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第一章
第十九話 ただずっと私の味方
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御者のかけ声も、使用人たちの声も全て無視した。
今口を開いてしまえば、止められないような気がしたから。
そして一人部屋へ逃げるように帰ると、ドレスを脱ぎ捨てた。
「ワインのシミは落ちないかもね」
こんな時でさえ、私はなにを言っているんだろうと自嘲する。
鏡にはうまく泣くことも出来ない不細工な顔が映し出されていた。
「私の味方なんて結局……」
そう言いかけて、鏡に写った自分の背後の棚に置かれた人形が目に飛び込む。
「嘘でしょ?」
ゆっくりと振り返り、ソレを確認した。
もうクタクタになって、糸がほつれて出てしまっているくまの人形。
いつだって、どんな時だって唯一の私の味方。
「くまさん!」
足がもつれころびそうになりながら、私は走り出す。
棚の上のくまを取り、抱きしめる。
ああ、本物だ。
「こんなとこにいたの? こんなとこに隠れていたの?」
いつかの日のように大粒の涙が零れ落ち、くまの頬を伝う。
「くまさん、くまさん、くまさん、くまさん」
ただ強く抱きしめ、流れ落ちる涙を隠した。
◇ ◇ ◇
どれだけの時間泣き続けていたのだろうか。
声も涙も枯れ、うとうとした眠気が全身を襲う。
服を着替えてベッドに入らないと。
そう思うのに、意識がだんだん遠のいていくのが自分でも分かった。
「ご主人サマ、風邪ひいてしまいますリンょ?」
モゾモゾと、腕の中のくまの人形が動き出す。
そしてまるで羽が生えたかのようにふわりと浮かび上がり、くまは私の頭を撫でた。
「でもこのまま寝たいんだもん、くまさん」
「だーめだリン。ほらほら、おーきーて」
くまさんがそのまま、私にアタックしてくる。
「いったぁい」
うん。痛い。
痛い?
「夢でも痛いなんて、最近の夢はハイテクね」
「夢じゃないリン。ちゃんとよく見て欲しいリンょ」
目の前にはくまの人形が確かに浮いている。
これが夢でないというのならば、なんだというのだろう。
「異世界だから? にしても都合のいい夢ね」
「夢じゃないリン。ご主人サマはボクのことを覚えてる?」
忘れたことなんてない。
ずっとずっと私の唯一の味方で、小さい頃側にいてくれた人形。
あの日、失くしてしまうまでは片時も離れることはなかったから。
でも、いまなぜココにあるの?
ココは前にいた場所とは世界そのものが違うというのに。
「覚えているわ。え、でもどういうこと? どうしてココにいて、しかも会話が出来るなんて」
「んとね、ボクはココに転生してきたリン。ご主人サマがココに来るずっと前に。それで、ココでご主人サマが来るのをずっとずっと待っていたリンょ」
「私を、待っていた?」
「そうリン。ボクはココでね、精霊として生まれ変わったリンょ。でもご主人サマがきっとこの姿が好きだと思ったから」
「待って、待って。情報量が多すぎて、理解が出来ないんだけど」
気づけば眠気など、どこかに飛んでしまっていた。
そしてふわふわと浮かぶくまさんに、私は手を伸ばす。
くまさんは嬉しそうに笑うと、私の腕の中にすっぽりと納まった。
見た目も触り心地も、私が知っているくまの人形そのもの。
それなのにその中身が空に浮いたり、言葉をしゃべることが出来る聖霊。
「くまさんが精霊?」
「そうだリン。ボクは精霊なんだリン。この世界では偉くて、とーっても貴重な生き物なんだリン」
「くまさんが精霊……。でもどうして? どうしてこの世界にいるの」
「ご主人サマの手を離れてしまったあの時、ボクは人形としての一生は終わってしまったリン。でも泣き叫ぶご主人サマがあまりにも可哀想で神サマがボクをココに転生させてくれたリン」
あの日……。
私がくまさんを失ってしまった日は、今でも思い出したくもない一番の過去だ。
「神さまがくまさんを、この世界で精霊にしてくれた」
「そうだリン。そして願ったリン。いつの日かご主人サマが向こうの世界を旅立つ時に、この世界で生まれ変わるようにと」
「くまさんがお願いしてくれたから、私は今ここにいるの?」
「そういうコトだリン」
くまさんは腰に手を当て、胸を張った。
まるで褒めてと言わんばかりに、なんとも可愛らしい。
くまさんが呼んでくれたから、今の私がココにいる。
「くまさんは今でもずっと私の味方?」
「そうだリン。ボクはずっとずっとずーーーーと、ご主人サマの味方だリン。これからもずっとそばにいるリンょ」
もう枯れてしまったと思った涙が、またぽろぽろと零れてくる。
「えええ。なんで泣くリン? せっかく喜んでもらえるって思ったのに」
「ううん。嬉しいの。嬉しくて、涙が止まらないの……」
くまさんを力いっぱい抱きしめた。
私が大好きで、ずっと味方だと思っていたコは、本当に私の味方になってくれていた。
そして自分があの世界から消えてしまってからも、私のことを思い続けていてくれたなんて。
「ありがとぅ、くまさん。ごめんね、あの時は守れなくて」
「大丈夫リン、ご主人サマ。ボクは話せなくても、ずっとご主人サマを見てきたリン。その涙も悲しみも、誰よりも知っているリン」
「うん……うん……」
「今度はココでボクが精霊として、ご主人サマを守るリン。もう絶対に泣かせないようにするリン」
小さな頬を膨らませながら、くまさんは私の涙を拭ってくれた。
