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電車に乗って最寄り駅に帰るときも私たちは終始無言のままだった。殺し屋さんは浮かない顔で後方に流れていく窓の外の景色を見つめている。
私は撃たれた彼の右肩を見る。
なんとか応急処置で止血はしたものの、大丈夫なのだろうか。
そう思いながらちらちらと彼の顔を見るが、彼は一度もこちらに視線をよこさなかった。
慣れた夜道を歩き、いつものようにアパートに帰る。ポケットから鍵を取り出しながら、この行為も今日で最後になることに妙な感覚を覚えていた。
すっかり口数が減ってしまった殺し屋さんと机を挟んで向かい合う。
「……」
今日のことを楽しく語り合うような雰囲気でもない。居心地の悪い沈黙にたえかねて、お茶でも入れようと立ち上がろうとした私を引き止めるように、殺し屋さんが口を開いた。
「……あのとき、どうして僕を守ろうとしたの?」
動きを止め、彼の顔を見る。そう言う殺し屋さんはとても真面目な顔をしていた。
「襲撃されてトイレに逃げ込んだとき、君は僕の不意をついて逃げることが出来たはずだ。逆に、銃で僕を殺すことも。僕を見捨てて刺客に殺させることだって出来た」
そこまで言って彼は眉をひそめた。
「どうしてそうしなかったの?」
そう言われて初めて(確かにそんな方法があったな)と思った。そのときはとにかく殺し屋さんを助けることで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕などなかったのだ。
「殺し屋さんには、何度も助けてもらいましたから。あそこであなたを見捨てることなんてとても出来ませんでした」
そう言う私を責めるように彼が口を開く。
「でも、僕が死ななかったら君は死ぬんだよ?それに、言ったはずだ。君を助けたのは、僕が自分の任務を遂行するためだ。それ以外の理由なんてない」
「分かっています」と私は頷く。そう言ってから微笑んだ。
「私、わがままに付き合ってくれたり仕事に対して真面目だったり、殺し屋さんのそういうところがとても好きなんです。だから、あなたに死んでほしくなかった」
そう言う私を顔をしかめたまま殺し屋さんが聞いていた。
私は座ったまま殺し屋さんに近づいた。そして難しい顔をしている彼に笑いかける。
「殺し屋さん。隣に来てくれませんか」
彼は私をちらりと見て頷いた。ソファに寄りかかり、二人で並ぶ。
電源のついていないテレビに映る私たちは本当に恋人同士のようだった。
時計をちらりと見る。日が変わるまでそんなに長い時間は残っていなかった。
私は殺し屋さんの顔を見る。そしていまだ眉間にしわを寄せている彼に優しく話しかけた。
「殺し屋さん。私の分までこれからの毎日を楽しんで生きてくださいね。確かに、私たち一般人のように完全な息抜きは出来ないかもしれないけれど、ずっと自分を殺していたらいつか壊れてしまいますから」
殺し屋さんが目を見開いて私を見た。
死ぬ間際になってやっと気づいた。今までなおざりに過ごしていた面白みのない毎日が、どれほどかけがえのない奇跡のようなものだったかということを。殺し屋さんと過ごした最後の一日が、それを私に気づかせてくれた。
「殺し屋さん、本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げた。彼は黙って私のことを見つめていた。
殺し屋さんはずっと私の隣に寄り添ってくれていた。彼が背中に回した手には、もしかしたら銃が握られているのかもしれない。だけど、今の私には全く怖くなかった。
彼に触れたところから温かみが伝わってくる。それが心地よくて私は思わず笑みをこぼした。
(殺し屋さんの隣にいると、安心するな……)
なんだろう、今朝は死んでもいいと思っていたのに、今はすごく悲しい。
ずっと彼とこうしていたい。明日も明後日も、ずっと。
……死にたくない。
瞳からこぼれだした涙を殺し屋さんが優しく指で拭った。
私は彼の肩に寄りかかった。彼が私の肩に手を回し、優しく抱き寄せる。
他人から見たら、寄り添う私たちは本当の恋人のように見えたことだろう。
(私を殺しに来たのが殺し屋さんで良かった)
殺し屋さんが私の耳元に口を近づけた。彼の息が耳にあたってくすぐったい。
私の顔にかかる前髪を優しく払いながら、彼が静かにささやいた。
「ありがとう」
それを聞いて、私は微笑み、目をつむった。体の力を抜き、全体重を彼に預ける。
少したって、全てが真っ暗になった。
