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第14話 優吾⑥【醜悪と呵責と友情】
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「櫻井のことを焚きつけるの、もうやめてもらえませんか?」
西日が差し込むサークル棟のカフェテラスが、彼女たちのたまり場になっているのは知っている。
都合の良いことに、用のある4人が揃っていた。
先輩たちは俺を見て、面を食らった様子だったけれど……やがてにやにやと口元を歪める。
「えー? なんの話?」
「どうせ櫻井ちゃんのことでしょ」
「まだ蜂須賀くんのこと追いかけてるもんねぇ」
恋愛リアリティショーの再現よろしく、俺を見れば櫻井の背中を押し続けたあんたたちが、よく言うよ。
黙っていれば外見は整っているのに、彼女たちと対峙するのは先日の榊さんを相手取るよりもずっとずっと不快感が強い。
ネイリストさんとか美容師志望の宮下さんとか、俺の周りにはおしゃれなお姉さんがいるから、女の人がどういうことを気にかけてお金がかかるのか、察してしまう瞬間がある。
この人達は間違いなく、恵まれた外見だと思う。きれいでいることを努力できるって、すげぇなって思うよ。
でもさ
新入生を飲み会でしきりにイジったり、
バイト先でひっかけた年上の男を後輩にすすめて女衒まがいなことをしたり、
他人の恋路を焚きつけて弄んだり、
SNSで注目されるために他人の醜態で被害者ぶってみたり、
やっていることが悪趣味で不健康なんだよ。
俺は、蒼乃ちゃんみたいに正義感が強いわけじゃないから、「そのうち自滅するかもな」って感じだったんだけれど……ーー櫻井を弄んで、蒼乃ちゃんに迷惑かけるのは違うだろ。
「櫻井の、なにが気に入らなったんですか?」
「言っている意味がわかんないんだけど」
うざ、と。
髪をいじりながら頬杖をつく先輩。目を逸らした人も、最初からケータイしか見ていない人もいる。
「……何を言って焚きつけたんですか」
「知ってどうすんの?」
「答えろよ」
「はー……だっる。別にぃ? 『蜂須賀くんが振り向いてくれなーい』っていつまでもめそめそしているから、『櫻井ちゃんが知らないだけで女できたんじゃね?』って言っただけだし」
ねー、ウチら悪くないよねー、と、互いに承認し合う。
「ねぇ、逆に聴きたいんだけれど、櫻井ちゃん何かやらかしちゃった系?」
嘲弄が見え透いた表情に口籠ってしまった。悪手だった。先輩達は鬼の首を取ったかのように勢いづく。
「あの子さぁ、蜂須賀くんのバイト先のSNSアカウント、逐一チェックしているの知ってた?」
「……は?」
「あ、やっぱり知らなかったんだ? 普通にキモいよね。ストーカーじゃん」
あー……もう隠す気もないのね。
今まで一応、対男用みたいな猫をかぶっていた雰囲気があったけれど、嬉々として悪態をつくことにしたらしい。
ねぇねぇ、と。
好奇心を丸出しにした表情の1人が割って入ってくる。
「蜂須賀くん、ちょっと前に酔っ払っいに絡まれていたところ、動画に撮られたでしょ」
「……らしいですね」
「えー、見てないの? もう軒並み削除されちゃったのに、もったいない。……櫻井ちゃん、蜂須賀くんを助けた女警察官のこと『蜂須賀くんの初恋の女に似ているんです』とかメンヘラ全開で相談してきたんだよ? この時点でかなりイタイでしょ」
