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第13話 蒼乃⑧【痣と覚悟と宣戦布告】
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逮捕術訓練における心得、その一。
前日は良く眠れ。
そして、当日は歯を食いしばれ。
★
「あ、りがとうございましたぁ……」
したたかにぶん投げられた後、なんとか立ち上がって、教官に礼をする。
ぼたぼたと落ちる汗の玉が吸い込まれていく。
逮捕術訓練二日目。
武道場はクーラーが稼働しているはずなのに、信じられない熱気とひどく上昇した体温が苦しい。
脳が揺れてるの、暑いせいなのか、衝撃か……あ、左頬が痛い。
なんだこれ、切ったかな。
あと、左脚。腿かな。受け身、失敗したな……。
よく間違えられるけれど、逮捕術は柔道ではない。
胴への蹴りや物を使う技法があるし、そもそも畳の上ではない。
専門の靴を履くあたりも大きく違う。
警察官になるには柔道、剣道のいずれかが有段者でなくてはならない。そこに加えて、犯人からの攻撃、抵抗を最小限にとどめながら、安全かつ効率的に制圧、拘束、逮捕を実行する『逮捕術』が必要なのだ。
当然、その訓練内容は過酷だ。
なんというか、やる気に満ちて「さぁ、やってやるぞ!」みたいなテンションで訓練に臨む人はあまりいない……気がする。
警察全職員が毎年決められた月に『逮捕術訓練』に参加することが義務付けられていて、今年は私の番だった。
「本番で華麗にぶん投げたのになぁ」
「美人すぎる警察官が台無しじゃん」
それはそれはもう、見事に沈められた私は口々に言われた。
半分は労いで、半分は中傷。
この間は不意打ちで上手くいっただけ。
そもそも私は逮捕術の成績はあまり良い方ではない。
極力目立たないようにしたいけれど、こういうとき、同性の警察官の中で頭半分大きい私はどうしても目につくのだろう。
武道場の壁に背中をつけて息を整える。
温くなったスポーツドリンクは喉に染みて痛かった。
同性の後輩が気を使って「左のほっぺ、痣になりそうです」と耳打ちしてくれる。
ありがとう。でもね、ここで「冷やしてきます」とか言ったら絶対碌なことにならないのよ。
頭を振って、制すると。
「浅月巡査部長、無理すんなって~。痕に残ったら困るでしょ~?」
……面倒くさい奴に聞かれていた。
うっそりと目を向ける。
この人、優吾くんが絡まれた日に、現場に来た機動隊員だ。
私に「職務中にナンパかよ」って言った人。
「顔が傷ついたら、彼氏が悲しむんじゃないの?」
鼻で笑う表情ってはた目から見れば醜いんだなって、どうでもいいことを考えている私は、決して冷静だったわけではない。
訓練術における疲労でぐったりしていた。
本当に他意はなかった。
無視じゃなくて、呂律が追い付かなかっただけなのに。
彼は……私が何か言い返すことを期待していたのだろう。
露骨に舌打ちされる。
「つくづく男運が悪いっていうか、趣味が悪ぃよなぁ」
「は?」
何言ってんだよ、あんた。
優吾くんは最高だから。
瞬間的に頭に血が上る瞬間って、むしろ心臓がひゅっと冷えるんだなって……。
「おい! そこ! 無駄話するな! 随分余裕だなァ!」
最悪。
教官の怒声に背筋を伸ばす。
あーあ、本当に一言も……いや、反応程度にしか、喋っていなかったんだけれどな……。
★
時間の限り精一杯しごかれた私は、最後の方はしんどすぎてちょっと涙が出ていた。汗が眼に入っただけかもしれない。
理由のないペナルティで追加された腹筋と腕立て伏せによって上半身が震えている。
月経による下腹の痛みが昨日で終わっていたのが唯一の救い。
明日が最終日である、と言うことは考えたくない。
武道場から解放されたときには、髪がじっとりしていて、全身の着替えが必要だった。
「あ……やっぱり、顔……」
先程痣を心配してくれた子とシャワールームで一緒になった。
今年、交通課に配属になったばかりの彼女とは班が違うので今まであまり接点がなかった。
「今回の訓練、めちゃくちゃ怖かったんですけれど、いつもこうなんですか……?」
あー……うん。涙目だね。わかるよ。今回のはホントない。
「いや……特別はずれだよ。小牧教官とかわかる? あの人のときは、もっとこう、効率的で理性的な段取りだよ」
「浅月巡査部長、メンタルタフですよね……かっこよかったです」
したたかにぶん投げられていたと思うんだけれど、かっこいいのかな。
交通課の先輩の助言で「熱さまシート」を持参しているという彼女が「張ってください」とわけてくれた。
ありがたく額に張ったら「左のほっぺですよ!」と張り直された。
「髪の毛もちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃいますよ」と持参のドライヤーも貸してくれる。
世話焼きなのかな、この子。
「脅かすわけじゃありませんけれど、これ、青痣になりますよ?」
「カバー力強いファンデーションあったかなぁ……汗でながれちゃうよねぇ、この時期」
「……メンタルゴリラってあだ名、本当なんですね……こんなに美人さんなのに」
残念なものを見る眼、やめよ?
