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3章 元婚約者の破滅と、揺れ動く想い
3-3.ヨーク伯爵家の危機
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3.ヨーク伯爵家の危機
ゼインは書斎で騎士を呼び、秘密裏の調査を命じた。数日後、手配された数名の私兵がグランフォード王国へ潜入していく。スカーレットは祈るような気持ちで日々を過ごしながら、邸の雑用をこなし、図書室で時間を潰していた。
どれほど待っただろう。ある晩、ゼインが急ぎ足で別邸へ戻ってくると、そのままスカーレットの部屋へやってきた。彼の表情は険しく、何か深刻な知らせを抱えているのが明白だった。
「スカーレット、少し話がある。……悪いが、来客用の応接室まで来てくれ」
「はい……!」
昼夜を問わず政務に追われるゼインが、わざわざこんな時間に呼びに来るなど、よほどの事態だろう。スカーレットは胸の奥がざわめくのを感じながら、急いで身支度を整え、応接室へ向かった。
そこには数名の私兵が待機しており、いかにも遠路はるばる帰還したばかりという様子で埃まみれの装いだ。彼らがグランフォード王国へ潜入していた調査隊なのだろう。スカーレットが部屋に入ると、彼らは一斉に頭を下げた。
「スカーレット様……無礼を承知でお伝えいたしますが、どうか落ち着いてお聞きください」
その口振りに、嫌な予感が走る。スカーレットは震える声で言葉を返した。
「……はい。教えてください。父と母、ヨーク伯爵家のことが何かわかったのですね」
隊長格と思しき男は、苦渋に満ちた表情で報告を始めた。
「はい。まず前提として、王都は現在、アメリア嬢を中心に不気味な雰囲気が漂っています。人々の間では、“アメリア様を崇めれば幸せになれる”“彼女に逆らうと呪われる”などと囁かれ、貴族の中にも彼女を盲信する者が多数出始めている。……スカーレット様の両親であるヨーク伯爵ご夫妻は、それに疑問を呈しているらしく……」
「両親が……何か反対意見を示したのですか?」
「恐らく、伯爵ご夫妻はスカーレット様が追放された真相を探ろうとし、アメリア嬢に直接質問したり、裁判のやり直しを求めたりしていたようです。その結果……ヨーク伯爵家は、王宮から“反逆の疑いあり”として監視を強められているとのこと」
「監視……っ」
スカーレットの呼吸が浅くなる。両親が王太子に睨まれてしまえば、どれだけ伯爵家が名門だろうと危うい。場合によっては家名剥奪だけでは済まないかもしれない。
「さらに、先日、何者かがヨーク伯爵家に放火を試みたとの噂もあります。大火事にはならなかったようですが、これは明らかに“警告”のつもりでしょう。今は伯爵家の使用人たちも怯え、邸には訪問者もほとんど来ない状態だとか……」
放火。血の気が引くような事態だ。スカーレットはぎゅっと拳を握り締め、唇を噛む。父と母が無事なのが不幸中の幸いだが、いずれそれ以上の危害が及ぶ可能性が高い。
「なぜそこまで……? 何も罪を犯していないのに、両親が命を狙われるなんて……」
「さだかではありません。ですが、アメリア嬢の取り巻きや、彼女に取り入る貴族たちが、“伯爵夫妻がアメリア嬢を誹謗している”と糾弾しているのは確かなようです。王太子殿下もそれを黙認しているか、もしくは裏で煽っている可能性があります」
スカーレットは怒りと恐怖で身体が震える。アルバートにとって伯爵夫妻はかつての婚約者の両親であり、本来なら味方であるはずだ。それをこんなにも簡単に切り捨てるなど、どう考えてもおかしい。アメリアに操られていると言っても、あまりに酷い。
「公爵様……私、どうすれば……。両親が危ないなんて、そんな……」
震えるスカーレットの声に、ゼインは苦悩に満ちた眼差しを向ける。しばし沈黙が流れた後、彼は深く息をついてから断言した。
「俺が、なんとかしよう。……ヨーク伯爵夫妻を、こちらの領地に匿う手段を探る。ただし、そうなれば本格的に“グランフォード王国への内政干渉”とみなされる可能性がある。戦争の火種になるかもしれない。……それでも構わないか?」
「戦争……!」
スカーレットは思わず息を呑む。隣国の公爵であるゼインが、他国の伯爵夫妻を匿う――それは外交的に見れば、かなり際どい行為だ。王太子が激怒し、武力衝突へと発展してもおかしくない。しかし、ゼインはそんなリスクを承知の上で、自分の頼みを聞こうとしてくれているのだ。
「ただちに開戦という事態まではいかないよう動くが、アメリアや王太子が激昂すれば、どう転ぶかわからない。今のグランフォード王国は正常な判断力を失っている節があるからな。……それでも、お前は両親を救いたいか?」
問いかけられたスカーレットは、涙目になりながらも、はっきりと応える。
「はい。救いたいです……! 両親は何も悪くありません。私を信じて、真実を追おうとしてくれているだけなんです。どうか……お願いします」
ゼインは小さく頷き、私兵の隊長に指示を出した。
「伯爵夫妻を密かに保護する作戦を立てる。今すぐ動くのは危険が大きいから、まずはヨーク家と接触して、意思を確認した上で計画を練ってくれ。細心の注意を払ってな」
「はっ。承知いたしました。次の機会に、適任の者が潜入してご夫妻をお守りいたします。続報をお待ちください」
こうして、伯爵夫妻救出への作戦が動き出す。スカーレットは安堵と不安に包まれつつ、ゼインに何度も頭を下げた。自分の力ではどうしようもできなかったことが、彼の力と決断で動き始めている。それがどれほど救いになるか、言葉では言い尽くせない。
ゼインは書斎で騎士を呼び、秘密裏の調査を命じた。数日後、手配された数名の私兵がグランフォード王国へ潜入していく。スカーレットは祈るような気持ちで日々を過ごしながら、邸の雑用をこなし、図書室で時間を潰していた。
どれほど待っただろう。ある晩、ゼインが急ぎ足で別邸へ戻ってくると、そのままスカーレットの部屋へやってきた。彼の表情は険しく、何か深刻な知らせを抱えているのが明白だった。
「スカーレット、少し話がある。……悪いが、来客用の応接室まで来てくれ」
「はい……!」
昼夜を問わず政務に追われるゼインが、わざわざこんな時間に呼びに来るなど、よほどの事態だろう。スカーレットは胸の奥がざわめくのを感じながら、急いで身支度を整え、応接室へ向かった。
そこには数名の私兵が待機しており、いかにも遠路はるばる帰還したばかりという様子で埃まみれの装いだ。彼らがグランフォード王国へ潜入していた調査隊なのだろう。スカーレットが部屋に入ると、彼らは一斉に頭を下げた。
「スカーレット様……無礼を承知でお伝えいたしますが、どうか落ち着いてお聞きください」
その口振りに、嫌な予感が走る。スカーレットは震える声で言葉を返した。
「……はい。教えてください。父と母、ヨーク伯爵家のことが何かわかったのですね」
隊長格と思しき男は、苦渋に満ちた表情で報告を始めた。
「はい。まず前提として、王都は現在、アメリア嬢を中心に不気味な雰囲気が漂っています。人々の間では、“アメリア様を崇めれば幸せになれる”“彼女に逆らうと呪われる”などと囁かれ、貴族の中にも彼女を盲信する者が多数出始めている。……スカーレット様の両親であるヨーク伯爵ご夫妻は、それに疑問を呈しているらしく……」
「両親が……何か反対意見を示したのですか?」
「恐らく、伯爵ご夫妻はスカーレット様が追放された真相を探ろうとし、アメリア嬢に直接質問したり、裁判のやり直しを求めたりしていたようです。その結果……ヨーク伯爵家は、王宮から“反逆の疑いあり”として監視を強められているとのこと」
「監視……っ」
スカーレットの呼吸が浅くなる。両親が王太子に睨まれてしまえば、どれだけ伯爵家が名門だろうと危うい。場合によっては家名剥奪だけでは済まないかもしれない。
「さらに、先日、何者かがヨーク伯爵家に放火を試みたとの噂もあります。大火事にはならなかったようですが、これは明らかに“警告”のつもりでしょう。今は伯爵家の使用人たちも怯え、邸には訪問者もほとんど来ない状態だとか……」
放火。血の気が引くような事態だ。スカーレットはぎゅっと拳を握り締め、唇を噛む。父と母が無事なのが不幸中の幸いだが、いずれそれ以上の危害が及ぶ可能性が高い。
「なぜそこまで……? 何も罪を犯していないのに、両親が命を狙われるなんて……」
「さだかではありません。ですが、アメリア嬢の取り巻きや、彼女に取り入る貴族たちが、“伯爵夫妻がアメリア嬢を誹謗している”と糾弾しているのは確かなようです。王太子殿下もそれを黙認しているか、もしくは裏で煽っている可能性があります」
スカーレットは怒りと恐怖で身体が震える。アルバートにとって伯爵夫妻はかつての婚約者の両親であり、本来なら味方であるはずだ。それをこんなにも簡単に切り捨てるなど、どう考えてもおかしい。アメリアに操られていると言っても、あまりに酷い。
「公爵様……私、どうすれば……。両親が危ないなんて、そんな……」
震えるスカーレットの声に、ゼインは苦悩に満ちた眼差しを向ける。しばし沈黙が流れた後、彼は深く息をついてから断言した。
「俺が、なんとかしよう。……ヨーク伯爵夫妻を、こちらの領地に匿う手段を探る。ただし、そうなれば本格的に“グランフォード王国への内政干渉”とみなされる可能性がある。戦争の火種になるかもしれない。……それでも構わないか?」
「戦争……!」
スカーレットは思わず息を呑む。隣国の公爵であるゼインが、他国の伯爵夫妻を匿う――それは外交的に見れば、かなり際どい行為だ。王太子が激怒し、武力衝突へと発展してもおかしくない。しかし、ゼインはそんなリスクを承知の上で、自分の頼みを聞こうとしてくれているのだ。
「ただちに開戦という事態まではいかないよう動くが、アメリアや王太子が激昂すれば、どう転ぶかわからない。今のグランフォード王国は正常な判断力を失っている節があるからな。……それでも、お前は両親を救いたいか?」
問いかけられたスカーレットは、涙目になりながらも、はっきりと応える。
「はい。救いたいです……! 両親は何も悪くありません。私を信じて、真実を追おうとしてくれているだけなんです。どうか……お願いします」
ゼインは小さく頷き、私兵の隊長に指示を出した。
「伯爵夫妻を密かに保護する作戦を立てる。今すぐ動くのは危険が大きいから、まずはヨーク家と接触して、意思を確認した上で計画を練ってくれ。細心の注意を払ってな」
「はっ。承知いたしました。次の機会に、適任の者が潜入してご夫妻をお守りいたします。続報をお待ちください」
こうして、伯爵夫妻救出への作戦が動き出す。スカーレットは安堵と不安に包まれつつ、ゼインに何度も頭を下げた。自分の力ではどうしようもできなかったことが、彼の力と決断で動き始めている。それがどれほど救いになるか、言葉では言い尽くせない。
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