33 / 89
第二章
第三十話 自覚しつつある心
しおりを挟む
部屋にはすでにランプが灯されていた。
最近ふさぎがちな私のために、テーブルには軽食がが置かれている。
実際、今まで何も食べていないので、お腹が空いていたところだ。
ルカに感謝しなければと思いつつ、パンに手を伸ばす。
窓の外はすっかり夜の帳が下り、月が庭を明るく照らしている。
ベッドの縁に座り、パンを頬張る。
フランスパンのように硬めのパンだが、ほんのり甘い。
「それにしても疲れた~」
「お疲れ様だリン、ご主人サマ」
小さくなった時と同じように、音を立てながらリンが元の大きさのくまの人形へと戻る。
その顔に触れれば、もふもふとした人形の感触が心地いい。
「ああ、癒される」
片方の手でパンを持ったまま、もう片方の手でリンに触れるなんて行儀悪いわね。
ふと、リンに触れた自分の手を見て記憶が浮上してくる。
この手、さっきキースにキスされて……。
「んー、ばかばかばか」
手を一生懸命振り、遠ざける。
しかし自分の手は、もちろんどこかに行くはずもない。
「きゅ、急にどうしたんだリン。ご主人サマの手には虫なんて付いてないリンよ」
「そうじゃないの。悪い虫がさっきいたのよ」
「えええ。どこだリン。もしかして刺されたリンか?」
リンが辺りを見渡すように、部屋の中をぐるぐる飛び回る。
「リン、そっちの虫じゃないのよ。大丈夫、刺されてはいないわ」
「でも、顔が赤いリンよ」
「うん。いいの。そのうち治るから」
こんなことして、遊んでいる場合ではない。
キースが家に求婚に来ると言っていかが、もしそれが本心なら困ったことになる。
今の状況のチェリーの前にキースを出すのは、いろいろまずいだろう。
あの性格だから、きっとキースの前では露骨に敵対心を燃やすようなことはないだろうけど。
でも、今までみたいにキースに媚びを売られて、もしキースの心がチェリーに行ってしまったら。
「ご主人サマはキースって男が好きなんだリンか?」
「え。な、なんで。どうして」
「さっきから、その男のことばかり考えてるリン」
「ちょっと、心の中を読むの禁止!」
私はふよふよと飛ぶリンを捕まえると、ぎゅーっと抱きしめる。
ああ、落ち着く。
私はキースのことが好きなのかな。
好きとか、そんな感情って今までなかったからよくわかんない。
「ご主人サマはボクは好きリン?」
腕の中から、リンがもぞもぞと這い出す。
ああ、かわいいなぁ。
リンをしっかりと見た。
唯一の味方で、ずっと一緒だった存在。
「うん。そうね。リンのことは好き」
「それなら、好きって感情はわかるんじゃないんだリンか?」
「ん-。なんか、リンへの好きとキースさまへの好きみたいなのって少し違う気がするのよね」
「でも、盗られたくないのは一緒じゃないリンか」
「そう、ね。うん。それは一緒。なんだろうなぁ。自分に好意を持ってくれている人間をあの子に盗られるのが嫌」
唯花と唯奈だった頃、いつも唯奈はクラスの中心にいた。
引っ込み思案の私とは違い、よくしゃべり、よく笑い、たくさんの友達に囲まれていた。
最初こそ頑張ろうと思ってもいつもあの子のペースに飲み込まれ、私はひとりぼっちだった。
でもそれだけなら、まだ気にすることはなかった。
自分の性格が悪いと諦められたから。
現実はそれだけではなかった。
唯奈はいつでも、一人で可哀相な私の元に友達を連れてきた。
わざと自分と私とを比較させることで、優越感を味わうように。
だから本当は高校だって、同じところになんて行きなくなかった。
そのために受験勉強を頑張ったというのに、あの子はあっさり推薦で同じ高校へ入って来た。
その頃から、家で過ごすことも苦痛に。
母は唯奈にべったりで、相変わらず父は家のことに無関心だったから。
「そう考えると、今はまだすごく幸せなんだけどね。でもだからこそ、この幸せを壊させたくないの。もうあの頃になんて戻りたくないから」
「いつもボクは思ってたリン。ご主人サマは諦めてたんじゃなくて、諦めたと思うことで自分の心を守ろうとしていたんじゃないかリン」
「ああ、そうね。そうかもしれない。そしていつも一番最悪になるケースだけ考えてきた」