曰く、ビタミンKを摂取すると回復に務まるらしい……Kって何に含まれているんだっけ。カリウムとは……違うな。うん。
ビタミンとか、回復とか、そういうポジティブな名称を耳にして、私が今欲しっているものを想像したら、真っ先に浮かぶのが優吾くんの顔なんだから、私は相当彼に惚れ込んでいる。
★
昨夜、前日と同じような時刻に、優吾くんから着信があった。
一昨日の反省を生かし、私はすでに寝る体制だった。ストレッチとスキンケアは念入りに、たっぷりと自分を労わっている。
普段やらないパックとかアロマディフューザーまでひっぱり出して、究極に自分のご機嫌とりをして……一昨日の優吾くん効果でメンタルリフレッシュが異様に早かったため、すっかりお気楽モードだった。
優吾くんからの電話が単純に嬉しくて「付き合いたてのカップルって感じだなぁ」なんて呑気そのもので応答。なんだったら、鼻歌交じりだった気がする。
『蒼乃ちゃん……』
開口一番泣きそうな声に、「大丈夫?!」と続けたら、まさかの重なるという。
『職場で、その……俺のせいで……』
優吾くんは、ことの経緯を話してくれた。
最初は榊くんに「何してくれてんの?」と腹に据えかねるものを感じたけれど……。
『榊さんのこと、怒ったりしないでね。俺は……教えてもらってよかったと思っている』
この一言で留飲が下がっちゃうから、会話って大切だなって思う。でも、榊くんは首皮一枚つながったことを、優吾くんに感謝してほしい。一歩間違えれば大事故でしょ、それ。
私は、優吾くんに彼女のことを話せば、優吾くんは自分を責めてしまうだろうと、彼を介さない方法を選ぶつもりだった。
……まぁ、最終的に言わないわけにはいかなかっただろうけれど。
「昨日はどう説明するべきか、頭が働かなくて……話したの、私からじゃなくてごめんね」
『そこは謝るところじゃないって。……交番に凸られた次の日も、なんか様子が変だったって聞いてる。それって昨日のことだよね?』
「……うん」
『何て言ったらいいのかわかんないけどさ……蒼乃ちゃんがしんどいと思った時、俺を頼ろうとしてくれたなら、それってすげぇ嬉しい。……役に立ってねぇのは歯がゆいけど』
「そんなことない」
自分でも、驚くくらい、ぴしゃりと。鋭い声が出た。
「昨日、優吾くんと電話しなかったら、今日の訓練、初日でダウンしていたと思う。ダメージが長続きしたまま、二日目も、三日目も迎えるとか、絶対嫌」
『……俺、何もしてないよね?』
あぁ、これは。
根本から伝えなきゃだめだ。
「……あのね、昨日へこんでいた理由……小学校に訪問して、大学時代の、教育実習先で指導員だった人に出くわしちゃって」
『え、すげぇ偶然』
「うん……その人はさ、私が教員を選ばなかった理由でもあるんだよね」
刹那、電話口でも空気が変ったのを感じた。
『……そいつ男?』
あ、これ、勘違いされてる。
「違う違う! その人は女性!」
でも……まぁ、想像は遠からず、かも。私は続けた。
「実習中にね、既婚者の教員から交際を求められたんだ。幸い、他の先生が止めに入ってくれて……でも大事になっちゃってさ。同性の指導員から『あなたのほうにも、思わせぶりな一面があったんじゃないの?』と言われたのはさすがにしんどくて」
『……そいつら全員教職免許取り上げろよ』
優吾くん、眼が坐ってそうだな……でも、わかるよ。
世の中、そういう人間が出世する仕組み、ほんとどうにかして。
「免許は取得したけれど……進路については考え直したんだ。実習中、教員も児童も私の容姿を放っておかなかったから。これが続くのはしんどいなって……。ルッキズムが全く関係しない職場ってなんだろうって思って……それで、思いついたのが警察官」
……蓋を開ければ『容姿が邪魔にならない』という希望は大きな勘違いだった。
むしろ、露骨で酷かったかもしれない。
警察学校に入校後、現在に至るまで、思い出すことも憚られるほど、容姿にまつわる中傷、賛否、セクハラ、嫌味……失望する出来事は腐るほどあった。
それでも逃げなかったのはただの意地。
仲間と言える同期もいた。
だから過酷な教場で、歯を食いしばり、正義だけが罷り通るわけではない警官の道にしがみついた。
「……想像と食い違うことはいくらでもあるんだ。相談に寄り添いきれないこととか、助けたはずの人に罵倒されることも少なくない。苦手な訓練も含めて、業務の全部を好きになるなんて到底できないけれど、この仕事を誇りに思っていることは確かなの」
『……うん』
