幸せをもたらしてくれた貴方

Ruhuna

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(「今の私には味方がいる」)


ストンと、そう思えた
今までは仮にも王太子であるアーロンに苦言を呈する者はいなかった
公爵である父が何度か遠回しに諌めてはくれていたがそのたびに癇癪を起こし、リオノーラを怒鳴りつけている姿を見て何も言えなくなってしまったのだ


少し曲がっていた背筋をシャキッと伸ばす
真っ直ぐとアーロンを見据えた


「な、なんだ」


アーロンは普段は自分に怯えて順従なリオノーラのその反抗的な目に一瞬たじろいだ



「婚約破棄、謹んでお受けいたします」






「………は?」



凛としたリオノーラのその姿にアーロンは手を丸くする
アーロンはてっきりリオノーラが泣いて赦しを得るものばかりだと確信していたからだった
彼女は自分のおかげで王妃という立場になれる存在だからだ
だから俺の自由にしてもいい。そう思っていたのだろう


「な、なんて…」


「婚約破棄。了承いたしました。つきましては、陛下と我が父にも詳細は伝えておかねばなりませんね。ローリ。お父様へ連絡を。侍従長いい加減に出てきなさい。成り行きを見ていたなら今すぐに陛下にこのことを伝えてくるのです」


リオノーラは矢継ぎ早に指示を出した
こういうことはすぐに取り掛からないとアーロンの性格上、やっぱりなしだ!と言いかねないからだ


(「なんだか、すごく心が軽いわ」)


なぜだか、ウキウキとしている自分に驚きつつも居心地の良いその気持ちは嫌ではなかった
にっこりと笑いながらセザールの方を振り向く

未だに支えてくれている腕にそっと体重をかけた


「スッキリしたか?」

「はい。ありがとうございます」

「それならよかった。少しでもリオノーラの役に立てたなら嬉しい限りだ」

「な、なまえ…」

「ん?だめか?」

「いえ、その、なんだか恥ずかしくて…」


十数年生きてきたリオノーラは男性への免疫は皆無だった
だからこそ素敵だと思っている男性に名前を敬称なしで言われることに恥ずかしさがあった
アーロンからは名前で呼ばれていたが、嫌悪感しかなかった
それなのにセザールに呼ばれると心がむずむずした


「お、おい!!待ってくれリオノーラ、なんで婚約破棄なんて…」

「??殿下がそう仰ったではないですか」


何を言ってるんですか?キョトンとしているリオノーラの顔とは対極にアーロンの顔はどんどんと強張っていった


「お前は王妃になりたいんだろ…?

「いいえ」

「え、あっ」

「そもそも私と殿下の婚約は王命による政略婚約です。」

「せい、りゃく…?」

ガクッと腰を落としたアーロンの顔はダラダラと汗をかいて目はキョロキョロしていた


「お前は、私が好きだったから婚約したんじゃないのか…?」

「そんなことはありません。」

きっぱりと告げるリオノーラの言葉に呆然とするアーロンと、その場面を見てセザールは小さく吹き出して大きな声で笑い出した



「王子の、勝手な独りよがりだったのか!ははっ、笑いが止まらない」


あー、面白いものをみた。とニヤニヤ笑いだすセザールにリオノーラは苦笑した


「誤解のないようにお伝えします。私は、アーロン殿下に対する私情は一切ありません。婚約破棄となって嬉しい気持ちで溢れかえっております」



「う、うそだ」


「嘘ではありません。…そこにいらっしゃるルーシー嬢と仲良くされれば良いのでは?」


蚊帳の外になっていたルーシーにリオノーラはチラリと視線を向けた
リオノーラの試験を受けたルーシーはギョッとして体を強張らせた


「ほ、ほほほ。えーと、私はお邪魔のようなので失礼致しますわ」

そう言いながら、完成度の低いカーテシーを披露したルーシーはそそくさとその場を後にした


ルーシーの背中を見ながらリオノーラは心の中でため息をついた




ルーシー・ランテーリ


リオノーラよりも3つも年上の彼女は侯爵令嬢ではあったが未だに夫どころか婚約者すらいない
それは彼女の生い立ちのせいもあった

ランテーリ侯爵がメイドに手を出して生まれたルーシーを貴族たちは敬遠していたのだ


まともな貴族に嫁げないと分かった彼女はその豊満な体を使ってアーロンの懐に収まった


だがそれはリオノーラを退けて王妃になりたい。などという大それたものではなく、行く行くは公妾となって何不自由ない贅沢な暮らしをしたかったからだった


(「公妾というものを甘く見過ぎよ」)

リオノーラは去っていくルーシーを哀れな目で見た
王を癒すだけでは公妾は務まらない
王の寵愛があれど、陰謀渦巻く王宮で位置を確立するためにはそれ相応の腕と頭がないとやっていけないのだ


現に今の公妾の方々はなかなかの曲者でリオノーラも何度も頭を悩ませてきた
だが味方になればなんとも心強い人たちだ


その経験があったからこそルーシーが公妾になることは不可能だとリオノーラは心の中で思った


「……では、私はこれにて失礼しますわ。婚約破棄の手続きもありますから」


行きましょう。とセザールへと声をかける

未だにニヤニヤしていたセザールはリオノーラの腕を取り華麗にエスコートする
項垂れているアーロンをチラリと見たがなんの感情も湧いてこなかった

くるりとドレスを翻して王宮の方へと足を進めた

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