そう、一番最悪に進むことさえイメージ出来たら、それ以上のことは絶対に起きないから。
そうやって、自分の心を守ることに必死だった。
「でもだからこそ、今度は自分から行動に出て攻撃に転じればいいと思うんだリン」
「攻撃?」
「盗られたくないのなら、自分からがっしり掴みに行くリン。そして、もしチェリーがちょっかいをかけてくるようなら攻撃してやるリン」
「出来るかな」
「ボクがついてるリン。攻撃は最大の防御リンよ」
「ふふふ。確かにそうね。少なくとも、盗られるかもしれないと小さくなっているよりは、全然マシね」
「その意気だリン」
「でも、まだ自分の中でキースさまが好きかどうかも分からないのに、それでもいいのかな」
「その時はその時リン。合わなかったら、さよならリン」
「あはははは。それ、どーなの」
「だめリンか?」
つぶらな瞳で、リンが小首を傾げる。
チェリーなど比にならないくらいの攻撃力ね。
元が人形なだけあって、すごくかわいい。
リンが言うと、何でも許されてしまいそうね。
「でもそうね。もしかすると、それぐらいの軽い気持ちからでもいいのかもしれないわね。なんせ、いろいろ初心者なんだもの」
「うんうんだリン」
ともあれ、キースに屋敷まで来てもらうのはまずいことには変わりない。
明日朝一番に手紙を書こう。
妹が婚約式の用意で忙しいため、他の場所でお会いしたいと。
そこまで考えると、体温がゆっくりとベッドに吸い込まれるように広がっていく。
このまま寝たら、朝ルカに怒られるだろうなぁ。
しかしそう思いつつも、眠気には勝てることなく瞼は重くなっていった。
最近ふさぎがちな私のために、テーブルには軽食がが置かれている。
実際、今まで何も食べていないので、お腹が空いていたところだ。
ルカに感謝しなければと思いつつ、パンに手を伸ばす。
窓の外はすっかり夜の帳が下り、月が庭を明るく照らしている。
ベッドの縁に座り、パンを頬張る。
フランスパンのように硬めのパンだが、ほんのり甘い。
「それにしても疲れた~」
「お疲れ様だリン、ご主人サマ」
小さくなった時と同じように、音を立てながらリンが元の大きさのくまの人形へと戻る。
その顔に触れれば、もふもふとした人形の感触が心地いい。
「ああ、癒される」
片方の手でパンを持ったまま、もう片方の手でリンに触れるなんて行儀悪いわね。
ふと、リンに触れた自分の手を見て記憶が浮上してくる。
この手、さっきキースにキスされて……。
「んー、ばかばかばか」
手を一生懸命振り、遠ざける。
しかし自分の手は、もちろんどこかに行くはずもない。
「きゅ、急にどうしたんだリン。ご主人サマの手には虫なんて付いてないリンよ」
「そうじゃないの。悪い虫がさっきいたのよ」
「えええ。どこだリン。もしかして刺されたリンか?」
リンが辺りを見渡すように、部屋の中をぐるぐる飛び回る。
「リン、そっちの虫じゃないのよ。大丈夫、刺されてはいないわ」
「でも、顔が赤いリンよ」
「うん。いいの。そのうち治るから」
こんなことして、遊んでいる場合ではない。
キースが家に求婚に来ると言っていかが、もしそれが本心なら困ったことになる。
今の状況のチェリーの前にキースを出すのは、いろいろまずいだろう。
あの性格だから、きっとキースの前では露骨に敵対心を燃やすようなことはないだろうけど。
でも、今までみたいにキースに媚びを売られて、もしキースの心がチェリーに行ってしまったら。
「ご主人サマはキースって男が好きなんだリンか?」
「え。な、なんで。どうして」
「さっきから、その男のことばかり考えてるリン」
「ちょっと、心の中を読むの禁止!」
私はふよふよと飛ぶリンを捕まえると、ぎゅーっと抱きしめる。
ああ、落ち着く。
私はキースのことが好きなのかな。
好きとか、そんな感情って今までなかったからよくわかんない。
「ご主人サマはボクは好きリン?」
腕の中から、リンがもぞもぞと這い出す。
ああ、かわいいなぁ。
リンをしっかりと見た。
唯一の味方で、ずっと一緒だった存在。
「うん。そうね。リンのことは好き」
「それなら、好きって感情はわかるんじゃないんだリンか?」
「ん-。なんか、リンへの好きとキースさまへの好きみたいなのって少し違う気がするのよね」
