもありませんから」
そっけなく聞こえるかもしれないが、これが私なりの精一杯の言葉だった。
彼は静かに目を伏せ、少し間を置いてから切り出す。
「アルタイ、俺たちは……離婚しよう」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
離婚? いきなり何の話かと思い、私は反射的に問い返す。
「……どういうことですか?」
「もし俺が戦場で死んだら、お前が未亡人になってしまう。そうなれば、お前は今後の社交界で色々とやりづらくなるだろう。俺のせいでお前の人生を無駄にするつもりはない」
淡々とした調子ではあるが、そこには明確な配慮が感じられた。
私は思わず苦笑する。
「そんなこと、別に気にしたこともありませんわ。未亡人になったらそれはそれで仕方のないこと。むしろ、そのために離婚だなんて……」
彼は首を横に振り、さらに言う。
「いや、俺は――生きて帰れる保証はないし、この戦いは長引くだろう。お前の時間を縛りたくはない。お前は自由になれ。お前の人生は、お前だけのものだ」
そう言われたとき、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。私が彼を愛しているわけではない。しかし、彼が私のためを思って離婚を切り出しているのだと理解すると、妙に居心地が悪かった。
私は少しだけ黙り込んでから、ごく静かに口を開く。
「……離婚は、戦争が終わって貴方が帰ってくるまで待ちましょう」
「だが――」
「ここで別れるだなんて、私が悪者になってしまうじゃありませんか。『夫が戦地に赴くというのに、離縁を望む冷酷な妻』などと噂されたら面倒ですわ」
彼が一瞬、言葉に詰まる気配がした。私はそのまま続ける。
「それに、もし本当に生きて帰れないときは、未亡人として過ごすことも私は厭いません。なにより、私だって貴族ですもの。周りから下手に同情されるよりは、少しの間でも『辺境伯夫人』として堂々としていたほうが得策でしょう」
そこには、少なからず打算があった。とはいえ、心の奥底では“離婚”の二文字に何とも言えない虚しさを感じていた自分がいる。
ベガは、どこか困ったような表情を浮かべる。
「そう……か。ならば仕方ない。だが、もし戦地で俺が女を作ったら、それを理由に離婚を申し立ててもらって構わないからな」
無骨な男がそんな冗談を言うとは思わず、私はほんの少しだけ笑ってしまった。
「ご自由に。そうすれば、心置きなく別れられますわ」
会話の最後まで、私たちはあくまで淡々とした調子を崩さなかった。
仮面夫婦という関係を守り続けるかのように、それぞれ少し距離を置いたままの言葉で、離縁の申し出を交わす。
そして翌日、ベガは大勢の兵たちを率いて戦地へ向かった。
離れてわかる心の揺らぎ
彼が出立して数ヶ月もの間、私は王都で変わらぬ日々を送った。公爵家の仕事をこなし、社交界に顔を出し、時折は辺境伯夫人として北方の情報を仕入れる。
当初の戦況は決して悪くなかったらしい。しかし、やはり敵の数が多く、容易には片付かないことが明らかになってきた。
王都に伝わる報告では、ベガは元気に指揮を執っているという。私があまり心配していないのは、それを信じているからだ――と自分でも思っていた。
けれど、無意識に私は頻繁に彼の安否を尋ねるようになっていた。いつ帰ってくるのだろう、と。
「――アルタイ様、最近はやけに北方の噂を気にしていらっしゃいますね」
ある日の午後、私は侍女のリュネに何気なく指摘される。リュネは幼い頃から私に仕えている年下の侍女で、私のよき理解者でもあった。
私ははっとして、紅茶を飲む手を止めた。
「そうかしら? 単に王都の情勢を把握するためよ。公爵家にも関わることだから」
「ですが、アルタイ様は以前と比べて、明らかに北方の報を気にする回数が増えています。もしかして、ご心配なのでしょう? アルシェール侯爵様のことを」
「……そう、かもしれないわね」
そこを否定するだけの強い意志は、今の私にはなかった。
私たちは“仮面夫婦”――表面的には仲睦まじく見せつつ、お互いに干渉し合わない関係。しかし、完全に無関心だったわけでもない。
(私、気づいてなかっただけで……彼のことを案じている?)