くすくすと笑い合う声が、やけに耳にこびりつく。
不快感を隠せない俺を見つめて、何故か機嫌を良くしたその人は、嬉々として続けやがった。
「『知るかよ』って感じだよねぇ。まぁそれでも? 相談されちゃった側としては『直接確かめてみなー?』としか言えなくない? あの警察官ってちょっと前にバズった『美人すぎる警察官』でしょ? 興味あるし、心配ならついて行ってあげよっかー? くらいは言ってあげたけれどさぁ……って……え、まさか、ホントに交番に凸ったの!?」
嬉々とした悲鳴。「まさかぁ」「嘘でしょう?」……口々に溢れて、爛々と輝く、濁った眼。
あぁそうかって、合点がいく反面、情報の全部がざらついて聞こえた。
……本当はもっと、焚き付ける言い方をしたんだろ。
事態が面白くなるように、引っ掻き回したくて仕方がなかったんだろ。
「惜しいなー! 交番に凸するとか絶対バズるやつじゃん!」
調子に乗った1人のそれが、多分こいつらの本音なんだ。
あー、うるせぇうるせぇ。
聞いて損した。
まじでうるせぇ。
なんなん、こいつら。
何が楽しくて……櫻井は何が楽しくて、こいつらと一緒にいたの。
お前、そんな奴じゃなかったじゃん。
……俺と仲が良かったときは、こんな連中と、話が合うような……あぁそうかよ。お前のこと、受け入れなかったのは俺だもんな。俺のせいかよ……。
俺、どういう顔してたんだろ。
この中の一人はさ、前に真顔で拒否ったとき、一回泣かせているんだよね。
いまは、なんか、前回の「迷惑なんで」みたいな感じじゃなくて、そうだ。虚無。虚無に近い。
「……そんなに迷惑ならさぁ。あたしらじゃなくて、櫻井本人に言いなよ。ストーカーとヤンデレやめろって」
「そーそー、うちら関係ないじゃん」
「……仮に、なんスけれど。俺が櫻井を拒絶したとして、その後、櫻井が先輩たちの前に現れたらどうするんスか」
よせばいいのに、こういうの、聞いちゃう俺は馬鹿なんだと思う。
黒澤も言ってた。
「何を言っても響かない奴はどこにでもいる」そして「そういう連中とは距離を置くしかない」って。
「は? べつにどうもしないけど?」
「いい加減『優吾くん優吾くん』うざかったしね」
「まぁ、それしかウチらに合わせるネタがなかったんだろうねぇ」
「それな。栃木だっけ? 田舎から上京して? 長年幼馴染に片思いしている私可愛い系のキャラで大学デビューしちゃったんだもん。必死すぎてウケるよね」
「そーそー。結局、櫻井ちゃんだって、好きでうちらと一緒にいるんでしょ?」
「まー、うまみあるよね。うちらといれば。合コンも太いパイプあるし、就活だってOBのコネあるし」
「しがみつかれても迷惑だけれどね」
「あー……『おぢ』でも紹介しちゃう? 慰めてくれるよって!」
へらへら笑いながら、スマホを弄る先輩。
声が高すぎて癪に障る先輩。
俺の顔は絶対に見ないようにして、矢継ぎ早にしゃべる先輩。
口数はすくないけれど、一番嬉しそうに笑っている人なんか……黒髪清楚キャラで、学内で人気のある人だったよな?
さいっっっあくだよ、マジで。
だって、櫻井は、あんた達に応援して貰って、嬉しそうだった。
その場のノリとか、そういうんじゃなくて。
ホントに、俺との仲を協力してくれているんだって、そう信じていたんだと思う。
でも、俺が「それ」を指摘することは、櫻井の矜持を踏みにじってしまう。あぁそうだよ、どの面さげて、だよ。でも……だけど……!
やるせなさのあまり、言葉が砂のように輪郭を失う。
へらへらしてんじゃねぇよ。
お前らのことが好きだった櫻井のこと、おもちゃにしてんじゃねぇよ。
櫻井が、少しでも報われるように、何か、言わなきゃ。
こいつらの、罪悪感が、少しでも、櫻井に向けられる、なにか……。
……ごめん。
ごめん櫻井。
「蜂須賀!」
馬鹿みたいに突っ立っている俺の肩を、後ろからどついてくる奴がいる。
「く、ろさわ……」
あーぁ……今の俺。
情けないツラしているんだろうな。
「行くぞ。もういいだろ」
「あ……でも……」
「お前じゃ無理だよ。これは、もう手遅れだ」
黒澤は嫌悪感とか、そういうのを隠そうとしない奴だけれど、この日はことさらに険しかった。
「……ねぇ、なんなのアンタたち、さっきから」
俺単身ではナメられっぱなしだったけれど、学部一、ひょっとしたら構内一面の良い男が登場すると、話は別だ。
途端に居住まいを直したような、下品まるだしの笑い方が止む。
「さぁ? なんなんスかね」
黒澤は、いくつかあるカフェテラスのテーブルの、置きっぱなしの荷物に手を伸ばす。
「あ」と。声を上げたのは誰だっただろう。
スタンドに立てかけるように、バックで角度を調整されているスマホごと、荷物をひったくった黒澤は、わざとその画面を確認して、タップした。
誰一人、喋ることを止めた空間に、録画オフの電子音が響く。
「いくぞ」
さっさと踵を返す黒澤を、あわてて追いかけた。
背後で「は?」「なにあれ」「え」「うざ」って。
単語しか喋れなくなったあいつらの、鳴き声みたいなものが聞こえる。
「……作戦成功、で、いいんだよな?」
サークル棟を出たところで、黒澤は口にした。
「打ち合わせ通りすぎたよな。録画されているって、全然気が付いていなかっただろ」
……今日は、俺より喋るのね、黒澤くん。
「データ、一応送っとく」
「……さんきゅ」
「よくキレなかったな」
「黒澤のなかで俺ってそんなに短気?」
「違う。……お前は、いいやつだから」
自販機の前で、黒澤はボトルの水を買って、差し出してくれた。
「よく、我慢できたなって、思うよ」
今日は、俺のこと、馬鹿って言わないんだな。
それはそれで寂しいかも。
貰った水を一気に流し込んで、せりあがっていた吐き気を抑え込む。
蒼乃ちゃん、黒澤、宮下さん、店長、ネイリストさん。
俺の周りには、当たり前みたいに、俺の話を聞いてくれる人がいる。
俺の行動や言動を「アホか!」って諫めたり、馬鹿にされることも少なくないけれど、俺自身の価値を損なわせようなんて人はいない。
俺と、櫻井と、何が違ったんだろう。
櫻井を受け入れなかった俺が、あの場でできることって、何か一つくらいあったんじゃないかって……。
自販機前のベンチでしゃがみこんだ俺に、黒澤は何も言わなかった。
★
榊さんから蒼乃ちゃんの交番に突撃した女子大生の話を聞いたとき。
俺は真っ先に櫻井の顔が浮かんだけれど、その後ろで、あいつらがにやにやと笑って、スマホを向けている姿がセットだった。
俺が、あのサークルに所属していたときにやられたことだ。
櫻井を被写体に、恋愛リアリティショーをショート動画で作って遊んでいるあの人たちは、バズることしか考えていない。
いや、バズるかどうかも、どうでもいいのかもしれない。
ただの暇つぶし。承認欲求の一環……。やめよう。行動原理なんて、考えてもわかるわけない。黒澤に言わせれば、間違いなく『ばけもの』だから。
とにも、かくにも。
櫻井一人で、『勤務中の』蒼乃ちゃんのところに凸るなんて、櫻井らしくないと思った。