小さくて、ただ一人の味方。
でもくまさんがいるだけで私は、どんなことにも負けないように思えた。
もう二度と。
今口を開いてしまえば、止められないような気がしたから。
そして一人部屋へ逃げるように帰ると、ドレスを脱ぎ捨てた。
「ワインのシミは落ちないかもね」
こんな時でさえ、私はなにを言っているんだろうと自嘲する。
鏡にはうまく泣くことも出来ない不細工な顔が映し出されていた。
「私の味方なんて結局……」
そう言いかけて、鏡に写った自分の背後の棚に置かれた人形が目に飛び込む。
「嘘でしょ?」
ゆっくりと振り返り、ソレを確認した。
もうクタクタになって、糸がほつれて出てしまっているくまの人形。
いつだって、どんな時だって唯一の私の味方。
「くまさん!」
足がもつれころびそうになりながら、私は走り出す。
棚の上のくまを取り、抱きしめる。
ああ、本物だ。
「こんなとこにいたの? こんなとこに隠れていたの?」
いつかの日のように大粒の涙が零れ落ち、くまの頬を伝う。
「くまさん、くまさん、くまさん、くまさん」
ただ強く抱きしめ、流れ落ちる涙を隠した。
◇ ◇ ◇
どれだけの時間泣き続けていたのだろうか。
声も涙も枯れ、うとうとした眠気が全身を襲う。
服を着替えてベッドに入らないと。
そう思うのに、意識がだんだん遠のいていくのが自分でも分かった。
「ご主人サマ、風邪ひいてしまいますリンょ?」
モゾモゾと、腕の中のくまの人形が動き出す。
そしてまるで羽が生えたかのようにふわりと浮かび上がり、くまは私の頭を撫でた。
「でもこのまま寝たいんだもん、くまさん」
「だーめだリン。ほらほら、おーきーて」
くまさんがそのまま、私にアタックしてくる。
「いったぁい」
うん。痛い。
痛い?
「夢でも痛いなんて、最近の夢はハイテクね」
「夢じゃないリン。ちゃんとよく見て欲しいリンょ」
目の前にはくまの人形が確かに浮いている。
これが夢でないというのならば、なんだというのだろう。
「異世界だから? にしても都合のいい夢ね」
「夢じゃないリン。ご主人サマはボクのことを覚えてる?」
忘れたことなんてない。
ずっとずっと私の唯一の味方で、小さい頃側にいてくれた人形。
あの日、失くしてしまうまでは片時も離れることはなかったから。
でも、いまなぜココにあるの?
ココは前にいた場所とは世界そのものが違うというのに。
「覚えているわ。え、でもどういうこと? どうしてココにいて、しかも会話が出来るなんて」
「んとね、ボクはココに転生してきたリン。ご主人サマがココに来るずっと前に。それで、ココでご主人サマが来るのをずっとずっと待っていたリンょ」
「私を、待っていた?」
「そうリン。ボクはココでね、精霊として生まれ変わったリンょ。でもご主人サマがきっとこの姿が好きだと思ったから」
「待って、待って。情報量が多すぎて、理解が出来ないんだけど」
気づけば眠気など、どこかに飛んでしまっていた。
そしてふわふわと浮かぶくまさんに、私は手を伸ばす。
くまさんは嬉しそうに笑うと、私の腕の中にすっぽりと納まった。
見た目も触り心地も、私が知っているくまの人形そのもの。
それなのにその中身が空に浮いたり、言葉をしゃべることが出来る聖霊。
「くまさんが精霊?」
「そうだリン。ボクは精霊なんだリン。この世界では偉くて、とーっても貴重な生き物なんだリン」
「くまさんが精霊……。でもどうして? どうしてこの世界にいるの」
「ご主人サマの手を離れてしまったあの時、ボクは人形としての一生は終わってしまったリン。でも泣き叫ぶご主人サマがあまりにも可哀想で神サマがボクをココに転生させてくれたリン」
あの日……。
私がくまさんを失ってしまった日は、今でも思い出したくもない一番の過去だ。
「神さまがくまさんを、この世界で精霊にしてくれた」
「そうだリン。そして願ったリン。いつの日かご主人サマが向こうの世界を旅立つ時に、この世界で生まれ変わるようにと」
「くまさんがお願いしてくれたから、私は今ここにいるの?」
「そういうコトだリン」
くまさんは腰に手を当て、胸を張った。
まるで褒めてと言わんばかりに、なんとも可愛らしい。
くまさんが呼んでくれたから、今の私がココにいる。
「くまさんは今でもずっと私の味方?」
「そうだリン。ボクはずっとずっとずーーーーと、ご主人サマの味方だリン。これからもずっとそばにいるリンょ」
もう枯れてしまったと思った涙が、またぽろぽろと零れてくる。
「えええ。なんで泣くリン? せっかく喜んでもらえるって思ったのに」
「ううん。嬉しいの。嬉しくて、涙が止まらないの……」
くまさんを力いっぱい抱きしめた。
私が大好きで、ずっと味方だと思っていたコは、本当に私の味方になってくれていた。
そして自分があの世界から消えてしまってからも、私のことを思い続けていてくれたなんて。
「ありがとぅ、くまさん。ごめんね、あの時は守れなくて」
「大丈夫リン、ご主人サマ。ボクは話せなくても、ずっとご主人サマを見てきたリン。その涙も悲しみも、誰よりも知っているリン」
「うん……うん……」
「今度はココでボクが精霊として、ご主人サマを守るリン。もう絶対に泣かせないようにするリン」
小さな頬を膨らませながら、くまさんは私の涙を拭ってくれた。
小さくて、ただ一人の味方。
でもくまさんがいるだけで私は、どんなことにも負けないように思えた。
もう二度と。
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