「それでも、選ばなかった方の道を、未練がましく思い出すこともある。そんなときにね、命をかけなければならない私を、強くありたいと思う私を、優吾くんが認めてくれたことが、大きな救いなんだ。……優吾くんは、自分を役に立たないって言ったけれど、そういうことじゃない。あなたは、私の価値を損なわない。私の存在を無条件に認めてくれる。……だから、私は、明日も頑張れるんだよ」
辛かったらやめていいよ、とか。
結婚したら辞めさせてあげるから、とか。
危険な仕事なんだから、続けなくていいからね、じゃなくて。
明日、嫌なことでも、立ち向かおうとする私を、優吾くんはちゃんと見ていてくれるから。
決して、夢や希望を抱いたわけではない職業。
容姿への逃げで選択し、意地でしがみついたこの場所が、いつの間にか譲れなくなった。
人に話すのが憚られるきっかけのそれであっても、執着とやりがい以上の価値を見出せたとしたら、それは、優吾くんの存在があってこそだと思うから。
……言いたいことは言えたけれど。
『あー……』て、なんだろう。
気どころか魂が抜けるような声が聞こえるんですが。
『……いま、めちゃくちゃ会いたい。すげぇ、嬉しい。言語化できん。なんだこれ。アホみたいに顔がゆるんでる……』
「あは! それは見たいなぁ」
『いや、顔、顔が情けないからちょっと待って……蒼乃ちゃん、明日も早い? まだ続くんだっけ、逮捕術訓練……』
「うん……。明日が最終日。時間が取れなくて、ごめんね」
『こういうとき謝るのやめようよ。そりゃ会いたいけれどさ、こちとら8年愛情を募らせられる男よ? 次まで待つなんて楽勝だって!』
合鍵も俺の手にあるし? って。
最後の方は茶化して、笑わせてくれる。
……すごいなぁ、本当に。
優吾くんと話していると、かけている部分にぴったりと沿うようなーーひび割れたものが癒される。そんな気がするんだ。
「ひとつだけ、聞いていい?」
『いくつでもいいよ』
「ふふっ……! 優吾くんは、私に、可愛いって言ってくれるけれどさ」
『だって可愛いもん』
「……可愛い女の子じゃ務まらない仕事をしているんだよ? それでもいいの?」
『そんなん、良いも悪いもないでしょ。俺さ、『格好いい』も言ったじゃん。働いている蒼乃ちゃんは最高に格好いいし、尊敬してる。プライベートの蒼乃ちゃんは超きれいなお姉さんで、可愛くて、面白くて、あと……あ、やっぱいいや。うん、めっちゃ好き! 大好き!』
「……嬉しいんだけれど、最後が気になる……」
『……えっちなところが可愛すぎて、すごくきゅんきゅんします』
「ばか!」
笑うしかないじゃん。こんなの。
問題なんて、何も解決していないのに。
優吾くんに再会したあの日から、私の世界は少しだけ、明るくなった。
会えない時すら、心に星が舞い込んだように、美しいまどろみを感じて、くすぐったくなる。
誇りを抱きつつも、うんざりすることもあるこの仕事に、「やってやろう」って思えるの。
ほんの少しだけ、私は自分のことを、あなたが好きだと言ってくれる私のことを好きになれる。
「優吾くん……あのね。私も会いたい。今すぐ、優吾くんに会いたい」
『……うん。ありがと。俺も会いたい。会って、抱きしめて……でも、行けない』
「明日……あ、今日になっちゃった。頑張ってくる。明後日も、大丈夫、頑張れる」
『うん。怪我しないようにね。しんどいことがあったら、全部教えて。……仕事の悩みだと、解決してあげられるわけじゃないの、歯がゆいけれど、ひとりで悲しませたくない』
「ありがとう。優吾くんも、今日のこと、話してくれたの、すごく嬉しい」
榊くんに感謝しなくてはいけないのは癪だけれど。
『……蒼乃ちゃんが強くなりたいときも、弱くなりたいときも、原動力は俺がいい』
あーあ、寝なきゃいけないのに。
この夜が続けばいいって思ってる。
大好き。
あなたに変わる誰かなんて、どこにもいない。
こんなに愛してくれるひとを、独り占めできる私は、とんでもなく贅沢者だ。
おやすみの後、電話を切れない私達は、互いに不安を抱えている。それと同時に、己を奮い立たせる、どうしようもなく暖かいものを、手に入れたんだと思う。
行こう。あとは、胸を張るだけだ。
★
交番勤務員は本署に出勤して、制服に着替え、装備品を整え、パトカーで交番へ向かうのが一般的で、この日も訓練後、通例通りに花苑交番へ向かった。
そこに、彼女がいる気はしていた。
大学はどうしたの? なんて聞けば火に油だろうな、と思った。
そういえば、平日に闊歩する小学生に同じ声掛けをしたら「サボっているってわかんねーの?」って馬鹿にされたことがあったな……。なんで、みんな、いちいち威張るんだろう。引け目?
やだな、やっぱり緊張している。
そういう場面で、どうでもいいことを考えちゃうのは私の悪癖だ。
「こんにちは」
パトカーから降りて、声をかける。
こんなときでも挨拶するの? みたいな、露骨に驚いた表情の彼女ーー櫻井さんは、白い素肌がまぶしい。透ける素材の、おしゃれで可愛いブラウスに、ミモレのスカート。
誰がどう見ても可愛い女の子だ。
清純そうで、清潔感がある。
昨夜までの私だったら、訓練を理由に日焼け止めのみで出勤した姿とか、美容室に行けていない髪が痛んでいるとか、そういうのを気にして、ぴかぴかの彼女と向き合うことすら怖かったんだろうな。
……勝手に、彼女みたいな素敵な女の子と、優吾くんが並んで歩く光景を想像して、凹んでいたんだろうな。
瞼を、ゆっくり閉じて、あけた。
嫌悪と怒りと、すこしの怯えを抱く彼女に、もう引け目なんて感じない。
「なにか、御用ですか?」
「……しらじらしい」
「お困りのことでしたら伺います。ですが、私個人へのクレームならば、この場での対応は致しかねます」
「……べつに、ここでアンタを見張っているだけって言ったら?」
「無意味なことかと」
「う、るさい! わかんないじゃん。優吾くんにしたみたいに、他の誰かにちょっかいかけるかもしれないじゃん! 美人だからって鼻にかけているんじゃないの?!」
「本当に、そう思う?」
「……は?」
「ねぇ、櫻井葵乃さん。あなたの知っている私は、不特定多数の青年を誑かすような人?」
「あ……」
可愛らしい顔が、みるみる青ざめる。
……気が付いていると思っていなかったのかな。
覚えているよ、あおのちゃん。
私と同じ名前の、優吾くんの、もうひとりの幼馴染。
同じ書道教室にも通って、地域の催しとか、図書館の読み聞かせとか、さすがに、優吾くんみたいにお世話と言うほどではなかったけれど……何度も遊んだことがあるじゃない。
私はあなたを邪険に扱ったことなんてないし、あなたは私を慕ってくれていたと思っていた。
だから、明確に牙を向けられたことに、少なからず驚いたし、真っ向に傷ついた。
あなたらしくない。
少なくとも、私の知ってる、あなたじゃないみたいだ、って。
「わ、かんないじゃん! そんなの! 実際、8歳も年下の大学生に手ぇ出したんでしょ?!」
「思いを告げてくれたので。他の誰かに指されるようなことなんて何もない」
「だけど、まだ相手は10代で……」
「そうね。いくら18歳が成人に改正されたとはいえ、社会的信用が第一の職業において、あまり褒められたものではないかもしれないね」
「だったら……!」
服を握りしめた彼女は、泣きそうに涙を溜めている。
櫻井さん、その続きは、口にしない方がいいと思うよ。
私にも、限度というものがあるから。
「譲れ、っていうの? あなたに?」
自分でもびっくりする程、低い声が出た。
彼女の喉が上下して……怯えられたとわかっていても、止められるわけがない。
「仕事中の私にしか強気に出られない卑怯者に、優吾くんは譲ってあげない」
「……あ……」
「こんなやり方で身を引かせようなんてそもそもが狡いのよ。私の立場上、彼を弱点にしようとでも思った? 彼が知ったら、自分を責めるに決まっているじゃない。私はね……自分だけは無傷でいられるように、土俵にあがることすらできないあなたを殊更に許せないの」
青ざめた彼女を見て、やりすぎた、とは思わなかった。
「……大人げないで言うとね。今、12時半」
「……え?」
「休憩時間なの。警察官も、お昼休みってあるんだよ?」
勤務時間中の休憩時間は職務に値する気がするし、ウィンドブレーカーの下には制服も着ているけれど、まぁ、そこはいいでしょう。
ーー彼女は理解したんだと思う。
先日は、彼女の不遜な態度をじっと受け止め、言い分を聞くだけだった私が、どうして今になって強気になったのか。
そもそも私は、職務中でさえなければ、言われっぱなしで引き下がれるほど気の弱い人間ではない。
これまで、近所のお姉さんとして、大半のものは譲歩してきた私が、恋敵には容赦なく牙を向ける姿を、想像しなかったのだろう。
「……詐欺師みたい……」
はは、と。
乾いた笑いをする彼女は、ぎゅうっとバックの紐を握りしめる。
ごめんね。櫻井葵乃ちゃん。
もっと他に、言い方も手段もあったと思う。
でもね
「期待していた反応と、違った?」
本当の私のままでも、優吾くんは私を好きでいてくれるから。
私があなたに引け目を見せたら、私を好きでいてくれる優吾くんを貶めることになる。
だから、引き下がれないことを取り繕ったりしないんだ。
前日は良く眠れ。
そして、当日は歯を食いしばれ。
★
「あ、りがとうございましたぁ……」
したたかにぶん投げられた後、なんとか立ち上がって、教官に礼をする。
