婚約破棄された悪役令嬢、放浪先で最強公爵に溺愛される

鍛高譚

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1章 無実の悪役令嬢、婚約破棄される

1-6最悪の幕切れ

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1-6最悪の幕切れ

 出発の日、スカーレットは玄関先で両親に別れを告げる。屋敷の外には、王都を囲むように伸びる石畳の道がどこまでも続いている。馬車には最低限の荷物しか積まれていない。スカーレットの侍女メリッサも同行を申し出てくれたが、伯爵夫人は「メリッサまで道連れにするわけにはいかない」と強く拒んだ。そのため、スカーレットはほぼ一人で馬車に乗り込むことになったのである。

「お母様……本当に私一人で行きます。安心してください」 「スカーレット、辛いだろうけれど……どうか元気でいて。必ず私たちが真相を暴いてみせるから……」

 伯爵夫人の瞳には涙が滲んでいる。スカーレットはその手をそっと握りしめ、弱々しく微笑んだ。

「私、負けませんから。きっといつか、王太子殿下にも真実がわかる日が来るはずです。そのときには、私自身の手で“この身の潔白”を証明してみせます」

 最後まで凛とした態度を保ち、スカーレットは馬車に乗り込む。そして御者の合図とともに馬車は揺れ、ヨーク伯爵家を出発した。静まり返った敷地内には、使用人たちの複雑な視線が注がれている。半数以上は好奇の目で、残りは憐れみの目で。だが、誰一人としてスカーレットを止めようとする者はいなかった。彼女はすでに“悪役令嬢”として、伯爵家に泥を塗った厄介者――そんな烙印を押されていたのだから。

 王都の門を出るとき、ふと遠くの空を見上げる。雲間から差し込む太陽の光は眩しく、春の日差しが優しく彼女を包み込むかのようだ。――だが、その温もりはどこか虚しく感じられる。これから先、どこへ行けばいいのか、どんな扱いを受けるのか想像もつかない。辺境へ向かう道は長く険しく、スカーレットの心には深い孤独が巣食っていた。

 アルバートへの愛情が完全に消えたわけではない。幼少期の記憶が蘇る。二人で城の庭を駆け回り、いつか一緒に国を支える日を夢見たこともあった。けれど、今のアルバートは違う。平民出身の聖女・アメリアが現れた途端に、まるで魅了されたように彼女を信じ、スカーレットを悪人扱いして婚約破棄を言い渡した。もはや幼い頃の彼ではないのだ。幼馴染の優しさを思い出すたび、胸が締め付けられそうになる。

「きっと、私は……もう二度とあの場所には戻れないのかもしれないわね」

 スカーレットは瞳を閉じ、深く息を吐き出した。馬車は淡々と道を進む。後方には、美しく整備された王都の街並みが徐々に遠ざかっていく。商人や旅人たちが行き交う大通りを抜け、さらに鄙びた村落を通り越し、どこまでも進む。伯爵家は何とか辺境の親類筋に連絡を取り、スカーレットをかくまってもらう算段をつけてくれていたが、そこへ着くまでにいくつもの関所を越えなければならない。

 これまで貴族令嬢として守られた環境で暮らしてきた彼女にとって、その旅路は過酷に違いない。馬車の揺れだけでも、王都の外ではこんなにも道が荒れているのかと驚くほどだった。だが、心の痛みに比べれば、道中の不便などささいなことかもしれない。

「いったい、誰が私を陥れようとしているんだろう……?」

 そう考えずにはいられない。もしアメリアという女性が本当に奇跡を起こせる聖女だとしたら、わざわざスカーレットを悪者に仕立てる必要はないだろう。何者かが裏で動いている――そう直感していた。王太子の妃の座を奪いたいのか、ヨーク伯爵家を陥れたいのか。いずれにせよ、かなりの権力や財力を持つ者が関わっていなければ、ここまで大掛かりな捏造は難しい。

 しかし、その真相を究明する権限も手段も、今のスカーレットにはない。婚約を破棄され、王都を追われた彼女は、ただ静かに馬車に揺られるのみ。悔しさと虚しさが心を蝕んでいく。終わりの見えない旅路と、先行きの見えない未来。かつて王太子妃として輝かしい道を嘱望された令嬢が、今や世間から“悪役”と蔑まれ、名誉を失い、すべてを奪われてしまったのだ。

「でも、私は負けない。いつか必ず、この真実を暴いてみせる」

 スカーレットは心の中で強く誓った。たとえこの先に待ち受けるのが絶望ばかりだとしても、彼女は諦めない。自分の誇りのため、そしてヨーク伯爵家のために。今は小さく消えかけているが、確かに胸の奥で宿る“正義”の炎を信じて――。

 こうして、スカーレット・ヨークの波乱に満ちた物語が幕を開ける。王都を追い出された“悪役令嬢”が、この先どんな運命に導かれるのかは、まだ誰も知る由がない。だが、婚約破棄という残酷な現実に打ちのめされた彼女の瞳は、すでに悲しみだけではなく、一筋の決意を帯び始めていた。

 なぜなら、どんなに過酷な逆境であろうとも――自分が信じる「真実」と「自尊心」を忘れない限り、人は再び立ち上がることができると、スカーレットは知っているからだ。
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