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終「Earlier《さっきの》」
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前話で完結だったんですけど、どうにも座りが悪かったんでもう1話。
前話のあとのこのお話しで本編完結です。
~~~~~~~~~~~~~~
その後の喜多は絶好調だった。
口から出まかせのカバーストーリーがやけに説得力を持っていた。
お披露目会も終わり、何か話があるらしいと空気を読んでくれた凛子ちゃんとタカオくんが帰ったあと、喜多はあの晩の事を語り始めたんだ。
うめぇうめぇと叫びつつ、相棒の新作パンを頬張りながらこの間の裏側を開示してみせた。
「え、ゲンちゃんから何にも聞いてねぇの?」
縦型ミキサーに呼ばれて厨房に居た私を喜多がちらりと睨むが、顔の前に片手を立てて、すまん頼むと念を送った。
溜め息ひとつと共に、しょうがねーなー、なんて呟きあっさり言った。
「こう言っちゃ二人には悪いんだけどよ、カオルちゃんの元旦那、美横 熊一はクソみたいな奴だったんだよ」
喜多の言葉にカオルさんと野々花さんは頷き合った。充分に分かってた、って表情だ。
「その……それは知ってたし、相当悪いこともしてそうだとも思ってたの」
野々花さんの頭を抱きながら、過呼吸になるでもなく落ち着いた声音で言ったカオルさん。まだ少し頬を赤らめてるのは、私がついさっきうっかり口走った内容のせいらしい。
「どんな悪事に手を染めてたか、どうしてあの晩ここに現れたか、悪いがそれだけは立場上説明できねぇんだ」
上手い。さすが喜多だ。
どうあっても説明できないところをなんだかよく分からない立場のせいにして誤魔化したぞ。
「でも……どうして喜多さんがそれを?」
「どうしてってそりゃ、不動産屋は俺の表の顔、裏の顔がもうひとつあるからさ」
お――おい喜多、それも言っちゃなんねえやつじゃねえのか――!
「俺こと喜多 栄一の裏の顔。それは――!」
ば、ばか止めろ。止せ――!
「探偵なんだ!」
ばばーん! とさらに口で言い、くるりと自分で自分を抱くように腕を回して謎のポーズ。
「喜多お兄さんカッコ良い!」
「だっろー野々! よく分かってるじゃねえか!」
い、良いのか? そんな雑なカバーストーリーで……
「今回俺が受けてた依頼のホシがたまたまカオルちゃんの元旦那だったんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
……カオルさんもそれ信じちゃうんだな。
よし、喜多、好きにぶちまけてくれ。あとは任す。
「依頼元は隣県の県警。と言っても俺が懇意にしてる警部からの個人的な依頼だ」
……ぶったなぁ喜多。
「もちろん名は明かせねえぞ? 非合法な依頼だ、あちらさんにも迷惑が掛っちまうからな」
ほぅ、だとか、なるほど、だとか、カオルさんや野々花さん、さらには私からさえも吐息が溢れる。
「こっちの県警に協力を仰ぐことも当然できただろうが、それぞれ県警にもメンツってもんがある。そこでお鉢が回って来たのがウチって訳さ」
嘘だと分かってる私でさえも信じてしまう説得力がある。まさに立て板に水。
先日のこともある、また私はコイツに騙されていたのじゃないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。
もしかして私は……ハナから殺し屋なんてしていなかったんでは……いやそんな筈はない。
実際に何人も仕留めたじゃないか。
「そんでまぁ、俺一人じゃ心許ないんでよ、ころ――ンンッ、ゲホっ、げふん、ごほっ、うほうほっ――ワリぃ、咽せちまった。パン屋のクセに何故か腕っぷし自慢のゲンちゃんに協力して貰ったって訳よ」
ころ――じゃねえぞ喜多。一番大事なとこでうっかりしてくれるなよ本当に。
「そうだったんだ――!」
野々花さんは喜多へ、カオルさんは私へ、キラキラと輝く瞳を向けて感心していた。ほとんど嘘だがそう悪い気はしない。
「あの夜、カオルちゃんがアイツ引っ叩いた後にしかるべき所に連れてった。もうアイツに怯える必要はねぇ。だから安心してさ、新しい恋でも探しなよ。な、野々?」
ん? なんだ? それカオルさんじゃなく野々花さんに言ってたのか?