あるアパートで、寄り添うように死んでいた二人の遺体が見つかったというニュースが流れるのは、もう少し先の話である。
私は撃たれた彼の右肩を見る。
なんとか応急処置で止血はしたものの、大丈夫なのだろうか。
そう思いながらちらちらと彼の顔を見るが、彼は一度もこちらに視線をよこさなかった。
慣れた夜道を歩き、いつものようにアパートに帰る。ポケットから鍵を取り出しながら、この行為も今日で最後になることに妙な感覚を覚えていた。
すっかり口数が減ってしまった殺し屋さんと机を挟んで向かい合う。
「……」
今日のことを楽しく語り合うような雰囲気でもない。居心地の悪い沈黙にたえかねて、お茶でも入れようと立ち上がろうとした私を引き止めるように、殺し屋さんが口を開いた。
「……あのとき、どうして僕を守ろうとしたの?」
動きを止め、彼の顔を見る。そう言う殺し屋さんはとても真面目な顔をしていた。
「襲撃されてトイレに逃げ込んだとき、君は僕の不意をついて逃げることが出来たはずだ。逆に、銃で僕を殺すことも。僕を見捨てて刺客に殺させることだって出来た」
そこまで言って彼は眉をひそめた。
「どうしてそうしなかったの?」
そう言われて初めて(確かにそんな方法があったな)と思った。そのときはとにかく殺し屋さんを助けることで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕などなかったのだ。
「殺し屋さんには、何度も助けてもらいましたから。あそこであなたを見捨てることなんてとても出来ませんでした」
そう言う私を責めるように彼が口を開く。
「でも、僕が死ななかったら君は死ぬんだよ?それに、言ったはずだ。君を助けたのは、僕が自分の任務を遂行するためだ。それ以外の理由なんてない」
「分かっています」と私は頷く。そう言ってから微笑んだ。
「私、わがままに付き合ってくれたり仕事に対して真面目だったり、殺し屋さんのそういうところがとても好きなんです。だから、あなたに死んでほしくなかった」
そう言う私を顔をしかめたまま殺し屋さんが聞いていた。
私は座ったまま殺し屋さんに近づいた。そして難しい顔をしている彼に笑いかける。
「殺し屋さん。隣に来てくれませんか」
彼は私をちらりと見て頷いた。ソファに寄りかかり、二人で並ぶ。
電源のついていないテレビに映る私たちは本当に恋人同士のようだった。
時計をちらりと見る。日が変わるまでそんなに長い時間は残っていなかった。
私は殺し屋さんの顔を見る。そしていまだ眉間にしわを寄せている彼に優しく話しかけた。
「殺し屋さん。私の分までこれからの毎日を楽しんで生きてくださいね。確かに、私たち一般人のように完全な息抜きは出来ないかもしれないけれど、ずっと自分を殺していたらいつか壊れてしまいますから」
殺し屋さんが目を見開いて私を見た。
死ぬ間際になってやっと気づいた。今までなおざりに過ごしていた面白みのない毎日が、どれほどかけがえのない奇跡のようなものだったかということを。殺し屋さんと過ごした最後の一日が、それを私に気づかせてくれた。
「殺し屋さん、本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げた。彼は黙って私のことを見つめていた。
殺し屋さんはずっと私の隣に寄り添ってくれていた。彼が背中に回した手には、もしかしたら銃が握られているのかもしれない。だけど、今の私には全く怖くなかった。
彼に触れたところから温かみが伝わってくる。それが心地よくて私は思わず笑みをこぼした。
(殺し屋さんの隣にいると、安心するな……)
なんだろう、今朝は死んでもいいと思っていたのに、今はすごく悲しい。
ずっと彼とこうしていたい。明日も明後日も、ずっと。
……死にたくない。
瞳からこぼれだした涙を殺し屋さんが優しく指で拭った。
私は彼の肩に寄りかかった。彼が私の肩に手を回し、優しく抱き寄せる。
他人から見たら、寄り添う私たちは本当の恋人のように見えたことだろう。
(私を殺しに来たのが殺し屋さんで良かった)
殺し屋さんが私の耳元に口を近づけた。彼の息が耳にあたってくすぐったい。
私の顔にかかる前髪を優しく払いながら、彼が静かにささやいた。
「ありがとう」
それを聞いて、私は微笑み、目をつむった。体の力を抜き、全体重を彼に預ける。
少したって、全てが真っ暗になった。
あるアパートで、寄り添うように死んでいた二人の遺体が見つかったというニュースが流れるのは、もう少し先の話である。
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