ぼたぼたと落ちる汗の玉が吸い込まれていく。
逮捕術訓練二日目。
武道場はクーラーが稼働しているはずなのに、信じられない熱気とひどく上昇した体温が苦しい。
脳が揺れてるの、暑いせいなのか、衝撃か……あ、左頬が痛い。
なんだこれ、切ったかな。
あと、左脚。腿かな。受け身、失敗したな……。
よく間違えられるけれど、逮捕術は柔道ではない。
胴への蹴りや物を使う技法があるし、そもそも畳の上ではない。
専門の靴を履くあたりも大きく違う。
警察官になるには柔道、剣道のいずれかが有段者でなくてはならない。そこに加えて、犯人からの攻撃、抵抗を最小限にとどめながら、安全かつ効率的に制圧、拘束、逮捕を実行する『逮捕術』が必要なのだ。
当然、その訓練内容は過酷だ。
なんというか、やる気に満ちて「さぁ、やってやるぞ!」みたいなテンションで訓練に臨む人はあまりいない……気がする。
警察全職員が毎年決められた月に『逮捕術訓練』に参加することが義務付けられていて、今年は私の番だった。
「本番で華麗にぶん投げたのになぁ」
「美人すぎる警察官が台無しじゃん」
それはそれはもう、見事に沈められた私は口々に言われた。
半分は労いで、半分は中傷。
この間は不意打ちで上手くいっただけ。
そもそも私は逮捕術の成績はあまり良い方ではない。
極力目立たないようにしたいけれど、こういうとき、同性の警察官の中で頭半分大きい私はどうしても目につくのだろう。
武道場の壁に背中をつけて息を整える。
温くなったスポーツドリンクは喉に染みて痛かった。
同性の後輩が気を使って「左のほっぺ、痣になりそうです」と耳打ちしてくれる。
ありがとう。でもね、ここで「冷やしてきます」とか言ったら絶対碌なことにならないのよ。
頭を振って、制すると。
「浅月巡査部長、無理すんなって~。痕に残ったら困るでしょ~?」
……面倒くさい奴に聞かれていた。
うっそりと目を向ける。
この人、優吾くんが絡まれた日に、現場に来た機動隊員だ。
私に「職務中にナンパかよ」って言った人。
「顔が傷ついたら、彼氏が悲しむんじゃないの?」
鼻で笑う表情ってはた目から見れば醜いんだなって、どうでもいいことを考えている私は、決して冷静だったわけではない。
訓練術における疲労でぐったりしていた。
本当に他意はなかった。
無視じゃなくて、呂律が追い付かなかっただけなのに。
彼は……私が何か言い返すことを期待していたのだろう。
露骨に舌打ちされる。
「つくづく男運が悪いっていうか、趣味が悪ぃよなぁ」
「は?」
何言ってんだよ、あんた。
優吾くんは最高だから。
瞬間的に頭に血が上る瞬間って、むしろ心臓がひゅっと冷えるんだなって……。
「おい! そこ! 無駄話するな! 随分余裕だなァ!」
最悪。
教官の怒声に背筋を伸ばす。
あーあ、本当に一言も……いや、反応程度にしか、喋っていなかったんだけれどな……。
★
時間の限り精一杯しごかれた私は、最後の方はしんどすぎてちょっと涙が出ていた。汗が眼に入っただけかもしれない。
理由のないペナルティで追加された腹筋と腕立て伏せによって上半身が震えている。
月経による下腹の痛みが昨日で終わっていたのが唯一の救い。
明日が最終日である、と言うことは考えたくない。
武道場から解放されたときには、髪がじっとりしていて、全身の着替えが必要だった。
「あ……やっぱり、顔……」
先程痣を心配してくれた子とシャワールームで一緒になった。
今年、交通課に配属になったばかりの彼女とは班が違うので今まであまり接点がなかった。
「今回の訓練、めちゃくちゃ怖かったんですけれど、いつもこうなんですか……?」
あー……うん。涙目だね。わかるよ。今回のはホントない。
「いや……特別はずれだよ。小牧教官とかわかる? あの人のときは、もっとこう、効率的で理性的な段取りだよ」
「浅月巡査部長、メンタルタフですよね……かっこよかったです」
したたかにぶん投げられていたと思うんだけれど、かっこいいのかな。
交通課の先輩の助言で「熱さまシート」を持参しているという彼女が「張ってください」とわけてくれた。
ありがたく額に張ったら「左のほっぺですよ!」と張り直された。
「髪の毛もちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃいますよ」と持参のドライヤーも貸してくれる。
世話焼きなのかな、この子。
「脅かすわけじゃありませんけれど、これ、青痣になりますよ?」
「カバー力強いファンデーションあったかなぁ……汗でながれちゃうよねぇ、この時期」
「……メンタルゴリラってあだ名、本当なんですね……こんなに美人さんなのに」
残念なものを見る眼、やめよ?
