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30「Unintentionally《つい》」
しおりを挟む……さすがに気まずいぞ……これは……。
今日はタカオくんがいる訳でもない。もしかしたら喜多が顔を出すかも知れないが、あいつが来たら余計にややこしい事になる気しかしない。
昼ピークの最中は良かった。それぞれお互いに手を動かして体を動かして、ロクに会話する時間も取れやしないからな。
時間は十四時半。
平日と違ってパッタリ客足が途切れる時間帯ってのはあまりないが、それにしたって落ち着いたのんびりした時間帯。
時折り視線が絡むと、二人して頬を赤らめ俯いて作業に戻る、を何度か繰り返した。
このままでは何かマズいことになる気がする……
だいたい私みたいなものに恋愛など出来るはずがない。ちゃんと考えるべきだ。
凛子ちゃんは『返事下さい』とは言ったが、付き合ってくれと言われた訳ではない。ない……よな?
記憶を遡ってみても確かに言われてはいない。
が、『真剣に好きだ』というのは暗にそういう意味があると捉えるべきなのか……?
う…………ぅぅ、私は凛子ちゃんに何を言うべきなのだ……それどころか何か言うべきなのか……全く分からん……
からんころんとドアベルが鳴り、ドアが開かれ明るい声が店内に響く。
「「いらっしゃいましたこんにちは~!」」
この声は――!
「カオル先輩じゃないっすか!」
「やっほー凛子、会うのは久しぶりだね~」
助かった! 良いのか悪いのかさっぱり分からないが、兎にも角にもこれで空気が変わるぞ!
「ほら、野々も。ママの友達の凛子」
「こんにちは、杭全 野々花です。母がいつもお世話になってます」
ぺこりとお辞儀とともにそう言った野々花さん。偉い。
「聞いてるぜ、パン屋さん体験してるらしいな。オレは冨樫 凛子、よろしくな!」
素の方の凛子ちゃんの口振りに少し驚いた顔の野々花さんだったが、カオルさんに目をやると二人で微笑んだ。
「ね、言ったでしょ? 綺麗だけどちょっと変わったお姉ちゃんだって」
「あ、酷いっすよカオル先輩! オレちっとも変じゃねぇっす!」
女三つで姦しいなんて言うが、全然そんなことない。微笑ましい、で良いんじゃないか?
「日曜にどうしたんです? 珍しいですね」
そこに割って入るおじさん。微妙かなと思ったが無事受け入れられた。
「営業中にすみません、野々花が店長にどうしても言いたい事があるって言うもんだから」
「え、なんだろ? ちょっと怖いな」
初対面の時にはわりときつめに睨まれていたしな。
もう体験パン屋さん辞めます、とかそういう感じじゃなさそうだが……
「あ、あの、昨日のバゲットとっても美味しかったです! そ、それで、わたしも手捏ねしてみたいんです、教えて貰えませんか!?」
お……、おぅ、これはダメだ。
パシッと目元を手で押さえて少し上を仰ぎ見る。
パン屋……いや、ただのパン焼き人として、これは本当に嬉しい。私が手ずから捏ねたパンを食べ、そしてパンを捏ねたいと言ってくれる。
パン焼き人冥利に尽きる……!
「う――うん、もちろん良いよ。火曜からは手捏ねパンもやってみようか」
「ママやった! 教えてくれるって! ありがとうございます!」
そんなに喜んでくれるなんてこれまた嬉しいぞ。
「良かったね野々花。ゲンゾウさん、ありがとうございます。無理言ってすみません」
「いやいや、ちっとも無理じゃありません。僕で良ければ構いませんよ」
何もなかったように返事したが、い――いま、カオルさんが私の事を……ゲンゾウさんって……?
あ――っ、なんて小さく声を上げたカオルさ――がはっ!
照れて頬を染めておられる……可愛い過ぎる……
おまけにペロっと舌を出し、さらに私の心を波立たせて言った。
「オフだからつい、ごめんなさい店長」
「いやいやいやいや! 全然! これからもゲンゾウで良いくらいです!」
なんだかわちゃわちゃしたが、ドアベルが来客を知らせるとともに、杭全親子は甘いパンを二つ買って店を離れた。
二人で公園で食べるんだそうだ。
色々あったが、なんか良い日だった。
カオルさんが口にした私の名、『ゲンゾウさん』を心で何度も反芻しながらパンを焼いては仕込みを進め、ほわほわした暖かいキモチの私。
そんな私へ帰り掛けの凛子ちゃんが言った。
「店長ってそうだったんすね。応援するっす。けど、オレも本気っすから」
そう……とは?
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