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ティー〈第一部〉

〈3〉

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「道路に出るのが怖いとは、あなたは随分と変わった車ですね」
リオンがソファの上でティーを見ながら腕を組んで呟いた。そんなリオンは初めて入る人間の家の中に慣れないようで、どこか落ち着かなさそうであった。
「……」
ティーがカーペットの上で正座をし、リオンを上目遣いでちらちらと見る。ティーは人見知りが激しいようで、あからさまにリオンから距離を離し、目を合わせないようにしているのが明らかだった。
ティーの向かいに座った朝陽がコーヒーに口をつける。
「一体何があったんだ?車は道路を走るのが仕事だと思うんだが」
ティーはうつむいてもじもじしている。
朝陽はティーの様子を眺めて口を開いた。
「……まあ、話しにくいなら無理に言わなくていい。またおいおい話してくれ」
それにしても、と朝陽は呟く。
「道路を走るのが怖いのに、どうして試乗と中古車販売店からの帰り道の時は動いたんだ?」
「それは……」とティーが切り出す。
「中古車販売店にいる時は、私が道路に出ることで恐怖を感じるなんて思ってもいなかったんです。梨乃さんに乗られて帰り道に道路を走ったときにとてつもない恐怖を感じたのです。それで気絶してしまって、気づいたら彼女の家にいました」
「翌日に動かされそうになった時、体が拒否反応を起こしました。そして、道路に出たくない一心で抵抗していたら、エンジンを自分で止められることに気づいたのです。それからは道路を走らされそうになるたびエンジンを止めました」
ティーがうつむいて言った。リオンは黙ってティーを見つめている。
「なるほどな……」
朝陽はそう呟いた後、ティーの様子を伺った。そして彼女を見ながら再び口を開く。
「まあ、俺は何も早く聞き出したい訳じゃない。また話す気になった時に俺に話してくれ」
ティーはこくりと頷く。それからゆっくりと姿を消した。
朝陽は今度はリオンの方を見る。
「あの調子じゃあしばらく無理だろうな」
「そうでしょうね」とリオンが気のない返事をする。
朝陽は机の上にあったコーヒーを飲み干したあと携帯電話を取り出し、紙切れを見ながら番号を打ち込んだ。
「私の時のように彼女のことを調べるのですか?」
リオンの問いかけに「ああ」と答える。
数回のコールの後、女性の声が聞こえだした。

「……そうですか。分かりました、ありがとうございました」
朝陽はそう言って電話を切ってからため息をついた。
ティーについての情報は全くと言っていいほど得られなかった。若い女性が売りに来たとの話だったが、その女性とは中古車販売店が何度かけても連絡がつかなかった。今回は、中古車販売店経由で情報をつかむのは無理そうであった。
そうなると、と朝陽はソファによりかかりながら考える。
(やはりティー自身から聞き出すしかないな)
ただあの性格と様子ではしばらくは無理だ。無理矢理口を開かせれば話しはするだろうが、それでは恐らく彼女は“壊れて”しまう。こうなったらティーにこちらを信頼してもらい、彼女が話す気になるよう仕向けるしかない。
車と仲良くなる方法は人間と全く同じだ。会話をしたり、どこかに出かけたりして少しずつ心を開いてもらうのだ。
(明日どこかに行くか)
朝陽はリモコンを引き寄せるとテレビをつけた。ちょうどニュースでは天気予報をやっていた。
明日は快晴らしい。絶好の花見日和であるとニュースキャスターが晴れやかな顔で告げていた。
「……花見でも行くか」
朝陽はそう呟くとさっそくパソコンを取り出し、花見場所を決めるとそこまでの所要時間と近くの駐車場を検索した。
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