「でも、盗られたくないのは一緒じゃないリンか」
「そう、ね。うん。それは一緒。なんだろうなぁ。自分に好意を持ってくれている人間をあの子に盗られるのが嫌」
唯花と唯奈だった頃、いつも唯奈はクラスの中心にいた。
引っ込み思案の私とは違い、よくしゃべり、よく笑い、たくさんの友達に囲まれていた。
最初こそ頑張ろうと思ってもいつもあの子のペースに飲み込まれ、私はひとりぼっちだった。
でもそれだけなら、まだ気にすることはなかった。
自分の性格が悪いと諦められたから。
現実はそれだけではなかった。
唯奈はいつでも、一人で可哀相な私の元に友達を連れてきた。
わざと自分と私とを比較させることで、優越感を味わうように。
だから本当は高校だって、同じところになんて行きなくなかった。
そのために受験勉強を頑張ったというのに、あの子はあっさり推薦で同じ高校へ入って来た。
その頃から、家で過ごすことも苦痛に。
母は唯奈にべったりで、相変わらず父は家のことに無関心だったから。
「そう考えると、今はまだすごく幸せなんだけどね。でもだからこそ、この幸せを壊させたくないの。もうあの頃になんて戻りたくないから」
「いつもボクは思ってたリン。ご主人サマは諦めてたんじゃなくて、諦めたと思うことで自分の心を守ろうとしていたんじゃないかリン」
「ああ、そうね。そうかもしれない。そしていつも一番最悪になるケースだけ考えてきた」
そう、一番最悪に進むことさえイメージ出来たら、それ以上のことは絶対に起きないから。
そうやって、自分の心を守ることに必死だった。
「でもだからこそ、今度は自分から行動に出て攻撃に転じればいいと思うんだリン」
「攻撃?」
「盗られたくないのなら、自分からがっしり掴みに行くリン。そして、もしチェリーがちょっかいをかけてくるようなら攻撃してやるリン」
「出来るかな」
「ボクがついてるリン。攻撃は最大の防御リンよ」
「ふふふ。確かにそうね。少なくとも、盗られるかもしれないと小さくなっているよりは、全然マシね」
「その意気だリン」
「でも、まだ自分の中でキースさまが好きかどうかも分からないのに、それでもいいのかな」
「その時はその時リン。合わなかったら、さよならリン」
「あはははは。それ、どーなの」
「だめリンか?」
つぶらな瞳で、リンが小首を傾げる。
チェリーなど比にならないくらいの攻撃力ね。
元が人形なだけあって、すごくかわいい。
リンが言うと、何でも許されてしまいそうね。
「でもそうね。もしかすると、それぐらいの軽い気持ちからでもいいのかもしれないわね。なんせ、いろいろ初心者なんだもの」
「うんうんだリン」
ともあれ、キースに屋敷まで来てもらうのはまずいことには変わりない。
明日朝一番に手紙を書こう。
妹が婚約式の用意で忙しいため、他の場所でお会いしたいと。
そこまで考えると、体温がゆっくりとベッドに吸い込まれるように広がっていく。
このまま寝たら、朝ルカに怒られるだろうなぁ。
しかしそう思いつつも、眠気には勝てることなく瞼は重くなっていった。
1
あなたにおすすめの小説
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
辺境伯に嫁いだので、可愛い義息子と楽しい辺境生活を送ります ~ついでに傷心辺境伯とのぐずぐずの恋物語を添えて~
空野 碧舟
ファンタジー
父が作った借金返済の代わりに、女好き辺境伯ヒューバートの後妻として差し出された子爵令嬢エメリーン・オルクス。
父と義母と義姉とに満面の笑顔で見送られたエメリーンだったが、ヒューバートは初夜ですら花嫁の元を訪れることはなく、その翌日エメリーンだけを辺境伯領へ向かう馬車に乗せた。
ーー過去に囚われている眉目秀麗な女好き辺境伯と、義賊の記憶持ちで口やかましい元子爵令嬢の、少し変わった子育てとぐずぐずな恋物語。
「私の言っていること聞こえていますか。耳はまだ腐っていませんか。とにかく何が言いたいかって言うと、今すぐ屋敷に戻ってきやがれ、ってことです。分かりましたか、このクズ旦那様」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる