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003 幼馴染が住む家
「はぁい」
玄関から顔を出したのは、その家のメイドではなく一人の少女だった。
ブロンドに見えなくもないベージュの髪に、藍色の瞳。
歳は私と同じくらいだろうか。
ぷっくりとした唇と血色の良い頬が、少し幼くも見える。
「あ、あの」
えっと、この人は誰かしら。
着ているものはドレスに近いワンピースであることからしても、メイドではないわよね。
だけどこの男爵家に女性がいるという話は父から聞いていない。
確か前男爵の妻である母親と、現男爵である私の婚約者だけがいるとのことだったわよね。
そうなると、この方は親戚……とかかしら。
いや、でも親戚だとしてもよ?
その人に玄関まで出させるって一体どういう状況なの?
言葉に困り固まっている私を、なぜかその女性は下から上まで観察するように眺めたあと、フッと鼻で笑った。
え、今のはどういう……。
どういうというより、なんだろう。
すごく悪意がある気がするのは。
しかし確認する間もないまま、彼女は玄関の扉を大きく開け、私を招き入れる。
「どーぞぉ。今日来るって聞いてましたよー。リュシカさんでしたっけ。キー君の婚約者になるっていう」
小首を傾げながら言う姿は、好意的に見れば小動物のようなのだろう。
だけど初対面の同性からしてみれば、本当に意味が分からない。
「キー君って? あ、あの貴女は……」
「あー! あたしマチュって言いますぅ。よろしくね」
「マチュ、さん? あの、貴女は、その」
思い出したように挨拶をする彼女。
だけどそれだけでは、状況がまったく理解できずに疑問符がいくつも頭の中に浮かぶ。
名前も大事だけれど、それよりも私が聞きたいのはそこではない。
この人が誰で、今がどういう状況かっていうことだ。
「さーさー。キー君と、お母さまはこっちですよー。二人ともすごく待っていたんですから」
「え、あ、はい」
疑問をぶつける隙もなく、ニコニコしながら早足で歩く彼女について行くのが私には精一杯だった。
そして客間らしき部屋に、そのまま彼女と共に通される。
途中気づいたことがある。
玄関先には、二階へ続く大階段があったものの、掃除が行き届いていないのかその端には綿埃が溜まってしまっていた。
それだけではない。
おかしなことに、客間までの道中にも誰一人使用人がいないということも。
屋敷の大きさはうちとさほど変わらないくらい大きいというのに、どこかひんやりとした空気のこの屋敷には人の気配がまったくなかった。
まさかね……いくらお金がないとはいえ、そんなはずないわよね。
この規模のお屋敷ならば、最低二十名ほどの使用人がいてギリギリ回るレベルのはず。
屋敷の外門が錆びていたし、馬車から見える中庭は手入れが行き届いていないようにも見えたけれど。
でもきっと事情があるのだろう。
「ほらほら、早く入って」
彼女に促されるまま入れば、客間のソファーには二人の人間が腰掛けていた。
そしてこちらを見定めるような目で、ただジッと見ていた。
おそらくこの二人が、私の婚約者とその母親だろう。
よく似たモスグリーンの髪に、褐色の瞳。
もらっていた絵姿よりは、目がやや細くきつい。
「初めまして。リュシカ・シモンと申します」
あまり不躾にジロジロ見ているわけにもいかず、挨拶をする。
初めが肝心よね。
私は田舎者って思われなくない一心で何度も練習をした、カーテシーを見せた。
右足をやや左足の斜め後ろの内側に引き、両手でドレスの裾を少しだけ摘んで持ち上げる。
そして腰は曲げずに膝を折りながら、腰を落とすのだ。
大事なのは視線。
ここでブレてしまっては意味がない。
そしてあくまで優雅に、ドレスは花が開くようなイメージで。
笑顔を忘れずに微笑めば、もう完璧よね。
「お目にかかれて……」
「ブッ」
完璧なる挨拶が終わらぬうちに、私の少し前で扉を開けたまま立っていたマチュが吹き出しながら笑い出す。
私は驚いて顔を上げた。
「やだぁ。リュシカさんって、なんだかお硬いのね」
ケラケラと笑いながら、彼女はそのまま正面に座る私の婚約者と思われる男性の隣に座る。
硬いって、なに?