誰かの入れ知恵っていうか、俺のときみたいに「やっちゃえ!」って、焚きつけられたんじゃねぇのかなって。
……櫻井なりに、引くに引けない状況だったのかもしれないって。
榊さんに「ハッチのガンギマリ怖ぇよ」って言われたとき、考えていたのはまさにそれ。
サークル内で、櫻井がちょっと軽んじられているというか、イジられている雰囲気はなんとなく感じていたから。
だから、宮下さんの提案を飲んで、櫻井本人と話しただけじゃ、根本的な解決にはいたらないんじゃないかって……そう考えた。
蒼乃ちゃんと通話した後、俺は黒澤に電話をかけた。
「夜中に電話かけるのが趣味なのか? それとも馬鹿か?」
律儀に出てくれる黒澤に、全部打ち明けて、今に至る。
サークルの先輩たちが櫻井をけしかけたのだとしたら、櫻井が今後暴走しないようにまずはそれを断ち切るべきだ。
そして、話を聞き出すときに、都合の良いように改ざんされて、あらぬ噂を立てられないように、こちらも『撮影』という手段で自衛するべきだろう、と。
協力してくれた黒澤には、感謝しかないよ。まじで。
黒澤は
「勤務時間中に嫌がらせするの、櫻井自身が思いついたことだったらどうする?」
だいぶ険しい顔をしていた。でも、そこは全く心配していない。
だって、櫻井は、俺と同じくらい、蒼乃ちゃんのことが大好きだったから。
今でこそ、俺が意図的に距離をとっているから、アレだけれどさ。
俺は櫻井とそこそこ仲が良かったんだ。
小学生ぐらいのときにはさ。児童センターで知り合った蒼乃ちゃんの後ろに櫻井もくっつきたがった。蒼乃ちゃんの取り合いでケンカにもなった。
引っ込み思案だった櫻井が、どんどん明るくなっていったのだって、蒼乃ちゃんのいる書道教室に通うようになってからじゃん。
友達がつくれるようになったの、蒼乃ちゃんがきっかけって言ってたじゃん。
小学校高学年になるころにはさ、男子にまじってサッカーができる櫻井は、普通に友達が多かったと思う。
中学でも、高校でも、他人のことを敬えて、人の気持ちに寄り添える奴だった。
心の機微に敏感で、イジられた誰かに共感して、勝手に傷ついちゃうような奴だった。
俺は、櫻井が俺と同じ大学を目指すって言った時、一緒に現役合格できたとき、単純に嬉しかったんだ。
だから、高校を卒業してから向けられる、恋愛を意識した視線に、俺は「なんで突然!?」ってびびり散らして、のらりくらり逃げようとした。
……友達のままでいたほうが、居心地がよかったから。
蒼乃ちゃん以外を意識しようとしない俺にとって、それは見て見ぬふりを貫くのが、一番楽だったから。
だから、なのかな。
俺が逃げるから、逃げ場を囲おうとしたのかもしれない。
協力してくれるって、おしゃれできれいな同性の先輩が言ってくれたら、そりゃ嬉しいよな。
わかるよ。
同じ立場なら、俺だってそうする。
蒼乃ちゃんに振り向いてもらうためなら、周りを囲むのも、状況が自分に有利になるよう仕向けるのも、俺だって考える手段だ。
そのためなら、周りの迷惑なんてクソ喰らえだよ。
蒼乃ちゃんが、俺を受け入れてくれなかったら。
俺はきっと、櫻井と同じようなことをした。
それをわかっていてもなお、俺は櫻井を受け入れることはできない。
ぐっちゃぐちゃの感情に、奥歯が鳴った。
意外だったのは
「お前のせいじゃないよ」
黒澤が、俺を責めなかったこと。
「櫻井が暴走したのは、お前のせいじゃない」
「……得意のド正論でぶん殴ってこないの?」
「殴って、自分のことをお門違いに責めるのをやめるなら、助走をつけてぶん殴ってやる」
「はは……ありがと。遠慮するわ」