「うん! わたし達は千地球でお茶でもしてよ!」
ん? 野々花さん? 喜多をデートに誘ったのか?
「じゃ、そういうこったから。仕込みも大事だろうが、楽しいと思える事しろよ、ゲンゾウ」
「ママもね!」
二人はニヤニヤ笑いながら、からんころんとドアベル鳴らして出て行った――――あ、なるほど、そういう事か。
…………しかし、そんな唐突に……た、楽しいと思える事ってったって……
「てんちょ――ゲ、ゲンゾウさん」
「は――はいっ!」
「ゲンゾウさんの楽しいと思える事、ってなんですか?」
「そう、ですね。カ、カオルさんと、ロケットベーカリーで働くの、なんて、とても楽しいな、と常日頃……」
辿々しく言う私に、『にへら』を再びくれたカオルさん。
「あたしもです。だから、ずっとロケットベーカリーで働かせて下さいね」
「も、もちろんです!」
へへへ、と満足そうに微笑むカオルさん。可愛い。
「それと、さっきの続き、って無いんですか?」
さっきの……?
ぼふんっ、と私の顔が赤らむ。
さっきの、『可愛い、心から好きだ』の続き――
「あ――あります! き、聞いてくれますか?」
「はいっ! 聞かせてください!」
ここから先は内緒だ。
二人だけの秘密、ってやつだな。
でも一つだけ。
縦型ミキサーがぺたこらぺたこら騒音を立てる中、カオルさんが私の言葉に最高の『にへら』と共に頷いてくれた、ってことだけは教えといてやろうかな。
前話のあとのこのお話しで本編完結です。
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その後の喜多は絶好調だった。
口から出まかせのカバーストーリーがやけに説得力を持っていた。
お披露目会も終わり、何か話があるらしいと空気を読んでくれた凛子ちゃんとタカオくんが帰ったあと、喜多はあの晩の事を語り始めたんだ。
うめぇうめぇと叫びつつ、相棒の新作パンを頬張りながらこの間の裏側を開示してみせた。
「え、ゲンちゃんから何にも聞いてねぇの?」
縦型ミキサーに呼ばれて厨房に居た私を喜多がちらりと睨むが、顔の前に片手を立てて、すまん頼むと念を送った。
溜め息ひとつと共に、しょうがねーなー、なんて呟きあっさり言った。
「こう言っちゃ二人には悪いんだけどよ、カオルちゃんの元旦那、美横 熊一はクソみたいな奴だったんだよ」
喜多の言葉にカオルさんと野々花さんは頷き合った。充分に分かってた、って表情だ。
「その……それは知ってたし、相当悪いこともしてそうだとも思ってたの」
野々花さんの頭を抱きながら、過呼吸になるでもなく落ち着いた声音で言ったカオルさん。まだ少し頬を赤らめてるのは、私がついさっきうっかり口走った内容のせいらしい。
「どんな悪事に手を染めてたか、どうしてあの晩ここに現れたか、悪いがそれだけは立場上説明できねぇんだ」
上手い。さすが喜多だ。
どうあっても説明できないところをなんだかよく分からない立場のせいにして誤魔化したぞ。
「でも……どうして喜多さんがそれを?」
「どうしてってそりゃ、不動産屋は俺の表の顔、裏の顔がもうひとつあるからさ」
お――おい喜多、それも言っちゃなんねえやつじゃねえのか――!
