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第1話 婚約破棄と「孤児院行き」宣告
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第1話 婚約破棄と「孤児院行き」宣告
王城の大広間は、朝日が差し込むはずなのに、どこか薄暗く重たい空気に包まれていた。
リオナ・エヴァンスは、静かにその中心に立っていた。
薄い桃色のドレスは控えめで、誇張された飾りもない。
だが、彼女の所作は誰よりも優雅で、見守る貴族たちの視線は自然と吸い寄せられていた。
そんな空気を乱すように、威圧的な声が響く。
「リオナ・エヴァンス。お前との婚約を、ここに破棄する!」
大広間に響き渡ったのは、王太子ユリウスの高らかな宣言だった。
一瞬の静寂の後、あちこちから微かなざわめきが起きる。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、扇を口元へ寄せて息を呑む。
心待ちにしていた見世物が始まったかのように、好奇の視線がリオナに降り注いだ。
リオナはまっすぐにユリウスを見つめた。
恐怖も動揺もない。
ただ、静かに事実を受け止める瞳。
ユリウスはその落ち着きに苛立ったらしく、眉根を寄せた。
「理由は理解しているだろう。お前は地味で、情熱というものが欠けている。王妃となるには華が足りないのだ」
華が足りない。
その言葉が広間に広がると、誰かがくすりと笑った。
それは、ユリウスの傍らで腕を絡めるように寄り添う侯爵令嬢フロレア。
彼女のドレスは派手で、宝石を散りばめたようにきらきらと光っている。
その華やかさを、わざと見せつけるかのようだった。
リオナは小さく息を吸い、微笑んだ。
「ユリウス殿下。ご判断、よく理解いたしました。わたくしは情熱より、堅実さに重きを置く性格です。殿下の理想と離れているのであれば、お別れする方が良いでしょう」
ざわ、と空気が揺れた。
ユリウスは一拍遅れて驚いたように目を見開く。
「お、お前……もっと取り乱すと思ったのだが?」
「申し訳ございません。どうやら、騒いだり泣き崩れたりする才能も持ち合わせていないようでして」
フロレアが冷たく笑った。
「嫌味ですの? 本当に面白みのない方」
「嫌味のつもりはございません。わたくしはただ、身の丈に合わぬご縁をいただいていたことに、感謝しております」
どこまでも穏やかで、反論の余地のない返答。
それが逆に場の緊張を生んでいた。
ユリウスは咳払いをして、何とか体勢を立て直す。
「とはいえだ、リオナ。婚約者という立場でいた以上、責任を取ってもらわねばならぬ」
「責任、でございますか?」
「そうだ。お前に、ある施設の運営を任せることにした。これは罰ではない。慈善の機会だと思うがいい」
リオナの眉が僅かに上がった。
「施設……?」
近衛騎士が一歩前に出て巻物を広げた。
「王都の外れにある孤児院です。建物は老朽化し、資金も尽き、今にも閉鎖されようとしております。その運営を、あなたに」
「孤児院の、運営……」
誰かが「まあ、かわいそうに」とつぶやいた。
別の誰かは「平民落ちね」と嘲った。
ユリウスは満足そうに胸を張る。
「子どもたちを救うという、崇高な使命だぞ。心して励むがよい」
(つまり……王家は私を王都から遠ざけたいのですね)
露骨な追放にはできない。
だが慈善という名目なら、批判もされず、体裁も良い。
その考えが透けて見えた。
しかし、リオナは思わず微笑んでしまった。
「承知いたしました、殿下」
「ほう?」
「微力ながら、孤児院の運営に尽力いたします。その代わり」
リオナは真っ直ぐにユリウスを見つめた。
「本日をもちまして、エヴァンス家と殿下のご縁は完全に白紙、ということでよろしいですわね?」
一瞬、広間の空気が凍りついた。
王太子妃教育で徹底的に叩き込まれた丁寧な物言いはそのままに、言葉の意味ははっきりとした拒絶。
ユリウスは慌てたように頷く。
「も、もちろんだ。お前に王家から何かを命じることもない」
「ありがとうございます。では、心置きなく新しい務めに集中できますわ」
フロレアが苛立ったように声を荒げる。
「ちょっと、殿下に感謝の言葉もありませんの?」
「既に述べましたわ。身の丈に合わぬご縁を頂いたこと、ありがたく思っております」
「それは……っ」
リオナは深く一礼し、裾を持ち上げて静かに広間を後にした。
冷たい空気が頬を撫でる。
宮殿の外に出た瞬間、胸がふっと軽くなった。
(これで、朝から晩までの王妃教育も終わり。誰かの理想に合わせる日々も、おしまいです)
誰も知らない。
リオナが父の領地で家計簿を握り、破綻寸前の財政を立て直したことを。
孤児たちの読み書きを無償で教え、心から信頼されていたことを。
ユリウスもフロレアも、王城の誰も気づいていない。
だからこそ――あの二人の判断が、どれほど致命的だったのかも。
リオナは遠くを見つめ、小さく息を吐いた。
「孤児院、ですか……」
ほんの少しだけ、楽しそうに笑った。
「ええ。きっと、素敵な場所になりますわ」
こうして、婚約破棄された地味令嬢リオナの静かな再出発が幕を開けた。