あー、もう。
借りがでかいなぁ。
気にすんなって、あっさり言っちゃうの。すげぇかっこいいよ、黒澤。
「動画、どうするんだ」
「……櫻井に見せて、『あいつらから距離を取れ』って言いたかったんだよね。でも、これは無理だろ。見せらんない」
「お前の大好きな蒼乃ちゃんの職場でやらかしたこと、許すわけ?」
「それに関してはまだ怒っているけれどさぁ……。反省を促すのと、傷つけるのは別だろ」
「……教師っぽいな」
「教員志望だもん」
とりあえず、クラウドに保存。
見返したくねぇ……。呪いのビデオじゃん。
黒澤に買ってもらった水を一気飲みした。
さて……本題の櫻井に、どうケリをつけるかな。
西日が差し込むサークル棟のカフェテラスが、彼女たちのたまり場になっているのは知っている。
都合の良いことに、用のある4人が揃っていた。
先輩たちは俺を見て、面を食らった様子だったけれど……やがてにやにやと口元を歪める。
「えー? なんの話?」
「どうせ櫻井ちゃんのことでしょ」
「まだ蜂須賀くんのこと追いかけてるもんねぇ」
恋愛リアリティショーの再現よろしく、俺を見れば櫻井の背中を押し続けたあんたたちが、よく言うよ。
黙っていれば外見は整っているのに、彼女たちと対峙するのは先日の榊さんを相手取るよりもずっとずっと不快感が強い。
ネイリストさんとか美容師志望の宮下さんとか、俺の周りにはおしゃれなお姉さんがいるから、女の人がどういうことを気にかけてお金がかかるのか、察してしまう瞬間がある。
この人達は間違いなく、恵まれた外見だと思う。きれいでいることを努力できるって、すげぇなって思うよ。
でもさ
新入生を飲み会でしきりにイジったり、
バイト先でひっかけた年上の男を後輩にすすめて女衒まがいなことをしたり、
他人の恋路を焚きつけて弄んだり、
SNSで注目されるために他人の醜態で被害者ぶってみたり、
やっていることが悪趣味で不健康なんだよ。
俺は、蒼乃ちゃんみたいに正義感が強いわけじゃないから、「そのうち自滅するかもな」って感じだったんだけれど……ーー櫻井を弄んで、蒼乃ちゃんに迷惑かけるのは違うだろ。
「櫻井の、なにが気に入らなったんですか?」
「言っている意味がわかんないんだけど」
うざ、と。
髪をいじりながら頬杖をつく先輩。目を逸らした人も、最初からケータイしか見ていない人もいる。
「……何を言って焚きつけたんですか」
「知ってどうすんの?」
「答えろよ」
「はー……だっる。別にぃ? 『蜂須賀くんが振り向いてくれなーい』っていつまでもめそめそしているから、『櫻井ちゃんが知らないだけで女できたんじゃね?』って言っただけだし」
ねー、ウチら悪くないよねー、と、互いに承認し合う。
「ねぇ、逆に聴きたいんだけれど、櫻井ちゃん何かやらかしちゃった系?」
嘲弄が見え透いた表情に口籠ってしまった。悪手だった。先輩達は鬼の首を取ったかのように勢いづく。
「あの子さぁ、蜂須賀くんのバイト先のSNSアカウント、逐一チェックしているの知ってた?」
「……は?」
「あ、やっぱり知らなかったんだ? 普通にキモいよね。ストーカーじゃん」
あー……もう隠す気もないのね。
今まで一応、対男用みたいな猫をかぶっていた雰囲気があったけれど、嬉々として悪態をつくことにしたらしい。
ねぇねぇ、と。
好奇心を丸出しにした表情の1人が割って入ってくる。
「蜂須賀くん、ちょっと前に酔っ払っいに絡まれていたところ、動画に撮られたでしょ」
「……らしいですね」
