7 / 89
第一章
第六話 変われない自分
しおりを挟む
やっと一人で起き上がれるようになるころには、あの婚約破棄騒動からすでに一週間が経過していた。
私の世話のために使用人たちが何度も部屋を訪れたが、皆どこかよそよそしい。
事態が最悪の方向へ進んでいる気配は、部屋を出なくても感じ取れていた。
「アイリスお嬢様……、本日の昼食を旦那様が食堂にて皆様でとおっしゃっております」
朝の支度をしに来た侍女が、なんとも申し訳なさそうに告げる。
皆さまでではなく、おそらくはこの婚約破棄についての呼び出しだろう。
昨日医者からも、あまり動き回らなければ大丈夫だと太鼓判を押してもらった。
だから私がやっと動けるようになったということは、父の耳にも入っているはず。
「そう……。家族全員揃ってということね」
「あ、あのそれが……あの……」
侍女は下を向き、制服のスカートを掴む。
これだけ言いよどむということは、家族全員だけではないということだけでないということね。
ああ、そういえばもう一人いたわね。
「今日はグレン様もお見えになるということね」
「あ、はい。そう……なのです。それをお嬢様にお伝えするように言われて……」
「そう。ありがとう。あまり時間がないから支度をお願いしたいのだけど、いいかしら」
「はい! それはもう、すぐにでも」
私が怒りも泣きもしないことにホッとしたのか、侍女は顔を上げて支度の準備にかかる。
少なくとも、そんな自分が惨めになることなどしない。
でも行きたくないなぁ。
このままどこかに逃げてしまいたい。
彼女の様子を見ていると、父が彼女へ命令した内容が透けて見える気がした。
侍女はそれほど大きくない衣装棚を開け、ドレスを物色し始めた。
ドレスというものを着るのは、本当に大変な作業だ。
下に着たり履いたりするパーツの多さもさることながら、それをコルセットでこれでもかと締め上げる。
胸と体のラインを強調するためらしいのだが、太ってはいない私でもこれはかなり苦痛だ。
「これにしましょう」
そう言って侍女が取り出したのは、夜の空を思い浮かべるような深い青のドレスだった。
マーメイドラインにそのドレスは見た目こそ派手ではないものの、胸元が大きく開いている。
この世界の人間ではなかった私には、いろいろ心もとない。
「ふつ―のでいいんだけど。もっと、ワンピースみたいなのはないのかしら」
「そう言われましても、皆さまがお揃いになるので正装でないとダメだと思います」
丁寧ながらもきっぱりと断り、今度は宝石を探し出した。
「これで胸が綺麗に見えますからね」
やや大粒のグリーントルマリンのような青みがかった緑のネックレスだ。
一体、これだけでいくらするのだろう。
しかもグレンの髪の色と同じだということが、私にはどうしても引っかかる。
「昼間からこんなの付けたら、肩が凝ってしまいそうね。もう少し小ぶりで、違う色のモノはないかしら」
「違う色……、ああ、申し訳ございません。こちらはどうでしょうか?」
色と言ったことでようやく意味が分かったのか、侍女は小さな石のネックレスを取り出した。
そんな小さなことを気にすることの方が未練がましいのかもしれないけど。
それでもグレンを思わせる宝石を付けるなど、今の私には絶対に嫌だ。
服装が決まると、急いで着替えたあと化粧とセットを始める。
髪のセットに小一時間費やした頃には、体力の戻っていない私はすでに疲れ果てていた。
鏡に映る姿は確かに品があり、ハーフアップにした髪は軽く巻かれ波打つ海のようだ。
これが今の自分だと思うと、少し変な気分。いつまで見ても見慣れはしない。
ただそれよりも気になったのは、私の支度が彼女一人だけだったというコト。
元々私付きの侍女は多くはないといっても、確か三人ほどはいたはず。
しかし事故をした当日もそうだが、彼女がほとんどメインで回っていて他は彼女がいない時にたまに顔を出すだけだった。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「どうなさいましたか、お嬢様」
「他の侍女たちを見かけないのだけど、どうしたの?」
「!」
まさかその問いが飛んでくると思っていなかったのか、驚いた表情のまま固まる。
「お父様があなた一人でいいと?」
「いいえ、そうではなく……。チェリー様のお支度が忙しいので、皆はそちらへ行っていると思います……」
「元から、五人も六人も侍女が付いていたと思うんだけど。私の記憶違いだったかしら?」
「いえ、あの、その……」
「責めているわけではないのよ、ごめんなさい。ただあなた一人で大変そうだったから」
「……」
みんなチェリーについたということか。
一人だけでも残ってくれただけマシというべきか、なんというべきか……。
彼女がまるで腫れ物に触る感じで接していたのはわかっていてけど。
どう考えてもそれ以上ね。
ため息まじりに鏡を見れば、ややキツくも見える怖い顔があった。
もう少しうまく立ち回れれば……愛想を振りまいて来れていたら……。
それよりも泣きつくことが出来たのならば、庇護欲をそそり守ってもらえたかもしれない。
そう考えると転生してきたにもかかわらず、私という一人の人間は何一つ変わっていなかったということか。
また妹の影に隠れ、無関心を装って地味に生きて来たのね。
してきたのは自分でしかなくても、何も変われていない真実に泣き出しそうになるのを私は必死に堪えた。
私の世話のために使用人たちが何度も部屋を訪れたが、皆どこかよそよそしい。
事態が最悪の方向へ進んでいる気配は、部屋を出なくても感じ取れていた。
「アイリスお嬢様……、本日の昼食を旦那様が食堂にて皆様でとおっしゃっております」
朝の支度をしに来た侍女が、なんとも申し訳なさそうに告げる。
皆さまでではなく、おそらくはこの婚約破棄についての呼び出しだろう。
