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第三章
第四十三話 ないものねだり
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あれからつみれ汁を全員に振る舞い、さらにトカゲを大きくしたようなモンスターだというバジリスクの肉をカツレツにしたものも出した。
しかし、かなりの量があったにもかかわらず、あっという間になくなってしまった。
「あれだけ作っても、これだけしか残らなかったのですね……」
ルカがさみしそうに、辺りを眺める。
途中で自分たちの分が残らないと察したため、つみれ汁を三人前とカツレツを三枚だけは残しておいたのだ。
「やっぱり体を動かす仕事をする人たちは、胃袋も大きいのよ。きっと」
「ただ単に美味しかだけだと思うわよ」
「だといいのですが。ありがとうございます」
アンジーさんが用意してくれたお茶を受け取る。
紅茶とはまた違う、香ばしい匂いがした。
味もほうじ茶とウーロン茶の中間のような味だ。
ご飯を食べる時にはこっちの方が合う気がする。
「アイリスお嬢様の作ったこのスープ、本当に美味しいですよ。これが魔物の肉だなんて、絶対に分からないです。もっとも、分かってもこの味なら食べちゃいますけどね」
「ホントね。これが魔物だなんて、びっくりよね」
つみれをフォークでつつきながら、二人が関心そうに頷く。
しょうがとネギ。
あとはお酒で臭みを飛ばした肉はただの肉よりも濃厚で、コクがあるため汁にもいいダシが出でいた。
「初めアイリスちゃんを見たときは、さすがに貴族のご令嬢なだけあって綺麗だわーって思ったけど。そんな子が魔物料理までしちゃうなんてね」
「綺麗だなんてそんな。私より綺麗な人なんて、たくさんいますし」
「何言っているんですか、お嬢様は社交界でも五本の指に入るくらいの美しさなんですよ」
「ほら、やっぱり」
「ルカ、大げさよ。社交界でなんて、私以上の人ばかりじゃない。それに、小さくてクルクルと動くルカは小動物のように可愛いし、アンジーさんはスリムなのに胸が大きくて羨ましいし」
ルカはうちの侍女の中で、特に可愛い。
大きなくりくりっとした紫の瞳に、グレーの短い髪で、私より小柄な体格で動き回る姿はまるで子リスのようだ。
アンジーさんも健康的な小麦色の艶やかな肌に、たわわな胸。
たくましく、私とはまるで正反対のような強い美しさがある。
「あーやだやだ、この子は。これは相当たちの悪い無自覚ね」
「そうなんですよ。もっと言ってやって下さい」
「無自覚って、何なんですか。さっきギルド長にも言われましたが」
「触れれば溶けてしまうのではないかというような、氷の花のように美しい人に、可愛いとか言われてもねぇ」
「はい。アイリスお嬢様、謙遜すぎるのも一歩間違えるとただの嫌味にしか聞こえませんよ」
「嫌味って。私、そんなつもりはなかったんだけれど」
「本人に自覚がないから、たちが悪いと言うんです」
「ホントよ、アイリスちゃん。あなた、十分すぎるぐらい綺麗よ。その髪も、夜空を思わす瞳も。それに冒険者たちにだって区別することなく接して笑いかける姿は、あいつらからしたら女神ね」
「女神だなんて、言い過ぎです。妹の方がよっぽど可愛らしいんですよ。キツイ顔の私なんかと違って、ふわふわしていて。とても女の子らしいし」
「そんなの、ない物ねだりよ」
ぴしゃりと言われ、それ以上の言葉が出てこない。
ない物ねだりか。確かにそうかもしれない。
今だけではなく、過去でもずっとそうだったから。
同じ顔なのに、何が違うのだろうって。
アイリスとチェリーとして全く違う顔に生まれてきたのに、それでも比較してしまう。
「あのね、あたしたちが出会って、一緒に料理して一緒に笑いあったのはアイリスちゃんよ。そして仲良くなったのも好きになったのも、あなたの妹じゃない。そうでしょ」
