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第二章
第二十三話 すべては愛おしい娘のため
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父はただ静かに話し始めた。
それは遠い過去、父がまだ幼い頃の話だった。
「わたしには年が少し離れた従姉のがいた。とても活発で、しかもとても美しい人だったよ。その人には親が決めた婚約者がいてね、幼い頃はその婚約には乗り気ではなかったものの、貴族としての役目として嫁ぐことを諦めてというか……納得していたんだ」
なんだか、境遇は私に似てる。
親が決めた婚約者がいて、なんとなく諦めたように納得してるって。
「でもね、ある時そのお相手が真実の愛を見つけたとか言って家も身分もなにもかも捨ててどこかへ駆け落ちをしてしまったんだ」
「まぁ。それじゃあ、お相手は」
「ああ、平民だった。貴族として、しかも婚約者がいる身として許されざることだったんだよ」
真実の愛か。
グレンもそんなコト言ってたっけ。
捨てられた方としては、たまったもんじゃないわよね。
もっと早く。
というよりも、婚約なんてしてなかったら。
自分だって恋が出来たかもしれないのに。
それを捨てるなんて。
せめて謝罪と保障ぐらいしていきなさいよね。
「結局、いなくなった婚約者は見つからなかった。おそらく隣国にでも逃げたんだろうね。で、残された従姉は社交界から捨てられたという烙印を押されてしまった。そうなってしまっては、中々次の婚約相手も見つからなくてね」
そう。いつだって貧乏くじを引くのは、残された方だ。
悪い悪くないなど、社交界では関係がない。
残った方=魅力がないとされてしまうのだ。
「叔父たちは途方に暮れたよ。一人娘が嫁げないなどと、ね。次第に、従姉は嫁ぐことを諦めてしまったさ。だが、この国では結婚をしない女性がどれだけ虐げられるか分かるか?」
「そんなにひどいのですか?」
「ひどいなんてもんじゃない。扱いは平民以下さ。平民ですら結婚が出来るのにと、ほぼ傷もの扱いでね。まともな仕事にも就くことが出来ず、結局は自らの意思で修道院へ入ったよ」
「修道院に?」
「そうだ。むしろ、それしか選択肢はなかったというべきかな」
父は両手で顔を抑え、大きく息を吐いた。
父にとってもその従姉の過去は、きっと苦しく苦いものだったのだろう。
「どうにかしてあげたくてもね、その頃はまだ幼く権力も何も持ってなかった。本当に可哀想だったよ。今でも泣きながら最後に挨拶をしに来た彼女の顔をはっきりと覚えているよ」
「お父様……」
「おまえにはそうはなってもらいたくなかった。これは本心からそう思っている」
父はまっすぐ私を見た。
でもその話でいくと、どうして父は私とグレンの婚約破棄をあんなにあっさりと認めたのかしら。
ふと思いついた疑問が、私の頭の中で広がっていった。
「でも、それならどうして私とグレンさまの婚約破棄をお認めになったんですか? 今回の件と、すごく似ているではないですか」
「ああ、そうだな。ただ違う点がいくつかある。まずは保障だ」
「保障?」
「今回の婚約破棄にあたって、グレン君からの手紙にはおまえに対する補償内容が書かれていた。一つ目は、もしこの先婚約者が見つからなかった場合、自分の下で城の補佐官として採用したいとのこと」
んんん? グレンの補佐官ってことは、宰相の補佐ってことでしょう。
馬鹿じゃないの。
今まで歴代で女性がそのような重役についた話なんて聞いたこともないし。
だいたい、なんで元婚約者の下で働かなきゃいけないのよ。
「いやです。グレンさまの下で働くなんて」
「だろう? 条件としては申し分なくとも、さすがにどうかと思ってな」
「何を考えてるんですか、グレンさまは」
「そんなもんは本人に聞いてくれ。だいたい、わたしよりもアイリスの方が多少は仲が良いだろう」
「いいえ。あんな腹黒メガネなど、仲良くなった覚えもありません」
「まぁそうだな。仲良くなど、ならんでもよい」
あ。腹黒メガネなんて言って怒られるかと思ったのに。
父はただ、前で腕組をしながらうんうんと頷いていた。
「ふふふ」
「どうした、アイリス」
「なんだか、お父様がおかしくって」
「ん? 何か変なことでもいったか?」
「そうじゃないんです。そうじゃなくて……。私は婚約者を探せと言われたのは、侯爵家の長女としてちゃんと結婚をしなけれなならないっておっしゃっているのかと思ったんですよ」
でも実際はそうではなかった。
全ては私の勘違い。
今まで家族とも、ちゃんと話し合うことをしてこなかった。
ある意味、これは私のせいでもある。
前の唯花だった頃をいつまでも引きずって、いろんな人たちのことをそういう眼で見てしまってきたから。
「少しはそれもある。この国では、少なくともまだ結婚をしなければ~という風潮だからな。だが、いくら補償内容がいいとはいえ、あんな腹黒男の元で働かせるぐらいなら、良い人がいたらその方がいいと思うだろう」
「あはははは。お父様まで腹黒って。ええ、でもその通りですね」
「わたしはだな、その……」
「はい?」
「いつでも愛おしい娘の幸せが一番だと思ってるよ」
いつもよりその言葉ははっきりと、回りくどいことでは伝わらない私のために父は言葉を選んでいたようだった。
愛おしい。
親からもらう初めての優しい言葉。
「ありがとうございます、お父様」
「当たり前だ」
