三十路の私に年下夫が出来ました

Ruhuna

文字の大きさ
1 / 11

1

しおりを挟む



「今日も美しくて可愛いね、私のエミリエンヌ」

「……ありがとうございます」

「ラバール侯爵夫妻は本当に仲が良くて羨ましいですわ」
「本当に。ご夫婦とも美男美女で目の保養ですわ」

アルカイクスマイルで並ぶ貴婦人たちの言葉に同じようにアルカイクスマイルで返す
表情とは裏腹に心の中で大きくため息が漏れる

私が一生踏み入れるはずがないと思っていたこの世界
上流階級の人々が集う息が詰まるこの煌びやかな世界には慣れない


なぜ、こうなってしまったのか。私は原因となったあの日の出来事に思いを馳せた


ーー




王都から馬車で1週間を要する田舎の地方貴族、シェロン男爵家
その男爵家の夫人として、夫のマシューと娘ジョアンナの3人家族で暮らしていた私の名前はエミリエンヌ・シェロン
元々は地方の貧乏男爵令嬢と生まれて、15歳の時に15歳も年上のマシューと入籍してその1年後に娘を出産している
現在15歳になる娘のジョアンナは王都にある学園で切磋琢磨しているところだろう
1年前に進学した彼女から近況を知らす手紙が突然届かなくなったが、この頃の年頃は親よりも友達が優先されるから仕方のないことだと諦めていた
そんな娘に少し呆れながらも私は夫のいない屋敷で暮らしている

「奥様。王都からお客様がいらっしゃっています」


地方の弱小貴族である男爵家は必要最低限の使用人で回している
家令である彼は普段からの冷静沈着さはなく焦りの表情を浮かべていた

「誰かしら?とりあえず応接間にお通しして」

王都に知り合いなどいない私は首を傾げつつも、失礼の無いようにと身だしなみを整えてお客様のところへと向かった





ーー



「ジョアンナ・シェロン嬢は王太子の婚約者マリーズ・マリユス公女への殺害未遂により現在、王宮の地下牢に収容されています」


「……えっ?」


空いた口が塞がらない。その言葉が当てはまるほどに私は驚きが隠せなかった
視線を自分の膝の上で握りしめた手に落とす
そしてチラリと目の前に座る王都からのお客様ーー王国騎士団、騎士団長アルフレッド・ラバール侯爵閣下が無表情で座っていた

こんな田舎でも騎士団長のラバール侯爵閣下は有名だ
眉目秀麗。文武両道。
現国王陛下の甥にあたる彼は25歳の男盛りではあるものの、未だ婚約者もおらずその席を狙って年頃の令嬢たちは火花を散らしている。と言うまるで小説のような噂話を耳にしたことがあった

その噂を聞いた時はジョアンナがそんな素敵なお婿さんを連れて帰ってきてくれることを願ったのは良い思い出だ


「貴族は保釈金を払えば釈放は可能です。ですが…今回はかなり悪質で、そして相手が悪かった。残念ながら令嬢は修道院行きか国外追放のどちらかになるかと思います」

淡々と業務的に話す閣下に呆然としてしまう


「お待ち下さい、ジョアンナは一体何をしたのですか?!」

私は一抹の望みを欠けて彼に問いかける
メイドが準備した我が家では高級な紅茶を一口飲んだ後に彼は静かに口元を開いた





ーー




「嘘です、ジョアンナがそんなことをするはずがありません!!」
「信じられない気持ちはわかります。ですが事実です」

彼の口から語られた娘の所業は悲惨なものだった
ジョアンナが通う学園は、王国の貴族子女は必ず入学して卒業しなければならない場所だ
なので学園は小さな社交の場となっている
身分制度が厳しい我が国では学園生活においても高位貴族と下位貴族が接することは少ない
それにジョアンナの学年は王太子殿下がいらっしゃる為、特にそう言った部分には厳しくなっているはずだ