「それにチェリー様なら、こーんなこと思いつきませんし、思いついたとしても来たがりませんよ」
「……うん、そうやね。ごめんなさい。ありがとう」
「いいのよ。あたしも外見ばっかり褒めたから、いけなかったのよね。気分を悪くしたなら謝るわ、ごめんなさい」
「いえ、違うんです。綺麗とか、可愛いとか、そういうのを言われ慣れてなくて」
「は? 世の中の男どもはどれだけ意気地なしなの」
あり得ないとぶつぶつ言いながら、額を抑えている。
社交界などでお世辞として言われたことは何度かあったが、心から言われた相手はおそらく一人だけ。
そう思ったところで、キースの顔が思い浮かぶ。
私は空に思い浮かべた顔を、急いで手でかき消した。
もう。今ここで思い出してどうするのよ。
「ど、どうしたんですか、お嬢様」
「な、なんでもないの」
さっきアンジーさんに言われて一つ気付いたことがある。
この前、チェリーが怒ったことだ。
私はキースの勧めで褒めてみればと言われ、思わず外見だけを褒めてしまった。
あの子が外見に自信があるのは知っている。
しかしその外見も、ルカに言わせるとちゃんと努力して作られているって。
ただ外見を褒めるだけでは、そこにある努力を無視されたような気になったのではないかな。
だから、チェリーは怒った。
そう考えた方がなーんとなくあっている気がするのよね。
「私、この前妹の外見ばかりを褒めて怒らせてしまったんです。きっと、嫌な思いをさせんですね。帰ったら謝らないと」
「みんな、ない物ねだりなのよ。きっと妹さんもアイリスちゃんのことが好きで、そしてそれ以上に羨ましいんじゃないのかな」
羨ましい、か……・
私を羨ましいと思うことなんてあるのかな。
でも無自覚だと言われる以上、どこかあるのかもしれない。
「ルカ、帰りにチェリーに何かお土産を買って帰りたいんだけど」
「はい。では、ここを片付けたら買って帰りましょう」
次々にセルフで厨房に運び込まれる洗い物たちを見ながら、私たちは苦笑いを浮かべた。
しかし、かなりの量があったにもかかわらず、あっという間になくなってしまった。
「あれだけ作っても、これだけしか残らなかったのですね……」
ルカがさみしそうに、辺りを眺める。
途中で自分たちの分が残らないと察したため、つみれ汁を三人前とカツレツを三枚だけは残しておいたのだ。
「やっぱり体を動かす仕事をする人たちは、胃袋も大きいのよ。きっと」
「ただ単に美味しかだけだと思うわよ」
「だといいのですが。ありがとうございます」
アンジーさんが用意してくれたお茶を受け取る。
紅茶とはまた違う、香ばしい匂いがした。
味もほうじ茶とウーロン茶の中間のような味だ。
ご飯を食べる時にはこっちの方が合う気がする。
「アイリスお嬢様の作ったこのスープ、本当に美味しいですよ。これが魔物の肉だなんて、絶対に分からないです。もっとも、分かってもこの味なら食べちゃいますけどね」
「ホントね。これが魔物だなんて、びっくりよね」
つみれをフォークでつつきながら、二人が関心そうに頷く。
しょうがとネギ。
あとはお酒で臭みを飛ばした肉はただの肉よりも濃厚で、コクがあるため汁にもいいダシが出でいた。
「初めアイリスちゃんを見たときは、さすがに貴族のご令嬢なだけあって綺麗だわーって思ったけど。そんな子が魔物料理までしちゃうなんてね」
「綺麗だなんてそんな。私より綺麗な人なんて、たくさんいますし」
「何言っているんですか、お嬢様は社交界でも五本の指に入るくらいの美しさなんですよ」
「ほら、やっぱり」
「ルカ、大げさよ。社交界でなんて、私以上の人ばかりじゃない。それに、小さくてクルクルと動くルカは小動物のように可愛いし、アンジーさんはスリムなのに胸が大きくて羨ましいし」
ルカはうちの侍女の中で、特に可愛い。