私、何を間違えたの?
それにしても、二人の距離感はどうなの。
自分の間違いよりも、そっちの方が気になってしまう。
完全に密着とまではいかないまでも、足と足がぶつかってしまうような距離だ。
うちでは親戚同士であったとしても、その距離感は怒られるだろう。
仮にも男女なのだから、と。
だけどこの場にいる人間は、誰もそれに対して疑問を持っていないようだった。
「堅苦しい挨拶はいい。君はうちの嫁になるんだろう」
「本当にうちくらいなものよ。そこまで堅苦しくない家なんて」
矢継ぎ早に、婚約者とその母親が声を上げた。
言いたいことは、たくさんある。
あるがあえて口には出さずに、私は笑顔を作って見せた。
「ちょっとキー君、まずは挨拶くらいしてあげないとぉ」
先ほど私にかけた時よりも、かなりの猫撫で声で隣に座る婚約者の袖を摘み引っ張りながらマチュは言った。
「ああ、それもそうだな。ぼくはキーシスト。このテムラン男爵家の主で、君の婚約者だ」
「はい、キーシスト様。お会い出来て光栄です」
やはりこの人が私の婚約者であることは、間違いないらしい。
では、その隣のマチュは何だと言うの。
私の視線の先に気づいたのか「ああ」と言わんばかりに、キーシストはマチュに目をやりながら答える。
「彼女はマチュ。元貴族でぼくの幼馴染だ。幼い頃に両親が亡くなって家が没落してしまったんだ」
「マチュはわたくしの親友の娘で、行く当てがなかったから引き取ったのよ」
二人ともさも当然。そしてそれが自慢であるかのように言えば、マチュはただニコニコしながらこちらを見ていた。
玄関から顔を出したのは、その家のメイドではなく一人の少女だった。
ブロンドに見えなくもないベージュの髪に、藍色の瞳。
歳は私と同じくらいだろうか。
ぷっくりとした唇と血色の良い頬が、少し幼くも見える。
「あ、あの」
えっと、この人は誰かしら。
着ているものはドレスに近いワンピースであることからしても、メイドではないわよね。
だけどこの男爵家に女性がいるという話は父から聞いていない。
確か前男爵の妻である母親と、現男爵である私の婚約者だけがいるとのことだったわよね。
そうなると、この方は親戚……とかかしら。
いや、でも親戚だとしてもよ?
その人に玄関まで出させるって一体どういう状況なの?
言葉に困り固まっている私を、なぜかその女性は下から上まで観察するように眺めたあと、フッと鼻で笑った。
え、今のはどういう……。
どういうというより、なんだろう。
すごく悪意がある気がするのは。
しかし確認する間もないまま、彼女は玄関の扉を大きく開け、私を招き入れる。
「どーぞぉ。今日来るって聞いてましたよー。リュシカさんでしたっけ。キー君の婚約者になるっていう」
小首を傾げながら言う姿は、好意的に見れば小動物のようなのだろう。
だけど初対面の同性からしてみれば、本当に意味が分からない。
「キー君って? あ、あの貴女は……」
「あー! あたしマチュって言いますぅ。よろしくね」
「マチュ、さん? あの、貴女は、その」
思い出したように挨拶をする彼女。
だけどそれだけでは、状況がまったく理解できずに疑問符がいくつも頭の中に浮かぶ。
名前も大事だけれど、それよりも私が聞きたいのはそこではない。
この人が誰で、今がどういう状況かっていうことだ。
「さーさー。キー君と、お母さまはこっちですよー。二人ともすごく待っていたんですから」
「え、あ、はい」
疑問をぶつける隙もなく、ニコニコしながら早足で歩く彼女について行くのが私には精一杯だった。
そして客間らしき部屋に、そのまま彼女と共に通される。
途中気づいたことがある。