「俺こと喜多 栄一の裏の顔。それは――!」
ば、ばか止めろ。止せ――!
「探偵なんだ!」
ばばーん! とさらに口で言い、くるりと自分で自分を抱くように腕を回して謎のポーズ。
「喜多お兄さんカッコ良い!」
「だっろー野々! よく分かってるじゃねえか!」
い、良いのか? そんな雑なカバーストーリーで……
「今回俺が受けてた依頼のホシがたまたまカオルちゃんの元旦那だったんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
……カオルさんもそれ信じちゃうんだな。
よし、喜多、好きにぶちまけてくれ。あとは任す。
「依頼元は隣県の県警。と言っても俺が懇意にしてる警部からの個人的な依頼だ」
……ぶったなぁ喜多。
「もちろん名は明かせねえぞ? 非合法な依頼だ、あちらさんにも迷惑が掛っちまうからな」
ほぅ、だとか、なるほど、だとか、カオルさんや野々花さん、さらには私からさえも吐息が溢れる。
「こっちの県警に協力を仰ぐことも当然できただろうが、それぞれ県警にもメンツってもんがある。そこでお鉢が回って来たのがウチって訳さ」
嘘だと分かってる私でさえも信じてしまう説得力がある。まさに立て板に水。
先日のこともある、また私はコイツに騙されていたのじゃないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。
もしかして私は……ハナから殺し屋なんてしていなかったんでは……いやそんな筈はない。
実際に何人も仕留めたじゃないか。
「そんでまぁ、俺一人じゃ心許ないんでよ、ころ――ンンッ、ゲホっ、げふん、ごほっ、うほうほっ――ワリぃ、咽せちまった。パン屋のクセに何故か腕っぷし自慢のゲンちゃんに協力して貰ったって訳よ」
ころ――じゃねえぞ喜多。一番大事なとこでうっかりしてくれるなよ本当に。
「そうだったんだ――!」
野々花さんは喜多へ、カオルさんは私へ、キラキラと輝く瞳を向けて感心していた。ほとんど嘘だがそう悪い気はしない。
「あの夜、カオルちゃんがアイツ引っ叩いた後にしかるべき所に連れてった。もうアイツに怯える必要はねぇ。だから安心してさ、新しい恋でも探しなよ。な、野々?」
ん? なんだ? それカオルさんじゃなく野々花さんに言ってたのか?
「うん! わたし達は千地球でお茶でもしてよ!」
ん? 野々花さん? 喜多をデートに誘ったのか?
「じゃ、そういうこったから。仕込みも大事だろうが、楽しいと思える事しろよ、ゲンゾウ」
「ママもね!」
二人はニヤニヤ笑いながら、からんころんとドアベル鳴らして出て行った――――あ、なるほど、そういう事か。
…………しかし、そんな唐突に……た、楽しいと思える事ってったって……
「てんちょ――ゲ、ゲンゾウさん」
「は――はいっ!」
「ゲンゾウさんの楽しいと思える事、ってなんですか?」
「そう、ですね。カ、カオルさんと、ロケットベーカリーで働くの、なんて、とても楽しいな、と常日頃……」
辿々しく言う私に、『にへら』を再びくれたカオルさん。
「あたしもです。だから、ずっとロケットベーカリーで働かせて下さいね」
「も、もちろんです!」
へへへ、と満足そうに微笑むカオルさん。可愛い。
「それと、さっきの続き、って無いんですか?」
さっきの……?
ぼふんっ、と私の顔が赤らむ。
さっきの、『可愛い、心から好きだ』の続き――
「あ――あります! き、聞いてくれますか?」
「はいっ! 聞かせてください!」
ここから先は内緒だ。
二人だけの秘密、ってやつだな。
でも一つだけ。
縦型ミキサーがぺたこらぺたこら騒音を立てる中、カオルさんが私の言葉に最高の『にへら』と共に頷いてくれた、ってことだけは教えといてやろうかな。
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