だがこれは、後に王都を揺るがす大騒動と盛大なざまあ劇、そして溺愛へと至る物語の始まりでしかない。
王城の大広間は、朝日が差し込むはずなのに、どこか薄暗く重たい空気に包まれていた。
リオナ・エヴァンスは、静かにその中心に立っていた。
薄い桃色のドレスは控えめで、誇張された飾りもない。
だが、彼女の所作は誰よりも優雅で、見守る貴族たちの視線は自然と吸い寄せられていた。
そんな空気を乱すように、威圧的な声が響く。
「リオナ・エヴァンス。お前との婚約を、ここに破棄する!」
大広間に響き渡ったのは、王太子ユリウスの高らかな宣言だった。
一瞬の静寂の後、あちこちから微かなざわめきが起きる。
色とりどりのドレスを着た令嬢たちが、扇を口元へ寄せて息を呑む。
心待ちにしていた見世物が始まったかのように、好奇の視線がリオナに降り注いだ。
リオナはまっすぐにユリウスを見つめた。
恐怖も動揺もない。
ただ、静かに事実を受け止める瞳。
ユリウスはその落ち着きに苛立ったらしく、眉根を寄せた。
「理由は理解しているだろう。お前は地味で、情熱というものが欠けている。王妃となるには華が足りないのだ」
華が足りない。
その言葉が広間に広がると、誰かがくすりと笑った。
それは、ユリウスの傍らで腕を絡めるように寄り添う侯爵令嬢フロレア。
彼女のドレスは派手で、宝石を散りばめたようにきらきらと光っている。
その華やかさを、わざと見せつけるかのようだった。
リオナは小さく息を吸い、微笑んだ。
「ユリウス殿下。ご判断、よく理解いたしました。わたくしは情熱より、堅実さに重きを置く性格です。殿下の理想と離れているのであれば、お別れする方が良いでしょう」
ざわ、と空気が揺れた。
ユリウスは一拍遅れて驚いたように目を見開く。
「お、お前……もっと取り乱すと思ったのだが?」
「申し訳ございません。どうやら、騒いだり泣き崩れたりする才能も持ち合わせていないようでして」
フロレアが冷たく笑った。
「嫌味ですの? 本当に面白みのない方」
「嫌味のつもりはございません。わたくしはただ、身の丈に合わぬご縁をいただいていたことに、感謝しております」
どこまでも穏やかで、反論の余地のない返答。
それが逆に場の緊張を生んでいた。
ユリウスは咳払いをして、何とか体勢を立て直す。
「とはいえだ、リオナ。婚約者という立場でいた以上、責任を取ってもらわねばならぬ」
「責任、でございますか?」
「そうだ。お前に、ある施設の運営を任せることにした。これは罰ではない。慈善の機会だと思うがいい」
リオナの眉が僅かに上がった。
「施設……?」
近衛騎士が一歩前に出て巻物を広げた。
「王都の外れにある孤児院です。建物は老朽化し、資金も尽き、今にも閉鎖されようとしております。その運営を、あなたに」
「孤児院の、運営……」
誰かが「まあ、かわいそうに」とつぶやいた。
別の誰かは「平民落ちね」と嘲った。
ユリウスは満足そうに胸を張る。
「子どもたちを救うという、崇高な使命だぞ。心して励むがよい」
(つまり……王家は私を王都から遠ざけたいのですね)
露骨な追放にはできない。
だが慈善という名目なら、批判もされず、体裁も良い。
その考えが透けて見えた。
しかし、リオナは思わず微笑んでしまった。
「承知いたしました、殿下」
「ほう?」
「微力ながら、孤児院の運営に尽力いたします。その代わり」
リオナは真っ直ぐにユリウスを見つめた。
「本日をもちまして、エヴァンス家と殿下のご縁は完全に白紙、ということでよろしいですわね?」
一瞬、広間の空気が凍りついた。
王太子妃教育で徹底的に叩き込まれた丁寧な物言いはそのままに、言葉の意味ははっきりとした拒絶。
ユリウスは慌てたように頷く。
「も、もちろんだ。お前に王家から何かを命じることもない」
「ありがとうございます。では、心置きなく新しい務めに集中できますわ」
フロレアが苛立ったように声を荒げる。
「ちょっと、殿下に感謝の言葉もありませんの?」
「既に述べましたわ。身の丈に合わぬご縁を頂いたこと、ありがたく思っております」
「それは……っ」
リオナは深く一礼し、裾を持ち上げて静かに広間を後にした。
冷たい空気が頬を撫でる。
宮殿の外に出た瞬間、胸がふっと軽くなった。
(これで、朝から晩までの王妃教育も終わり。誰かの理想に合わせる日々も、おしまいです)
誰も知らない。
リオナが父の領地で家計簿を握り、破綻寸前の財政を立て直したことを。
孤児たちの読み書きを無償で教え、心から信頼されていたことを。
ユリウスもフロレアも、王城の誰も気づいていない。
だからこそ――あの二人の判断が、どれほど致命的だったのかも。
リオナは遠くを見つめ、小さく息を吐いた。
「孤児院、ですか……」
ほんの少しだけ、楽しそうに笑った。
「ええ。きっと、素敵な場所になりますわ」
こうして、婚約破棄された地味令嬢リオナの静かな再出発が幕を開けた。
だがこれは、後に王都を揺るがす大騒動と盛大なざまあ劇、そして溺愛へと至る物語の始まりでしかない。
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