ChaSe?

MIZUNOE

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【α嫌いのΩ】3.警戒中の、クリスマス

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  離れているのに、同じものを食べているなんて、と少し不思議な気分を味わいながら、
『辛子入れるの忘れたな。ある?』
『俺、辛子使わない。大根、味染みてる!』
『飲み過ぎるなよ』
『明日は休みだから、いいんです』
『ああ、そうか』
『マカロンも、いい香り』
『嘘だろ。お前、食事中に菓子食うの?』
『あれば食べる』
『ありえねーわ』
『俺、普通だけど』
  ぷ、と御堂が笑った。
  如月は酒が入ると機嫌が良くなるようで、今も多少酒が入ったのか、敬語でなくフレンドリーにメッセージを入れてくるのが、少し新鮮だった。
『電話してもいい?』
『嫌だ』
  即答。
「そこは、固いのな…」
  その後しばらくスマホは動かなかった。
  またしくじったかな、と思っていると、
『ごちそうさまでした。すごく、おいしかった!』
  最後に、よくわからない動物らしきキャラクターが飛び跳ねるスタンプ。
「…何だこりゃ…」
  ふふ、と思わず笑い、
『どういたしまして』
  送信。
  すぐに既読がつき、返信は無かったが、御堂は冷めかけた酒を飲みながら、穏やかな表情でスマホを見つめていた。窓の外は、まだ雪がちらちらと舞っている。
「ひとりのクリスマスなんて、初めてだけど」
  ひとりのような、そうでないような。
  相手が如月なら、これはこれで悪くはないか。
  別に、恋人でも何でもなく、まだ友達にすら数えられていなさそうだが。   
 御堂は最後に、送信ボタンを押そうか迷い。ちらりと時計を見て、
「ま、いいか」
  送信。
  それでも、何故だか今までで一番嬉しいクリスマスイブ、な気がした。
  如月はといえば、コタツに突っ伏した状態で、既に寝入っていた。
  洒落た、とはお世辞にもいえない部屋の中、エアコンとコタツのおかげで、暖かさだけは保っている。時折、僅かにエアコンの音がする23:50分。
  微かにスマホが振動したが、既に如月は完全に夢の中だ。
  ロック画面に表示されたメッセージは、しばらく光ると、既読にならないまま、静かに光を落とした。
『誕生日、おめでとう』





