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第3話「抹消官の影」
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戦いの余韻が、まだ空気に残っていた。
地下の隠れ家は無惨に崩れ、天井からは灰混じりの風が吹き込んでくる。レイは無言で剣を鞘に納め、倒した“記録執行機”の残骸を見下ろしていた。
「……完全に、あんたを狙ってた」
ミリィが小声で言った。彼女の瞳には、まだ警戒の色が残っている。
「俺を?」
「そう。あれは“探知系統”の執行機。登録記録に存在しない者を、痕跡から追跡するタイプ」
ミリィは地面に落ちていた、金属の残骸を拾い上げた。
それは、剣で切り裂かれた仮面の破片。中央には、数字が刻まれていた。
「識別コード:抹消対象コードB-2651……。やっぱり、あなたはもう“対象”としてマークされてる」
「つまり、記録庁は――俺を消そうとしてる?」
「ええ。名も、痕跡も、思い出も全部。あんたが何者であろうと、“存在を許されていない”ってことになるわ」
ミリィの言葉に、レイの眉が動く。
「でも……何故なんだ? 俺は何も覚えてない。敵対した記憶も、罪を犯した記憶もない」
「それでも、あなたは消されようとしてる。なら、理由は――」
「記録庁の側にあった、ってことか」
レイは目を細めた。あの戦闘の中で、体が自然に動いた。剣の扱いも、瞬時の判断も、“訓練された兵士のそれ”だった。
まるで、何百回も戦ってきたかのように――。
「おそらく……あなた、かつて“抹消官”だったのよ」
「……!」
その言葉に、レイは無言で息を呑んだ。
「記録庁の抹消官。それは、反記録者や違反者を“この世から削除”する特別な役職。限られた人間にしか任されない、秘密裡の処刑人よ」
「もし、それが本当なら……俺は、自分と同じような人間を殺してたってことか?」
「……可能性はある。でも、全部がそうじゃない。記録庁の中にも、いろんな思惑があるの。“正義”だと信じてた者が、“邪魔”と見なされた途端、記録から外されることもある。
あんたは……そのどこかで、裏切られたんじゃないかな」
レイは黙ったまま、剣の柄に触れた。
冷たい金属は、まるで問いかけるように沈黙している。
その時――
背後から冷たい風が吹き込んだ。ミリィが反射的にレイの腕を引き、壁の影に隠れた。
その直後、空間がひび割れたように“開いた”。
「また来た……!」
灰の中から現れたのは、人影だった。
先ほどの機械兵とは違う。人間だ。長身で黒衣のコート、顔は仮面に覆われ、胸元には記録庁の徽章――**“抹消官”**の証が刻まれている。
「コードB-2651。未登録個体、確認。対象に対する執行許可、継続中」
その声は無機質で、感情がない。男か女かも判別できない声だった。
レイの背筋に冷たいものが走る。相手は――完全な“処刑者”。
「ミリィ、逃げろ。今度は、俺がやる」
「待って! あれは、ただの機械人形じゃない! あれに勝つのは……!」
ミリィの警告は、剣戟の音でかき消された。
抹消官が手にしていたのは、一振りの長槍。振るわれた瞬間、空間ごと切り裂かれ、壁が音もなく崩れ落ちた。
異常なまでの精度と速さ。視線すら見えないのに、殺気だけが全身を貫く。
「くっ……!」
レイは剣を抜き、槍を受け止める。しかし、衝撃のあまり、両膝が床についた。
「レイッ!」
「……大丈夫だ、ミリィ。まだ、やれる」
剣に力が宿る。再び柄が発光し、灰の粒子が空間に広がる。
その瞬間、抹消官が初めて動きを止めた。
「干渉適合者……コードB-2651、再評価中。対象は“記録外干渉者”として再分類――」
抹消官が姿勢を変え、槍を構え直した。今までの単調な動きではない。明らかに“殺すための構え”だ。
「くるぞ……!」
レイは一歩踏み込み、剣を突き出した。
次の瞬間、二人の武器が交差し、爆音と閃光が地下空間を包み込む――!