自問自答するたび、なんだか胸が落ち着かなくなる。
私は少しだけ息をつき、リュネに笑みを返す。
「まあ、心配は心配よ。何しろ、夫が戦地にいるのですもの。普通なら、もっと取り乱して祈りを捧げるのが妻というものでしょうけど……私には、どうもそういう熱烈な感情は湧いてこないの」
「そうでしょうか……アルタイ様は、いつも表に感情を出されないだけで、本当は――」
「リュネ、その話はやめましょう。私自身が一番わからないんだから」
少し笑ってごまかす私に、リュネはそれ以上は口を挟まなかった。
(もし戦地で彼が死んだとして……私は悲しむのだろうか?)
それは恐ろしい問いかけだった。かといって、死を望むはずもない。だが、本当に死んだらどうする? 未亡人となった私は、公爵家に戻り、表面上は気丈に振る舞うのだろうか。それとも……?
そう考えると、どこか胸が騒ぎ、息苦しさを覚える。私はこの数ヶ月で気づかぬうちに“仮面”の下から、彼への薄い愛着のような感情を育て始めていたのかもしれない。
帰らぬ夫と、長引く戦争
ベガが戦地へ赴いてから一年が経過した。
戦況は膠着状態だという。敵軍は一度退いたかに見えたが、別の方面から再度侵入しており、局地戦が複数の地域で続いているらしい。
王都の人々も当初は「すぐに決着がつくだろう」と楽観視していたが、今や北方の遠さを言い訳に関心を失いかけている。
「辺境伯様はいかがされているのかしら……?」
「実は、最近まであまり目立った動きはないようです。とはいえ、北方の砦をいくつか死守しているとの報告はありました」
周囲からは「旦那様が帰ってこない可哀想な妻」といった同情の視線を向けられるようになっていた。
もっとも、私自身はそれほど可哀想とは思っていない。もともと政治的な結婚であり、互いに必要以上の干渉はしない関係だったのだから。
それでも、時折ふと「彼がいれば、こんなときどう思うのだろう」と考える自分がいる。
――そんなある日、突然の知らせが舞い込んだ。
「ベガ様が、帰還されたそうです! かなりの重傷を負っておられるらしく、陛下の命令で治療のため王都へ運ばれていると……」
その報告を受けた瞬間、私は驚きのあまり息が詰まるような感覚に襲われた。
無事だった。でも、重傷。無事……なのだろうか?
(まさか、こんなに早く帰ってくるなんて。それも負傷して……)
感情がぐるぐると渦を巻き、私はうまく言葉にできない。
戦場で大怪我をしたのだから、危険な状態かもしれない。それでも、命あっての帰還というのは喜ばしいことだろう。
それでも私の胸には、なぜか得体の知れない不安と緊張が同時に湧き上がってきた。
そして――その日の夕刻、彼は私たちの邸宅へと搬送された。
戦傷を負った夫との再会
邸の玄関ホールで待機していると、衛兵や従者たちに支えられたベガが担架に乗せられて運び込まれる。
私は思わず駆け寄りそうになるが、そこでほんの一瞬、躊躇した。
(今の私は、どんな表情で彼を迎えればいいのだろう?)