「ジョアンナは男爵家の娘です。そんな娘が王族に近づけるはずはありません!」

声を荒げながら娘の行いを否定する私を嘲笑うかのように目の前にいる彼は大きなため息をついた


「もう一度、間違えのないようにお話しします。ジョアンナ嬢は入学早々高位貴族のみが集う朝礼の場に現れ、王太子殿下に近づいただけではなく、その御身に触れようとしたのです。咄嗟に婚約者であられるマリーズ公女が庇ったので大事には至りませんでしたが、下位貴族の者が無断で殿下に触れるなど言語道断です。それだけでは飽き足らず、殿下や公女の周りを小蠅のように飛び回り、公女には「殿下と別れろ」「このブスが」などと暴言を吐いた上に最後は階段から突き落とそうとしたのです。いくら15歳の若き乙女といえどこれほどまでに悪質なのは厄介です。公女は幸いにも命に別状ありませんが、左足を骨折なさる大怪我をされています。王太子殿下と公爵閣下は大変お怒りです。未来の王太子妃、ひいては王妃を害したのです。保釈金は認めず、このまま処罰を受けることとなりました」


「……………」


どこで息をしているの?と言うほどに反論の余地を与えることなく事実を述べられ、私は何も言えなくなった
黙り込む私をじっと彼が見つめてくる

私が知るジョアンナは恥ずかしがり屋で、見た目に反して外を駆け回るのが大好きな子だった
王都に行くのだって楽しみにしていた
それなのに…それなのに…


「実の娘が起こしたことに心中お察しいたしますが、実は令嬢とは別にシェロン男爵についてもお話しすることがあります」


頭上から聞こえたその声にノロノロと顔を上げる
先ほどと変わらず無表情な彼は私が顔を上げるのを確認すると口を開いた


「男爵殿は何処に?」

「わかりません。家にはあまり帰ってこないので」

どこにいるかもわかりません。と話すと少し彼の目が見開く
家に帰ってくることがない。それはつまり外に愛人がいると暗に示しているからだ

「…男爵殿も王都にいます」

「夫も…?」

「はい。男爵殿は王都でブルジョワの女性に対して恐喝、強姦未遂で逮捕されております」

「………は?」

あまりの衝撃に淑女らしかぬ声が漏れる
慌てて扇子を開き口元を隠した

「昨年から法が見直され女性に対する保護が手厚くなりました」


そう話し出す彼の話を聞くと、昨年王女が誘拐(無事発見)されたのを機に貴族、平民問わず女性に対する暴言、暴行、強姦を行うと厳しく処罰されるように法改正をマリーズ公女が掛け合ったそうだ
そういった法改正はありがたいが、それが自分の身内で問題が起きると別問題
どうやら夫はそんな法があるとも知らず、女性に手を出してしまったようだ
先程から始まっていた頭痛がどんどんとひどくなる
こめかみを指で圧迫しながらも私は倒れないように自分を必死に奮い立たせた


「ラバール侯爵閣下。私はどうすれば良いのでしょうか」


無意識に零れ落ちた言葉が静まり返った部屋の中で反響する

「男爵殿も令嬢も釈放はできませんが、話すことはできます。一度王都に来られては?」

その日の夜、私はすぐに支度を済ませ、次の日の早朝にラバール侯爵閣下と王都へと向かうために旅立った




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

義兄のために私ができること

しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。 しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。 入り婿である義兄はどこまで知っている? 姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。 伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

公爵令嬢ジュスティーヌ・アフレは美しいモノが好き

喜楽直人
恋愛
学園の卒業式後に開かれたパーティーの席で、王太子が婚約者である公爵令嬢の名前を呼ぶ。 その腕に可憐な子爵令嬢を抱き寄せて。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

【完結】それは何かの勘違い~恋愛物語短編集~

かのん
恋愛
【それは何かの勘違い】   地味な令嬢は、可愛さよりも勉強、可愛さよりも本、可愛さよりも真面目さを優先して励んできた。 だが、たまたま王大使殿下と廊下でぶつかり、たまたま毎日のように本を貸し借りし、たまたま一緒に勉強をするようになった。  これは、勘違いは絶対にしないと心に砦を作る令嬢と、勘違い故に恋に落ちた王大使殿下の物語。  そのほかにも短編をいくつか挙げていきたいと思います。

処理中です...