――そして、静寂。
砂煙の中、倒れていたのは、レイではなく抹消官だった。
仮面は砕け、顔の半分が露出していた。人間の皮膚ではない。人工の義体だった。
「これは……?」
「たぶん、試作型の“人間型抹消機”。記録庁の極秘兵器よ」
ミリィが慎重に近づき、倒れた抹消官の内部を確認する。
「つまり、完全な人間じゃない……?」
「ええ。でも、これだけ高性能な機体を投入するってことは、それだけ記録庁があんたを危険視してる証拠よ。
もう、隠れ続けるのは難しいかもしれない」
レイは黙ってうなずいた。
戦えば戦うほど、自分の記憶にある“何か”が揺らぐ。
この剣、この戦い方――
それは過去の自分が染みつかせたもの。だとすれば、知るべきなのだ。自分が誰だったのかを。なぜ消されようとしているのかを。
「ミリィ。行こう」
「どこへ?」
「記録庁に近づく。その中に、答えがある」
「……バカ。そんなの、殺されるに決まってる」
だが、ミリィの言葉とは裏腹に、彼女は荷物をまとめていた。
「行くなら一人じゃ危険だしね。私も行く。
……助けられた借り、返してないし」
レイは静かに笑い、頷いた。
――旅が始まる。
記録という名の支配に抗い、自らの“存在”を取り戻すための旅が。
地下の隠れ家は無惨に崩れ、天井からは灰混じりの風が吹き込んでくる。レイは無言で剣を鞘に納め、倒した“記録執行機”の残骸を見下ろしていた。
「……完全に、あんたを狙ってた」
ミリィが小声で言った。彼女の瞳には、まだ警戒の色が残っている。
「俺を?」
「そう。あれは“探知系統”の執行機。登録記録に存在しない者を、痕跡から追跡するタイプ」
ミリィは地面に落ちていた、金属の残骸を拾い上げた。
それは、剣で切り裂かれた仮面の破片。中央には、数字が刻まれていた。
「識別コード:抹消対象コードB-2651……。やっぱり、あなたはもう“対象”としてマークされてる」
「つまり、記録庁は――俺を消そうとしてる?」
「ええ。名も、痕跡も、思い出も全部。あんたが何者であろうと、“存在を許されていない”ってことになるわ」
ミリィの言葉に、レイの眉が動く。
「でも……何故なんだ? 俺は何も覚えてない。敵対した記憶も、罪を犯した記憶もない」
「それでも、あなたは消されようとしてる。なら、理由は――」
「記録庁の側にあった、ってことか」
レイは目を細めた。あの戦闘の中で、体が自然に動いた。剣の扱いも、瞬時の判断も、“訓練された兵士のそれ”だった。
まるで、何百回も戦ってきたかのように――。
「おそらく……あなた、かつて“抹消官”だったのよ」
「……!」
その言葉に、レイは無言で息を呑んだ。
「記録庁の抹消官。それは、反記録者や違反者を“この世から削除”する特別な役職。限られた人間にしか任されない、秘密裡の処刑人よ」
「もし、それが本当なら……俺は、自分と同じような人間を殺してたってことか?」
「……可能性はある。でも、全部がそうじゃない。記録庁の中にも、いろんな思惑があるの。“正義”だと信じてた者が、“邪魔”と見なされた途端、記録から外されることもある。
あんたは……そのどこかで、裏切られたんじゃないかな」
レイは黙ったまま、剣の柄に触れた。
冷たい金属は、まるで問いかけるように沈黙している。
その時――
背後から冷たい風が吹き込んだ。ミリィが反射的にレイの腕を引き、壁の影に隠れた。
その直後、空間がひび割れたように“開いた”。
「また来た……!」
灰の中から現れたのは、人影だった。
先ほどの機械兵とは違う。人間だ。長身で黒衣のコート、顔は仮面に覆われ、胸元には記録庁の徽章――**“抹消官”**の証が刻まれている。
「コードB-2651。未登録個体、確認。対象に対する執行許可、継続中」
その声は無機質で、感情がない。男か女かも判別できない声だった。
レイの背筋に冷たいものが走る。相手は――完全な“処刑者”。
「ミリィ、逃げろ。今度は、俺がやる」
「待って! あれは、ただの機械人形じゃない! あれに勝つのは……!」
ミリィの警告は、剣戟の音でかき消された。
抹消官が手にしていたのは、一振りの長槍。振るわれた瞬間、空間ごと切り裂かれ、壁が音もなく崩れ落ちた。
異常なまでの精度と速さ。視線すら見えないのに、殺気だけが全身を貫く。
「くっ……!」
レイは剣を抜き、槍を受け止める。しかし、衝撃のあまり、両膝が床についた。
「レイッ!」
「……大丈夫だ、ミリィ。まだ、やれる」
剣に力が宿る。再び柄が発光し、灰の粒子が空間に広がる。
その瞬間、抹消官が初めて動きを止めた。
「干渉適合者……コードB-2651、再評価中。対象は“記録外干渉者”として再分類――」
抹消官が姿勢を変え、槍を構え直した。今までの単調な動きではない。明らかに“殺すための構え”だ。
「くるぞ……!」
レイは一歩踏み込み、剣を突き出した。
次の瞬間、二人の武器が交差し、爆音と閃光が地下空間を包み込む――!
――そして、静寂。
砂煙の中、倒れていたのは、レイではなく抹消官だった。
仮面は砕け、顔の半分が露出していた。人間の皮膚ではない。人工の義体だった。
「これは……?」
「たぶん、試作型の“人間型抹消機”。記録庁の極秘兵器よ」
ミリィが慎重に近づき、倒れた抹消官の内部を確認する。
「つまり、完全な人間じゃない……?」
「ええ。でも、これだけ高性能な機体を投入するってことは、それだけ記録庁があんたを危険視してる証拠よ。
もう、隠れ続けるのは難しいかもしれない」
レイは黙ってうなずいた。
戦えば戦うほど、自分の記憶にある“何か”が揺らぐ。
この剣、この戦い方――
それは過去の自分が染みつかせたもの。だとすれば、知るべきなのだ。自分が誰だったのかを。なぜ消されようとしているのかを。
「ミリィ。行こう」
「どこへ?」
「記録庁に近づく。その中に、答えがある」
「……バカ。そんなの、殺されるに決まってる」
だが、ミリィの言葉とは裏腹に、彼女は荷物をまとめていた。
「行くなら一人じゃ危険だしね。私も行く。
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