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第9話「灰と焔と神域と」
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地上からの爆発音が、地下の集落全体に鳴り響いた。
灰民たちの叫び声、瓦礫が崩れ落ちる轟音、それらを切り裂くように機械の駆動音が近づいてくる。
「来やがったな、あいつら……!」
ミリィが歯噛みしながら拳銃を抜く。
「《強制記録執行班》。都市中枢に直属する実行部隊よ。抹消官とは違い、目的は“交渉”じゃない。記録の削除、物理的な消去……」
リアの声は震えていたが、その目には揺るぎがなかった。
「つまり、俺たちを――殺すために来たってことか」
レイは静かにそう呟いた。
「逃げ場はあるのか?」
キールが頷く。
「地下遺構《記録の回廊》に通じる扉がある。封鎖されて久しいが、今はそれしかない。だが、その先は――危険だ」
「……行くしかないな」
レイは焔の魔術核を右手に呼び出す。昨夜の炎とは違い、制御された小さな焔がその手の中で揺れている。
「行こう。真実に近づくために」
*
地下集落の奥、半壊した広場に隠された鉄扉をキールが操作すると、錆びた歯車のような音が響き、地面がゆっくりと開いた。
そこには暗黒の穴――《記録の回廊》が口を開けていた。
「この先は、かつて記録庁が廃棄した研究施設と接続している。……お前の過去も、まだ残ってるかもしれん」
レイは一つ頷いて、その闇へと飛び込んだ。
ミリィ、リア、キールもそれに続く。
背後で地上からの衝撃が響き、鉄扉が閉ざされた。
追手との距離は、わずか数十秒しかない。
回廊の中は、驚くほど静かだった。
音が吸い込まれていくような感覚。壁面には古びた記録装置が並び、今はすべて稼働を停止している。
「ここが……記録の回廊……」
「そう呼ばれていた。かつて記録庁が世界のすべてをデジタルに“封じよう”とした拠点だ」
キールがランタンを掲げながら言った。
「すべての魔術、すべての歴史、すべての人間の記録……ここに封印されていた。だが、ある日突然閉鎖され、出入りが禁じられた」
「なぜ?」
「“神格体の記録”に接続されてしまったからだ」
リアが鋭く息を呑む。
「それって、前に言ってた……“記録の神域”に?」
「そうだ。記録の最深層。通常の端末や媒体では接続できない“原初の層”」
「それが……俺と関係あるってことか」
「いや、お前だけじゃない。俺も、リアも、そして……ミリィも、だ」
「え?」
レイが驚いてミリィを見る。
「……あたし、ここで育ったんだよ。記録庁の“実験体”としてね」
その言葉は重かった。だが、どこか覚悟を持った声だった。
「今の都市には、知られてない。灰民の中に紛れて、ようやく逃げられた。でも、あたしの中にも残ってる。あんたと同じように、“消されたはずの記録”が」
「……だから、お前はあんなに……」
「レイ。あんたが最初に見せた“焔”――あれを見て思い出したの。あたしも、同じ炎を見たって」
その時。
回廊の奥、壁の向こうから光が漏れ始めた。赤く、揺れるような焔の光。
「……これは」
「“記録核”が再起動してる。誰かが、あるいは何かが――アクセスしている」
リアが端末を操作し、回路を解析する。
「このデータ……今まさに、“上書き”されてる。しかも、レイのIDで!」
「俺の……?」
「いや、これは……違う。少なくとも“今の”レイじゃない。もっと、深層の……“記録存在”が……!」
突然、回廊が震え始めた。
空間そのものが歪み、熱が立ち上る。
壁に埋め込まれた端末が一斉に起動し、音声が鳴り響く。
――起動確認。観測対象A-00、記録連結完了。
――アクセス認証……完了。ようこそ、《記録主》レイ=フェンリス。
「“記録主”……だと?」
レイが唖然と呟いた。
「どういう意味だ、リア……!」
「……レイ。あなたは、記録庁の中枢が想定していた“記録の管理者”そのものだったのよ」
リアの顔が蒼白になる。
「だから、消された。あまりにも危険すぎた。記録の全てを自在に操作できる存在……」