「えー、見てないの? もう軒並み削除されちゃったのに、もったいない。……櫻井ちゃん、蜂須賀くんを助けた女警察官のこと『蜂須賀くんの初恋の女に似ているんです』とかメンヘラ全開で相談してきたんだよ? この時点でかなりイタイでしょ」
くすくすと笑い合う声が、やけに耳にこびりつく。
不快感を隠せない俺を見つめて、何故か機嫌を良くしたその人は、嬉々として続けやがった。
「『知るかよ』って感じだよねぇ。まぁそれでも? 相談されちゃった側としては『直接確かめてみなー?』としか言えなくない? あの警察官ってちょっと前にバズった『美人すぎる警察官』でしょ? 興味あるし、心配ならついて行ってあげよっかー? くらいは言ってあげたけれどさぁ……って……え、まさか、ホントに交番に凸ったの!?」
嬉々とした悲鳴。「まさかぁ」「嘘でしょう?」……口々に溢れて、爛々と輝く、濁った眼。
あぁそうかって、合点がいく反面、情報の全部がざらついて聞こえた。
……本当はもっと、焚き付ける言い方をしたんだろ。
事態が面白くなるように、引っ掻き回したくて仕方がなかったんだろ。
「惜しいなー! 交番に凸するとか絶対バズるやつじゃん!」
調子に乗った1人のそれが、多分こいつらの本音なんだ。
あー、うるせぇうるせぇ。
聞いて損した。
まじでうるせぇ。
なんなん、こいつら。
何が楽しくて……櫻井は何が楽しくて、こいつらと一緒にいたの。
お前、そんな奴じゃなかったじゃん。
……俺と仲が良かったときは、こんな連中と、話が合うような……あぁそうかよ。お前のこと、受け入れなかったのは俺だもんな。俺のせいかよ……。
俺、どういう顔してたんだろ。
この中の一人はさ、前に真顔で拒否ったとき、一回泣かせているんだよね。
いまは、なんか、前回の「迷惑なんで」みたいな感じじゃなくて、そうだ。虚無。虚無に近い。
「……そんなに迷惑ならさぁ。あたしらじゃなくて、櫻井本人に言いなよ。ストーカーとヤンデレやめろって」
「そーそー、うちら関係ないじゃん」
「……仮に、なんスけれど。俺が櫻井を拒絶したとして、その後、櫻井が先輩たちの前に現れたらどうするんスか」
よせばいいのに、こういうの、聞いちゃう俺は馬鹿なんだと思う。
黒澤も言ってた。
「何を言っても響かない奴はどこにでもいる」そして「そういう連中とは距離を置くしかない」って。
「は? べつにどうもしないけど?」
「いい加減『優吾くん優吾くん』うざかったしね」
「まぁ、それしかウチらに合わせるネタがなかったんだろうねぇ」
「それな。栃木だっけ? 田舎から上京して? 長年幼馴染に片思いしている私可愛い系のキャラで大学デビューしちゃったんだもん。必死すぎてウケるよね」
「そーそー。結局、櫻井ちゃんだって、好きでうちらと一緒にいるんでしょ?」
「まー、うまみあるよね。うちらといれば。合コンも太いパイプあるし、就活だってOBのコネあるし」
「しがみつかれても迷惑だけれどね」
「あー……『おぢ』でも紹介しちゃう? 慰めてくれるよって!」
へらへら笑いながら、スマホを弄る先輩。
声が高すぎて癪に障る先輩。
俺の顔は絶対に見ないようにして、矢継ぎ早にしゃべる先輩。
口数はすくないけれど、一番嬉しそうに笑っている人なんか……黒髪清楚キャラで、学内で人気のある人だったよな?
さいっっっあくだよ、マジで。
だって、櫻井は、あんた達に応援して貰って、嬉しそうだった。
その場のノリとか、そういうんじゃなくて。
ホントに、俺との仲を協力してくれているんだって、そう信じていたんだと思う。
でも、俺が「それ」を指摘することは、櫻井の矜持を踏みにじってしまう。あぁそうだよ、どの面さげて、だよ。でも……だけど……!