数秒間のためらいののち、私は意を決して彼の顔を覗き込む。
戦地から戻った彼は、想像以上に憔悴していた。顔には浅い傷が何本か走り、腕には包帯が巻かれ、まるで生気を失ったかのように目を閉じている。
「……ベガ様?」
小さく声をかけると、彼の瞼がわずかに動いた。
そして、聞き慣れた低い声がかすかに返ってくる。
「アルタイ……ここは……」
「大丈夫です。王都の公爵邸ですわ。ここで治療を受けましょう」
彼は痛みに耐えるようにうめき声をあげながら、私を見つめる。
その視線には、何か言いたげな色が滲んでいた。けれど、言葉にならない。
私はとにかく急ぎで治療師を呼ぶよう従者に命じた。そして、一刻も早く彼を部屋に運んでもらい、看護の準備を整える。
(離婚のためには、まず“戦地で女を作ってきてくれ”って言ったのに……)
ちらりとそんな考えが頭をかすめ、自分でも驚く。こんな状態で、そんな軽口を叩けるはずがない。
今はまず、彼を元気な状態に戻すことが優先だ。
「早く良くなってもらわないと」
治療師の診立てによれば、ベガの怪我は右肩から背中にかけて深く切り裂かれたものであり、相当の激戦をくぐり抜けてきたことが伺えた。
致命傷ではなかったものの、長引く戦いと過酷な環境による疲労が重なり、免疫力も落ちているという。しばらくは床に伏して安静にしなければならないとのことだった。
私は意外にも、自ら率先して彼の看病に当たることを決めた。侍女や治療師だけに任せてもいいのだが、なぜかそうする気になれない。
「アルタイ、お前がここまでしてくれるなんて……」
寝台の上で弱々しい声を絞り出すベガを見下ろしながら、私は顔に出さないように注意を払いつつ、冷静に言った。
「何を言っているのです? 貴方が早く良くならないと、私たち……離婚できませんもの」
その言葉を聞いたベガは、一瞬キョトンとした表情を浮かべた。
そして、かすかに唇の端を吊り上げる。
「……そう、だったな。俺が戻ってきたら……離婚、するんだった」
「ええ。それに、ここで私が冷たく放置したら、世間体が悪いでしょう? 『戦場で身を粉にして国を守った英雄に冷酷な仕打ちをした悪妻』と噂されるのは御免ですわ。私には私の評判が大事ですから」
わざと皮肉っぽく聞こえるように口にする。けれど、心の内で吹き荒れる感情は、そんな単純なものではなかった。
彼は弱りきった身体を起こそうとして、痛みに顔をしかめる。私は思わず手で制して、上体を起こすのを手伝った。
「安静になさって。無理をすれば傷に障りますよ」
「……済まないな」
そう呟く彼の声は、私が知っている“無骨なベガ”とは違う、どこか脆さを孕んだ響きだった。
変化の始まり
私たちの“仮面夫婦”としての関係は、彼が長期不在だったことで空白の時間を作った。
しかし、再会したとき、私は今までにない戸惑いを覚えた。距離を置いたほうがラクだと思っていたのに、実際に彼が弱っている姿を見たら放っておけなくなっている。
夜、私は彼の寝室を訪れ、侍女から怪我の具合を聞く。体温の確認や、痛み止めの薬の有無、傷の消毒など、看護師のようにあれこれ指示を出している自分がいた。
自分でも笑ってしまうくらい、甲斐甲斐しく働いている。かつての私はこんなことに興味などなかったはずなのに。
「アルタイ……水を……」
「はい、こちらに」
彼が水差しに手を伸ばすのを見て、私は慌てて受け皿とコップを用意する。
侍女が代わりにやってくれてもいいのに、私が手を出すほうが自然だと感じるようになっていた。
「……助かる」
かすれた声で礼を言われ、私はどこか照れくさくなってしまう。
夫婦なのだから本来は当たり前のことだろう。でも、私たちは元々そこまで互いに干渉しない“仮面夫婦”だった。だからこそ、こんな些細なやりとりがくすぐったいのかもしれない。
心のどこかで、「どうしてこんなにまでしているのだろう」と戸惑い続ける部分もある。しかし、いざ目の前で彼が苦しんでいるのを見ると、放っておけなくなるのだ。
「……実感がないな。俺たちが、こうしてお互いを気遣う関係になるなんて」
夜の静かな寝室で、彼がポツリと呟く。
外套や甲冑を脱ぎ捨てた彼は、素顔がより際立っている。もともと端整な面差しをしている人だが、今はやつれているせいで憂いを帯びた雰囲気がある。
私はベッド脇の椅子に腰を下ろし、苦笑した。
「私も同感ですわ。まさか私がこうして看病に励む日が来るなんて、思ってもみませんでした」
「すまん、アルタイ。俺は……お前を解放してやりたいと思っていた」
その言葉に、胸がざわりとする。
(解放――そう、彼は私を自由にしようと離婚を望んでいた。政略結婚に縛りたくないと。確かに、それは私のためを思ってのことだったのだろう)
けれど、今の私は簡単に「そうしてほしい」と言えなくなっている。
「……私だって、こうして看病しているのは自分の意志ですわ。誰かに強制されたわけでもない。そもそも、私が貴方を放っておいて、後ろ指をさされるのは嫌ですから」
そう言いながらも、どこか罪悪感に似たものを覚える。
本心を言えば、私の看病は“ただの善意”だけではない。彼に早く快復してもらわねば、離婚という話も進まないから――なんて、理屈をこねている自分を言い訳にしている面もある。
だが、それだけではない、もう少し別の感情が確かに存在している気がするのだ。
離婚のため――それでも
やがて少しずつ彼の傷は回復していった。薬草による治療、治癒魔術の補助もあり、最悪の事態は免れそうだ。主治医は「じっくりと休めば、日常生活には問題なく戻れるでしょう」との見解を示している。
ただ、すぐに北方へ戻るには時間がかかると言われていた。彼自身も動きたい気持ちを押さえ込み、リハビリに励まねばならない。
その間、王都では戦争の終結が事実上近いと発表された。各地の混乱は大体収束に向かい、残党の掃討は続いているものの、大規模な侵略はほぼ鎮圧されたらしい。
ベガの帰還は予定外ではあったが、王宮も「よくぞ無事に戻った」と称賛を与え、回復を待って正式な凱旋報告を行う算段のようだ。
そうなると、必然的に私たちの“離婚”の件も考えなければならなくなる。
彼が完全に回復し、王宮に戦勝報告を済ませれば、私たちが元々交わしていた約束――「生きて帰ってきたら離縁する」という話は避けられない。
(本当に、それでいいの?)