曰く、ビタミンKを摂取すると回復に務まるらしい……Kって何に含まれているんだっけ。カリウムとは……違うな。うん。
ビタミンとか、回復とか、そういうポジティブな名称を耳にして、私が今欲しっているものを想像したら、真っ先に浮かぶのが優吾くんの顔なんだから、私は相当彼に惚れ込んでいる。
★
昨夜、前日と同じような時刻に、優吾くんから着信があった。
一昨日の反省を生かし、私はすでに寝る体制だった。ストレッチとスキンケアは念入りに、たっぷりと自分を労わっている。
普段やらないパックとかアロマディフューザーまでひっぱり出して、究極に自分のご機嫌とりをして……一昨日の優吾くん効果でメンタルリフレッシュが異様に早かったため、すっかりお気楽モードだった。
優吾くんからの電話が単純に嬉しくて「付き合いたてのカップルって感じだなぁ」なんて呑気そのもので応答。なんだったら、鼻歌交じりだった気がする。
『蒼乃ちゃん……』
開口一番泣きそうな声に、「大丈夫?!」と続けたら、まさかの重なるという。
『職場で、その……俺のせいで……』
優吾くんは、ことの経緯を話してくれた。
最初は榊くんに「何してくれてんの?」と腹に据えかねるものを感じたけれど……。
『榊さんのこと、怒ったりしないでね。俺は……教えてもらってよかったと思っている』
この一言で留飲が下がっちゃうから、会話って大切だなって思う。でも、榊くんは首皮一枚つながったことを、優吾くんに感謝してほしい。一歩間違えれば大事故でしょ、それ。
私は、優吾くんに彼女のことを話せば、優吾くんは自分を責めてしまうだろうと、彼を介さない方法を選ぶつもりだった。
……まぁ、最終的に言わないわけにはいかなかっただろうけれど。
「昨日はどう説明するべきか、頭が働かなくて……話したの、私からじゃなくてごめんね」
『そこは謝るところじゃないって。……交番に凸られた次の日も、なんか様子が変だったって聞いてる。それって昨日のことだよね?』
「……うん」
『何て言ったらいいのかわかんないけどさ……蒼乃ちゃんがしんどいと思った時、俺を頼ろうとしてくれたなら、それってすげぇ嬉しい。……役に立ってねぇのは歯がゆいけど』
「そんなことない」
自分でも、驚くくらい、ぴしゃりと。鋭い声が出た。
「昨日、優吾くんと電話しなかったら、今日の訓練、初日でダウンしていたと思う。ダメージが長続きしたまま、二日目も、三日目も迎えるとか、絶対嫌」
『……俺、何もしてないよね?』
あぁ、これは。
根本から伝えなきゃだめだ。
「……あのね、昨日へこんでいた理由……小学校に訪問して、大学時代の、教育実習先で指導員だった人に出くわしちゃって」
『え、すげぇ偶然』
「うん……その人はさ、私が教員を選ばなかった理由でもあるんだよね」
刹那、電話口でも空気が変ったのを感じた。
『……そいつ男?』
あ、これ、勘違いされてる。
「違う違う! その人は女性!」
でも……まぁ、想像は遠からず、かも。私は続けた。
「実習中にね、既婚者の教員から交際を求められたんだ。幸い、他の先生が止めに入ってくれて……でも大事になっちゃってさ。同性の指導員から『あなたのほうにも、思わせぶりな一面があったんじゃないの?』と言われたのはさすがにしんどくて」
『……そいつら全員教職免許取り上げろよ』
優吾くん、眼が坐ってそうだな……でも、わかるよ。
世の中、そういう人間が出世する仕組み、ほんとどうにかして。
「免許は取得したけれど……進路については考え直したんだ。実習中、教員も児童も私の容姿を放っておかなかったから。これが続くのはしんどいなって……。ルッキズムが全く関係しない職場ってなんだろうって思って……それで、思いついたのが警察官」
……蓋を開ければ『容姿が邪魔にならない』という希望は大きな勘違いだった。
むしろ、露骨で酷かったかもしれない。
警察学校に入校後、現在に至るまで、思い出すことも憚られるほど、容姿にまつわる中傷、賛否、セクハラ、嫌味……失望する出来事は腐るほどあった。
それでも逃げなかったのはただの意地。
仲間と言える同期もいた。
だから過酷な教場で、歯を食いしばり、正義だけが罷り通るわけではない警官の道にしがみついた。
「……想像と食い違うことはいくらでもあるんだ。相談に寄り添いきれないこととか、助けたはずの人に罵倒されることも少なくない。苦手な訓練も含めて、業務の全部を好きになるなんて到底できないけれど、この仕事を誇りに思っていることは確かなの」
『……うん』
