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第一章

閑話休題 侍女任命は突然②(ルカ視点)

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 侍女長に言われるまま私はお嬢様の部屋に向かいました。

 そこには馬車の事故に巻き込まれたお嬢様が。
 
 学園での帰り道、馬車の車輪が外れ横転し、怪我を負ったということでした。


「あ、あの。引継ぎをお願いしたいのですが」

 
 お嬢様の部屋を片づけていた侍女に私は声をかける。

 片づけるというよりも、お嬢様が倒れていることがいいことに物を運び出しているようなきもするんだけど。


「え、あんた何?」

 
 元お嬢様付きの侍女は、私を下から上まで眺める。

 そして私を鼻で笑う。


「あんたが次の侍女? へー。元雑用係が侍女なんだ」


 その言葉には悪意しかない。

 私だって、そんなこと分かっている。

 だからこその引継ぎなのに。


「ま、いいんじゃない? アイリスお嬢様にはちょうどいい」

「ちょうどいいって、どういうことですか?」

「聞いてないの? かわいそうに。あはははは」


 嫌味な笑い。

 いくら私を馬鹿にしてるっていったって、なんなの?

 まるでお嬢様すら馬鹿にしているような言い方。

 むすっとしている私に、仕方なさそうに理由を話し出した。


「アイリスお嬢様はチェリーお嬢様を学園内でいじめられていたそうよ」

「まさか、アイリスお嬢様がそんなこと……」


 アイリスお嬢様は私たちのような下々の者にも丁寧で、優しかった。

 ご家族の仲は仲睦まじいとは言い難かったけど、それでも悪いわけでもない。

 それなのに、そんなことをアイリスお嬢様がするなんて考えられない。


「でも本当の事よ。だから、さっき婚約者であったグレン様からも婚約破棄されてしまったって」

「婚約破棄……」

「そうよ。だから、アイリスお嬢様付きの侍女はみんな辞めさせてもらったのよ」


 ああ、だから私がココに呼ばれたってことか。

 誰もなり手がいないから。


「元雑用係なら、ちょうどいいんじゃない? 人をいじめるような令嬢にぴったりよ」

 
 本当にそうなのかしら。

 アイリスお嬢様を知っているだけ、私にはまだ信じられなかった。

 でも彼女たちは元侍女。

 元であったとしても、自分の主であったお嬢様のことをこんなにも悪く言うなんて。


「ま、そんなだからテキトーにやればいいのよ」

「え、困ります。侍女長から引継ぎをするように言われているのに」

「基本、アイリスお嬢様は一人でなんでも出来るから大丈夫よ。でもそうね。侍女長になにか言われても困るし。明日からチェリーお嬢様の侍女になったから、どうしても分からなかったら聞きに来なさい」


 いかにもめんどくさいと言わんばかりに、元侍女は言い放った。

 そしてお嬢様の部屋から持ち出した何かを持って、部屋を出ていく。

 部屋の中には怪我をして意識の戻らないお嬢様が一人だけ。

 今の私には、ことの真相なんて分かりはしない。

 もしかしたら今後もずっと分からないかもしれない。

 でも一人部屋に残されたお嬢様姿を見ると、どうしても置いていけるきなどしなかった。

 何も出来ない侍女でしかないけれど、誠心誠意お仕えしよう。

 もし彼女が言うように、いじめをするひどいお嬢様だったら元の部署に戻してもらえばいいだけだし。

 今は自分の勘を信じたい。



 この日から私は、たった一人のお嬢様付きの侍女となった。

 目が覚めたお嬢様は、初めは怪訝そうな顔をされていた。

 今までいた侍女とは違うのだから、当然と言えば当然のこと。

 しかし一人で支度をする私に、お嬢様はいつも大丈夫かと声をかけてくれた。

 ああ、このお嬢様の下で働くことが出来て、私幸せだと思っている。

 もし有能な侍女の基準というのが、主をどれだけ理解し、どれだけ大切に思えるのか、というものなら。
 
 少なくとも私は誰にも負けない自負があった。

 そしてうちのお嬢様は、今日もとても優しく美しい。


「あのぅ、わたしも同じものをいただいても本当によろしいのでしょうか?」


 貴族ご用達のお店の中。

 私なんか、絶対に一生行けないようなお店に一緒に連れてきてもらった。
 
 さすがに席に座るだけでも怖いのに、お嬢様はそんな私に何が食べたいのかと尋ねてくれている。


「当たり前でしょ、ルカ。今日一日お買い物に付き合ってもらっているんだから、いいに決まっているじゃない」


 本当はいいわけなど、ないのですよお嬢様。

 奥様もお優しいので何も言われないですが、私はただの平民。

 ご主人様たちと同じ席につくなど、到底許されるわけではないのに。

 それでも、一緒の席に座るお嬢様はとても嬉しそうで断ることなどできなかった。

 今度田舎に手紙を送ることがあったら、きっと自慢をしよう。

 今日のケーキのことも、そして私の大好きなお嬢様のことも。
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