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第一章

第十五話 父と娘な親子関係

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 ルカの提案で髪はいつものハーフアップではなく、頭の上に高く結い上げられた。

 そして金の星の形をしたピンが髪に散りばめられている。

 一見、暗そうに見えたドレスは形が華やかなこともあり、私の白い肌によく映える。

 化粧もいつになく、ばっちりメイクだ。

 ドレスの前の部分が短いこと以外は、文句のない仕上がりになっている。

 鏡で何度見ても、ぱっとしなかった唯花だった時より2割増し美人ではあると自分でも思う。

 ちょっと化粧も濃い気がするけど、夜会だしこんなものよね。

 それにしても、ん-。

 確かにキツそうな顔だけど、綺麗めな美人さんって感じだよなぁ。


「こんなに美しいお嬢様なら、きっとたくさんの方に言い寄られてしまいますわ。今日の主役はアイリスお嬢様で間違いありません」

「んー。それはどうかしら。頑張って愛想よくして、お父様が合格点を出すような婚約者を探してこないと」

「にこりと微笑めば、すぐみんな堕ちてしまいますって」

「もう。ルカは口が上手いんだから。ところで今日は上着はいらないかしら」

「行き帰りは馬車ですので、大丈夫だとは思いますよ」

「ああ、それもそうね」


 そう言いながら、ルカと玄関のホールに向けて歩き出す。

 10センチはあるだろうヒールは、なかなか歩きづらい。

 そしてどうしても短い裾が気になって、いつもより歩幅が狭くなってしまう。


「あらお父様、今お帰りですか?」


 玄関ホールには母ではなく、今帰宅したばかりの父がいた。

 私を見て、父が一瞬固まる。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに眉間にしわを寄せた。


「なんだ、そのドレスは」

「なんだって……グレン様にいただいたものですが、どこかおかしいでしょうか」


 別に私だって好き好んでこのドレスを着ているわけでもないのに、その言いようはないだろう。

 似合わないからといって、何もそんな言い方をしなくてもいいのに。

 心がぎゅっと縮み、思わず泣きそうになる。

 こんなことなら既製品でも何でもいいから、他の物を着ればよかった。

 ああ、ホントに。

 ため息も涙も、一生懸命堪える。

 せっかくルカが太鼓判を押してくれたし、頑張ってもらったのに。

 こんなことで台無しにしたくない。


「あなた、その言い方ダメですよ。アイリスには、ちゃんと最後まで分かりやすく言わないと伝わらないですよ。何度説明したら分かるのですか?」


 奥の部屋から出て来た母が、ため息交じりに父へ苦言を呈す。

 母が父に意見しているのを、私は初めて見た気がする。

 しかし先ほどのセリフから、何度も言われているようだ。


「いや、だから、その……だな」

「もぅ、仕事のことならなんでもズケズケと言えるくせに、娘のこととなると何でそうなるのですか。アイリスあなたが誤解しているだろうから、この人の言葉を代弁してあげると、その裾の短いドレスはどうしたのだ。そんな短いドレスを着て、何かあったらどうするんだ。と、言いたいのよ。あなたがあまりに綺麗なものだから、お父様は心配で仕方ないのよ」

「綺麗……心配……。そうなのですか? お父様」

「あ、当たり前だろう。誰か言い寄ってくるような奴がいたら、すぐに言いないさい」

「うふふふふ、お父様はあなたのその姿に惚れて言い寄ってくる輩は、みんなお断りして二度と近づけないようにするってよ」

「え、えええ。でも婚約者を探しにって」

「それとこれとは別だ」

「そんな難しい」

「その恰好でではなく、お前の内面を見て判断して下さる人を探しなさい」


 なんだ。急に肩の力が抜ける。

 先ほどまでのすごく嫌なもやもやした胸のつかえは、どこかに消えていた。

 代わりに、そこには温かいものが占めている。

 父は私を非難したわけではなく、ただ心配していただけ。

 そんな些細なことだけで、すごく満たされた気がする。

 唯花の時も、こんな風にちゃんと話をしていたら、もっと違った親子関係になれたおだろうか。

 今になってはそれは仮定の話でしかなく、もう二度と分かることはないのだろうけど。


「と、とにかくだ。外套を持っていきなさい、外套を。初夏といえ、夜は冷える。なんならそうだ、城の中でもずっと外套を着ていなさい」

「お父様、さすがにそれはダメだと思うのですが」

「そうよ、あなた。城の中でまで外套を着ているなんて、聞いたことがないわ」

「いや、しかしだな」

「お父様、心配して下さったのですか?」


 私は父の腕に抱きつき、顔を見上げる。

 今までと全く違う私の行動に驚きながらも、父はまんざらでもないようだ。


「もちろんだ。仕事などすぐに終わらせて、今日は迎えに行く。変な虫など付けさせるものか」

「あははは。お父様、素敵です」

「そ、そうか……」


 そう言いながらも、父は私から顔を背ける。

 なんか、顔が赤い気がするのはきっと私の気のせいじゃないはず。


「仕事一筋のお父様を陥落させるなんて、さすがアイリスね」

「お父様、会場で待っています」

「分かった」


 約束を取り付けると、馬車に乗り込んだ。

 あれだけ気が重かった夜会への参加が、嘘のようだ。

 今なら、どんなことでも出来る気がする。

 ルカが言ったように、今日だけは主役にもなれる気がしてきた。
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