『灰の世界で、君は光になる』

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第1話「灰の目覚め」

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灰が、空から降っていた。
 雪のように舞い落ちるそれは、ひとひらごとに音もなく、沈黙の大地を覆っていく。見渡すかぎり、灰。かつて人の営みがあったはずの町並みは、全て廃墟と化し、その上に静かに灰が降り積もる。

 レイは、その中心で目を覚ました。

 息が苦しい。喉の奥が焼けるようだった。
 咳き込んで上体を起こすと、灰がぱらぱらと落ちる。自分の体は灰にまみれ、手足も凍えたように冷たく、服はほとんど焼け焦げていた。

「……ここは……?」

 声はかすれていた。記憶をたどろうとするが、頭の奥がずきりと痛む。思い出せない。名前だけは、かろうじて覚えていた。レイ。それが自分の名前。それ以外は、何も――。

 周囲を見渡しても、人の姿はない。ただ、朽ちた建物、風に吹かれる瓦礫、そして……沈黙。まるで、世界そのものが死んでしまったかのようだった。

 レイは、足元に転がっていた金属片を手に取った。朽ちた看板らしい。そこには、かろうじて読み取れる文字が残っていた。

【第七特区 イラ村】

「……村?」

 そんな場所に来た覚えはない。だが、ここが誰もいない“村”だったことだけは理解できた。何があったのか、なぜ自分がここにいるのか――その答えは、どこにもなかった。

 

 数時間後。
 瓦礫の陰で身を寄せていたレイの前に、ついに“それ”が現れた。

 それは人ではなかった。
 遠くから聞こえてきた金属のきしむ音。地面をずるずると這うように進んでくる影。それは、鎧のような外殻に覆われた異形の存在――まるで人の“形”を模した何か。

「……なに、あれ……!」

 レイは直感した。自分を見つけたら、殺すつもりだと。
 その存在は、まっすぐにレイのほうへ顔を向けた。顔と言っても、そこにはのっぺりとした仮面のような金属が貼りついているだけで、目も口もない。ただ、頭部の中央にある細い赤いラインが、淡く光った。

《記録対象外 確認。抹消開始――》

 機械的な音声が空気を震わせる。

「は、なに言って……っ!」

 レイは無意識に背後へ逃げようとした。だが足がもつれて転ぶ。
 異形の存在は、腕を伸ばした。その先端から、鋭く尖った刃のようなものが展開され――。

 ――カンッ!

 火花が散った。
 刃がレイの首元に迫ったその瞬間、何かが飛び込んできた。鋼と鋼がぶつかり合い、弾かれる音。異形の腕が後退し、煙が立ちのぼる。

「大丈夫!? 立てる!?」

 声が聞こえた。少女の声。
 レイの上に立ちふさがっていたのは、一人の少女だった。白いフード付きのコートに身を包み、手には光を帯びた短剣のようなものを握っている。

「な……誰……?」

「話は後! とにかく今は逃げて!」

 少女はレイの手を掴むと、走り出した。異形の存在――“記録執行機”は、損傷した腕を引きずりながら後を追う。足音は重く、地響きのように荒々しかった。

 二人は廃墟の路地裏を駆け抜け、崩れかけた家屋の地下へと潜り込んだ。蓋のようなものを閉じると、世界から音が遮断された。

「……ふう、なんとか……」

 少女が肩で息をしながら、レイに向き直る。

「本当に、あんな場所に一人でいたの? 信じられない……。あなた、“記録”にない人でしょ?」

「“記録”? 何の話だよ……!」

 少女は目を丸くした。

「……あれ? 記憶、ないの?」

 レイは言葉を失った。彼女の問いに、答えられなかった。

 

 その日の夜。
 焚き火の光が地下の隠れ家を柔らかく照らしていた。少女は缶詰を温めながら、名乗った。

「私はミリィ。記録庁から逃げてる途中で、あなたを見つけたの。
 あんな灰だらけの村にいたら、“記録執行機”に見つかって当然よ」

「……俺は、レイ。自分のこと、ほとんど覚えてない。ただ、名前だけは……残ってた」

「やっぱり、そうなんだね……。あなた、“存在しなかったこと”にされてる」

「……どういう意味だ?」

 ミリィは、静かに答えた。

「この世界は、“記録”で存在が決まるの。名前、年齢、記憶、全部。
 でも、“記録にない人”は、いなかったことにされて――抹消されるの」

 レイは、その言葉の意味をまだ完全には理解できなかった。ただ、胸の奥に残る、言いようのない焦燥と、恐怖だけがじわじわと広がっていった。

「君は……なんで、そんなこと知ってるんだ?」

 ミリィの目が一瞬、曇る。だがすぐに微笑んで言った。

「それは、私も“記録から外れた人間”だから」

 その言葉が、レイの世界を大きく揺るがした。
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