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89「ボルビックには入りません」
しおりを挟む「パンチョさんてタイタニア様に会ったことあるんすよね?」
「あ? ああ、あるぞ。七十年前と、つい先日と、二回だけだがな」
「ベッピンすか?」
相変わらず直球で聞きますねタロウは。
「ベッピンなんてもんじゃない。あれが美の極致だ」
僕もそう思います。
僕の母も美しい人でしたが、さらに美しいロップス殿のお母上ヤンテ様でさえ美の極致とまでは表現しません。
「髪の毛先から、靴の爪先までさえも美しい、そんな女性だ」
「この前言ってた六十年前うんぬん、って何だったんすか?」
少し沈黙のパンチョ兄ちゃん。
「いや何、なぜ六十年前に来なかったかと罵られてな……、しかし六十年前に伺ったとしてもタイタニア様はあの姿……我とどうこうなったとは……、いや、これ以上は止めておこう。詮無い話だ」
「なんだか煮え切らんすねー。まぁ良いっす。会うのが楽しみっす」
「ではな、タイタニア様によろしく伝えてくれ」
「はい。パンチョ兄ちゃんもお気をつけて」
「うむ、またファネル様の下で会おう」
出発です。
僕らは西へ、パンチョ兄ちゃんは北へ。
ここから歩いて数日でボルビックの町ですね。
二日ほどは草地、そこから木々も増えもう二、三日です。
「イギーさんは僕らを襲わないと言っていましたが、二ギーさん達の例もあります。充分に注意して進みましょうね」
僕の注意喚起も虚しく、全く何も起こりません。
いえ、チラホラと魔獣や普通の獣との遭遇はありましたが、有翼人絡みと思われる襲撃は無かったという意味です。
「何も起こらぬな」
そう言ったロップス殿は、相変わらず魔力操作の訓練は怠っていないようです。
「平和で何よりっすねー」
本当ですね。ずっとこうだったらもうとっくにファネル様の所へ着いてたんですけどね。
魔獣との遭遇くらいでは誰も動揺しなくなって頼もしいですが、少しみんなの気が緩んでいますね。
何事も起こらなければ良いんですが。
何事も起こりませんでした。
この旅で一番平和な行程ですね。
「見えて来ましたよ。あれがボルビックの町です」
「ちょっと物々しい感じの町っすね」
ボルビックは七十年前の戦いの際は激戦地でしたからね。町の周囲には木を組んで作られた囲いが張り巡らされ、物見櫓が数機立っています。
「エビアン村もああなら違ったかも知れませんね。ボルビックと違ってこの七十年の間に出来た村ですからしょうがないですけど」
突如、町の方からピーーッという甲高い笛の音が響き渡りました。
『何の音でござるか?』
「トラブルでしょうか? 急ぎましょう」
町の入り口へと急ぎます。
魔獣の襲来なら僕らも役に立てる事があると思います。
町の入り口に近付くと、屈強な若者達が手に手に武器を持って警戒していました。
「どうかされましたか!?」
「どうかされましたかではない! お前ら何者だ! なぜ魔獣を連れている!?」
一際大きな体の青年が槍を構えて大声で応えました。
え? 警戒されているのは僕らですか?
まぁ魔獣の襲撃でないのなら良かったです。
「失礼しました。僕はアンセム領ペリエ村のヴァンと申します。タイタニア様の下を目指す旅の途中なんです」
「何をしに向かう!?」
「父の言い付けでして。あ、父というのは五英雄の一人ブラムなんですが」
先に父の名前を出すべきでしたでしょうか。
「ブラム様の子供だとぉ? ……村長、どうだ?」
武器を持った若者たちの後ろから小さな体の老人と老婆が現れました。
明らかに怯えておられますね。
「……確かに以前にこちらに訪ねて参られたヴァン殿、ブラム様のお子で間違いない。しかしあの魔獣は……、のうチノ婆よ」
チノ婆と呼ばれたお婆さんが、曲がった腰を僅かに伸ばしこちらを見上げました。
「……ひぁぁぁ! か、『神の影』じゃ! みな早く逃げ、げ、げふ、ごほっ」
お婆さんの怯えは酷く、叫んだと共に咳込んでしまいました。
「タロウ、プックルとロボを連れて少し離れていて下さい」
「わ、わ分かったっす! ロボ、プックル、こっち来るっす!」
げほげほと咳き込むお婆さんの背を村長が撫で、落ち着くのを待って口を開きます。
「魔獣と言っても、あのマサンヨウは勇者ファネル様と長く暮らしていた魔獣です。狼の方は霊獣、どちらも悪しき者ではありません。心配はいりませんよ」
「し、しかし、白い狼はともかく、黒い山羊は七十年前にここを襲った連中の中に居たのとそっくりじゃ……」
僕だって魔獣の個体差までは見分けが付きませんからね。心配になるのも分かります。
「安心して下さい。あのマサンヨウはこちらに滞在されていたパンチョ様、勇者ファネルの一番弟子のパンチョ様から譲り受けたんです」
「なんと、あのパンチョ様か……」
青年と村長、それにお婆さんが顔を寄せ合って相談を始めました。
ボルビックではパンチョ兄ちゃんの名前を出すのが一番良かったようですね。
相談が済んだ様です。
「分かった。信じよう」
「ご理解頂けて良かったです」
「しかし、すまんが魔獣を町の中に入れるのは控えて頂きたい。このチノ婆の様に当時の事を覚えている老人も数人いるのです。ご理解頂きたい」
依然として体を震わせて怯えているお婆さんを見ると無理は言えません。
行く先々で大人気のプックルとロボですが、こればっかりはしょうがありませんね。
「分かりました。町を迂回して進みますのでご容赦願います。お騒がせして申し訳ありません」
タロウたちを呼び寄せ、状況を説明し、町の南側をやや大き目に迂回します。
「プックル、ロボ、気に病まないで下さいね。貴女たちが悪い訳ではありませんから」
『それがし平気でござるよ』
『プックルモ、平気』
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