 業績が上がっている企業は、ギリギリまで忙しいらしい。
 特に、医療系システムとなると、休みもあってないようなもので。
 家族や恋人がいる後輩たちは30日で年内の仕事はクローズさせ、後の雑務は如月が一手に請け負っていた。京都は、普段はほぼ取れていない有休の消化も兼ね、既に25日から業務命令で休みに入っている。如月にも一応命令こそ降りていたが、本人は全く頓着がない。後輩を優先的に休ませると、結局如月以外に業務を締められるものがいない。もともと生活能力のかけらもない如月としては、とにかく空腹でなければいい、くらいの感覚だ。食事の世話をしてくれる者も叱る者もいないため、如月は紅茶と大好きなチョコレートだけでここ数日を過ごしていた。
 31日の夕方にもなると、流石に「とりあえず年越しは自宅で迎えたい」と何となく思っていたところ、18時の、社内の終業チャイムと同時に電話が鳴った。
「何」
 そっけなく応答すれば、相手が苦笑いしたのが伝わってきた。
「相変わらず、愛想も何もねえな」
「愛想必要?」
「まあ、たまに恋しくなるけど、いらない。今のお前に愛想なんて、逆に不気味」
「だろ」
 スマホをスピーカーに切り替え、デスクに置くと如月はキーボードを静かに叩き始めた。あと、数枚の書類を仕上げたら終了だ。あと1時間もあれば何とかなる。
「お前。まだ仕事してんの」
「仕方ないだろ、もう誰もいないんだから」
「何で一人でやってんだよ…。会社はもう休みだろ」
「表向きは、30日で年内クローズです」
 後輩たちを先に終わらせるため、とは、如月は口が裂けても言わないだろう。
「今何時か知ってる?31日の18時だぞ」
「何の電話?雑談なら切っていい?」
「食事誘おうと思ったんだけど」
「行かない。…てか、行けないから」
 若干声に棘が感じられるようになったのを察し、
「あとどれくらい?」
「長くて一時間。もういい?」
「ああ、悪かったな。お疲れ」
 御堂はあっさりと電話を切った。
 ひっそりとしたオフィスの中、ノートのキーボードを押す音だけが僅かに響く。
 当然窓の外は真っ暗だ。喉が渇いた気もするが、電気ケトル用のミネラルウオーターは、既にペットボトルの底に少し残っている程度。防犯のため、ビル内の自動販売機は既にシャッターでロックされている。コンビニは大通りの反対側にあるが、まだそれなりに交通量があるので少し先の交差点まで行かないと渡れない。こうなると、それを買いに出るのすら面倒に感じられ、如月は小さくため息をつくとペットボトルの僅かな水を飲み干した。
「…あれ。計算が合わない…」
 更に、ため息。
 時々伸びをしては、一つ一つ検証する。
 伸び、数字。
 伸び、数字。
「イライラしたって、どうしようもない、か」
 時計を見ると、18時半だ。
 仕方がない。あと、1時間延長で考えよう。
 と、腹を括った時。
 宅配用の電話が鳴った。
「?…はい?」
『お疲れ』
 いつの間にか聴き慣れた御堂の耳触りの良い低音が受話器から滑らかに聞こえて来ると、ほぼ反射的に如月の眼が半分になった。
「…何してんの」
『どうせまだ終わらないんだろ。差し入れ持ってきた。上げて』
「αお断り。切るよ」
『待て待て待て!あのな…お前の部屋ん中、録画できんだろ。そんなに信用できないなら録画しとけって。ついでに笹原へライブで送っとけ。…メニューはホワイトシチューと、サラダと、バタールな。le brouillardのガトーショコラは葉月から』
  葛藤は、ほんの一瞬で。
 空腹>α。
 空腹の誘惑には、勝てなかった。
「…どうぞ…」
  カシャ、とエレベーターのロックが外れると、御堂は受話器を置いた。
「あー…」
  流石にここ数日、まともな食事をしていない如月には魅力的過ぎた。溜息をつきつつ、それでも目は数字を追っている。ほぼ無音の部屋の中で、キーボードの音すらせず、人間がモニターだけをじっと見つめている様子はかなり異様だ。
  微かな足音のあと、ドアがノックされた。
「キサ?」
「…どうぞ」
 リモコンでドアのロックを解除すると、相変わらず完璧な男がペーパーバッグを二つほど持って入って来た。如月のデスクを通り過ぎ、来客用のソファの前のローテーブルに、その中身を並べ始めた。
  容器の蓋を開けるとふわりといい匂いが広がり、如月が思わず溜息をついた。
「ほら、あったかいうちに食っちまえ」
「だって」
「?何?」
  御堂が如月の後ろから画面を覗き込む。
「これの、数字が合わなくて」
「関数で計算してるなら、入ってる数字の…ああ、ここ」
  ひょい、と御堂が指した指の先を見て、別のデータを照らすと、正解だ。
「…何で?」
 如月が目を丸くして立ち上がった。
「ここが違うんだろ。これとこれで消去法。とりあえず、見つけたからメシ。…ん?…ちょっと」
 御堂が目を細めた。
「お前、顔色悪すぎる。…最近、まともに食ってねーだろ」
「ここんとこ、チョコと、紅茶?」
「…は?」
 明らかに、御堂の目が据わり、一歩如月が後ろに下がった。
「…逃げんな。いつからだ」
「25日、から…?」
「あほか!!」
「っ!!」
 首根っこを掴まれた猫の状態で手洗いにつれて行かれ、そのままソファに放り込まれた。
「さっさと食え!!」
「はい…」
 小さくなっていただきます、と手を合わせ、スプーンを取った。
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