大きなくりくりっとした紫の瞳に、グレーの短い髪で、私より小柄な体格で動き回る姿はまるで子リスのようだ。
アンジーさんも健康的な小麦色の艶やかな肌に、たわわな胸。
たくましく、私とはまるで正反対のような強い美しさがある。
「あーやだやだ、この子は。これは相当たちの悪い無自覚ね」
「そうなんですよ。もっと言ってやって下さい」
「無自覚って、何なんですか。さっきギルド長にも言われましたが」
「触れれば溶けてしまうのではないかというような、氷の花のように美しい人に、可愛いとか言われてもねぇ」
「はい。アイリスお嬢様、謙遜すぎるのも一歩間違えるとただの嫌味にしか聞こえませんよ」
「嫌味って。私、そんなつもりはなかったんだけれど」
「本人に自覚がないから、たちが悪いと言うんです」
「ホントよ、アイリスちゃん。あなた、十分すぎるぐらい綺麗よ。その髪も、夜空を思わす瞳も。それに冒険者たちにだって区別することなく接して笑いかける姿は、あいつらからしたら女神ね」
「女神だなんて、言い過ぎです。妹の方がよっぽど可愛らしいんですよ。キツイ顔の私なんかと違って、ふわふわしていて。とても女の子らしいし」
「そんなの、ない物ねだりよ」
ぴしゃりと言われ、それ以上の言葉が出てこない。
ない物ねだりか。確かにそうかもしれない。
今だけではなく、過去でもずっとそうだったから。
同じ顔なのに、何が違うのだろうって。
アイリスとチェリーとして全く違う顔に生まれてきたのに、それでも比較してしまう。
「あのね、あたしたちが出会って、一緒に料理して一緒に笑いあったのはアイリスちゃんよ。そして仲良くなったのも好きになったのも、あなたの妹じゃない。そうでしょ」
「それにチェリー様なら、こーんなこと思いつきませんし、思いついたとしても来たがりませんよ」
「……うん、そうやね。ごめんなさい。ありがとう」
「いいのよ。あたしも外見ばっかり褒めたから、いけなかったのよね。気分を悪くしたなら謝るわ、ごめんなさい」
「いえ、違うんです。綺麗とか、可愛いとか、そういうのを言われ慣れてなくて」
「は? 世の中の男どもはどれだけ意気地なしなの」
あり得ないとぶつぶつ言いながら、額を抑えている。
社交界などでお世辞として言われたことは何度かあったが、心から言われた相手はおそらく一人だけ。
そう思ったところで、キースの顔が思い浮かぶ。
私は空に思い浮かべた顔を、急いで手でかき消した。
もう。今ここで思い出してどうするのよ。
「ど、どうしたんですか、お嬢様」
「な、なんでもないの」
さっきアンジーさんに言われて一つ気付いたことがある。
この前、チェリーが怒ったことだ。
私はキースの勧めで褒めてみればと言われ、思わず外見だけを褒めてしまった。
あの子が外見に自信があるのは知っている。
しかしその外見も、ルカに言わせるとちゃんと努力して作られているって。
ただ外見を褒めるだけでは、そこにある努力を無視されたような気になったのではないかな。
だから、チェリーは怒った。
そう考えた方がなーんとなくあっている気がするのよね。
「私、この前妹の外見ばかりを褒めて怒らせてしまったんです。きっと、嫌な思いをさせんですね。帰ったら謝らないと」
「みんな、ない物ねだりなのよ。きっと妹さんもアイリスちゃんのことが好きで、そしてそれ以上に羨ましいんじゃないのかな」
羨ましい、か……・
私を羨ましいと思うことなんてあるのかな。
でも無自覚だと言われる以上、どこかあるのかもしれない。
「ルカ、帰りにチェリーに何かお土産を買って帰りたいんだけど」
「はい。では、ここを片付けたら買って帰りましょう」
次々にセルフで厨房に運び込まれる洗い物たちを見ながら、私たちは苦笑いを浮かべた。
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