「それでも、選ばなかった方の道を、未練がましく思い出すこともある。そんなときにね、命をかけなければならない私を、強くありたいと思う私を、優吾くんが認めてくれたことが、大きな救いなんだ。……優吾くんは、自分を役に立たないって言ったけれど、そういうことじゃない。あなたは、私の価値を損なわない。私の存在を無条件に認めてくれる。……だから、私は、明日も頑張れるんだよ」
辛かったらやめていいよ、とか。
結婚したら辞めさせてあげるから、とか。
危険な仕事なんだから、続けなくていいからね、じゃなくて。
明日、嫌なことでも、立ち向かおうとする私を、優吾くんはちゃんと見ていてくれるから。
決して、夢や希望を抱いたわけではない職業。
容姿への逃げで選択し、意地でしがみついたこの場所が、いつの間にか譲れなくなった。
人に話すのが憚られるきっかけのそれであっても、執着とやりがい以上の価値を見出せたとしたら、それは、優吾くんの存在があってこそだと思うから。
……言いたいことは言えたけれど。
『あー……』て、なんだろう。
気どころか魂が抜けるような声が聞こえるんですが。
『……いま、めちゃくちゃ会いたい。すげぇ、嬉しい。言語化できん。なんだこれ。アホみたいに顔がゆるんでる……』
「あは! それは見たいなぁ」
『いや、顔、顔が情けないからちょっと待って……蒼乃ちゃん、明日も早い? まだ続くんだっけ、逮捕術訓練……』
「うん……。明日が最終日。時間が取れなくて、ごめんね」
『こういうとき謝るのやめようよ。そりゃ会いたいけれどさ、こちとら8年愛情を募らせられる男よ? 次まで待つなんて楽勝だって!』
合鍵も俺の手にあるし? って。
最後の方は茶化して、笑わせてくれる。
……すごいなぁ、本当に。
優吾くんと話していると、かけている部分にぴったりと沿うようなーーひび割れたものが癒される。そんな気がするんだ。
「ひとつだけ、聞いていい?」
『いくつでもいいよ』
「ふふっ……! 優吾くんは、私に、可愛いって言ってくれるけれどさ」
『だって可愛いもん』
「……可愛い女の子じゃ務まらない仕事をしているんだよ? それでもいいの?」
『そんなん、良いも悪いもないでしょ。俺さ、『格好いい』も言ったじゃん。働いている蒼乃ちゃんは最高に格好いいし、尊敬してる。プライベートの蒼乃ちゃんは超きれいなお姉さんで、可愛くて、面白くて、あと……あ、やっぱいいや。うん、めっちゃ好き! 大好き!』
「……嬉しいんだけれど、最後が気になる……」
『……えっちなところが可愛すぎて、すごくきゅんきゅんします』
「ばか!」
笑うしかないじゃん。こんなの。
問題なんて、何も解決していないのに。
優吾くんに再会したあの日から、私の世界は少しだけ、明るくなった。
会えない時すら、心に星が舞い込んだように、美しいまどろみを感じて、くすぐったくなる。
誇りを抱きつつも、うんざりすることもあるこの仕事に、「やってやろう」って思えるの。
ほんの少しだけ、私は自分のことを、あなたが好きだと言ってくれる私のことを好きになれる。
「優吾くん……あのね。私も会いたい。今すぐ、優吾くんに会いたい」
『……うん。ありがと。俺も会いたい。会って、抱きしめて……でも、行けない』
「明日……あ、今日になっちゃった。頑張ってくる。明後日も、大丈夫、頑張れる」
『うん。怪我しないようにね。しんどいことがあったら、全部教えて。……仕事の悩みだと、解決してあげられるわけじゃないの、歯がゆいけれど、ひとりで悲しませたくない』
「ありがとう。優吾くんも、今日のこと、話してくれたの、すごく嬉しい」
榊くんに感謝しなくてはいけないのは癪だけれど。
『……蒼乃ちゃんが強くなりたいときも、弱くなりたいときも、原動力は俺がいい』
あーあ、寝なきゃいけないのに。
この夜が続けばいいって思ってる。
大好き。
あなたに変わる誰かなんて、どこにもいない。
こんなに愛してくれるひとを、独り占めできる私は、とんでもなく贅沢者だ。
おやすみの後、電話を切れない私達は、互いに不安を抱えている。それと同時に、己を奮い立たせる、どうしようもなく暖かいものを、手に入れたんだと思う。
行こう。あとは、胸を張るだけだ。
★
交番勤務員は本署に出勤して、制服に着替え、装備品を整え、パトカーで交番へ向かうのが一般的で、この日も訓練後、通例通りに花苑交番へ向かった。
そこに、彼女がいる気はしていた。
大学はどうしたの? なんて聞けば火に油だろうな、と思った。
そういえば、平日に闊歩する小学生に同じ声掛けをしたら「サボっているってわかんねーの?」って馬鹿にされたことがあったな……。なんで、みんな、いちいち威張るんだろう。引け目?
やだな、やっぱり緊張している。
そういう場面で、どうでもいいことを考えちゃうのは私の悪癖だ。
「こんにちは」
パトカーから降りて、声をかける。
こんなときでも挨拶するの? みたいな、露骨に驚いた表情の彼女ーー櫻井さんは、白い素肌がまぶしい。透ける素材の、おしゃれで可愛いブラウスに、ミモレのスカート。
誰がどう見ても可愛い女の子だ。
清純そうで、清潔感がある。
昨夜までの私だったら、訓練を理由に日焼け止めのみで出勤した姿とか、美容室に行けていない髪が痛んでいるとか、そういうのを気にして、ぴかぴかの彼女と向き合うことすら怖かったんだろうな。
……勝手に、彼女みたいな素敵な女の子と、優吾くんが並んで歩く光景を想像して、凹んでいたんだろうな。
瞼を、ゆっくり閉じて、あけた。
嫌悪と怒りと、すこしの怯えを抱く彼女に、もう引け目なんて感じない。
「なにか、御用ですか?」
「……しらじらしい」
「お困りのことでしたら伺います。ですが、私個人へのクレームならば、この場での対応は致しかねます」
「……べつに、ここでアンタを見張っているだけって言ったら?」
「無意味なことかと」
「う、るさい! わかんないじゃん。優吾くんにしたみたいに、他の誰かにちょっかいかけるかもしれないじゃん! 美人だからって鼻にかけているんじゃないの?!」
「本当に、そう思う?」
「……は?」
「ねぇ、櫻井葵乃さん。あなたの知っている私は、不特定多数の青年を誑かすような人?」
「あ……」
可愛らしい顔が、みるみる青ざめる。
……気が付いていると思っていなかったのかな。
覚えているよ、あおのちゃん。
私と同じ名前の、優吾くんの、もうひとりの幼馴染。
同じ書道教室にも通って、地域の催しとか、図書館の読み聞かせとか、さすがに、優吾くんみたいにお世話と言うほどではなかったけれど……何度も遊んだことがあるじゃない。
私はあなたを邪険に扱ったことなんてないし、あなたは私を慕ってくれていたと思っていた。
だから、明確に牙を向けられたことに、少なからず驚いたし、真っ向に傷ついた。
あなたらしくない。
少なくとも、私の知ってる、あなたじゃないみたいだ、って。
「わ、かんないじゃん! そんなの! 実際、8歳も年下の大学生に手ぇ出したんでしょ?!」
「思いを告げてくれたので。他の誰かに指されるようなことなんて何もない」
「だけど、まだ相手は10代で……」
「そうね。いくら18歳が成人に改正されたとはいえ、社会的信用が第一の職業において、あまり褒められたものではないかもしれないね」
「だったら……!」
服を握りしめた彼女は、泣きそうに涙を溜めている。
櫻井さん、その続きは、口にしない方がいいと思うよ。
私にも、限度というものがあるから。
「譲れ、っていうの? あなたに?」
自分でもびっくりする程、低い声が出た。
彼女の喉が上下して……怯えられたとわかっていても、止められるわけがない。
「仕事中の私にしか強気に出られない卑怯者に、優吾くんは譲ってあげない」
「……あ……」
「こんなやり方で身を引かせようなんてそもそもが狡いのよ。私の立場上、彼を弱点にしようとでも思った? 彼が知ったら、自分を責めるに決まっているじゃない。私はね……自分だけは無傷でいられるように、土俵にあがることすらできないあなたを殊更に許せないの」
青ざめた彼女を見て、やりすぎた、とは思わなかった。
「……大人げないで言うとね。今、12時半」
「……え?」
「休憩時間なの。警察官も、お昼休みってあるんだよ?」
勤務時間中の休憩時間は職務に値する気がするし、ウィンドブレーカーの下には制服も着ているけれど、まぁ、そこはいいでしょう。
ーー彼女は理解したんだと思う。
先日は、彼女の不遜な態度をじっと受け止め、言い分を聞くだけだった私が、どうして今になって強気になったのか。
そもそも私は、職務中でさえなければ、言われっぱなしで引き下がれるほど気の弱い人間ではない。
これまで、近所のお姉さんとして、大半のものは譲歩してきた私が、恋敵には容赦なく牙を向ける姿を、想像しなかったのだろう。
「……詐欺師みたい……」
はは、と。
乾いた笑いをする彼女は、ぎゅうっとバックの紐を握りしめる。
ごめんね。櫻井葵乃ちゃん。
もっと他に、言い方も手段もあったと思う。
でもね
「期待していた反応と、違った?」
本当の私のままでも、優吾くんは私を好きでいてくれるから。
私があなたに引け目を見せたら、私を好きでいてくれる優吾くんを貶めることになる。
だから、引き下がれないことを取り繕ったりしないんだ。
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