キールが言葉を継ぐ。
「記録主――すなわち、“神域に足を踏み入れた者”だ。だが、同時にこの世界にとって“異物”でもある」
そのとき、回廊の奥から黒い影が現れた。
黒衣を纏い、顔を仮面で覆った者たち。武装は魔導銃と槍。背中には“記録庁”の紋章――
《強制記録執行班》だった。
「記録主A-00を発見。即刻、記録消去を実行する」
仮面の一人が冷たい声で告げ、魔導銃を構える。
「くっ……!」
レイが焔を構えると同時に、ミリィが前に出た。
「レイ、行け! 奥へ! あたしとリアで止める!」
「だが――!」
「今だけでも、あたしらがあんたを守る!」
リアも一歩前へ。
「真実に触れなさい、レイ。それが、あなたの“記録”なんだから」
覚悟が、心に灯る。
「……わかった。すぐ戻る。絶対に、誰も死なせない」
レイは焔を纏い、記録の回廊の最奥へと走る。
赤く脈動する道を突き進み、その先へ――
*
最深部には、円形の巨大ホールが広がっていた。
そこには、中央に浮かぶ巨大な記録核。
水晶のようなそれは、脈動するように赤い光を放っていた。
その下、レイと瓜二つの“もう一人のレイ”が立っていた。
「……やっと、来たな」
レイは、息を呑む。
「お前は……誰だ?」
「俺は、“お前”だよ。記録が抹消される前の、本当の“レイ=フェンリス”。神域に接続され、記録そのものになった存在だ」
「じゃあ、お前は……」
「記録の中に囚われていた。お前が俺の“残響”を感じてくれたから……今、こうして繋がっている」
「どうして……」
レイは言葉を探す。
「どうして俺は、記録を消された? どうして、“神域”なんてものに接続された?」
“もう一人のレイ”は微笑んだ。
「それを知るには、もう一歩踏み込まなきゃならない。だが――その先は、“人間”ではいられなくなるかもしれない」
「構わない。俺はもう……ただ流されるのは嫌なんだ。自分の記録を、自分で選びたい」
「ならば、手を伸ばせ」
レイは記録核に手を伸ばした。
その瞬間、光が弾け――視界が、真白に染まった。
灰民たちの叫び声、瓦礫が崩れ落ちる轟音、それらを切り裂くように機械の駆動音が近づいてくる。
「来やがったな、あいつら……!」
ミリィが歯噛みしながら拳銃を抜く。
「《強制記録執行班》。都市中枢に直属する実行部隊よ。抹消官とは違い、目的は“交渉”じゃない。記録の削除、物理的な消去……」
リアの声は震えていたが、その目には揺るぎがなかった。
「つまり、俺たちを――殺すために来たってことか」
レイは静かにそう呟いた。
「逃げ場はあるのか?」
キールが頷く。
「地下遺構《記録の回廊》に通じる扉がある。封鎖されて久しいが、今はそれしかない。だが、その先は――危険だ」
「……行くしかないな」
レイは焔の魔術核を右手に呼び出す。昨夜の炎とは違い、制御された小さな焔がその手の中で揺れている。
「行こう。真実に近づくために」
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地下集落の奥、半壊した広場に隠された鉄扉をキールが操作すると、錆びた歯車のような音が響き、地面がゆっくりと開いた。
そこには暗黒の穴――《記録の回廊》が口を開けていた。
「この先は、かつて記録庁が廃棄した研究施設と接続している。……お前の過去も、まだ残ってるかもしれん」
レイは一つ頷いて、その闇へと飛び込んだ。
ミリィ、リア、キールもそれに続く。
背後で地上からの衝撃が響き、鉄扉が閉ざされた。
追手との距離は、わずか数十秒しかない。
回廊の中は、驚くほど静かだった。
音が吸い込まれていくような感覚。壁面には古びた記録装置が並び、今はすべて稼働を停止している。
「ここが……記録の回廊……」
「そう呼ばれていた。かつて記録庁が世界のすべてをデジタルに“封じよう”とした拠点だ」
キールがランタンを掲げながら言った。
「すべての魔術、すべての歴史、すべての人間の記録……ここに封印されていた。だが、ある日突然閉鎖され、出入りが禁じられた」
「なぜ?」