やるせなさのあまり、言葉が砂のように輪郭を失う。
へらへらしてんじゃねぇよ。
お前らのことが好きだった櫻井のこと、おもちゃにしてんじゃねぇよ。
櫻井が、少しでも報われるように、何か、言わなきゃ。
こいつらの、罪悪感が、少しでも、櫻井に向けられる、なにか……。
……ごめん。
ごめん櫻井。
「蜂須賀!」
馬鹿みたいに突っ立っている俺の肩を、後ろからどついてくる奴がいる。
「く、ろさわ……」
あーぁ……今の俺。
情けないツラしているんだろうな。
「行くぞ。もういいだろ」
「あ……でも……」
「お前じゃ無理だよ。これは、もう手遅れだ」
黒澤は嫌悪感とか、そういうのを隠そうとしない奴だけれど、この日はことさらに険しかった。
「……ねぇ、なんなのアンタたち、さっきから」
俺単身ではナメられっぱなしだったけれど、学部一、ひょっとしたら構内一面の良い男が登場すると、話は別だ。
途端に居住まいを直したような、下品まるだしの笑い方が止む。
「さぁ? なんなんスかね」
黒澤は、いくつかあるカフェテラスのテーブルの、置きっぱなしの荷物に手を伸ばす。
「あ」と。声を上げたのは誰だっただろう。
スタンドに立てかけるように、バックで角度を調整されているスマホごと、荷物をひったくった黒澤は、わざとその画面を確認して、タップした。
誰一人、喋ることを止めた空間に、録画オフの電子音が響く。
「いくぞ」
さっさと踵を返す黒澤を、あわてて追いかけた。
背後で「は?」「なにあれ」「え」「うざ」って。
単語しか喋れなくなったあいつらの、鳴き声みたいなものが聞こえる。
「……作戦成功、で、いいんだよな?」
サークル棟を出たところで、黒澤は口にした。
「打ち合わせ通りすぎたよな。録画されているって、全然気が付いていなかっただろ」
……今日は、俺より喋るのね、黒澤くん。
「データ、一応送っとく」
「……さんきゅ」
「よくキレなかったな」
「黒澤のなかで俺ってそんなに短気?」
「違う。……お前は、いいやつだから」
自販機の前で、黒澤はボトルの水を買って、差し出してくれた。
「よく、我慢できたなって、思うよ」
今日は、俺のこと、馬鹿って言わないんだな。
それはそれで寂しいかも。
貰った水を一気に流し込んで、せりあがっていた吐き気を抑え込む。
蒼乃ちゃん、黒澤、宮下さん、店長、ネイリストさん。
俺の周りには、当たり前みたいに、俺の話を聞いてくれる人がいる。
俺の行動や言動を「アホか!」って諫めたり、馬鹿にされることも少なくないけれど、俺自身の価値を損なわせようなんて人はいない。
俺と、櫻井と、何が違ったんだろう。
櫻井を受け入れなかった俺が、あの場でできることって、何か一つくらいあったんじゃないかって……。
自販機前のベンチでしゃがみこんだ俺に、黒澤は何も言わなかった。
★
榊さんから蒼乃ちゃんの交番に突撃した女子大生の話を聞いたとき。
俺は真っ先に櫻井の顔が浮かんだけれど、その後ろで、あいつらがにやにやと笑って、スマホを向けている姿がセットだった。
俺が、あのサークルに所属していたときにやられたことだ。
櫻井を被写体に、恋愛リアリティショーをショート動画で作って遊んでいるあの人たちは、バズることしか考えていない。
いや、バズるかどうかも、どうでもいいのかもしれない。
ただの暇つぶし。承認欲求の一環……。やめよう。行動原理なんて、考えてもわかるわけない。黒澤に言わせれば、間違いなく『ばけもの』だから。
とにも、かくにも。
櫻井一人で、『勤務中の』蒼乃ちゃんのところに凸るなんて、櫻井らしくないと思った。
誰かの入れ知恵っていうか、俺のときみたいに「やっちゃえ!」って、焚きつけられたんじゃねぇのかなって。
……櫻井なりに、引くに引けない状況だったのかもしれないって。
榊さんに「ハッチのガンギマリ怖ぇよ」って言われたとき、考えていたのはまさにそれ。
サークル内で、櫻井がちょっと軽んじられているというか、イジられている雰囲気はなんとなく感じていたから。
だから、宮下さんの提案を飲んで、櫻井本人と話しただけじゃ、根本的な解決にはいたらないんじゃないかって……そう考えた。
蒼乃ちゃんと通話した後、俺は黒澤に電話をかけた。
「夜中に電話かけるのが趣味なのか? それとも馬鹿か?」
律儀に出てくれる黒澤に、全部打ち明けて、今に至る。
サークルの先輩たちが櫻井をけしかけたのだとしたら、櫻井が今後暴走しないようにまずはそれを断ち切るべきだ。
そして、話を聞き出すときに、都合の良いように改ざんされて、あらぬ噂を立てられないように、こちらも『撮影』という手段で自衛するべきだろう、と。
