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045 親と子
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不意に、やや大きないくつもの声が中庭の奥から聞こえてくる。
確かあっちの方角は子どもたちがいる方よね。
「何かあったのかしら」
「きっと子どもたちがじゃれてるだけですわ」
彼女たちはチラリと中庭の奥を見たものの、さも興味がなさそうにソニアたちは会話を続けようとする。
子どもたちが遊んでいるからそうかもしれないけど、この人たちは心配しないのかしら。あれだけ大きな声があがったということは、興奮して声が大きくなっただけではないと思うんだけど。
私は会話を止めようとしない彼女たちを無視し、立ち上がった。
するとやや遠くから、リナが二人の子どもを連れてこちらにやって来るのが見える。
一人はルカで、もう一人はルカよりやや背が高い女の子だった。
二人は可愛らしく手を繋いで歩いているものの、明らかにルカは泣いていた。
「ルカ! 何があったの」
誰に構うわけでもなく、私はルカに駆け寄る。
すると同じようにフィリアもその子どもに駆け寄っていた。
「バイオレッタ! どうしたの?」
バイオレッタはフィリアに似た黒髪に、エメラルドのような瞳。
ああ、表紙絵で見たことあるわ。まさにヒロインちゃんだ。
でもこんな形で二人がもう出会ってしまうなんて。ある意味、今後の展開を考えると頭が痛い。
だけどそれより今は、ルカがなぜ泣いているか。二人が手を繋ぎ並んで歩く姿はまさに天使だというのに、痛々しく泣くその姿が全てを台無しにしてしまっている。
「リナ、何があったの⁉」
「それが、ルカ様がいつものように観察をしていたところ……」
「あの乱暴な子たちが、虫を踏み潰してしまったの!」
リナが言いかけた言葉の先を、バイオレッタが代わりに答える。バイオレッタの声には、怒りが滲んでいた。
そしてリナたちの後ろを、何か誤魔化すようにヘラヘラと笑いながら歩く子どもたちを指さす。
ルカと同じくらいの年の子から、もう少し上の子たちまで。それはどれも男の子ばかりだった。
「なんでそんなことをしたの?」
私はあくまで怒らないように、男の子たちに尋ねた。
「そいつが、虫なんて見てるからだよ」
「そーだよ。そんなもん見て、何になるんだっつーの。変な奴だから、ちょっとからかっただけなのに泣くから」
「だよな。よわっちすぎ」
これくらいの歳ならば、身分やそんなものを理解するのはまだ難しい事なのかもしれない。だからそのこと自体には、ある程度は理解を示そう。だけど、問題はそこではない。こんなある意味暴言を吐いても、その親たる男爵自噴たちが何も言わないところだ。
普通なら、自分の子どもが誰かをいじめてしまったら、親が叱るものではないの? それとも、ルカがビオラの子としてみなされているから、この扱いなわけ?
ビオラは元より正妃の子ではなく、城でも境遇は良い方ではなかった。
正妃の子である兄に疎まれ、寵姫の子である妹からは、いじめられていたくらいに。
だけどそれはそれ、これはこれ。
ここにいる人間たちは、元王女であっても、現公爵夫人であっても、どちらにしても身分は下。もっと言えば、身分なんてまったく関係なく、ダメなものはダメでしょう。叱るのが親の役目じゃないの?
もっとも、問題はビオラは今まで何もしてこなかったせいよね。どれだけいじめられたって、無関心に扱われたって、ただ「知らない」と誤魔化して人と関わってこなかった。
屋敷でも公爵からの愛情がなかったために、使用人たちからすら馬鹿にされてきたのがいい例だ。
でもそう、こういうのは廃墟などの落書きと同じで、打ち消したりしていかなければ、許容されたと勘違いした馬鹿なモノたちがあふれ出すと私は思っている。
だから私は容赦なく、不要なモノは切り捨てるべきだと思うのよね。例えそれが、公爵の親族であったとしても。
「品のない子たちでビックリしましたわ」
「そ、それはまだ子どもで、そんなものですわ」
「そうですわ。子どものすることに、いちいち大人が出るのは間違っていますわ。これくらい男の子なら普通ですわよ」
ソニアたちは反省の色もなく、ただ薄ら笑いを浮かべている。
「普通? そうですか? 悪いことをしたのに叱りもしない大人に育てられた結果ではなくて?」
「な、それは……」
「いくら勉強が出来ようとも、礼儀もなければ生き物の命を粗末に扱うような子では意味がないのではなくて?」
「ですが、まだ子どもですし!」
「子どもなら、何をしても許されるとでも本気で思っているのですか?」
「……」
「少なくとも、間違ったことをしたら叱るのが親の役目だと私は思いますわ」
子どもだとばかり言い張るソニアに、私は詰め寄が、彼女も決して譲ろうとはしない。きっと考え方が違うのね。これ以上話しても、たぶん時間の無駄だわ。
「うちのルカとはお宅の子どもは合わないようなので、今後のお付き合いは全てお断りさせていただきます」
「そんな! ビオラ様は子どもを生んだことがないから、そんな風に言われるのです!」
ふーん。そんなこと言うんだ。こんな公の場で、言っていいこととダメなことの区別もつかないなんてビックリね。そう言えば、私が怯むとでも思っていたんでしょう。どうせ継母だから。彼女の目は、そう言っているようにしか私には見えなかった。
さすがの私も怒鳴りそうになった時、ある意味ピッタリのタイミングで彼が姿を現した。
確かあっちの方角は子どもたちがいる方よね。
「何かあったのかしら」
「きっと子どもたちがじゃれてるだけですわ」
彼女たちはチラリと中庭の奥を見たものの、さも興味がなさそうにソニアたちは会話を続けようとする。
子どもたちが遊んでいるからそうかもしれないけど、この人たちは心配しないのかしら。あれだけ大きな声があがったということは、興奮して声が大きくなっただけではないと思うんだけど。
私は会話を止めようとしない彼女たちを無視し、立ち上がった。
するとやや遠くから、リナが二人の子どもを連れてこちらにやって来るのが見える。
一人はルカで、もう一人はルカよりやや背が高い女の子だった。
二人は可愛らしく手を繋いで歩いているものの、明らかにルカは泣いていた。
「ルカ! 何があったの」
誰に構うわけでもなく、私はルカに駆け寄る。
すると同じようにフィリアもその子どもに駆け寄っていた。
「バイオレッタ! どうしたの?」
バイオレッタはフィリアに似た黒髪に、エメラルドのような瞳。
ああ、表紙絵で見たことあるわ。まさにヒロインちゃんだ。
でもこんな形で二人がもう出会ってしまうなんて。ある意味、今後の展開を考えると頭が痛い。
だけどそれより今は、ルカがなぜ泣いているか。二人が手を繋ぎ並んで歩く姿はまさに天使だというのに、痛々しく泣くその姿が全てを台無しにしてしまっている。
「リナ、何があったの⁉」
「それが、ルカ様がいつものように観察をしていたところ……」
「あの乱暴な子たちが、虫を踏み潰してしまったの!」
リナが言いかけた言葉の先を、バイオレッタが代わりに答える。バイオレッタの声には、怒りが滲んでいた。
そしてリナたちの後ろを、何か誤魔化すようにヘラヘラと笑いながら歩く子どもたちを指さす。
ルカと同じくらいの年の子から、もう少し上の子たちまで。それはどれも男の子ばかりだった。
「なんでそんなことをしたの?」
私はあくまで怒らないように、男の子たちに尋ねた。
「そいつが、虫なんて見てるからだよ」
「そーだよ。そんなもん見て、何になるんだっつーの。変な奴だから、ちょっとからかっただけなのに泣くから」
「だよな。よわっちすぎ」
これくらいの歳ならば、身分やそんなものを理解するのはまだ難しい事なのかもしれない。だからそのこと自体には、ある程度は理解を示そう。だけど、問題はそこではない。こんなある意味暴言を吐いても、その親たる男爵自噴たちが何も言わないところだ。
普通なら、自分の子どもが誰かをいじめてしまったら、親が叱るものではないの? それとも、ルカがビオラの子としてみなされているから、この扱いなわけ?
ビオラは元より正妃の子ではなく、城でも境遇は良い方ではなかった。
正妃の子である兄に疎まれ、寵姫の子である妹からは、いじめられていたくらいに。
だけどそれはそれ、これはこれ。
ここにいる人間たちは、元王女であっても、現公爵夫人であっても、どちらにしても身分は下。もっと言えば、身分なんてまったく関係なく、ダメなものはダメでしょう。叱るのが親の役目じゃないの?
もっとも、問題はビオラは今まで何もしてこなかったせいよね。どれだけいじめられたって、無関心に扱われたって、ただ「知らない」と誤魔化して人と関わってこなかった。
屋敷でも公爵からの愛情がなかったために、使用人たちからすら馬鹿にされてきたのがいい例だ。
でもそう、こういうのは廃墟などの落書きと同じで、打ち消したりしていかなければ、許容されたと勘違いした馬鹿なモノたちがあふれ出すと私は思っている。
だから私は容赦なく、不要なモノは切り捨てるべきだと思うのよね。例えそれが、公爵の親族であったとしても。
「品のない子たちでビックリしましたわ」
「そ、それはまだ子どもで、そんなものですわ」
「そうですわ。子どものすることに、いちいち大人が出るのは間違っていますわ。これくらい男の子なら普通ですわよ」
ソニアたちは反省の色もなく、ただ薄ら笑いを浮かべている。
「普通? そうですか? 悪いことをしたのに叱りもしない大人に育てられた結果ではなくて?」
「な、それは……」
「いくら勉強が出来ようとも、礼儀もなければ生き物の命を粗末に扱うような子では意味がないのではなくて?」
「ですが、まだ子どもですし!」
「子どもなら、何をしても許されるとでも本気で思っているのですか?」
「……」
「少なくとも、間違ったことをしたら叱るのが親の役目だと私は思いますわ」
子どもだとばかり言い張るソニアに、私は詰め寄が、彼女も決して譲ろうとはしない。きっと考え方が違うのね。これ以上話しても、たぶん時間の無駄だわ。
「うちのルカとはお宅の子どもは合わないようなので、今後のお付き合いは全てお断りさせていただきます」
「そんな! ビオラ様は子どもを生んだことがないから、そんな風に言われるのです!」
ふーん。そんなこと言うんだ。こんな公の場で、言っていいこととダメなことの区別もつかないなんてビックリね。そう言えば、私が怯むとでも思っていたんでしょう。どうせ継母だから。彼女の目は、そう言っているようにしか私には見えなかった。
さすがの私も怒鳴りそうになった時、ある意味ピッタリのタイミングで彼が姿を現した。
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