「“神格体の記録”に接続されてしまったからだ」
リアが鋭く息を呑む。
「それって、前に言ってた……“記録の神域”に?」
「そうだ。記録の最深層。通常の端末や媒体では接続できない“原初の層”」
「それが……俺と関係あるってことか」
「いや、お前だけじゃない。俺も、リアも、そして……ミリィも、だ」
「え?」
レイが驚いてミリィを見る。
「……あたし、ここで育ったんだよ。記録庁の“実験体”としてね」
その言葉は重かった。だが、どこか覚悟を持った声だった。
「今の都市には、知られてない。灰民の中に紛れて、ようやく逃げられた。でも、あたしの中にも残ってる。あんたと同じように、“消されたはずの記録”が」
「……だから、お前はあんなに……」
「レイ。あんたが最初に見せた“焔”――あれを見て思い出したの。あたしも、同じ炎を見たって」
その時。
回廊の奥、壁の向こうから光が漏れ始めた。赤く、揺れるような焔の光。
「……これは」
「“記録核”が再起動してる。誰かが、あるいは何かが――アクセスしている」
リアが端末を操作し、回路を解析する。
「このデータ……今まさに、“上書き”されてる。しかも、レイのIDで!」
「俺の……?」
「いや、これは……違う。少なくとも“今の”レイじゃない。もっと、深層の……“記録存在”が……!」
突然、回廊が震え始めた。
空間そのものが歪み、熱が立ち上る。
壁に埋め込まれた端末が一斉に起動し、音声が鳴り響く。
――起動確認。観測対象A-00、記録連結完了。
――アクセス認証……完了。ようこそ、《記録主》レイ=フェンリス。
「“記録主”……だと?」
レイが唖然と呟いた。
「どういう意味だ、リア……!」
「……レイ。あなたは、記録庁の中枢が想定していた“記録の管理者”そのものだったのよ」
リアの顔が蒼白になる。
「だから、消された。あまりにも危険すぎた。記録の全てを自在に操作できる存在……」
キールが言葉を継ぐ。
「記録主――すなわち、“神域に足を踏み入れた者”だ。だが、同時にこの世界にとって“異物”でもある」
そのとき、回廊の奥から黒い影が現れた。
黒衣を纏い、顔を仮面で覆った者たち。武装は魔導銃と槍。背中には“記録庁”の紋章――
《強制記録執行班》だった。
「記録主A-00を発見。即刻、記録消去を実行する」
仮面の一人が冷たい声で告げ、魔導銃を構える。
「くっ……!」
レイが焔を構えると同時に、ミリィが前に出た。
「レイ、行け! 奥へ! あたしとリアで止める!」
「だが――!」
「今だけでも、あたしらがあんたを守る!」
リアも一歩前へ。
「真実に触れなさい、レイ。それが、あなたの“記録”なんだから」
覚悟が、心に灯る。
「……わかった。すぐ戻る。絶対に、誰も死なせない」
レイは焔を纏い、記録の回廊の最奥へと走る。
赤く脈動する道を突き進み、その先へ――
*
最深部には、円形の巨大ホールが広がっていた。
そこには、中央に浮かぶ巨大な記録核。
水晶のようなそれは、脈動するように赤い光を放っていた。
その下、レイと瓜二つの“もう一人のレイ”が立っていた。
「……やっと、来たな」
レイは、息を呑む。
「お前は……誰だ?」
「俺は、“お前”だよ。記録が抹消される前の、本当の“レイ=フェンリス”。神域に接続され、記録そのものになった存在だ」
「じゃあ、お前は……」
「記録の中に囚われていた。お前が俺の“残響”を感じてくれたから……今、こうして繋がっている」
「どうして……」
レイは言葉を探す。
「どうして俺は、記録を消された? どうして、“神域”なんてものに接続された?」
“もう一人のレイ”は微笑んだ。
「それを知るには、もう一歩踏み込まなきゃならない。だが――その先は、“人間”ではいられなくなるかもしれない」
「構わない。俺はもう……ただ流されるのは嫌なんだ。自分の記録を、自分で選びたい」
「ならば、手を伸ばせ」
レイは記録核に手を伸ばした。
その瞬間、光が弾け――視界が、真白に染まった。
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