玄関先には、二階へ続く大階段があったものの、掃除が行き届いていないのかその端には綿埃が溜まってしまっていた。
それだけではない。
おかしなことに、客間までの道中にも誰一人使用人がいないということも。
屋敷の大きさはうちとさほど変わらないくらい大きいというのに、どこかひんやりとした空気のこの屋敷には人の気配がまったくなかった。
まさかね……いくらお金がないとはいえ、そんなはずないわよね。
この規模のお屋敷ならば、最低二十名ほどの使用人がいてギリギリ回るレベルのはず。
屋敷の外門が錆びていたし、馬車から見える中庭は手入れが行き届いていないようにも見えたけれど。
でもきっと事情があるのだろう。
「ほらほら、早く入って」
彼女に促されるまま入れば、客間のソファーには二人の人間が腰掛けていた。
そしてこちらを見定めるような目で、ただジッと見ていた。
おそらくこの二人が、私の婚約者とその母親だろう。
よく似たモスグリーンの髪に、褐色の瞳。
もらっていた絵姿よりは、目がやや細くきつい。
「初めまして。リュシカ・シモンと申します」
あまり不躾にジロジロ見ているわけにもいかず、挨拶をする。
初めが肝心よね。
私は田舎者って思われなくない一心で何度も練習をした、カーテシーを見せた。
右足をやや左足の斜め後ろの内側に引き、両手でドレスの裾を少しだけ摘んで持ち上げる。
そして腰は曲げずに膝を折りながら、腰を落とすのだ。
大事なのは視線。
ここでブレてしまっては意味がない。
そしてあくまで優雅に、ドレスは花が開くようなイメージで。
笑顔を忘れずに微笑めば、もう完璧よね。
「お目にかかれて……」
「ブッ」
完璧なる挨拶が終わらぬうちに、私の少し前で扉を開けたまま立っていたマチュが吹き出しながら笑い出す。
私は驚いて顔を上げた。
「やだぁ。リュシカさんって、なんだかお硬いのね」
ケラケラと笑いながら、彼女はそのまま正面に座る私の婚約者と思われる男性の隣に座る。
硬いって、なに?
私、何を間違えたの?
それにしても、二人の距離感はどうなの。
自分の間違いよりも、そっちの方が気になってしまう。
完全に密着とまではいかないまでも、足と足がぶつかってしまうような距離だ。
うちでは親戚同士であったとしても、その距離感は怒られるだろう。
仮にも男女なのだから、と。
だけどこの場にいる人間は、誰もそれに対して疑問を持っていないようだった。
「堅苦しい挨拶はいい。君はうちの嫁になるんだろう」
「本当にうちくらいなものよ。そこまで堅苦しくない家なんて」
矢継ぎ早に、婚約者とその母親が声を上げた。
言いたいことは、たくさんある。
あるがあえて口には出さずに、私は笑顔を作って見せた。
「ちょっとキー君、まずは挨拶くらいしてあげないとぉ」
先ほど私にかけた時よりも、かなりの猫撫で声で隣に座る婚約者の袖を摘み引っ張りながらマチュは言った。
「ああ、それもそうだな。ぼくはキーシスト。このテムラン男爵家の主で、君の婚約者だ」
「はい、キーシスト様。お会い出来て光栄です」
やはりこの人が私の婚約者であることは、間違いないらしい。
では、その隣のマチュは何だと言うの。
私の視線の先に気づいたのか「ああ」と言わんばかりに、キーシストはマチュに目をやりながら答える。
「彼女はマチュ。元貴族でぼくの幼馴染だ。幼い頃に両親が亡くなって家が没落してしまったんだ」
「マチュはわたくしの親友の娘で、行く当てがなかったから引き取ったのよ」
二人ともさも当然。そしてそれが自慢であるかのように言えば、マチュはただニコニコしながらこちらを見ていた。
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