昨日医者からも、あまり動き回らなければ大丈夫だと太鼓判を押してもらった。
だから私がやっと動けるようになったということは、父の耳にも入っているはず。
「そう……。家族全員揃ってということね」
「あ、あのそれが……あの……」
侍女は下を向き、制服のスカートを掴む。
これだけ言いよどむということは、家族全員だけではないということだけでないということね。
ああ、そういえばもう一人いたわね。
「今日はグレン様もお見えになるということね」
「あ、はい。そう……なのです。それをお嬢様にお伝えするように言われて……」
「そう。ありがとう。あまり時間がないから支度をお願いしたいのだけど、いいかしら」
「はい! それはもう、すぐにでも」
私が怒りも泣きもしないことにホッとしたのか、侍女は顔を上げて支度の準備にかかる。
少なくとも、そんな自分が惨めになることなどしない。
でも行きたくないなぁ。
このままどこかに逃げてしまいたい。
彼女の様子を見ていると、父が彼女へ命令した内容が透けて見える気がした。
侍女はそれほど大きくない衣装棚を開け、ドレスを物色し始めた。
ドレスというものを着るのは、本当に大変な作業だ。
下に着たり履いたりするパーツの多さもさることながら、それをコルセットでこれでもかと締め上げる。
胸と体のラインを強調するためらしいのだが、太ってはいない私でもこれはかなり苦痛だ。
「これにしましょう」
そう言って侍女が取り出したのは、夜の空を思い浮かべるような深い青のドレスだった。
マーメイドラインにそのドレスは見た目こそ派手ではないものの、胸元が大きく開いている。
この世界の人間ではなかった私には、いろいろ心もとない。
「ふつ―のでいいんだけど。もっと、ワンピースみたいなのはないのかしら」
「そう言われましても、皆さまがお揃いになるので正装でないとダメだと思います」
丁寧ながらもきっぱりと断り、今度は宝石を探し出した。
「これで胸が綺麗に見えますからね」
やや大粒のグリーントルマリンのような青みがかった緑のネックレスだ。
一体、これだけでいくらするのだろう。
しかもグレンの髪の色と同じだということが、私にはどうしても引っかかる。
「昼間からこんなの付けたら、肩が凝ってしまいそうね。もう少し小ぶりで、違う色のモノはないかしら」
「違う色……、ああ、申し訳ございません。こちらはどうでしょうか?」
色と言ったことでようやく意味が分かったのか、侍女は小さな石のネックレスを取り出した。
そんな小さなことを気にすることの方が未練がましいのかもしれないけど。
それでもグレンを思わせる宝石を付けるなど、今の私には絶対に嫌だ。
服装が決まると、急いで着替えたあと化粧とセットを始める。
髪のセットに小一時間費やした頃には、体力の戻っていない私はすでに疲れ果てていた。
鏡に映る姿は確かに品があり、ハーフアップにした髪は軽く巻かれ波打つ海のようだ。
これが今の自分だと思うと、少し変な気分。いつまで見ても見慣れはしない。
ただそれよりも気になったのは、私の支度が彼女一人だけだったというコト。
元々私付きの侍女は多くはないといっても、確か三人ほどはいたはず。
しかし事故をした当日もそうだが、彼女がほとんどメインで回っていて他は彼女がいない時にたまに顔を出すだけだった。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「どうなさいましたか、お嬢様」
「他の侍女たちを見かけないのだけど、どうしたの?」
「!」
まさかその問いが飛んでくると思っていなかったのか、驚いた表情のまま固まる。
「お父様があなた一人でいいと?」
「いいえ、そうではなく……。チェリー様のお支度が忙しいので、皆はそちらへ行っていると思います……」
「元から、五人も六人も侍女が付いていたと思うんだけど。私の記憶違いだったかしら?」
「いえ、あの、その……」
「責めているわけではないのよ、ごめんなさい。ただあなた一人で大変そうだったから」
「……」
みんなチェリーについたということか。
一人だけでも残ってくれただけマシというべきか、なんというべきか……。
彼女がまるで腫れ物に触る感じで接していたのはわかっていてけど。
どう考えてもそれ以上ね。
ため息まじりに鏡を見れば、ややキツくも見える怖い顔があった。
もう少しうまく立ち回れれば……愛想を振りまいて来れていたら……。
それよりも泣きつくことが出来たのならば、庇護欲をそそり守ってもらえたかもしれない。
そう考えると転生してきたにもかかわらず、私という一人の人間は何一つ変わっていなかったということか。
また妹の影に隠れ、無関心を装って地味に生きて来たのね。
してきたのは自分でしかなくても、何も変われていない真実に泣き出しそうになるのを私は必死に堪えた。
1
あなたにおすすめの小説
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~
空野 碧舟
ファンタジー
父が作った借金返済の代わりに、女好き辺境伯ヒューバートの後妻として差し出された子爵令嬢エメリーン・オルクス。
父と義母と義姉とに満面の笑顔で見送られたエメリーンだったが、ヒューバートは初夜ですら花嫁の元を訪れることはなく、その翌日エメリーンだけを辺境伯領へ向かう馬車に乗せた。
ーー過去に囚われている眉目秀麗な女好き辺境伯と、義賊の記憶持ちで口やかましい元子爵令嬢の、少し変わった子育てとぐずぐずな恋物語。
「私の言っていること聞こえていますか。耳はまだ腐っていませんか。とにかく何が言いたいかって言うと、今すぐ屋敷に戻ってきやがれ、ってことです。分かりましたか、このクズ旦那様」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる