婚約継続中なのに逃亡?元悪役令嬢、勘違いで癒しカフェ開店中

しずく葉

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35. 侍女の恋と、気づきの予感

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──セレノア王城・西棟の談話室。

昼下がりの穏やかな日差しが、窓から差し込む。磨き上げられた銀のティーセットの縁を照らし、きらりと反射する光が、紅茶の琥珀色をさらに際立たせた。

「それで? どうだったの? その後のデートは!」

高揚した声で身を乗り出したのは、柔らかく巻かれたブロンドを揺らす一人の令嬢。弟王子ユリウスの婚約者にして、公爵令嬢でもある気さくな女性だった。

向かいに座るのは、彼女に仕える侍女・ティナ。小柄で控えめなその少女は、頬を赤らめながらカップをそっと置いた。

「お嬢様……その……。お付き合いすることになりました」

「まぁっ! 本当に!?」

カップを置く手が止まり、令嬢の瞳がぱぁっと輝く。

「ふふ、でも……そんな大事なあなたを任せて大丈夫なのか、見極めなくっちゃね!」

「えっ!? そ、そんな……!」

ティナが慌てて首を振るが、令嬢はそのまま立ち上がる。

「よし、殿下にその方の人となりを聞きに行くわよ!」

「お嬢様~~!」

 

──王城・政務棟・弟王子執務室前。

「ユリウス様っ! 少し、お時間をくださいまし!」

突然開いた扉に、ユリウスは思わずペンを止めた。

「また急に……なんだい?」

「うちのティナが、お付き合いすることになりまして! そのお相手の文官殿が、果たして彼女を任せて大丈夫な方なのか、見極めたいんですの!」

ティナは真っ赤になって後ろで縮こまっている。

ユリウスは少し呆れたように笑うと、「ちょうど彼を呼んであるところだよ」と、扉の方に目をやった。


「失礼します。文官のエド・リィエル、参上しました」

まっすぐに頭を下げる若い男。緊張の面持ちだが、礼節正しい振る舞いが印象的だった。

彼を見るなり、令嬢は真剣な眼差しを向けて言った。

「まず聞くけれど──どうして、うちのティナを好きになったの?」

エドは一瞬きょとんとしたが、すぐに口を開く。

「……最初は、お掃除の時間に道具の使い方を教えてもらって。そのとき、すごく丁寧に教えてくださって。何度もありがとうございますって笑うんです」

言葉に詰まりながらも、どこか柔らかく語る様子に、ティナはさらに顔を赤らめた。

「……それから気がついたら、気になるようになっていて……」

「ふうん。誠実そうね。じゃあ、家族構成は?」

「父と母、それに兄が二人と……末の妹が一人、おります」

「兄が二人……ということは、あなたは三男?」

「はい。ですので、家を継ぐこともできませんし……自立の道を探して王宮の文官職を選びました」

「なるほど。王宮で働けば、身分に関係なく昇進の道も開かれている。……ご両親も納得の上?」

「もちろんです。兄たちは家業を継ぎ、妹は嫁ぎ先を探しているところですから。私は、私にできる道を探すだけです」

その真面目な受け答えに、令嬢は感心したように頷いた。

「そういう考え方、嫌いじゃないわ。うちのティナ、しっかり守ってくれる?」

「もちろんです! 絶対に……幸せにします!」

「なら許すわ!」

ティナが「お嬢様~!」と涙目になって小さく悲鳴を上げた。


──その後。

場の空気が落ち着いたころ、ふと令嬢がエドを見て不思議そうに首を傾げた。

「……あなた、さっきから私のこと、じっと見てない?」

「えっ、あっ、いえっ、ちがっ、失礼しました!」

エドは真っ赤になって頭を下げた。

「なんか失礼なことでも……?」

「い、いえ、その……先日、とあるカフェでお世話になった店主の方と……なんだか、雰囲気が似ているなと……思いまして……」

「店主?」とユリウスが反応する。

「はい。この前、ふらっと入ったカフェの店主なんですが……。落ち着いた雰囲気とか、言葉遣い、振る舞いが……あの、ただの店主とは思えないというか」

「……そこは、どこにあるカフェだ?」

「ルミエール地方の、森のそばの村に……あまり目立たない、でも雰囲気のある小さなお店で……」

「なるほど」とユリウスが頷きつつ、少し声を低めて問う。

「その“ただの店主じゃないように見える”というのは、具体的にどういうことか説明できるか?」

「……えっと……普通なら出てこないような言葉を、自然に使うんです。品があるというか……教養が滲み出てるというか」

「教養……なるほど。育ちの良さ、というのは隠しようがないからな」

ユリウスの瞳がふっと細くなる。

「店の内装や紅茶の銘柄、もしかして使用している食器なんかにも特徴はあったか?」

「……はい。木製のプレートや手彫りのカトラリーが使われていて、紅茶も普通のものじゃなかったです。香りが繊細で……たぶん、専門家でも見分けられないような種類を」

「なるほど……」

ユリウスはさらにひとつ問いを重ねた。

「……その店主、年の頃は? 容姿はどのような?」

エドは少し考えてから答える。

「おそらく……僕たちとそう変わらない年齢かと。髪は淡い金色で、長くて……丁寧に結われていました。瞳は澄んだ青。なんというか……上品というより、気品があるって言うんでしょうか……」

レオニールの眉がわずかに動く。

「そうか。話し方は?」

「言葉遣いは丁寧で、でもどこか控えめで……あ、あと、笑い方がすごく穏やかで……」

その瞬間、ユリウスの中でいくつかの点が結びついたようだった。

「……ふむ」

彼は意味ありげに小さく頷くと、それ以上は何も言わず、静かに話題を切った。

その視線の奥に、何かを確かめるような光が宿っていた。


* * *

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