胸の奥で誰かが問いかける。
私もベガも、“仮面夫婦”としての現状に馴染んでいた。けれど、戦場で彼が死ぬかもしれないと思ったとき、私は確かに胸を痛めたし、彼が傷ついて戻ってきた姿を見て放っておけなかった。
もし、今ここで離婚してしまったら――私は後悔しないだろうか。
一方で、彼を縛り続けることは、彼が望んでいないかもしれない。むしろ「お前を解放したい」と言ってくれたからこそ、私は彼に不満を感じずに済んだ部分もあるのだ。
そんな複雑な思いを抱えながら、日々は過ぎていく。
第1章 終幕
それから数日後、彼は自力で歩行できるようになった。傷が痛むことはあるものの、普通に移動ができる程度には回復してきている。
ある朝、私は彼の部屋を訪れると、ベガは窓辺から外を見やりながら何か考え事をしていた。
「そろそろ、散歩などいかがでしょう。ずっとベッドの上では退屈でしょうし、身体を動かしたほうが回復も早いかもしれませんよ」
そう提案すると、彼は少し困ったように笑う。
「そうだな……そろそろ、歩く練習を始めるとしようか」
私は手を差し出し、彼を支えるように誘導する。
驚いたことに、彼の手は私の手を優しく握り返し、ゆっくりと身体を動かしながらベッドを降りてきた。
「……ありがとう」
ただ一言、小さく礼を言う彼。私は何か言葉を返そうとしたが、胸の奥が詰まってしまい、結局黙ってしまう。
そうして、私たちは二人きりで邸の廊下を歩き出した。
ぎこちない足取りの彼に合わせてゆっくりと歩調をそろえる。まるで、新婚夫婦が手を取り合って散歩でもしているかのような光景だ――なんて考えると、少し可笑しくなる。
けれど、その笑みを見せるわけにはいかず、私は努めて平静を装った。
(私たちは、仮面夫婦……だったはず。離婚は、戦争が終わったら当然のことだったはず)
それなのに、どうしてこんなにも心が揺れてしまうのか。
彼の肩を支えながら、私は黙って歩き続ける。
窓から差し込む日の光は暖かく、まるでここだけが別世界のように静かで穏やかだった。
(もし……もしもこのままの関係でもいいのだとしたら、私はどうする?)
まだ自分の答えは出せない。
ただ、確かなことがひとつある。私たちは既に“仮面”の下に、新たな気持ちを宿し始めているのかもしれない。
それが、愛なのか、情なのか、それともただの錯覚なのか――
少なくとも、私はこの瞬間、彼とこうして穏やかな時を過ごせることを悪くないと思っていた。
だからこそ、いずれ訪れる“離婚”という現実が、今はやけに遠く感じられる。
――こうして、私たちの政略結婚から始まった“仮面夫婦”生活は、新たな段階を迎えようとしていた。
離婚の約束を抱えたまま、互いへの思いを自覚し始める二人。
しかし、その道のりはまだ始まったばかりであり、王都の情勢や貴族社会の思惑は、さらに複雑に絡み合っていくのだった。
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