協力してくれた黒澤には、感謝しかないよ。まじで。
黒澤は
「勤務時間中に嫌がらせするの、櫻井自身が思いついたことだったらどうする?」
だいぶ険しい顔をしていた。でも、そこは全く心配していない。
だって、櫻井は、俺と同じくらい、蒼乃ちゃんのことが大好きだったから。
今でこそ、俺が意図的に距離をとっているから、アレだけれどさ。
俺は櫻井とそこそこ仲が良かったんだ。
小学生ぐらいのときにはさ。児童センターで知り合った蒼乃ちゃんの後ろに櫻井もくっつきたがった。蒼乃ちゃんの取り合いでケンカにもなった。
引っ込み思案だった櫻井が、どんどん明るくなっていったのだって、蒼乃ちゃんのいる書道教室に通うようになってからじゃん。
友達がつくれるようになったの、蒼乃ちゃんがきっかけって言ってたじゃん。
小学校高学年になるころにはさ、男子にまじってサッカーができる櫻井は、普通に友達が多かったと思う。
中学でも、高校でも、他人のことを敬えて、人の気持ちに寄り添える奴だった。
心の機微に敏感で、イジられた誰かに共感して、勝手に傷ついちゃうような奴だった。
俺は、櫻井が俺と同じ大学を目指すって言った時、一緒に現役合格できたとき、単純に嬉しかったんだ。
だから、高校を卒業してから向けられる、恋愛を意識した視線に、俺は「なんで突然!?」ってびびり散らして、のらりくらり逃げようとした。
……友達のままでいたほうが、居心地がよかったから。
蒼乃ちゃん以外を意識しようとしない俺にとって、それは見て見ぬふりを貫くのが、一番楽だったから。
だから、なのかな。
俺が逃げるから、逃げ場を囲おうとしたのかもしれない。
協力してくれるって、おしゃれできれいな同性の先輩が言ってくれたら、そりゃ嬉しいよな。
わかるよ。
同じ立場なら、俺だってそうする。
蒼乃ちゃんに振り向いてもらうためなら、周りを囲むのも、状況が自分に有利になるよう仕向けるのも、俺だって考える手段だ。
そのためなら、周りの迷惑なんてクソ喰らえだよ。
蒼乃ちゃんが、俺を受け入れてくれなかったら。
俺はきっと、櫻井と同じようなことをした。
それをわかっていてもなお、俺は櫻井を受け入れることはできない。
ぐっちゃぐちゃの感情に、奥歯が鳴った。
意外だったのは
「お前のせいじゃないよ」
黒澤が、俺を責めなかったこと。
「櫻井が暴走したのは、お前のせいじゃない」
「……得意のド正論でぶん殴ってこないの?」
「殴って、自分のことをお門違いに責めるのをやめるなら、助走をつけてぶん殴ってやる」
「はは……ありがと。遠慮するわ」
あー、もう。
借りがでかいなぁ。
気にすんなって、あっさり言っちゃうの。すげぇかっこいいよ、黒澤。
「動画、どうするんだ」
「……櫻井に見せて、『あいつらから距離を取れ』って言いたかったんだよね。でも、これは無理だろ。見せらんない」
「お前の大好きな蒼乃ちゃんの職場でやらかしたこと、許すわけ?」
「それに関してはまだ怒っているけれどさぁ……。反省を促すのと、傷つけるのは別だろ」
「……教師っぽいな」
「教員志望だもん」
とりあえず、クラウドに保存。
見返したくねぇ……。呪いのビデオじゃん。
黒澤に買ってもらった水を一気飲みした。
さて……本題の櫻井に、どうケリをつけるかな。
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24歳
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背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
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八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
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千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
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表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
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