父はやや恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、そっぽを向いた。
それは遠い過去、父がまだ幼い頃の話だった。
「わたしには年が少し離れた従姉のがいた。とても活発で、しかもとても美しい人だったよ。その人には親が決めた婚約者がいてね、幼い頃はその婚約には乗り気ではなかったものの、貴族としての役目として嫁ぐことを諦めてというか……納得していたんだ」
なんだか、境遇は私に似てる。
親が決めた婚約者がいて、なんとなく諦めたように納得してるって。
「でもね、ある時そのお相手が真実の愛を見つけたとか言って家も身分もなにもかも捨ててどこかへ駆け落ちをしてしまったんだ」
「まぁ。それじゃあ、お相手は」
「ああ、平民だった。貴族として、しかも婚約者がいる身として許されざることだったんだよ」
真実の愛か。
グレンもそんなコト言ってたっけ。
捨てられた方としては、たまったもんじゃないわよね。
もっと早く。
というよりも、婚約なんてしてなかったら。
自分だって恋が出来たかもしれないのに。
それを捨てるなんて。
せめて謝罪と保障ぐらいしていきなさいよね。
「結局、いなくなった婚約者は見つからなかった。おそらく隣国にでも逃げたんだろうね。で、残された従姉は社交界から捨てられたという烙印を押されてしまった。そうなってしまっては、中々次の婚約相手も見つからなくてね」
そう。いつだって貧乏くじを引くのは、残された方だ。
悪い悪くないなど、社交界では関係がない。
残った方=魅力がないとされてしまうのだ。
「叔父たちは途方に暮れたよ。一人娘が嫁げないなどと、ね。次第に、従姉は嫁ぐことを諦めてしまったさ。だが、この国では結婚をしない女性がどれだけ虐げられるか分かるか?」
「そんなにひどいのですか?」
「ひどいなんてもんじゃない。扱いは平民以下さ。平民ですら結婚が出来るのにと、ほぼ傷もの扱いでね。まともな仕事にも就くことが出来ず、結局は自らの意思で修道院へ入ったよ」
「修道院に?」
「そうだ。むしろ、それしか選択肢はなかったというべきかな」
父は両手で顔を抑え、大きく息を吐いた。
父にとってもその従姉の過去は、きっと苦しく苦いものだったのだろう。
「どうにかしてあげたくてもね、その頃はまだ幼く権力も何も持ってなかった。本当に可哀想だったよ。今でも泣きながら最後に挨拶をしに来た彼女の顔をはっきりと覚えているよ」
「お父様……」
「おまえにはそうはなってもらいたくなかった。これは本心からそう思っている」
父はまっすぐ私を見た。
でもその話でいくと、どうして父は私とグレンの婚約破棄をあんなにあっさりと認めたのかしら。
ふと思いついた疑問が、私の頭の中で広がっていった。
「でも、それならどうして私とグレンさまの婚約破棄をお認めになったんですか? 今回の件と、すごく似ているではないですか」
「ああ、そうだな。ただ違う点がいくつかある。まずは保障だ」
「保障?」
「今回の婚約破棄にあたって、グレン君からの手紙にはおまえに対する補償内容が書かれていた。一つ目は、もしこの先婚約者が見つからなかった場合、自分の下で城の補佐官として採用したいとのこと」
んんん? グレンの補佐官ってことは、宰相の補佐ってことでしょう。
馬鹿じゃないの。
今まで歴代で女性がそのような重役についた話なんて聞いたこともないし。
だいたい、なんで元婚約者の下で働かなきゃいけないのよ。
「いやです。グレンさまの下で働くなんて」
「だろう? 条件としては申し分なくとも、さすがにどうかと思ってな」
「何を考えてるんですか、グレンさまは」
「そんなもんは本人に聞いてくれ。だいたい、わたしよりもアイリスの方が多少は仲が良いだろう」
「いいえ。あんな腹黒メガネなど、仲良くなった覚えもありません」
「まぁそうだな。仲良くなど、ならんでもよい」
あ。腹黒メガネなんて言って怒られるかと思ったのに。
父はただ、前で腕組をしながらうんうんと頷いていた。
「ふふふ」
「どうした、アイリス」
「なんだか、お父様がおかしくって」
「ん? 何か変なことでもいったか?」
「そうじゃないんです。そうじゃなくて……。私は婚約者を探せと言われたのは、侯爵家の長女としてちゃんと結婚をしなけれなならないっておっしゃっているのかと思ったんですよ」
でも実際はそうではなかった。
全ては私の勘違い。
今まで家族とも、ちゃんと話し合うことをしてこなかった。
ある意味、これは私のせいでもある。
前の唯花だった頃をいつまでも引きずって、いろんな人たちのことをそういう眼で見てしまってきたから。
「少しはそれもある。この国では、少なくともまだ結婚をしなければ~という風潮だからな。だが、いくら補償内容がいいとはいえ、あんな腹黒男の元で働かせるぐらいなら、良い人がいたらその方がいいと思うだろう」
「あはははは。お父様まで腹黒って。ええ、でもその通りですね」
「わたしはだな、その……」
「はい?」
「いつでも愛おしい娘の幸せが一番だと思ってるよ」
いつもよりその言葉ははっきりと、回りくどいことでは伝わらない私のために父は言葉を選んでいたようだった。
愛おしい。
親からもらう初めての優しい言葉。
「ありがとうございます、お父様」
「当たり前だ」
父はやや恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、そっぽを向いた。
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